第16話 九、十人目②

 さて、二人と縁を繋げた以上、二人分の情報が入って来るわ。

 無料分を引いたので、両方ともさっきまでの記憶はない状態での起床。

 お互いに思い思いの時間を過ごしている。 両方とも親が家に居ないようで、上嶌かみじま 夏兎史なつとしは適当にネトゲをやった後、買い物の為に外出。


 崗波良おかはら 矗斗たつとはじっとしていられる性分じゃないので、同じタイミングで遊びに行こうとそのまま外出。

 奇しくも二人は最寄りのモノレール駅へ向かい同じ車両へと乗り込む。

 目的地も同じ、駅の終点に最近新しくできた商業施設ね。 大型のアミューズメント施設も併設された中々評判のいい場所らしく、開店セールで色々と安く買い物ができるらしいわ。


 休日だけあってモノレール内はそこそこ席が埋まっており、窮屈なのを嫌がった二人は比較的ではあるけど人の少ない先頭車両へ向かう。

 普通に声をかけられる距離にいるけど、お互いの事を覚えていないので特に反応はなし。


 上嶌 夏兎史はぼんやりと流れている風景に視線を向け、崗波良 矗斗は同年代らしい好みの顔をした女の子を見つけてニヤリとしかけたけど、男連れだったので露骨に舌打ち。

 二人は思い思いの時間を過ごしていると変化があった。 車両が大きく揺れる。


 ……あら? もうなのかしら?


 思ったよりも早かったわねぇ。 正直、もっと先でタイミングもバラバラになる物かとも思ったけど、同時なのは意外だったわ。 もしかしたら同時に来たのはこういう事だったからかもしれないわね。

 揺れたと同時にガクンと車両が落ちる。 一瞬の浮遊感と落下の感触。 そして衝撃。


 先頭車両だった事もあって二人は抗う間もなく即死。

 その魂は大地に還る事もなくそのまま何かに導かれるように異世界へと向かう。

 この土地は昔から何らかの力が働いているのか、本来なら偶然が積み重ならないと開かないような穴が恒常的に開いている。

 

 その為、一定以上のエネルギーを内包した魂は穴に引っ張られやすいのだ。

 

 ……まぁ、穴と言っても物理的な物じゃないので、基本的に魂を吸い込むだけだけど、稀に何かの衝撃で体ごと持って行くケースもある。

 

 これが異世界転生と異世界転移の簡単なメカニズムだ。

 ちなみに後者の場合は召喚と言った形を取る事が多いので、引き込もうとする引力が発生して更に消える可能性が上がるわ。 これは割と昔から起こっている事で、古くからは「神隠し」なんて呼ばれる事もあったかしら。 まぁ、個人差もあるから死ねば絶対に吸い込まれる訳じゃないけどね。


 ともあれ、二人の魂は引いたガチャの因果に導かれて、穴に吸い込まれて異世界へ。

 見た感じ結構死んだ事故だから他にも異世界へ行った奴がいるかもしれないけど、縁がないので観測できない以上、私の知った事じゃないわね。


 転生過程は私には観測できないけど、二人の魂がどうなったのかは分かる。

 穴の先は宇宙のように広がった果てのない空間で、惑星のように瞬く様々な世界が存在しており、二人の魂はそれぞれ別の世界へと引き寄せられていくでしょうね。 当然ながら同じタイミングで穴に入ったからと言って同じ世界に流れつく訳ではない。


 二人は高確率で全く違う世界、違う存在として新生を果たす事になるでしょうね。

 別の存在になる事で私の縁は一度切れるわ。 それにより記憶を取り戻した順番に観測が可能となるのだけれど……。


 ……さーてどっちが先かしら?


