第14話 八人目②

 加治佐かじさ 慎弥しんやの意識が覚醒する。

 安いアパートで碌に片付けもしないのでゴミや洋服などが散乱していた。

 正直、私はこいつの今後の展開に欠片も期待していない。 何故なら――


 ――もうこの時点でこいつがどうなるかが分かり切っているからだ。

 

 加治佐 慎弥はボーっとしながら起床。 時間は夕方だが、まったく気にせずにトイレへと向かい、今日どうするかなと考えて扉を開けて中に入るとそこは草原だった。 凄まじく唐突だったけど、驚きはないわね。 精々、雑な導入ね程度の感想が浮かんだ程度かしら? いつの間にか入って来たトイレのドアも消えているので戻る事も不可能だ。

 急な出来事に加治佐 慎弥は戸惑うが、思考が回り始めた所でこのままでは不味いので移動しなけばと歩き出す。


 しばらく歩くと街道のような道が見えて来たので道に沿って歩くと遠くで悲鳴が聞こえる。

 何だと向かうと馬車が山賊風の男達に襲撃を受けており、高貴な身分らしい上等そうな服を着た女が襲われていた。


 加治佐 慎弥は最初は見て見ぬふりをしようとしたが、いきなり手の中に輝きを放つ剣が現れる。

 剣を握っていると力が漲って来たので、そのまま山賊に斬りかかった。 思考を見た限り、何か行けそうな気がしたので行ったらしいわ。


 ……そりゃそうでしょうね。


 いきなり現れた凄そうな武器を持った加治佐 慎弥の目には山賊の動きがスローに見えていたので、対処は簡単だったようね。


 瞬く間に山賊を瞬殺。 助けた女はこの国の姫で帰る途中を襲われたとの事。

 お礼をしたいので城まで来て欲しいと言われたので、馬車に乗って城まで移動。

 国王や国の重鎮に口々にお礼を言われ勇者様だの何だのと誉めそやされる。 だが、それが面白くなかったのか騎士風の男が加治佐 慎弥に食って掛かってきた。


 加治佐 慎弥はふんと鼻で笑って騎士を挑発。

 その後は決闘と言った流れになったが、一瞬で決着。 加治佐 慎弥はイキイキとその程度かと見下し、周囲の者達は徹底的に騎士を馬鹿な奴だ愚かな奴だと嘲笑し、逆に加治佐 慎弥を凄い凄いと持ち上げる。


 盛大に持て成され、何と夜には姫様とベッドを共にするに至った。 

 当然ながら姫様は誘う癖に反応は非常に初心だ。


 ……はぁ、サービス良すぎじゃない?


 その後、しばらく滞在していたが城での生活に飽きたのか冒険の旅に出ると言い出したので、王からたっぷりの路銀を受け取って城を出て冒険者へとジョブチェンジ。

 直後、街に魔物の群れが出現。 加治佐 慎弥は俺に任せろとキメ顔で飛び出してバッサバッサと魔物の群れを虐殺する。 その間に危機に陥っていた美女の冒険者を何人も助けて感謝されていたわ。


 魔物の群れを片付けた後、冒険者が所属する組織――ギルドに功績が認められ、最高ランクの冒険者に昇格。 そしてその晩に助けた女冒険者達からお礼と称したサービスを受けて翌日、街を後にする。


 ……凄いわねー。 最高ランクの冒険者って国では数える程しか居なくてあなたは史上最高速で昇格した英雄ですだって。


 しばらく歩いていると怪しい連中が近所の村を襲っていたのが見えたので助けに入ったわ。

 当然ながら楽勝で賊を倒して村長に事情を聞くと襲って来た連中は奴隷商人か何かで村を襲い、人をさらって奴隷にしているそうね。

 その襲撃で親を失った美少女が居たので引き取ってパーティーメンバーに加えたわ。

 

 ……良かったわねー。 どうでもいいけど、連れて行く娘だけ他と比べて顔面偏差値高すぎじゃない?


 親を失って可哀想な娘は加治佐 慎弥の慰めで即座に心を開いてついでに股も開いたわ。

 その間、半日ってちょっと早すぎない? 両親の事はもう吹っ切れたの?

