第8話 五人目
あっはっは。 前回は傑作だったわねぇぇ!
私――星と運命の女神ズヴィオーズは目を閉じて思い返す。
ガチャを回さない上に私に説教を始める本物の馬鹿だったけど、死に様は最高だったわ!
まぁ、感想を言うのなら愛はお金じゃ買えないかしら?
繋ぎとめたいなら最低限のご機嫌は取らないとね? あ、当然ながらガチャも回してご機嫌取らないと良いのが出ないわよ?
楽しめたけど収支としては赤字だから、次は気前のいい客が来てくれると嬉しいわねー。
そんな事を考えながらぼんやりと空間を漂っていると――何やら呼ばれる気配がする。
来たみたいね! 待って居たわ。 次こそはいっぱい回す奴、来ないかしら?
さぁ、女神の導きの時間よ!
……うわー、マジか。
期待に胸を躍らせていた私だったが、接触した相手を見て即座に気持ちが萎えてしまった。
何故なら目の前に現れたのは死にかけの爺さんだったからだ。
これどうすれば良いのよ。 もう寿命五年も残ってないわよぉ……。
しかも外界に対する認識力が酷く落ちており、意思疎通にも支障が出るレベルだ。
要はボケていると。
「おぉ……婆さんや。 迎えに来てくれたのかぁ……」
鳥次 滄平はゾンビみたいな足取りでボケた事を言ってにじり寄って来る。
誰が婆さんだクソジジイ。 目、腐ってるの?
死んだ奥さんと勘違いしているのだが、こいつの認識は完全にぶっ壊れているので女を見れば婆さんとか言って抱きつこうとするようね。
顔なんて碌に見てお居らず、乳と尻で識別しているようだ。
つまりはエロいクソジジイと。 ぶっちゃけると記憶力どころか記憶自体にも欠損が見られ、婆さん婆さん言っているがその顔すら思い出せない有様になっている。
正直、記憶と思考が見えている以上、会話が可能か否かは大体分かるので、このジジイとの意思疎通はかなり難しいと判断せざるを得ない。
それでも波長が合った以上は私は女神としてやる事をやるだけよ。
取りあえず一通りの説明を行いはしたのだけど――
「あい? 何だって?」
――ちくしょう、聞いちゃいない。
この有様なら思考をモニターしながら誘導すれば引かせることはできるでしょうね。
でも、それは私の矜持が許さない。 引く場合は自発的にだ。
ガチャは自らの意思で回す物であって強制される物じゃない。
最大限引けても四回なので、客としての旨みもあんまりないわね。
これ、どうした物かしら? うーん、いっそ接続を切る?
引く気がないって意志を示してくれるなら、私としてもさっさと切れるんだけど……。
「鳥次 滄平よ。 さっきも説明した通り、ガチャを引くか引かないか決めなさい」
「婆さんや……婆さんやぁ……」
ってかいつまで私の胸に触ろうとしてるのよ。 このエロジジイ。
ここは無意識下の空間なので、物質的な距離などは関係ない。
当然ながらお互いの距離は固定してあるので、いくら寄ってきても永遠に私には触れないわ。
鳥次 滄平はさっきから延々と歩き続けており、ガチャのマシンも位置は変わらない。
当然、私の位置も変化しない。
「鳥次 滄平よ。 引くなら引く、引かないなら引かないと意志を示しなさい」
定期的にそう言ってはいるが、鳥次 滄平は婆さん婆さんと繰り返すばかりだ。
正直、相手をするのが面倒になってきたわね。
別に接続を切らなくても待っていればこいつの意識が覚醒――要は目が覚めれば勝手に切れるのでそれまで放置しておけば終わりはするからそれならそれでもいいけど……。
もう何度目になるか分からない呼びかけをすると不意に鳥次 滄平の動きが止まる。
……あら? 思考に変化が……。
「あー……これを回せばええのんかい?」
あ、ちょっと思考が纏まってるわね。
「先程も説明しましたが、これは一度回すのに寿命を消費します。 それを理解した上で――」
「何度、回せるのですかい?」
これは意外な展開ね。 会話が成立し始めている。
どうやらさっきの私の話も朧気ながら理解しているようだ。
「四回、それ以上は回せません」
「つまり後、四年と少しでお迎えが来ると言う事ですかぃ?」
「はい、今の貴方の寿命ではそれが限界です」
私がそう告げると鳥次 滄平は笑い始める。
「では四枚でお願いします」
「良いのですか?」
「はい、この歳になるともう何も分からんくなる時間が長くてですね。 そろそろ楽になれればと思うとるのですよ」
……ま、いいわ。 回すって言うのなら好きにしなさいな。
四枚のコインを精製して引き渡す。
「ここでの記憶を代償にもう一度引けますが?」
「それは結構です。 天女様の事を忘れるなんぞ勿体ないですからのぅ」
ほうほう。 一回回すより私の美貌を目に焼き付けたいと!
