第12話 七人目②

 嵜岡 釼木の意識から離れて私はのんびりと覚醒を待つ。

 もう転移する事は決まっているので、それまでは期待せずに眺めるとするわ。

 記憶を参照する限り、こいつ飯時と排泄、入浴時以外に部屋から出ないから見てても死ぬほどつまらないのは分かり切っているからだ。


 実際、嵜岡 釼木の日常はまったくと言って良い程、変化がない。

 さっさと転移しないかなーと見ているとその時は思った以上に早く訪れた。

 何と接触からたったの二日だ。 嵜岡 釼木はいつも通り自室でパソコンの前に齧りついていると不意に画面がフリーズ。


 嵜岡 釼木が舌打ちしながら復旧させようとしていたが、回復しない上に電源も切れずにパソコンは完全に硬直。 嵜岡 釼木はふざけんなと言いながらモニターを揺すろうとしてその手が不意に沈み込む。 

 明らかにモニターを貫通するぐらいに手が沈み込んでいるのに向こう側に抜けていない。


 ……うーん。 こうなったか。


 見た所、モニターに重なる形で空間が歪んでおり、嵜岡 釼木の腕を絡め取っていた。

 嵜岡 釼木は驚きつつも腕を引き抜こうとしたが抜けない。

 あー、これは捕まった感じね。 抜けたいなら腕を切断するしかないわ。


 当然ながらそんな事は知りようのない嵜岡 釼木どう頑張っても抜けないと悟ったのか、覚悟を決めてモニターを潜る。 モニターの向こうにある真っ暗な何処かへと吸い込まれるようにその姿が消えて行った。



 

 世界間の移動に伴った衝撃で嵜岡 釼木の意識が飛んだので接続は切れていないけど、感覚情報は入って来なくなった。

 しばらくすると嵜岡 釼木が意識を取り戻したのか感覚情報が復活。 周囲の状況が明らかになる。


 うーん。 ものの見事に森ねぇ。

 召喚じゃなくて転移だから本当に移動先の世界へ行っただけでランダムな場所に落ちたわねー。

 嵜岡 釼木はしばらくの間、呆然としていたがややあって状況を把握。

 

 これは流行りの異世界召喚なのではないかといった結論に至った。

 惜しい。 召喚じゃなくて転移ね。

 いやぁ、この手の人種って何でこういった事柄に対しての察しが異様に良いのかしら?


 良くも悪くもフィクションに毒された結果だろうけどその割には――まぁ、いいか。

 さて、早々に現状を把握した嵜岡 釼木が行った事は何か?

 本人曰く定番の儀式らしい、ステータスオープン・・・・・・・・・だ。


 そしてこいつは鑑定眼を引き当てているので、それは正しく機能し自身のステータスが脳裏に表示された。

 耐久値、魔力値、筋力等の数字の羅列と使用可能な特殊技能が、詳細に表示されていた。

 こっちに来る前に引いた物の効果もあって値は全体的にそこそこ高いわね。


 ……とは言ってもこの世界の平均的な能力値が不明な以上、日本人の身体能力基準ではそこそこ高いと言った意味合いになるわ。


 カンストしていない事が不満だったようだけど、これからレベルアップしていけばいいと前向きに考えたようね。

 さて、この鑑定眼――要はステータスの閲覧能力だけど、これって実はかなり危ない代物だったりする。


 誰でも使える能力と言う訳ではないが、場合によっては一方的に相手のスペックを確認できるのは何事においても非常に有用と言えるだろう。

 ただ、ここで疑問が生じる。 何故、そんな物が見えるのかだ。


 対象の能力を使用者の分かり易い形の情報に変換して表示する。

 果たしてそんな能力、個人に扱える者なのだろうか? 答えは否だ。

 なら、嵜岡 釼木は何でそんな凄い代物を扱えているのか?


 理由は当然存在する。 ステータスの閲覧能力を得ている存在は、世界と繋がっている・・・・・・・・からだ。

 それはどう言う意味かと言うと、文字通り嵜岡 釼木は異世界転移者であると同時にこの世界の端末の一つとして取り込まれている。


 要するに世界からのバックアップを受ける事によって、相手の能力を覗き見る行為を成立させていたのだ。

 ただ、これには重い代償が伴う。 世界の端末――要は一部となっている以上、その魂は世界の物となる。 これが何を意味するかと言うと、この世界に紐づけされて転生と転移が不可能になると言う事だ。

 

