第7話 四人目

 いやー前回は面白かったわー。

 私――星と運命の女神ズヴィオーズは目を閉じて思い返す。

 転生していいとこのお嬢様になってシリアルキラーと化して処刑。 転生するまでは死ぬほど退屈だったけど、転生した後は見所も多くて私的には満足ね。


 次もあんな面白くて寿命いっぱい落としてくれる奴来ないかなーと考えていると呼ばれる感覚が伝わって来る。 お、来た来た来た。

 今回はどんな奴が来るのかしら? ちょっと楽しみね!


 さぁ、女神の導きの時間よ!

  

 


 いつもの空間から対象の無意識の空間へと移動。

 そこにいたのは――うーん? 何か普通ね?

 取り立てて不細工でもないし特にイケメンと言う訳でもない男がそこにいた。


 えーっと? 蟻森ありもり ゆたか 歳は二十九で――会社員ね。

 

 はいはいと対象の情報を把握した私はいつもの説明をざっと行う。 

 蟻森 穣は黙って私の話を聞いていたが、何やら思案するようにこちらをじっと見ていた。

 取りあえず説明してやったんだからさっさと引けよ。


 「取りあえずそのお試し版と言うのを引かせて貰いましょうか」

 

 そう言って来たのでどうぞとコインを渡す。

 引いたのは――


 R:嗅覚向上(中)

 

 普通ね。 文字通り鼻が利き易くなるだけの代物だけど(中)なら動物並みとは行かないけど、それなりに鋭くなる筈よ。

 私が説明を終えると蟻森 穣はそうですかと頷く。


 一応、貴方は運がいいですよとリップサービスしてやったが表情は優れない。

 少しの間、黙っていたが蟻森 穣は大きく頷く。


 「ありがとうございます。 そう言う事でしたらもう結構なので、戻して貰ってもいいですか?」


 ……は?


 私は目の前の男が何を言っているか理解できなかった。

 

 「あ、あの? これは今回限りの話なのでもう少し慎重に検討されてはいかがでしょう?」

 「えぇ、慎重に考えた結果、止めておこうと決めました」


 蟻森 穣はやれやれと言わんばかりに溜息を吐く。

 その仕草にイラっとしたが表には出さない。 私は女神、私は女神、目の前の男は虫けら。

 虫ごときに怒るのは女神のやる事じゃないわ。 落ち着こう、はい落ち着いた。


 「貴女が本当に女神か知りませんが、何が出るか分からない物に貴重な寿命を削れ? まったくもってナンセンスですよ。 商売という物は必要な物を必要な料金を支払って得るという関係こそが理想。 それを、ガチャ?とかいうギャンブルで何が出るかもわからない物に浪費しろと? 笑わせないで下さい」


 …………。


 「あぁ、勿論、知っていますよ? 昨今の若者の間ではやっている低俗なシステムでしょう? まやかしを見せて効率よく金を吸い上げるシステムとしては評価できますが、私に言わせればそんな物に金をつぎ込む輩の気が知れませんね? あぁ、否定しているつもりはありませんよ? あくまで私個人の意見ですので」


 ………………。


 「貴女も何故、こんな事をしているのかは知りませんがもう少し良心的な物を提供してはいかがですか?」


 ……………………。


 「ふぅ、まぁ部外者である私が言うべき事ではありませんが、これは貴女を想っての事ですよ。 なんなら――」

 「引かないと言う事で構いませんね?」

 「いや、ですから――」

 「では、私はこれで。 貴方に良き運命が訪れん事を」


 ごちゃごちゃ言ってないで、引かねーんなら消えろよ。

 こっちからは思考も丸見えだから引く気ないのは丸分かりだったので、確認する必要もない。

 そのまま私は蟻森 穣の夢を後にした。


 




 あー、ウザかった。 まったくとんだ外れくじね。

 本来なら合意を得てから消えるつもりだったけど、蟻森 穣は気が済むまでさっきの話を続けてから帰るつもりのようだったのでこちらから接続を切った。 回す気が欠片もなかったのに居座るつもりとか舐めてるの?

 

 しかも女神に説教とかふざけてるにも程があるわ。

 そしてガチャを回さない上に得意げに自分の考えを垂れ流しつつ押し付けるお前は一体何様なんだよ。

 結局、収支はマイナスかぁ……無料で回させてやった分、赤字だけど仕方ないわね。

 

 取りあえず人生を覗くだけで我慢してあげるわ。

 えーっと? ざっくりとしたプロフィールは――蟻森 穣。 二十九歳、妻子持ち。

 そこそこ大きい会社のそこそこ高い地位にいるようね。


 二十代で他人を顎で使える地位に着けている時点でそれなりに上手くやっていたのでしょうね。

 妻とは見合い結婚。 どうも会社の偉い人に紹介されたとかのいいとこのお嬢さんらしいわ。

 順調に子供に恵まれて、娘が一人で現在三歳。

 

 他人に説教して悦に浸るクソみたいな性格している割にはしっかりと家族を愛しているようで、仕事に対しては基本的に真面目に取り組んでいると言ってもいい。

 残業などもしっかりと行い、自分の意見も積極的に口にすると。


 お陰で朝はそこまで早くない代わりに夜は遅い。 帰宅は深夜どころか日付を跨ぐ事も多いようね。

 ふーん。 典型的な仕事人間か。 その為、目立った趣味もなし。

 確かにこの思考形態ならガチャを低俗と宣うでしょうね。


 私に言わせれば碌な趣味もないつっっまんねぇ人生だわ。 あ、別にディスられた事を根に持っている訳じゃないわ。 知りもしない癖に決めつける物言いが気に入らないだけよ? ……本当よ?