中々、殊勝な心掛けね。 いいでしょう! 良いのを引けるように祈るぐらいはしてあげましょうか。
コインを渡すと鳥次 滄平は受け取ると躊躇いもなく投入して回し始めた。
そして引いたのは――
一枚目R:転生権
二枚目SR:反応速度上昇(中)
三枚目N:身体能力向上(小)
四枚目N:即死回避(小)
うーん。 悪くはないけどそこまで良くもないって所かしら?
反応速度はそのまま反応が良くなる物ね。 (中)だから球技でもやればそこそこ活躍できるかも。
能力向上と即死回避はいつか山田 太郎が引いた奴の下位互換ね。
最後の転生権だけど、そのままこの世界で何かに転生する事になる。
ただ、こいつの魂にそこまでのエネルギー量は残されていないので、選択肢はかなり絞られる事になるでしょうね。
恐らく昆虫などの小型生物か、最悪の場合は微生物とかかしら?
エネルギーの消費が少ない生き物になる筈だけど……ま、その辺は死んでからのお楽しみね。
一通り引いた物の説明を終えると鳥次 滄平は何が楽しいのか笑い出す。
「いやはや、最後の最後でこんな体験が出来るとは、事実は小説より奇なりとはよく言った物と思いまして」
私は特に答えず。 質問はありませんかと確認する。
鳥次 滄平は笑みを浮かべて小さく首を振った。 そう、用事がないならこれでおしまいね。
ま、記憶は残るから私の美貌をしっかりと目に焼き付けなさいな。
「では、私はこれで。 貴方に良き運命が訪れん事を」
少なくとも最後は不快じゃなかったから少しぐらいは幸いを祈ってあげるわ。
精々、残りの人生を楽しみなさい。
私はそのまま鳥次 滄平の意識を後にした。
縁が出来た事で鳥次 滄平の人生を眺める事が出来はしたけど、これは時間の問題ね。
元々、大した寿命が残っておらず、体も加齢による劣化でボロボロ。
恐らくそこまで待たされる事もなく死ぬでしょうね。
家族とは良好な関係を築けているのか、見舞いが頻繁に訪れる。
少なくともこいつの家族は死にかけのこいつに時間を割いてもいいと思える程度には価値を感じているのでしょうね。
鳥次 滄平は家族が見舞いに来るのが嬉しいのか、何とか会話をしようと口を開いているか言葉を発するだけでも重労働なのか意味のある言葉すら紡げていない。
それにもどかしさを感じながら鳥次 滄平は眠るように安らかに死んでいった。
数週間後の事だったわ。 ま、保った方かしらね?