 世界の一部になる事でその能力の一部を借りているので死んだ場合、魂はどれだけのエネルギーを残していようが問答無用で世界の養分となる。

 この時点で嵜岡 釼木の魂にとって、この世界は終の住処となったのだ。


 ……ま、死んだら完全におしまいって事ね。

 

 今までもこうやってこの手の世界に飛ばされた奴は何人も見て来たので、この手の要素のある世界については飽きる程見て来たと言ってもいい。

 大抵は死ぬ間際に次があるとか寝言言って永遠に消滅するんだけど、まぁこいつも例に漏れず死ねば消えてなくなるわね。


 そんなこんなで嵜岡 釼木はその場に留まっても無意味と判断したのか、動き始めたわ。

 取りあえずシステムを理解する所から始めるみたいね。

 このステータス閲覧能力のお陰で、大抵の奴はゲーム感覚で行動を始める。


 正直、危機意識的にどうなのかとも思うけど、生き物を殺すのに抵抗がなくなるみたいだから良くも悪くもって所かしら?

 しばらく歩いていると何匹かの小動物――ウサギみたいな生き物を見つけたので、落ちて居た木の棒で何の躊躇もなく撲殺。


 ……呑み込み早いわねー。 本当にゲーム感覚で殺し始めたわ。


 そしてこの世界ではその行動は割と正解だったりするのだ。

 世界の一部となった事で殺害した生き物から生命力の一部を奪い取る事が出来る。

 結果、どうなるか? 身体能力の向上――要はレベルアップだ。


 このシステムのお陰で本当に現実とゲームが混ざった認識を持って行動してしまう。

 実際、生き物を殺せばレベルアップにより身体能力が強化され、それにより魂の強度が上昇。

 世界と接続している器である魂が強化される事により、世界から受けられる恩恵が増える事となる。


 ……その効果はそろそろ見えて来そうね。


 嵜岡 釼木の動きが目に見えてよくなってきた。

 小動物を狩るのに飽きたのか少し大きめの生き物を狙って殺し始めている。

 レベルアップにより自分の能力が目に見えて向上して行くのが面白いのでしょうね。


 夢中で殺しまくっているわ。

 ただ、動物たちもただで殺されてやる気はないようで反撃を試みる者もいた。

 そいつらの攻撃を嵜岡 釼木は滑らかな動きで躱し、叩き潰していく。


 その動きは武道か何かを彷彿とさせる程、スムーズな足運びだった。

 明らかに身体能力だけじゃなく、技量も向上している。

 嵜岡 釼木がステータスを参照すると、ステータス部分の下の方――スキル欄に棒術や剣術と言った記述が追加されていた。


 これはスキルと銘打っているが、実際は別物だ。

 冷静に考えれば分かる話なのだけど、剣術と記載されただけで一端の剣士になれるか? 

 そんな訳はない。 なら嵜岡 釼木の動きは何なのか?


 これも世界と接続する事の恩恵だ。 嵜岡 釼木は能天気に俺は新たな力を獲得したぞと大喜びだが、実際は深みに嵌まっているだけだ。

 ここで疑問が出て来る。 世界と接続する事で何が見えるのか? そして世界とは何か?


 世界と言うのならこいつが立っているこの場所の事ではないのか?

 その答えでも正解ではあるが完全ではない。 こいつが接続しているのは世界の記憶とも呼べる存在。

 この世界にもそれなり以上に長い歴史が存在し、その中で数多の命が生まれては死んでいった。


 なら死んだ存在はどうなるのか? 転生しなかった場合は世界の一部として取り込まれてしまう。

 そしてその存在は持っていた記憶や知識は世界の物として蓄積されて行く。

 つまり嵜岡 釼木は世界との接続が強化された事により、世界の持つ普遍的な知識にアクセスして欲しい技能を取り寄せているのだ。


 まぁ、ゲーム風に言うなら技を発動する際に操作アバターが決められた通りに動く現象――システムアシストに近い物ね。

 実際、嵜岡 釼木は考えて動いている訳じゃなく、何となく「躱して一撃入れたい」とか考えているだけで、後は世界のサポートにより体が勝手に動くと言う訳だ。


 本人はおめでたい事にこれは自分の実力だと粋がっているわ。

 それでも面白いのでしょうね。 強くなっていく手応えがステータスと言う数字に表れている点は嵜岡 釼木の向上心に火をつけたようで、転移する前の覇気のない表情は何処へやら目を輝かせて精力的に生き物を殺してレベリングを開始したわ。