 待ちぼうけと言う事にはならないだろう。 何せ、二人とも記憶想起を引いているので遅かれ早かれ前世の記憶を取り戻す事となるわ。

 これでも気は長い方なのでのんびりと待つとしましょうか。

 

 ――とは言っても時間の概念が違うので主観的にはそんなに待つことはないでしょうけどね。


 そうこうしている内に反応があった。 感じからして片方だけね。

 どちらかしらねとワクワクしながら覗き込む。 上嶌 夏兎史の方だったみたいね。

 状況を確認すると運よく人間に転生しているみたい。 転生後の名前はアップ・サマー。


 世界観は割とよく見る魔法有りのファンタジーっぽい世界みたい。

 覚醒時の年齢は十。 立場は村人の次男坊。 実家は農家みたいね。

 親は長男に継がせるつもりみたいなので、上嶌 夏兎史は将来的には家を追い出される事が決まっているみたい。 その為、上手くやれば誰でも稼げる自由業――冒険者になろうと考えているようね。


 ……ふーん。 まぁ、家に居られない以上は自活する為のプランを練るのは中々、賢い選択なんじゃないの?


 準備をするべく実家や近所の雑事を手伝う事で小遣いを稼いで溜めているのも悪くないわ。

 正直、面白味には欠けるわね。 だけど、上嶌 夏兎史が冒険者になりたい理由はそれだけじゃないみたいね。 その理由は――


 上嶌 夏兎史が頭を押さえながら起き上がる。 どうやら転倒して頭部を強打した衝撃で思い出したようね。 記憶が戻った事で混乱しつつも起き上がって振り返る。


 ――心配そうに声をかけて来る幼馴染の少女だ。


 一つ年上で家も近所、家族同然に育ってきた存在で、割と早い段階で恋心を抱いていたようね。

 まぁ、十歳って年齢を考えるとませてはいるかしら?

 私には遠く及ばないけど、そこそこ可愛らしい顔をしているだけあって、狙っている男は多いみたいね。


 上嶌 夏兎史の兄も同様に狙ってはいたけど、幼馴染ちゃんは将来的には村を出て冒険者として生きて行くと考えているので、農家を継ぐので村から出ない兄では落とせない。

 彼女が冒険者になるので自分も一緒に行けばゆくゆくはといった皮算用が最初の動機らしいわ。


 ……へー。 まぁ、子供らしくていいんじゃない?


 この世界じゃ打算的な方が生き残りやすいっぽいし。 上嶌 夏兎史は記憶を取り戻してからも行動指針は変えず、幼馴染ちゃんを落とすべく金魚の糞のようにべったりとくっ付いているわね。

 べったりな理由はほかの男に対する牽制も兼ねていたみたいだけれども主な理由はご機嫌取りね。

 

 ギャルゲーか何かと勘違いしているのか好感度を上げれば行けると考えているの事にはちょっと笑わせて貰ったわ。

 下心丸出しではあるけれども、それなりに真面目に取り組んではいたわ。

 コツコツと金を稼ぎ。 彼女の誕生日にはプレゼントを買ってご機嫌を取ったりと、元が陰キャとは思えない程の行動力ね。 これは前世の記憶が後付けだからかしら?


 基本的に人間の性格はほとんど変わらない。 ただ、思い出す事によって意識が統合される。

 それにより性格が転生前と後のを混ぜたような物になるので、総合的にマイルドになると言う訳ね。

 要するに思い出したとしても、思い出すまでに生きて来た時間や想いは消えずに残る。


 結果、幼馴染ちゃんへの想いは消えずに目的もブレず、記憶が戻った事でやや賢く立ち回れるようになったと。

 そんなこんなで五年程過ごした後、準備も出来て待ちに待った旅立ちの日となったわ。


 ……うーん。 普通過ぎてあんまり面白くないわね。


 本当にこれといったトラブルもイベントもなかったので、コメントがし辛い。

 近所の大きな街に行って幼馴染ちゃんと一緒に冒険者登録。 上嶌 夏兎史は伊達に前世の記憶を持っている訳ではないので、無難な依頼を請けて地道に稼ぐ事を提案。


 早い段階で大好きなチートが存在しない事を悟っていたので、この辺は堅実に行こうと考えているみたい。 今まで溜めた小遣いでナイフやロープなどの冒険で使いそうな物を買い込んで、早速仕事を始める二人。 初仕事は魔物退治のような華やかな物ではなく、今までやってきたようなお手伝いの延長のような仕事だった。