 今日も支度をしつつ朝食を取った後、出勤。 歩きながらふと蟻森 穣は訝しむような表情を浮かべて首を傾げる。


 理由は鼻が利きすぎるからだ。 引いた嗅覚向上が効いているのね。

 細かい臭いが気になって仕方がないみたいで、不快気に鼻を鳴らしている。

 はは、いい気味ね。 ガチャを回さなかった天罰よ。


 単に鼻が利くようになっただけでそれ以外はほとんど変わりもないので、蟻森 穣の日常は変わらなかった。 要は折り合いがついたって事ね。

 人間、慣れる物で少しずつだけど使いこなし始めたとも言えるわ。 寄って来る人間を匂いで判別できるようになったりと役に立っているかは微妙だけど上手には使っているわね。


 ……ただ、変化がなくなって来たから見ているこっちとしてはちょっとつまらなくなってきたのよねー。


 何か面白い事しろよとも思うが、転生関係を引いていないので死亡する予定もない。

 うーん。 これは数十年単位で拘束されるのかしら?

 そんな事を考えているとある日を境に変化が訪れた。


 何かと言うと匂いだ。 帰宅が早くなった時にたまーに妻から変わった匂いがする。

 具体的には香水と別の誰かの体臭が混ざったような――

 

 ……あら? あらあらあら?


 私は少し楽しい気分になって来た。

 蟻森 穣はその違和感の正体に気が付いていないようだったけど、これは早めに手を打たないとちょっと不味いんじゃない?

 

 まぁ、十二分にあり得る可能性よねぇ? 普段は家に居らず、帰って来るのはいつも深夜。

 几帳面な性格なので帰宅時間は必ず連絡を入れて来る。 目を盗み放題だわ。

 やがて蟻森 穣もその可能性に思い至ったのか、馬鹿なと動揺を露わにする。


 本気で妻と子供を愛しているので信じられないより、信じたくないといった感じね。

 さて? どうするのかしら?

 その先の展開は分かり易かったわ。 高給取りだけあってお金に余裕があったので興信所――探偵を雇っての調査。 

 

 はっきりさせて安心したいと考えたのか、惜しみなく金を突っ込んだようね。

 あれよあれよという間に情報が集まっていく。 当然ながら結果は真っ黒。

 出るわ出るわ浮気の証拠が、最初は信じられないと思っていた蟻森 穣だったけど、浮気相手の詳細なプロフィールまで出て来た上にホテルに入るどころか、家に招き入れている写真まで見せられたら信じざるを得ないわね。


 あーっはっはっは。 当然よねぇ? 

 仕事ばっかりで碌に家に寄り付かないんだから、切っ掛けさえあればこうなるに決まってるじゃない。

 蟻森 穣の記憶を参照する限り、家には金を入れるだけで家族サービスの類は一切行っていないんだから心が離れて行く土壌はしっかりと出来上がている。


 結局、仕事をして家族を養っている自分に酔っているだけで、その家族をまともに見ていないんだから愛想をつかされたんでしょうね。

 蟻森 穣は訳が分からないと混乱し、その日初めて仕事を仮病で休んだわ。


 妻の浮気もそうだけど、もう一つ懸念があったようね。

 具体的にそれは何かと言うと、探偵の報告書に気になる記述があったからだ。

 その浮気相手なのだけど、元々大学の同じサークルに所属していた男友達。 再会したのは結婚の後だったらしく、どうも男女の仲だった二人は偶然の遭遇を経て関係が再燃。


 定期的に会うようになったと。

 それにしても探偵って凄いわねぇ、こう言うのってどうやって調べているのかしら?

 ともあれこうして不倫関係となった訳だけど、問題はそれが三年以上前・・・・・から続いていると言う事だ。


 娘の年齢は三歳。 さーて? 娘は一体誰の子供なのかしらねぇ?

 蟻森 穣は妻に気付かれないように家にカメラを設置。 並行して娘から髪の毛を採取してDNA鑑定を依頼。 もう現実を受け入れつつあるけど、最後の最後まで妻子を信じたいと言った所でしょうね。


 ありもしない希望に縋っている姿は滑稽その物で、見てて面白いわ。

 数日後、設置したカメラを回収して映像を確認。

 そこに映っていた物は――


 ――蟻森 穣の呆然とした表情がそれを物語っていた。


 近所のネットカフェで映像を確認していたけど思わず私も声を出して笑っちゃったわ。

 いやぁ、奥さんってばお嬢様みたいな顔して激しいのね。

 あれはもう動物の交尾ね、交尾。 元気いっぱいの二人を死んだ目で眺め続ける蟻森 穣。


 あーっはっはっは。 ねぇどんな気持ち? 奥さん寝取られてどんな気持ち?