 小動物を殺し、中型の動物を殺しひたすらに自己を強化していく。

 どれだけ殺したのか、いい加減にレベルが上がらなくなって来た所で森の動物を殺すのに飽きたようね。


 そろそろ違う獲物を求めて嵜岡 釼木は森を移動する。

 随分と強化された事により、人間離れした動きで森を疾走。 凄まじい速さで風景が流れ、その目はギョロギョロと小刻みに動き獲物を探し続ける。


 得たスキルに気配を探知する系統の物が含まれていたので、動きに一切迷いがない。

 これは生き物の大雑把な位置を感知する物で、近ければ近い程精度が上がる優れ物だ。

 途中で習得して逃げ惑う動物を殺しまくるのに大いに役に立っていたわね。


 さて、こいつは何処へ向かっているのかと言うと――人里だ。

 流石に少し他人が恋しくなったようで、誰かと話をしてみたい衝動に駆られたようね。

 ついでに魔物の素材を大量に抱えて換金しようと企んでいるみたい。


 ……何と言うか、浅はかと言うか基本に忠実と言うか……。


 そんな事を考えていると嵜岡 釼木は森を突破。

 大きい街が見えて来た。 到着した嵜岡 釼木は早速街に入ろうとしたけど、門番に止められる。

 都合のいい事に世界からの恩恵で言葉は通じるみたいね。


 目的を話して街に入れてくれと説明するが、街に入るには身分証の提示が金銭の支払いが必要だったので、どちらも持っていない嵜岡 釼木は当然、入れて貰えない。

 どうするのかしら? もしかして強行突破するのかなと僅かな期待を込めて見ていると、意外な事に大人しく引き下がった。


 まぁ、不審者丸出しだからどっちにしろ入れて貰えなかった可能性が高いわね。

 服装もボロボロのジャージだし。 そんな恰好をした奴が魔物の皮やらを抱えて現れたら怪しむわよねぇ。


 ――で、嵜岡 釼木はどうしたのかと言うと、街から少し離れて通る者をチェックし始めた。


 この時点でこいつが何をやろうとしているのかを察した。

 要は通る奴を襲って身ぐるみを剥ぐつもりのようね。

 いやぁ、人間ってゲーム感覚だとこうも簡単に倫理観を投げ捨てられる物なのかー。


 割と見る光景だけど、何度見ても感動するわ。

 狙うのは金を持ってそうな連中で、ついでに自分に合う服を着ている奴が居ればなお良しと考えているみたいね。


 そんな調子でしばらく見ていると――おや?

 遠くで戦闘の気配がする。 嵜岡 釼木はイベントか?とゲーム脳全開で現場へ急行。

 そこでは馬車が山賊らしき連中に襲われて戦闘を繰り広げている所だった。


 馬車や護衛の装備を見るとそこそこ身分が高い者達なのかしら?

 嵜岡 釼木は脊髄反射としか言いようがない程の速さで戦闘の只中に飛び込む。

 山賊を殴り殺し、武器を奪って他を仕留める。 考えている事は騎士連中に恩を売る事だけ。 打算に塗れすぎてて笑うわ。


 そこで嵜岡 釼木はある事に気が付いてしまった。

 人間は経験値が非常に美味しいと言う事に。

 当然の乱入者に馬車の防衛をしていた騎士達はどう対応していいのか迷っていたが、その強さに危機感を感じたのか警戒するように武器を向けた。


 それを見た嵜岡 釼木は考えたのは誤解を解こうではない。

 敵対行動と判断して仕留めようだ。 要するにこいつは人間の経験値効率の高さに味を占めて殺す理由を強引に作ったみたいね。


 ……いやー、ここまで来ると清々しいわ。


 もう嵜岡 釼木の目には目の前の騎士達が経験値にしか見えていないようね。

 嵜岡 釼木は武器を向けやがってと怒った振りをして内心では都合がいいと笑いながら騎士達を皆殺しにしたわ。


 ついでに馬車に居る非戦闘員も皆殺しにして経験値に変えた後、ドロップアイテムの確認だとか自分に言い訳して馬車を物色し始めた。

 おいおい、最初の助けて恩を売るって目的はどこ行ったのよ?