 そして初日が終わる時、上嶌 夏兎史はある勝負に出る事にしたみたいね。

 冒険道具を買う時にこっそり買っていた物がある。 指輪だ。

 銀でコーティングしたような安物だけど、上嶌 夏兎史の少ない資産で購入できる限界の物だったわ。

 

 初日を越えてこれから頑張ろうと気分が高揚している所で一気に決めて、幼馴染ちゃんをモノにする。

 そう意気込んでいたわ。 果たして上手く行くのかしら?

 個人的には失敗した方が面白いけど、見た感じ成功率は低くない感じね。


 初仕事を終え、二人で乾杯。 これから頑張ろうねとお互いを労い――会話が途切れた所で上嶌 夏兎史が指輪を取り出して勝負に出る。 行った!

 どうなるのかしら? 幼馴染ちゃんの思考は読めないからちょっとドキドキするわね。


 幼馴染ちゃんは頬を染めて小さく頷いた。 上嶌 夏兎史は大喜び。

 晴れてカップル成立となったわ。 まぁ、順当な結果だったわね。

 翌日から彼氏彼女といった関係を意識し始めたのか、幼馴染ちゃんの反応が露骨に変わったわ。


 べたべたとくっ付いて来る。 上嶌 夏兎史は長年狙っていた幼馴染ちゃんを落とせた上、メスの視線で見てくるのでご満悦のようね。

 仕事をこなしながら関係を深めて早い段階でやる事やって、関係を固める事も怠らない。


 ……ほー。 上手くやったわねって感想は出るけどもうちょっとこう、何かないかしら?


 刺激が少ないから退屈になって来たわ。

 この変化のない日常をぼーっと見ているだけになるのかしら?と考えているとある日に変化が起きた。

 いや、徐々にって感じかしらね。 それは何か? 幼馴染ちゃんだ。


 上嶌 夏兎史と常に一緒に行動し、何処にでもついて行くようになった。

 村を出る前とは逆ね。 感じからして行動理由も上嶌 夏兎史と同じで他の女への牽制かしら?

 最初はこんないい女の愛情を一身に受けた俺はラッキーだと、モノにした自分は凄いと優越感に浸っていたけど長くは続かなかったわね。


 何故かと言うと、べたべたと離れない幼馴染ちゃんが段々、鬱陶しくなってきたのだ。

 これに関しては分からなくもないわ。 四六時中べったりで気持ちが休まらない。

 そして上嶌 夏兎史に「何か困った事はない?」「何かして欲しい事はない?」としつこく聞いて来る。


 ……あー、これはウザいわね。


 これはどう解釈すれば良いのかしら? 表面上の態度や言動で推測するには、今まで上嶌 夏兎史のお陰で自分は成功していると言った自覚が生まれ、交際した事によって愛情が芽生え、最後には捨てられたらどうしようといった不安に変わったって所かしら? 思考読めないから知らんけど。


 上嶌 夏兎史も流石に我慢が出来なくなったのか、ある日に些細なきっかけで爆発。

 ついに怒鳴りつけてしまう。 幼馴染ちゃんは憐れな程に縮こまって何度も謝る。

 その態度が気持ちを逆なでしたのかついに手を上げてしまった。


 あーあ、やっちゃったわね。

 上嶌 夏兎史は幼馴染ちゃんへやってしまった事に勝手に動揺してそのまま飛び出す。

 特に非がある訳じゃないから気まずくなっちゃったみたいね。

 それでも気持ちはささくれてしまっているので、何かで憂さを晴らしたいと街を彷徨う。


 そこで上嶌 夏兎史はある人物と出会う。 夜の街にはよく見かける人種ね。

 要するに春を売っている女だ。 上嶌 夏兎史は苛々とした気持ちをどうにかしたかった事もあり、そのままほいほいとついて行って一夜を過ごした。

 

 浮気の背徳感も手伝って中々気持ちの良かった一晩だったようね。

 一晩経ってからかすっきりしたからかは知らないけど、冷静になった上嶌 夏兎史は幼馴染ちゃんと仲直りしようと借りている家に帰った所で――いきなり意識を失った。


 ……んん? 何が起こったのかしら?


