第20話 十二人目②

 干羽良ほしはら 脩鰭ゆうきの意識が覚醒するが、どうやらこいつは悠長に日常を送っている暇はないようね。

 目が覚めて寝ぼけ眼で起床したところで足元に魔法陣のような物が発生。

 ベッドから出たと同時にこれだ。 驚愕していたが、状況を把握する間もなくその姿が消える。


 召喚は転生や転移と比べると難易度が非常に高い。 転生、転移は何らかの要因で世界の外に放り出された者が他の世界へと流れつくからある意味では雷などの自然現象に近い。

 そして召喚は大量の魔力を用いて他の世界との道を作って目当ての存在を吊り上げる。

 

 ただ、世界に空いている穴を利用しているので、風穴を開けている訳ではない。その為、百パーセント条件に合致した存在を呼べるのかといえば疑問符が付きはするわ。

 それでも条件に近い存在を狙って引き寄せるので、資質という点ではそうそう外れはない。


 ……実行できる時点で相当進んだ技術があるのは間違いないわね。


 少なくとも魔法関係の技術に関しては他より突出していると言っていい。

 干羽良 脩鰭が呼び出されたのは真っ赤な絨毯が敷き詰められた広々とした部屋だ。

 足元には魔法陣が刻まれ巨大な台座。 周囲には疲労に息を切らせている者達。

 

 装備は白を基調とした全身鎧。 ガチャで引いていた神聖鎧って奴ね。

 量産品のようでどいつもこいつも同じデザインだった。

 その後はお決まりの勇者様、我々を御救い下さいといった定番と続く状況説明。


 それによるとこの世界は二つの勢力に分かれて戦争を行っているらしい。 戦況を打開する一助として干羽良 脩鰭が呼び出されたようね。

 天界ヘヴン地界アビス。 そう呼称されている二つの勢力は互いを滅ぼさんと戦っている。

 干羽良 脩鰭が召喚されたのは前者の天界のようね。


 さて、この世界は中々面白い形状をしている。 巨大な二つの惑星が一本の柱で繋がっているのだ。

 天界から空を見上げれば地界が真っ赤な月のように頭上に見える。 一番面白いのは天界と地界は同じ世界ではなく、違う世界・・・・と言う事ね。

 

 そして世界を繋ぐ柱は「世界回廊」と呼ばれている物で物体として存在している訳ではないのだけど、通る事でお互いを行き来できるみたい。 それを利用して侵攻を行っていると言う訳だ。

 ここで当然の疑問が出る。 何故争っているのかといった疑問だ。


 原因は二つの世界を繋いでいる「世界回廊」にある。 これはお互いを行き来するだけではなく、互いの世界からある物を吸い上げる。 それは何か? 答えは魔力だ。

 そのお陰で世界の寿命は加速度的に縮まっている。 吸い上げられた魔力が相手に取られているという話なら返すという選択肢もあるけど、どうやら回廊から外に漏れておりどちらにも還元されないらしいわ。


 つまりこのまま放置すればどちらも滅ぶといった状況だったのだ。

 この状況を打開するには回廊をどうにかしなければならないのだけど、破壊は不可能。

 消滅させるには接続先であるどちらかの世界を滅ぼす必要があるといった結論が出たみたい。


 ……まぁ、後は言わなくても分かるわよねぇ。


 当然、滅ぶのは嫌なので戦争して相手を滅ぼそうとなった訳だ。

 世界の未来がかかっている以上、そこに妥協はない。 この戦いはどちらかが滅ぶまで続く。

 干羽良 脩鰭はその戦力として呼び出されたと言う訳ね。


 ――で、こんな他人の猿真似するしか能がない馬鹿が何の役に立つのかと言うと、召喚で呼び出された者はある事に非常に高い適性を備えている事が理由だ。


 それがガチャで引き当てた神聖召喚。 使用者が生涯に一度だけ召喚できる武器――神聖騎エンジェル・アバターと呼ばれる存在の中でも特に強力な物を呼び出せるからだ。

 神聖騎――それは世界の外から召喚される天使を限定的に召喚し、それと合一する事で強大な力を振るう事が出来る。 特に最上位の天使ともなると「権能」と呼ばれる超越した特殊能力を振るう。

 要は一度でも召喚に成功すれば召喚者の意志でいつでも呼び出せる専用の装備になるって訳ね。

 

 その辺の説明を受けた干羽良 脩鰭は大喜びで神聖召喚を試したわ。

 手順を教わって試すと大きな光と共に干羽良 脩鰭の姿は似ても似つかない全長数十メートルの巨大な全身鎧のような姿に変化。 真っ赤な六枚羽に頭上には光輪。


 それを見た天界の者達は大喜び。 新たな勇者の誕生だって、こいつが勇者? 笑っちゃうわ。

 

 セラフィム=ミカエル。

 それが干羽良 脩鰭が呼び出した神聖騎の名称だ。 名称の前半分が階級で後半が固有名となる。

 つまりセラフィム級というカテゴリーに属したミカエルという個体な訳ね。

 

 この階級の天使は非常に珍しいので勇者と持て囃されて居る理由ね。

 下の方の階級になると固有名称すらないらしいから、ネームドというだけでもその希少性が良く分かる。

 私は干羽良 脩鰭の意識を通じてセラフィム=ミカエルを観察。


 ……天使、ね。


 あちこちの世界で悪魔と対になっている存在として良く確認される。

 ここで疑問が生まれるわ。 天使とは何か?