 

 嵜岡 釼木は死体から服と装備を剥ぎ取り、馬車の積み荷を漁っていると一つ厳重に梱包されている箱が見つかった。

 強引に抉じ開けて中を見ると黄緑色に輝く剣が出てきわ。 私はその剣に見覚えがあった。


 根源剣プラセオジム。 ガチャで引いた奴ね。

 てっきり異世界の勇者様専用装備とか言って誰かから貰える物かとも思ったけど、強奪するというのは予想外だったわ。

 嵜岡 釼木はプラセオジムが気に入ったのか鞘を見繕って腰に吊る。


 金銭と換金できそうな小物類を奪い、意気揚々と街へと戻っていったわ。

 金貨と銀貨の入った袋を腰に下げ、背負い鞄に奪った物品を詰め込んで出発したのだけど……。

 私の感想は――


 ……あ、戻るんだ。


 ――と言う物だった。

 少し離れているとはいえ、街の近くでこれだけの事をやらかして街に向かえるのは凄いわ。

 まぁ、実際は何も考えていないだけの馬鹿丸出しの行動なんだけどね。

 

 ちょっと考えれば分かる物なんだけど、嵜岡 釼木が奪ったプラセオジムって明らかに普通じゃない武器で厳重な警備で輸送していた事を考えると街に持ち込んで何かするのは目に見えている。

 しかもそんな代物を堂々と腰にぶら下げて街に行くなんてこいつは正気なのだろうか?


 相も変わらずゲーム感覚の嵜岡 釼木は街に到着。

 金を払って中に入ろうとしたのだけど、プラセオジムを見た門番が騒ぎ出し。

 問答無用で捕縛されようとしたのだけど、嵜岡 釼木は理不尽な事をと怒り出して門番を返り討ち。


 そこから先は街から次々と兵隊が続々と現れて本格的な戦闘に突入。

 しっかりとレベリングを行っていた嵜岡 釼木は持っていたプラセオジムの性能も相まって手が付けられない状態だった。


 向かって来る兵士達を虐殺し、そのまま街に殴り込む。

 いやー、強いわねー。 目に付く敵をばっさばっさと斬り倒し、ついでに逃げ遅れた非戦闘員も斬り倒し、街に火まで放ち始めたわ。


 これだけの蛮行をやっている途中に本人は何を考えているのかと言うと――


 ――経験値美味しい、だ。


 極まっているわねー。

 もう、こいつには生き物が経験値にしか見えていないので女子供でも容赦なしだ。

 子を庇う両親を殺害した後に子供を殺害した感想が経験値すくねーなのでもうどうしようもない。

 

 街を火の海に変えた後、嵜岡 釼木が向かったのは小さな城塞。

 恐らくはこの街の支配階級が住んでいる建築物なのだろうけど、嵜岡 釼木は正面から殴り込む。

 流石に場所が場所だけあって敵もそれなり以上に手強くなったけど、嵜岡 釼木は高いステータスとプラセオジムの性能でのゴリ押しで突破し、玉座の間みたいなところで近衛騎士みたいな連中と死闘を繰り広げていたわ。

 

 最後まで生き残った騎士はかなり強かったけど、持っていた装備の所為ね。

 根源盾タンタルと根源鎧クリプトン。 元々、プラセオジムはこの騎士に渡す筈だったのかしら?

 嵜岡 釼木はドロップ美味しいとかクソみたいな感想を垂れ流して、王と王妃らしき人物を殺害。


 王女が残っていたけど何で殺さないのかし――あ、こいつまさか。

 

 ――そのまさかだった。


 寝室に王女を連れ込んで婦女暴行を働いた後、俺の女にしてやるとか言い出した時は思わず笑ってしまった。 こいつは頭に何が詰まっているのだろうか?

 当然ながら王女はこれを拒否したが、返答が気に入らなかったのか嵜岡 釼木は何度も殴りつけて強引に同意させた。

 

 ……可愛い彼女が出来て良かったわねー。

 

 さて、力に物を言わせてやりたい放題やったのは良いけど、後の事は考えているのかしら?

 当然、考えていないのでその直後に大変な事になった。

 これは後で知った話だが、嵜岡 釼木が持っている根源武装は国内のパワーバランスを調整する為の武器だったらしい。 貴重な上、国にとって非常に重要な意味を持つ代物だったので、国中が激怒。


 国のあちこちから根源武装を装備した者達が集結。 嵜岡 釼木はその間に余裕をかまして酒を飲んでいたのだが、気が付けばあっという間に取り囲まれてしまった。

 それでもゲーム感覚の嵜岡 釼木は危機感を全く抱いていない。


 どうもステータスという分かり易い自信の源が存在し、今まで負けなしだった事もそれを後押ししていた。

 まぁ、ゲーム感覚みたいだし、勝てるようにできているとでも考えているのかしら?