 何か臭いを嗅いだような気がしたのだけれど、睡眠効果のある香?

 意識を取り戻したら全裸にされてベッドに縛り付けられていた。 なんとまぁ、急展開ね。

 幼馴染ちゃんは濁った視線で上嶌 夏兎史に縋りつき、捨てないで捨てないでと泣き始めた。


 どうやら後を尾けられていたようね。 当然、知らない女と一晩過ごしたのも見られていたと。

 それを見て壊れちゃったのかしら? 上嶌 夏兎史は必死にこの場を切り抜けようと色々言っていたけど、余りの出来事に頭が回っていないわね。


 幼馴染ちゃんは会話が出来る状態じゃなくなり、何を血迷ったのか鞭で上嶌 夏兎史を叩き始めた。

 泣き叫びながら鞭を振るい、捨てないで捨てないでと叫ぶ。

 上嶌 夏兎史は苦痛から逃れる為に必死に謝りながら許しを乞うていたが、通用しないと判断したのか更に悪手を打つ。


 ――お前なんか知らない!

 

 もう俺と関わるなと言い放つ。 謝って駄目ならと切り口を変えた結果だろうけど、それが致命的だったわ。 幼馴染ちゃんはそれを聞くと据わった目つきでナイフを抜くと上嶌 夏兎史に跨り、愛していると連呼しながら滅多刺しにする。

 わーお。 欠片の容赦もないわね。 他の女を見れないように目を潰さなきゃと顔面を集中的にやられているので早めに逝けそうな事だけが救いかしら?


 「や、止め――」


 最後には首をざっくり切られてゴボゴボとうがいのような音を出して意識が消滅。

 死亡した事でリンクが切断されて元の空間に戻される。

 

 ……なんとまぁ……。


 退屈な展開からの落差。 いやー、びっくりしたわー。

 うん。 トータルで見ると最後の勢いのお陰で大体許せるわ。 いい感じに面白かったわね!

 さっきまでの内容を反芻していると不意に意識に触れるものがある。


 お、こっちも思い出したようね。

 覚醒した崗波良 矗斗の意識へと同調すると――





 ――そこは教室だった。


 夕暮れの教室。 並ぶ机、遠く響くチャイムの音。

 明らかに元々居た日本に近い世界ね。 転生した事で異世界に移動した事は間違いないので、似ているけど全く違う場所のはずよ。


 崗波良 矗斗は中学生で、教室で放課後に居眠りしてそのまま放置された所で目が覚め、不意に思い出したといった感じだったわ。

 思い出した事による困惑も強かったけど、周りに人がいなかった事が幸いして落ち着けたみたい。


 自分の前世と今の記憶や知識の擦り合わせを行いつつ帰宅。

 思い出したからと言って今までの記憶が消えた訳じゃないから生活に関しては問題ないわ。 

 戸惑いつつも自身は転生した事を受け止め、とにかく生きてみようと決めたみたい。


 崗波良 矗斗の転生後の身体は体格に恵まれており、コンプレックスである身長も気にならなくなったのもプラスに働いたようね。

 お陰で歪んだ攻撃衝動が鳴りを潜めて性格がかなりマイルドになったわ。


 中学生は二回目と言う事もあって勉強関係もスムーズに進み、中々順調な滑り出しじゃないかしら?