 神の御使い、先触れ、伝承や世界によって差異はあれど概ねこの認識で固まっている。


 さてさて、ここで触れられる神とは何か? 天使達は具体的にどんな存在に仕えているのか?


 正解は「そんな者は居ない」だ。


 ならこいつ等は何なんだという話になるわね。

 まず重要なのはこいつ等が何処から来るかだ。 当然、この天界でも地界でもないのだから世界の外と考えるのが自然でしょう。

 世界の外とは? 具体的に何を指す? 天使の故郷とも呼べる異世界があってそこから召喚される?


 それとも常にあちこちに偏在して呼ばれれば現れる普遍的な存在?

 残念ながらどれも違う。 天使は御使いでも何でもない。 その正体は「概念・・」だ。

 ただあるだけでの存在。 それが外的要因で形を持った事で現れる。 それが天使や悪魔といった何処にでもいる抽象存在の正体。


 数多ある異世界。 その世界が漂う無明の空間。

 世界と世界を隔てる何か。 そこには何があるのか? 答えは「何もかも・・・・」だ。

 世界の外は世界から放り出された全てが存在する。 綺麗な物、汚い物、強い力、弱い力、情報――そして思念。


 拠り所を求める知的生命体はある行動を取る傾向にある。 形のない何かに縋る事だ。

 それは「祈り」と呼ばれる行為で、自らに救いを、他者に害をと様々な形で蓄積されて行く。

 蓄積された祈りは思念へと昇華され、世界が滅びれば空間へと撒き散らされる。


 撒き散らされた祈りの結晶は形を成す。 それこそが天使や悪魔と呼ばれる物の本質。

 私はそれを総称して情報存在ミームと呼んでいる。

 空間は世界と常に接触している以上、条件さえ揃えばいつでもミームに触れられる位置にいるので、その存在は数多の世界に自然と広まって行ったのでしょうね。 悪魔もまた同様。


 こうして天使や悪魔といった存在は神の使いとして広まったという訳ね。

 あちこちの世界で似たような存在が信仰されている理由もこの辺が原因かしら?

 まぁ、何だか話が逸れたような気もするけど、干羽良 脩鰭が引き当てたのはその中でも上から数えた方が早いレベルの大物だ。


 本来なら相性のいい存在が呼ばれるのだけど、ガチャ特典でその辺を無視したのでこんないいのが出たみたいね。

 最高クラスの天使は伊達ではなくセラフィム=ミカエルはとんでもない強さだった。

 制御に関しては融合するので勝手に頭に入って来るから練習の必要はない。 呼び出した炎の剣を適当に振るうだけで敵が虫か何かみたいに燃えながらボトボト落ちて行く。 


 敵は「深淵騎アビス・ナイト」と呼ばれる悪魔を力の源とした似たような物を扱っているけど、格が違うのかまるで相手にならないわね。

 干羽良 脩鰭は有頂天。 勇者様英雄様と持て囃されているので、こいつに取っては最高の世界でしょうね。 適当に攻撃しているだけで「凄い凄い」と褒められるのだから考える必要がないのも、こいつの知能と噛み合っているわ。 ただ、利点ばかりではないみたい。


 疲労だ。 一発大技を使う度にかなり消耗するようで、数回で維持できなくなるようね。

 あれだけ派手な攻撃を繰り返せば動力源である魔力の消耗はかなりの物でしょう。 ただ、それをバックアップする仕組みは備わっているので命に係わる程じゃないみたい。


 ……まぁ、長い目で見れば命に係わるけどね。


 本人も周りも気が付いていないけど、天使を呼び出すには魂から直接魔力を汲み上げる形で消耗するので一回使う度に寿命が減っているわ。

 まぁ、最高位だけあって要求されるコストも大きいという訳ね。 うーん、呼べば呼ぶ程に寿命がガリガリ減っているわ。


 干羽良 脩鰭は持て囃されるのが嬉しいのか言われるままに力を振るい続けているわね。

 実際、連戦連勝だったわ。 世界中で大注目。

 最強の勇者様、救世主、世界の希望。 承認欲求に飢えたこいつには最高の環境だったわ。


 ……ただ、光が当たれば影が差す。


 妬みだ。 異世界から召喚する技術が確立している以上、呼ばれたのがこいつだけの訳がない。

 当然ながら他に呼ばれた異世界人が何人もいたみたいね。

 干羽良 脩鰭が派手に活躍する物だからすっかり見向きもされなくなったわ。

 