さて、転生するのは確定だけどどうなるのかしら? 正直、ここまで極端な例は覚えがないので少し気にはなるわね。
ドクンドクンと鼓動が発生する。
鳥次 滄平――いえ、鳥次 滄平だった者が新たに生まれようとしていた。
本来、転生する場合は当人の意識が覚醒するまで私は認識できないのだけど、同一世界に転生した場合は別だ。
中身は変わるが魂と言うラベルはそのままなので、そのまま見る事が出来る。
逆に異世界に転生する場合は本人と混ざった存在の所為で、意識が覚醒してラベルが元に戻るまで私とのリンクが切れると言う訳ね。
おっと、そろそろかしら。
鳥次 滄平は自らを収めていた殻を破って新生。 産声を上げた。
やはり人間ではなく、知能が低い小型の生物ね。
生まれた場所は水中で、鳥次 滄平の肉体は頭部に棒状の体。
何かマッチ棒みたいな形をしているわ。 鳥次 滄平は全身を振るように体を動かし水中を泳ぐ。
本人に知識がないので、どういう生態の生き物なのか良く分からないわね。
鳥次 滄平は泳ぎながら水中を漂っている小さな生き物や水底の生物由来の有機物を捕食。 時折、水面から背部にある呼吸器官を出して呼吸を行う。
……うーん。 今一つ、どういう状況か良く分からないわね。
取りあえずは水棲の生物と言うのは分かるけど、何なのかは分からない。
ただ、水面に顔を出した時に外を見た感じだと、かなり小さい生き物ね。
知能もないし、あるのは本能だけなのであんまり見てて面白くないわ。
ひたすらに泳いで食べ物を探し、定期的に水面越しに息を吸う。
そんな日々をどれぐらい過ごしたかしら? 多分だけど、そんなに日数は経過していないと思うわ。
ある日、鳥次 滄平の肉体に変化が発生。
徐々に肉体が形状を変えて行く。 これは脱皮かしら? 数度、それを繰り返すと、やがて動きが緩慢になり、変化が終わった頃にはピクリとも動かなくなった。
……蛹?
確か昆虫類が成虫になる前に取る形態よね。
更に数日程の期間を経て変態を完了させ、羽を広げて空へと羽ばたいた。
鳥次 滄平は空を飛べることが嬉しいのか思うままに飛び回る。
そしてその本能に従い食事を行う。
最初は近くに存在する植物から蜜や果汁を餌にしていたが、鳥次 滄平の本能はそれ以上の物を求めてある場所へと向かう。
そこはビルやマンションが立ち並ぶコンクリートジャングル。
要は市街地ね。 鳥次 滄平の狙いは道行く人々。
羽を震わせて高速で獲物に接近し、衣服に隠されていない部位に取り付き、自らに備わった口吻を突き刺す。 体内に侵入し、感覚で毛細血管を探り当てると一気に対象の血液を吸い上げる。
ある程度、吸い出した所で素早く飛び立つ。
一瞬遅れて巨大な手の平が鳥次 滄平の居た場所をぴしゃりと打った。
逃げるのが僅かに遅れれば即死の場面だったが、即死回避(小)や能力向上系の恩恵もあるのかもね。
危なげなく躱す。 その後も鳥次 滄平は次々と獲物から血液を奪い取る。
ここまで見ればこいつの正体が何なのか理解できたわ。
蚊だ。 鳥次 滄平は蚊として新たな生を受け、吸血する事を使命としている。
身体能力向上の恩恵があるのか、他の個体よりも動きがいい。
次々と吸血を繰り返し、繁殖の準備を整えて蚊としての生涯を全うしている。
思考能力が虫レベルになっているので、それが幸せかどうかは私には分からない。
淡々と血液を奪い、日々を過ごしていくがある日にそれは起こった。
普段は屋外で獲物を物色していた鳥次 滄平だったけど、今回は屋内の獲物を狙うようね。
マンションの一室に侵入。 住民らしき若い男から血液を奪おうとするが、途中で気付かれたのか叩き潰そうとしてくる。
鳥次 滄平は軽快な動きで男の振り回す手を躱し続け、旋回して意識の外に逃れて吸血。
若い男は吸血された事に気が付き、逆上したのかドスドスと足音を立てて移動。
鳥次 滄平は逃がすかとばかりに追いかける。
……あ、何か嫌な予感がしてきたわ。
若い男を追って鳥次 滄平がある部屋に入ったと同時にそれが視界に飛び込んで来た。
巨大な虫の姿がラベリングされたスプレー缶。 それが何なのか理解できない鳥次 滄平はそのまま襲いかかろうとして、プシュリとスプレーのノズルから噴射された液体を浴びて落下。
地面を苦し気に少し這った後――その意識が消滅した。
元の空間に戻った私はうーんと首を捻る。
まぁ、何と言うか……微妙? 正直、コメントし辛い内容だったわね。
蚊の一生だったとしか言いようがない。
知能も虫並みになっていたので、幸も不幸もない状態だった事もあって私からはノーコメントね。
寿命もあんまり取れなかったし早く次が来ないかしら?
そんな事を考えながら静かになった空間で私は一人佇む。
そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。
次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。
私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。
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