 ガチャで聞いた聴力と記憶力強化のお陰で授業も簡単に頭に入るし、成績などは急激にとは行かなかったけど上昇していったわ。


 やればやる程に結果に反映されるのだから楽しいでしょうね。

 親も転生前に比べれば付き合いやすかった事も手伝って、家庭環境もいい感じだった。

 後は異性交際権を引いているから手近な女子と付き合うのかしらと考えている。


 ……まぁ、それっぽいのはいるしね。


 同じマンションの隣の部屋に住んでいる同い年の女の子。

 近所なので何かと顔を合わせる機会も多く、それなりに交流もあるみたいね。

 顔は――まぁ、私の足元にも及ばないけど、まぁまぁなんじゃない?


 親同士の仲がいいのか家族ぐるみの付き合いもそこそこだけどあり、雰囲気もそれなりに良い。

 うーん。 これは無難にくっつくのかしら?

 しばらくは変化のない毎日だったので、正直面白くないわねー。


 前の奴みたいに幼馴染ちゃんが発狂しないかしら? そんな事を考えていると、唐突に事件が起こったわ。 何かと言うと幼馴染ちゃんの両親が離婚したのだ。

 原因は両方にあったみたい。 奥さんも旦那もそれぞれ別の相手を作っていたみたいね。


 ――で、何で発覚したかと言うと面白い事にお互いがお互いの事を疑って興信所を使って調べて分かったみたい。


 ははは。 お似合いの似たもの夫婦ね! これを機に仮面夫婦として割り切れば?

 残念ながらそうはならず、お互いを罵り合ってスピード離婚。

 そこで問題が発生。 幼馴染ちゃんをどうするかだ。


 両親はお互いの面影を感じる幼馴染ちゃんが目障りだから要らないと揃って育児放棄。

 わぉ、お手本のような毒親ね。 結局、裁判やらなんやらで押し付け合った結果、親権は母親に行ったけど面倒見る気はさらさらなかったようで、家だけそのままにして後は勝手にしなさいとの事。


 邪魔な娘を隔離した母親はそのまま他所の街で男と暮らしているらしい。

 絶望した幼馴染ちゃん。 そんな彼女に手を差し伸べたのが崗波良 矗斗だ。

 縋る物のない幼馴染ちゃんはそのまま崗波良 矗斗の手を取る事となる。


 崗波良 矗斗は前世でイキっていた事が嘘のように両親に幼馴染ちゃんの面倒を見たいと言い出し、半同棲のような形を取る。 こうして家族が増えて新しい生活が始まったのだった。

 そんなこんなで日々は流れ、高校受験というイベントを経て中学生活にも終わりが見えてくる。


 崗波良 矗斗は自己を高める事に貪欲で、かなり熱心に勉強を行ってかなりレベルの高い高校へと進学。

 幼馴染ちゃんもそれを追いかける形で受験を行いこちらも合格。

 成績的に崗波良 矗斗と釣り合ってなかったと思ったけど頑張ったのねー。


 崗波良 矗斗よ。 そろそろ幼馴染ちゃんの態度に気付いてあげた方がいいんじゃない?

 ぶっちゃけアンタを見る目が露骨よ? だけど崗波良 矗斗は気付かない。

 鈍感なのかとも思ったけど、どちらかと言うと何をやってもそれなり以上に上手く行く状況が楽しいのね。 幼馴染ちゃんへの関心がかなり薄い。


 家族としては面倒を見たいと両親を説得した手前、ちゃんと気を配ってはいるけどそこまでね。

 幼馴染ちゃんとの仲は進展しないまま高校へ入学。

 季節が変わる頃には学年上位に位置するぐらいの成績になっており、幼馴染ちゃんに勉強を教えられるレベルになっていたわ。


 こんな簡単な事が出来ないなんてまだまだだなぁと上から目線で幼馴染ちゃんに勉強を教える崗波良 矗斗。 こいつ前世の自分がどれだけ馬鹿だったのか忘れちゃったのかしら?

 ただ、周囲からの評判はそれなりに良かったわ。 全体的に満たされた生活を送っているので、周囲への攻撃性がなくなった事が大きいわね。 髪も染めていないし、イキったりもしない。


 傍から見れば絵に描いたような優等生って感じね。

 スポーツもそこそこできるので、何だかんだとスペックの高さを見せつけるとどうなるのか?