 奴隷娘は顔だけは良いけど他は何をやらせてもダメなので加治佐 慎弥が色々とやってあげると、大喜びで凄いです、最高ですと言葉を覚えたばかりの九官鳥のようにピーチクパーチクと大絶賛。


 そんな調子で加治佐 慎弥は何の目的もないままあちこちを旅しては同じような事件に遭遇しては颯爽と解決。 強そうな敵が手を変え品を変え現れるが、全て聖剣だか神剣だかの一撃で終了。

 終わったら漏れなく美女や美少女が素敵! 抱いて!と寄って来る。


 加治佐 慎弥はヘラヘラと笑いながら片端から食い散らかし、パーティーメンバーに加えハーレムを形成していく。

 当然ながら問題も発生する。 連れている女を狙って変な輩が寄って来るのだ。

 だが、加治佐 慎弥がその全てを撃退。 ハーレムを脅かす間男はボコボコにされた後、連れている女たちと周囲の人々にありったけの侮蔑や罵倒を浴びせられ身も心もズタボロの状態で消えて行く。


 終われば待っているのはハーレムメンバーによる御神輿担ぎだ。

 わっしょいわっしょいと加治佐 慎弥を褒めちぎる。

 加治佐 慎弥は美女からの愛情やらなんやらと周囲からの羨望を一心に受け止めてご満悦だ。


 まだまだ満足していないのか加治佐 慎弥の快進撃は続くわ。

 今度は迫害されている魔物と人の混血みたいな連中の下へ向かって都合よく起こったトラブルを解決。

 異形だけど顔だけは人間っぽくて美女なハーレムメンバーを追加して、男は配下にしたわ。


 ……よくもまぁ、飽きずに女の尻ばかり追いかけて居られるわねぇ……。


 周囲は「凄いです。 最高です」しか言わないが、旅には全く問題ないみたいね。

 ハーレム特有の女同士のギスギスも皆無。

 三十人ぐらいいるけど人間関係に一切問題が起こらないなんて凄いわねー。


 加治佐 慎弥はそろそろ旅に飽きたのか、俺は領地を手に入れて腰を落ち着けるとか言い出したわ。

 周りは「凄いです。 最高です」とその判断を褒め称える。 もうこいつ等、何を言っても「凄い、最高」しか言ってないような気がするわ。 語彙力どころか知能がないのかしら?


 都合よく、魔物に襲われて滅び荒れ地になった広大な土地があったので、魔物を掃除した後に自分の領地として利用する事にしたようね。

 あれよあれよという内に人が集まって過程をすっ飛ばしたかのような早さで屋敷どころか城が建ったわ。 人も続々と集まっていつの間にか街が出来上がり、何か知らない内に国になったみたいね。


 視界を埋め尽くすほどの人、人、人が万歳万歳と加治佐 慎弥を褒め称える。

 加治佐 慎弥は幸せいっぱいに笑みを浮かべていきなり湧いて来た国民に手を振って玉座に座ったわ。

 初代国王とか言う御大層な肩書を得た加治佐 慎弥は何をしているかと言うと、昼間は偉そうに適当な指示を出して、夜はいっぱいいるハーレムメンバーと寝て過ごしている。


 ……そろそろかしらね。


 私は溜息を吐きながら加治佐 慎弥の認識と視界の状態を見て終わりを悟る。

 その理由は周囲が霧のようにあやふやになり始めたからだ。

 

 「ひ、ひひ、明日は何をしようかなぁ」


 それが最期だった。 唐突に視界がブラックアウト。

 加治佐 慎弥が死亡した事により、元の空間に戻される。

 



 「馬鹿々々しい」


 思わずそう呟く。 結局、加治佐 慎弥に何が起こったのか?

