第6話 三人目②
あんまり寿命を落としていかなかったシケた客だったけど、縁はできたので暇潰しぐらいにはなりそうね。
私は日比埜 游子の人生に同調してその人生を覗き見る。
日比埜 游子の朝は早い。
こいつの仕事は事務関係――職場は工場で、むさいおっさんや生意気そうなガキに混ざって黙々と業務を消化して一日過ごすのが主な平日の過ごし方だ。
早い時間に起床する理由は単に職場が遠いからという、何の捻りもない理由だった。
ちなみにこの工場に就職した理由は片端から面接を受けて最初に通った所らしいわ。
何とも主体性のない人生ね。
親元を離れワンルームのマンションを借りて一人暮らし。
ちなみにマンションも不動産屋に勧められるまま条件に合致した場所を選んだようね。
……こいつ、脳ミソ入っているのかしら?
とにかく押しに弱く、流れが決まると逆らわない。
そもそも逆らおうという気力さえないのでしょうね。 日比埜 游子にとって日常とは楽しい、楽しくない以前に消化する物と言う認識なのでこんな思考形態になるのも当然の流れかしら?
一応、記憶を調べて人生を振り返っては見たけど、こいつの人生は川に浮かぶ枯れ葉並にどんぶらこと流れて行くだけ。
幼少期は親の言いなりで、服ですら決めて貰ってたのでファッションセンスは皆無。
学校へ行っても声の大きな奴に付和雷同と何一つ自分で決めていない。 一通り振り返ってみたけどつまんない以外の感想が出てこない。
さて、そのつまんない女は起床すると顔を洗って朝食を取り、洗濯しておいた作業着を鞄に詰めて施錠等を確認して出発。
日も上ったばかりで人気も少ない道を歩き、通勤のサラリーマンに混ざって電車に揺られて職場へ。
ぼそぼそと覇気のない挨拶をした後に着替えて定位置へ着くと無言で仕事に入る。
夕暮れまで黙々と事務仕事を片付け、その日のノルマを片付けたらお疲れ様ですとぼそぼそ挨拶して消えて、帰路へと付く。
来た道を戻り、家の最寄り駅で電車を降りて近くのコンビニで適当に買い物をして帰宅。
テレビを付けて適当にチャンネルを合わせて食事。
後は家事を適当に片付けて入浴。 そのまま就寝の流れなのだけれど……。
この日比埜 游子の日常で最も凄まじい点は職場を後にしてから就寝まで一言も口を利いていないのだ。
地味な女だがこの一点だけは流石の私も少し驚いたわ。
日比埜 游子にとって日常は消化するべきタスクである以上、余計な会話をしなくていいならしない方がいいと考えているのだ。
意味が分からない。 こいつは何が楽しくて生きているのだろうか?
そして私はこのつまんない女の人生のどこに楽しみを見出せばいいの?
見る所がなさ過ぎて驚きなんだけど。
そんな調子で数十日も過ごせば、もういい加減にさっさとくたばって転生しろよと言った感想しか出てこないのだ。
因果は刻まれているので死ねば転生するのは間違いないが、具体的な日取りまでは流石の私にも分からない。 その為、いつまで続くのかしらと待ち続けるしかないのだ。
せめて何か面白い事しろよと思いつつも日比埜 游子の変化のない日常を眺め続ける。
変化があったのは何と半年後だった。
死ぬほど退屈な半年だったわ。 私は一体、何を見せられているんだといった気分だったけど、動きがあって良かった良かった。
さて、具体的に何があったかだけど、いつも通りに電車に乗って職場の最寄り駅で下車。
駅を出て少しした所で事は起こったわ。
信号待ちをしているとトラックがスピードを上げながら蛇行運転。
そのまま大きく車道を外れて横断歩道で待っている日比埜 游子を轢殺。
逃げる間もなく即死だったわね。
さて、これで転生となるのだけど、記憶が連続しないので思い出すまで時間が飛んでしまう。
その理由なのだけど、どうも記憶が消えている間は私との同調が切れるので見れるのが思い出してからになってしまうのだ。
意識からは弾かれていないから想起は問題なくできたようね。
さーて、どのタイミングかしら?