 女が寄って来るのだ。 こいつは自己を高める事にばかりかまけていたので、周囲からどう見られているかの意識が薄かったようだ。


 告白された時はかなり驚いていたわね。

 相手は一つ上の先輩。 部活動で良く顔を合わせるので、そのままいい雰囲気になってって感じね。

 崗波良 矗斗は二つ返事で頷く。 元々、美人な先輩といった印象を抱いていたので、断る理由がないみたい。

 

 ……おやー? これは受けていいのかしら??


 この後どうなるのかワクワクしてきたわ! その日の晩、幼馴染ちゃんと夕食を取っている最中、崗波良 矗斗は彼女が出来ましたと報告。 それを聞いた幼馴染ちゃんの顔は傑作だったわ!

 表情が一瞬で消えたのは凄かったわねぇ。 その後、すぐに取り繕っていたけれども凄まじく動揺しているのは丸分かりだった。


 うーん。 これはどうなるのかしら?

 私的には早い段階で動きがあるんじゃないかしらと睨んでいたけどその気配はなし。 大人しいものね。

 逆に崗波良 矗斗の方には少し進展があったわ。 彼女先輩は中々に積極的で、恋愛に関しても結構、攻めて行くスタイルのようね。


 翌日には手を繋いできて、最初の週末に早々にデート。

 帰り際にキスと凄まじく鮮やかなお手並みね。 落とす気満々と言った気合の入りようだったわ。

 これはもう次の週には寝技に持ち込むのかしら! これは幼馴染ちゃんの動向と並行して目が離せないわ!


 タイムアタックでも狙っているのかと言わんばかりの関係構築の手際に女神の私もニッコリよ!

 果たして、このまま行く所まで行くのかしら?

 崗波良 矗斗は幼馴染ちゃんの気持ちに気付いていないから馬鹿正直にデートの詳細を垂れ流し、それを聞いている幼馴染ちゃんはにこやかに相槌を打ってはいるけど、どんどん目が死んでいくのが面白いわね。 これどうなるのかしら?


 幼馴染ちゃんに動きがあったのはその翌日からだったわ。

 やたらとボディタッチが増え、事故を装っての接触と中々にあざとい。

 でも、それをやるのはちょーっと遅かったわねー。 もう崗波良 矗斗の心は彼女先輩に夢中なので、幼馴染ちゃんに何をされてもあんまり心が動いていないわ。


 これは直接言わないと分からないわよー? それにしても幼馴染ちゃん、彼女先輩から崗波良 矗斗を寝取るつもりなのかしら?

 まだ童貞だし。 先に食べたらいけるかもしれないわね。 それも時間の問題だけど――


 恐らくリミットは次の週末ね。

 そうなったら崗波良 矗斗の童貞は彼女先輩に捕食されてしまうわ!

 さぁ、どうする幼馴染ちゃん!? これは先が気になるわね! 思わず手に汗握るわ!


 動きは週末の前日にあった。

 幼馴染ちゃん何と裸で迫ったのだ。 おー、随分と思い切ったわね。

 崗波良 矗斗も健康な男。 ついでに童貞なのでこれは行けるかしら?


 幼馴染ちゃんは先輩と別れて自分と付き合ってと言い出す。

 その表情には焦燥がありありと刻まれていた。 うーん。 このシチュエーションでその顔は割とシュールねー。


 崗波良 矗斗はそのまま美味しく頂くのかしらと思ったのだけれど、首を振って自室にあった毛布を掛ける。 これは意外ね。 こいつの事だから取りあえずキープしとけとでも思ってそのまま行くと思ったのに。


 幼馴染ちゃんは絶望の表情を浮かべて走り去ってしまう。

 崗波良 矗斗は幼馴染ちゃんの行動にかなり動揺していたけれど、明日も顔を合わすし話し合おうと考えたみたいね。


 ――まぁ、結論から言うと機会は永遠に来なかったけど。


 傷心の幼馴染ちゃんは家を飛び出してマンションのベランダからそのまま飛び降り自殺をしたのだ。

 いや、うっそでしょ!? こいつの事、死ぬほど好きだったの?? 馬鹿じゃないの?