 異世界に転移した所までは本当だけど、その後は全てがまやかしだ。

 異なる世界と言うだけあって、様々な世界が惑星のように存在している。 中でも加治佐 慎弥が引いた世界はぶっちぎりの外れだ。


 あの世界は生まれてから日が浅い世界で、成長する為の養分を欲しがっている。

 さて、その養分は何か? 生命体の魂――それも寿命を多く残している若い物ほど好まれる。

 あの世界はまず、波長の合った獲物を招き寄せると幻覚を見せて食虫植物のようにゆっくりと捕らえた獲物を消化していく。 囚われた獲物は逃げられないように自分にとって都合のいい幻覚を見せられて、その場に留まらされると言う訳ね。


 つまり加治佐 慎弥は最初から最後まで幻を見続け、命を吸い尽されて死んだのだ。

 出会った人物は全部幻、旅をしていたつもりで同じ場所をぐるぐると回っていただけ。

 私は加治佐 慎弥の認識している風景と肉眼の捉えている風景の両方が見えたから、馬鹿みたいに同じ場所を行ったり来たりして虚空に向かって会話したり腰を振ったりしている所もしっかり見ていたわ。


 正直、滑稽と思う気持ちはあるけど、ひたすら虚無を見せられている気持ちになったので、見ていて面白くはなかったわね。

 ただただ、馬鹿じゃないのと言った感想しか出てこない。


 稀にだが、こう言った大外れの世界を引き当てる間抜けが居る。

 そう言った奴はガチャの結果を見れば大体分かるわ。 加治佐 慎弥が私のガチャで色々引いていたけど、あれは実際の結果とは異なるわ。


 正確には――


 -:幻影

 -:幻影


 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影

 -:幻影


 ――と言った結果になっていた。


 要は最初の転移を引いた時点でこいつの運命は決定していたので、全ての因果がこれに収束する事になったと言う訳ね。 レアリティすらない文字通りの幻。 何の価値もないゴミ以下の代物……いや、形すらないから代物ですらないわ。 

 幻影以外が混ざっていない事から、他の運命が介在する間もなく引き込まれ、打ち破る能力も可能性も皆無と展開が完全に読めてしまっていたのだ。


 説明を求められた時も扱えば分かるとしか言えなかったのもそれが原因ね。

 はっきりと武器と認識している以上、私が何を言っても引き当てた幻の詳細な説明に認識が変換されるので説明は無駄だった。


 実際、加治佐 慎弥の認識では私が武器について詳細に説明した事になっている。

 武具しか出なかった事も加治佐 慎弥にとって分かり易いレアアイテムのイメージだったからだ。

 幻影を打ち破って正気に戻る可能性があるのならラインナップに幻影以外の何かが追加され、脱出の助けになったでしょうけど、幻影はレアリティがない。 つまりは優先順位は最低・・・・・・・なのだ。


 要は他に引ける物があったとしたなら幻影以外を確定で引けたのだが、引けなかった以上は加治佐 慎弥が正気に戻る可能性は皆無。

 ここまで条件が揃っていれば何が起こるなんて、分かり切っている。

 

 結局、予想は裏切られずに加治佐 慎弥はひたすら何もない場所を右往左往して、何もない場所で腰を振って、動けなくなって死んだと言う訳ね。

 建国した辺りでもう歩く事も難しかったらしく、地面で芋虫のように身をくねらせているだけだったわ。


 本人的には幸せでよかったのかもしれないけど、私からしたらつまらないを通り越して萎えるわ。

 私が見たいのは人生であって意味のない自慰行為じゃない。

 だからこそ、幻を引く奴を見ると一気に気持ちが冷めてしまうのだ。

 

 ……はぁ、まぁいいわ。


 それにしても私の楽しみを邪魔するなんて迷惑な世界ね。

 あの手の捕食型の世界は執拗に他所から生命体を呼び出してはああやって餌にしている。

 今回のような悪質な例はそう多くないけど、異世界人を多く呼び寄せるような世界は何らかの形での歪みを抱えているので、基本的に永くはない。

 

 大抵、まともに成立する世界はそんな真似をしなくても自力で成長するからだ。

 つまり他所から養分を奪って成立している時点でまともじゃないって事ね。

 私はもう一つ溜息を吐くと、気持ちを切り替える。


 ……今回は大外れだったけど、次は面白いのを引き当てたいわね!


 静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。


 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。

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