 まぁ、思考が読めるから分かるけどね! あー、もう最っ高!

 流石にあんな動画見た後じゃ奥さんと顔を合わせられないようで、その日はカプセルホテルに宿泊して翌日出社したわ。


 そして更に数十日後にDNA鑑定の結果が届く。

 結果を見てみると、二人に血縁関係はありませんと末尾にガッツリと書いてあった。

 不幸に底はないって本当なのね! いやぁ、面白いわねぇ。


 奥さん寝取られただけじゃ飽き足らず、托卵までされてるの? お前、どこまで馬鹿なピエロになれば気が済むの?

 ガチャはまやかしとか言って馬鹿にしていた当人はまやかしの家族を養っていたのだから、もう笑うしかないわね。 あっはっは、笑いが止まらないわ!

 

 蟻森 穣は相当ショックだったのかついに無断欠勤。

 近所の公園でぼんやりと空を見つめる。 考える事は「何故こんな事になったのだろうか?」だ。

 正直、理由なんて考えるまでもなくコミュニケーション不足が原因でしょ。

 

 金だけ払って養っている気になっている物だから、こいつは妻の趣味とかも碌に把握していないのだ。

 見限られて当然よね? ついでにあっちも下手糞だし。 動画の反応見れば蟻森 穣の時は演技されてたのが丸分かりね。


 社会人としては浮気相手に圧勝だけど、男――いえ、雄としては惨敗なのは見れば分かるわ。

 さーて、いい感じに証拠が出揃ったけど、どうするのかしら。

 妻の実家はそれなりに厳しい所だし、事情を話して証拠を提出すれば社会的な制裁は下せそうね。


 まぁ、今後の人生は一人で生きて行く事になりそうだけど――あ、家族がいると錯覚してただけで元々一人か。

 何かを決心したのか蟻森 穣は立ち上がるとふらふらとある場所へと向かう。

 それはどこか? 答えはホームセンターや防犯グッズの専門店だ。

 

 色々と買い込んだ後、ふらふらと家へと向かう。 タイミング的に妻は家でお楽しみ中だろう。

 蟻森 穣はぐちゃぐちゃになった思考でそっと帰宅。

 当然のように見慣れない靴がある。 気付かれないように寝室に忍び寄ると、一戦済ませて仲良くピロートークしている二人が居た。 会話の内容はそろそろ二人目が欲しいわねだ。


 奥さんもいい性格してるわね。

 貴方の子供が欲しいの、お金は気にしないでと平然と言い放つ辺り闇が深いわ。

 それを聞いて吹っ切れたのか蟻森 穣は忍び寄って購入したスタンロッドで二人を感電させて拘束。


 目を覚ました二人は狂ったように笑う蟻森 穣を見て必死に謝罪。

 ほんの出来心だったの、貴方も悪いのよ家に帰ってこないから私は寂しかったのと言い訳と責任転嫁を同時に行うという器用な事をしていたわね。

 

 当然ながら蟻森 穣は怒り狂っているどころか壊れかけているので耳に入らない。 

 浮気相手はこの状況から逃れる為に平謝り。 取りあえずごめんなさいと連呼すれば助かるかもしれないと言わんばかりに必死に謝罪を繰り返す。


 蟻森 穣は笑顔で買って来た工具を取り出して並べる。

 その後は――まぁ、控えめに言って凄い事になったわ。 数時間かけてたっぷり痛めつけられた浮気相手君は親が見ても分からないような有様になって死亡。 返り血で全身を斑に染めた蟻森 穣は今度は妻の目の前で娘を文字通り八つ裂きにして、不貞を働いた浮気女を同様に徹底的に痛めつけて殺害。


 あはあはと狂人の笑みで返り血で凄い事になった蟻森 穣は最後に購入したロープを使って、近所の公園の木で首を吊って自殺。

 

 「はは――今、帰るよ……」


 ゴキリと吊った衝撃で首の骨が折れたのか少しの間をおいて死亡。



 対象の死亡により意識が切り離され、元の空間に戻る。

 あーっはっはっは、馬っ鹿じゃないの? 敗因はガチャを引かなかった事ね!

 次に生まれ変わったらソシャゲやって少しは娯楽を覚えなさいな。 後、ガチャ回せ。

 

 死ぬほど腹の立つ糞みたいな男で、ガチャを一回も回さない塵だったけど滑稽さではトップクラスだったから許すわ! 良かったわねぇ私が寛大で! あー、面白かった。

 今回は赤字だから大損ね。 早く次が来ると良いわねぇ……。

 

 静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。

 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。

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