 ご丁寧に遺書まで残されていたので、幼馴染ちゃんが死んだ動機もある程度だけどはっきりしたわ。


 家庭環境の所為で、捨てられると言った事柄に非常に強い恐怖心と不安を抱えていた事。

 そんな中、依存できるのが崗波良 矗斗だけだった事。 最後に彼女が出来た事で自分はまた、捨てられるんだろうといった事が重なり絶望して飛び降りたと。


 まぁ、そこまではっきりとは書かれていなかったけど、態度と内容を加味すればそんな所でしょう。

 お陰で彼女先輩とのデートは流れてお付き合いどころじゃなくなったわね。

 ただ、彼女先輩は崗波良 矗斗を支えるべく色々と世話を焼いていたので、少しずつだけど持ち直していったわ。


 幼馴染ちゃんが死んだ事はショックだったけど、立ち直って気持ちの整理も付きそうな感じね。

 半年程かかったけど、そろそろ前に進もうと彼女先輩を自分からデートに誘うかなんて考えているある日の出来事にそれは起こったわ。


 部活の合間にやっていたバイトの帰りに彼女先輩にデートに誘うメールを送り、二つ返事で了承が返って来る。

 そして〆にはその日は家に親がいないのと来たわ。

 あらあら、随分と伸びたけどついに卒業式かしら? これが済んだら一段落ね。


 正直、幼馴染ちゃんが死ぬところまでは面白かったけど、ここまで来ると失速感が酷いわ。

 何か面白い事が起こらないかし――


 不意に衝撃。 崗波良 矗斗の後頭部が何か固い物で殴られたようだ。 そのまま倒れ伏す。

 余程、当たりどころが悪かったのか立てない。 それでも何とか首を動かすと、襲撃者の姿が視界に入る。

 

 ――何か知らないおばさんが……あ、思い出した。 幼馴染ちゃんの母親じゃない。


 幼馴染ちゃんの母親は血走った目で手にはどこから用意したのか木刀。

 ふーふーと荒い息を吐きながら崗波良 矗斗を木刀で滅多打ちにし始めたわ。 

 どうでもいいけど、こいつ何でトチ狂ってるのかしら?


 幼馴染ちゃんの母親は崗波良 矗斗を殴りながら呪詛を垂れ流す。

 それを聞いて何となくだけど事情が呑み込めてきたわ。 どうやら男に捨てられたようね。

 寂しさを埋めようと捨てた娘を拾いに行こうとしたら死んでいたと。 何を今更と思ったけど葬式来なかったし、死んだの忘れてたのかしら?

 

 で、その死んだ理由が崗波良 矗斗にあると知って、敵討ちに来たと。

 正当性の欠片もない八つ当たりね。 本人の中では成立してるっぽいけど、これは凄い。

 よくも娘を! とかお前の所為で! とか言って殴っている様は滑稽そのもだったわ。


 捨てといて何を言っているのかしらこの馬鹿はと思わず笑ってしまったわ。

 いやー、人間ってこれだから面白いわー。

 崗波良 矗斗も何とか助かろうと足掻いていたけど、人気のない道だったので期待はできそうにないわね。

 

 「ま、待って――」


 バキリ。 そんな感じの音がして木刀が致命的な部位を破壊したのか意識がぷっつりと途切れた。

 それにより元の空間に戻される。 私はうーむと唸りながら崗波良 矗斗の人生を振り返る。


 いやぁ、正直、そのまま彼女先輩とくっ付いてそれなりに幸せになるのかとも思ったけど、この落ちは予想できなかったわー。

 今回は豪華二本立てで、どっちも中々楽しめたから満足ね! 面白かったわ!


 対象が死亡した事により接続が切れ、静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。


 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。

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