 嵜岡 釼木は俺に挑むとは馬鹿な連中だと嘯き、粋がりながら新しくできた彼女(笑)である王女ちゃんを連れて打って出る。

 

 根源武装を三つも装備した嵜岡 釼木の強さはかなりの物で、並の兵士では直ぐに返り討ちにししてしまう。

 だが、そこまでだった。 何故かと言うと嵜岡 釼木の前に一人の男が立ち塞がったからだ。


 この世界の人間とはやや異なる顔立ち、黒髪黒瞳――要は嵜岡 釼木と同じ日本人だ。

 どうやら別口で転移した奴みたいね。

 周りはそいつの事を勇者様だのなんだのと呼んでいる所を見ると真っ当に活躍しているのかしら?


 傍から見ても強く尊敬されているのが分かる。

 それを見て嵜岡 釼木が感じたのは強い嫉妬。 あぁ、自分の行動を高い棚に上げて、自分よりちやほやされているのが気に入らないみたいね。


 まずはステータスチェック。 戦う前に相手のスペックを確認する辺り、最高に小物ね、

 

 ――!?


 嵜岡 釼木は驚いたように目を見開く。 その理由は鑑定が効かなかったからだ。

 恐らく何らかの手段で防いだのでしょうね。

 ただ、完全に包囲されている上、周りが嵜岡 釼木に対して罵詈雑言を叩きつけ初めたので、この馬鹿は非常に苛立っていた。


 ついでに当てつけるように勇者様勇者様と持て囃すので、嵜岡 釼木は目の前の勇者君を八つ裂きにしたくて仕方ないようだ。 普段はゲーム感覚の癖にこういう時だけ感情的になるのね?

 ちなみに私にも勇者君のステータスは見えないけど、明らかに嵜岡 釼木より強そうねぇ。


 装備も同じ根源武装っぽいしこれは無理なんじゃない?

 勇者君は一騎打ちだと宣言し、後に引けなくなった嵜岡 釼木が応じる形で戦闘開始。

 

 ……どうなるのかしら?


 何となく結果は見えていたけど、いい意味で裏切ってくれないかしらと期待しつつ見ていると――


 ――あー、駄目ねこれは。


 始まって早々に勝負は決まりつつあった。 嵜岡 釼木は一分も経たずに斬り刻まれて血達磨になっている。 対する勇者君は無傷。

 身体能力――要はレベル差もあるのでしょうけど、動きが完全に見切られているわね。


 嵜岡 釼木がスキルを用いた斬撃を連続で繰り出すが、勇者君は凄まじい反応でその全てを最小の動きで躱して反撃。

 何でだよと嵜岡 釼木は苛立ちに突き動かされるように攻撃を繰り返す。


 ……あ、何となくわかってきたわ。


 多分、勇者君は嵜岡 釼木がどんな攻撃を繰り出すか分かっているのだろう。

 スキルは世界に蓄積された知識によって最適化された動きを使用者になぞらせる。

 その為、動きがパターン化しているのだ。 恐らく勇者君はスキルのモーションに精通しており、予備動作からどう動くのかを把握しているのだろう。


 道理で嵜岡 釼木の攻撃が掠りもしない訳ね。

 何をするか宣言してから動いているような物だし、これは勝ち目なしか。

 嵜岡 釼木も負けを悟ったのか、逃げる事を考え始めた。


 何度かの攻防の後、大きな動きで距離を取って踵を返して走る。

 そのまま逃げ出すのかとも思ったけど、彼女(笑)の王女ちゃんを連れて行くみたいね。 

 抱えて逃げようとした所で――出血。


 出所は嵜岡 釼木の喉だ。 どこに隠し持っていたのかナイフを嵜岡 釼木に突き立てていた。

 王女ちゃんは憎悪に濁った眼で皆の仇と声高に叫ぶ。

 呼吸が出来なくなって立っていられなくなった嵜岡 釼木はその場に倒れる。


 王女ちゃんは一度刺しただけでは気が済まなかったのか、馬乗りになって滅多刺しにし始めたわ。

 嵜岡 釼木はこひゅこひゅと喉から変な音を出しながら、王女ちゃんの腕を掴もうとしたけど――


 「や、やめ――」


 ――王女ちゃんのナイフが目玉に突き立てられた所で電源が落ちるみたい意識が途切れた。

 

 あ、終わった。

 割と唐突に意識が切れたのでそれ以上の感想が出てこない。

 まぁ、途中までは楽しんでいたみたいだし、いいんじゃないのかしら?

 

 魂は世界の肥料になったから二度と転生も出来ないけどね。

 見世物としてはそこそこ面白かったから私的にはそれなりに満足だったわ!

 


 対象が死亡した事により接続が切れ、静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。


 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。 

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