 見る限り、最初は干羽良 脩鰭と同様に持て囃されていたみたいで、出番が取られた事ですっかり手の平を返されたみたいね。

 干羽良 脩鰭も自分の実力を鼻にかけて見下す物だから、他の連中からすれば面白くないのは明らかで、どんどん視線に剣呑な物が混ざり始めたわ。


 まぁ、最近の戦績が振るわなかったから仕方がない面もあるかもしれないけど、呼び出しておいてこの仕打ちはちょっと酷いわね。

 今までは呼び出した者達があまり活躍できていなかった事もあってここしばらくは防戦一方だったところを持ち直したのだから干羽良 脩鰭の功績は大きいといえるんじゃない?


 ……それにしても本当に強いわねー。


 干羽良 脩鰭の技量は高いどころかド底辺レベルにもかかわらず、戦果としてはトップを独走。

 生み出した炎の剣を適当に振るだけで斬撃とそれに付随する衝撃波で並の敵なら一撃ね。

 まさに鎧袖一触。 もう、こいつ剣を振っているだけだから実力もクソもないわ。 圧倒的な性能差ね。


 本人は俺は選ばれた者でこれは自分にしか扱えない凄い力ってところで思考停止してしまっているから、無邪気に喜んで自分を羨む格下の眼差しを受けて愉悦を感じていた。

 人間って調子に乗るとどこまでも視野が狭くなるわねー。 何も知らない連中は勇者様と持て囃しているけどその周りの視線は冷ややかね。


 同僚である召喚された連中はもはや殺意を隠そうともしない。 ついでに周りの世話役や一般の兵士達からの受けも悪い。 露骨に見下す態度を取る上に、とにかく自分の手柄自慢ばかりして過剰な賞賛を催促するので最初は戸惑っていたけど、徐々にその視線が冷ややかな物になって行ったわ。


 最終的には「もうこいつ適当に褒めておけ」といった空気すらあった。

 そんなこんなで戦功に半比例して周囲からの評判が下がって行く、干羽良 脩鰭はそれをある程度ではあるが理解はしていたけど、持て囃す民衆の方の数が多いので気にもしていない。


 こうして見ると本当に数でしか物を判断できない男ねぇ。

 要は周囲にいる十人にどう思われようと顔も知らない百人に称賛される方が価値があると考えているようね。 それにより自己を肯定すると。

 

 天界としてもへそを曲げられても困るので、他を蔑ろにしてでも干羽良 脩鰭のご機嫌を窺わざるを得ないといった態度が丸分かりだ。

 明らかに内心では嫌っているのが丸分かりね。 特にこの時期は地界への大規模な侵攻を目論んでいるようで、どうしても外せないみたいだけど……。


 今まで防戦だけで侵攻が難しい状態だったのでかける意気込みは強い。

 

 ……余裕がないのは分かるけど、それでいいのかしら?


 そしてその日が訪れる。 天界による回廊を越えての大規模侵攻戦。

 干羽良 脩鰭を筆頭に主力を揃えて突入。 セラフィム=ミカエルの力は圧倒的で、次々と敵を焼き払っていくわ。


 回廊内に居た敵を瞬く間に灰にして地界へと突入。 流石に消耗したのか疲労の色が濃いが、その為に大量の取り巻きが居る。

 干羽良 脩鰭は引き立て役の周りに後は任せて自分は高みの見物――と行こうとしたけどそうもいかなかったわ。 不意に攻撃を受けたからだ。


 どこからかと言うと味方である他の召喚者達からだった。 どうやら干羽良 脩鰭の態度と天界の対応に我慢できなくなって地界に身売りしたみたいね。

 向こうに同じような経緯で召喚された者が居たので話は通し易かったみたい。


 気が付けば干羽良 脩鰭は孤立。 あらあら、大好きな価値基準に照らし合わせると少数派は悪なので、あっという間に勇者から討伐されるだけの馬鹿に格が落ちたわね。

 それでもセラフィム=ミカエルの戦闘能力は高く、裏切った味方に隠れていた敵に囲まれて袋叩きにされながらも半数近く叩き潰したのは流石ね。


 まぁ、相変わらず、剣を振り回していただけの雑な戦い方だったけど。

 明らかに性能を使い切れていないわね。 この天使だったら自己強化とかもっと色々できたんじゃないかしら? 使えないなら意味ないけどね。


 「待てって! 正しいのは俺だろうが! なんで――」


 集中攻撃を喰らって爆散。 干羽良 脩鰭は悲鳴を上げながら爆発に巻き込まれて即死。

 あーあ、途中までは上手く行ってたのに、馬っ鹿ねぇ。

 対象の死亡により意識が元の空間に戻る。


 まぁ、見世物としてはそれなりに派手で面白かったけど、落ちは弱かったわねぇ。


 静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。


 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。

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