日比埜 游子の意識と記憶が覚醒する。
それにより私とのリンクが復活。 外界の情報と転生後の情報が入って来る。
歳は――十歳。 転生後の名前はディターヌ・カレコラージョ。
カレコラージョ子爵家の令嬢だそうだ。
世界情勢などは不明だが、貴族と平民に切り分けられた世界で魔法技術が発達した事により産業はそっち寄りの発展をしているようね。
魔法にも適性があり、生まれ持った才能で付加価値が決まる事もあって格差は激しい。
貴族は産業、戦闘にと魔法の才能を持った人間を召し抱えて確保。
平民も貴族に拾って貰えればそれなりの生活を送れるので、魔法適性の有無は文字通り人生に直結するって訳ね。
そんな中、日比埜 游子ことディターヌ・カレコラージョは子爵家の中でもそこそこ大きい家で、金銭には困っておらず当人も火、水、風と三種の適性を備えており、身体能力も高いと非の打ち所のない令嬢として生を受けたようね。
ついでに近隣にある伯爵家の婚約者として正妻のポジションも確保と、文句のつけようのない絵にかいたような成功の約束された人生。 まぁ、ガチャの影響が大きいとはいえ、できすぎよねぇ。
記憶を漁る限り、婚約者君もそこそこ整った顔をしてるし、本人も転生前よりはマシな顔じゃないかしら?
金髪碧眼で顔面偏差値はこいつの記憶にある限りだとそれなりに上位じゃないかしら?
私には遠く及ばないけど。
それで、記憶の取り戻す前までの性格だけど――碌なもんじゃないわね。
人間って恵まれすぎると人格が歪むのか素行はお世辞にも良くない感じかしら?
具体的に言うと虐めだ。 使用人の子を痛めつける、小動物を虐め殺す。 お忍びで街に出かけて生意気な同年代の子供や冴えない住民を魔法で痛めつけるとやりたい放題ね。
高い魔力に身体能力、ついでに精神強化もついているので変に動揺しない点もこの状況を作った要因か。 記憶が戻ればその辺も落ち着くかしらと考えたのだけど、日比埜 游子の人格は現状を把握した事によってどうしたか?
答えは改革ではなく続行だ。 ただ、前世の記憶が戻った事で今ままではやり過ぎれば親がもみ消していたが、手口が巧妙になり寧ろ酷くなったと言って良いだろう。
日比埜 游子の人格は安定を非常に好む。 その為、弱者を虐げる事で安定していたディターヌ・カレコラージョと言う人間と混ざる事で弱者を虐げる事をルーチンとして消化するようになったのだ。
片方だけなら変わり物か権力を笠に着た愚者で通ったかもしれないが、両方合わされば立派な異常者の誕生となる。
娘の素行の悪さに頭を抱えていた父親だったが、急に大人しくなった娘に訝しみながらも落ち着いてくれたと胸を撫で下ろした。
さてこの世界、十五で成人となるのでそれまでに社会でやっていける教養を身に着ける必要がある。
それはどこで学ぶか? 当然ながら学校――こっちでは学園ね。
十歳で入学となり、そこで五年間学習を重ねて晴れて成人となる。 当然ながら距離があるので日比埜 游子は通いではなく寮住まいになるけど――
……これ、大丈夫なのかしら?
表面上、落ち着いただけで実際は悪化しているのにこんなのを学園に放り込んだらどうなるのかしら?
まぁ、面白そうだし私はどうでもいいけどね。
将来のコネ作りも兼ねているので親としても家の為にも入学させたいといった意図もあったようで、学園行きは早々に決定。
こうして日比埜 游子は馬車に揺られて生家を離れて学び舎へ向かう事となった。
この女は生まれついてのサディストのようで、人を虐げないと生きていけないようだ。
それでも最低限の理性は備えていたようで入学式の後、しばらくは大人しかった。
理由は獲物の吟味もあるが、学園内部では親の権力が届かないので実家にいた時以上の慎重さが要求されるからだ。
ついでに言うのなら自身より格上の家の者も多いからと言うのもありそうね。
そう言った輩――要は同類に目を付けられないように立ち回りつつ、虐げる事が出来る獲物を探すと。
結果的にだけど半年程は大人しくしており、表面上は身分を弁えた子爵家令嬢と言った立ち位置を確保しつつ婚約者へのご機嫌取りも忘れないといった細やかな気配りも見せていた。
……けど――
私は内心で期待を込めてこの後の展開を見守り続ける。
何故なら発散できていないのでストレスが溜まりに溜まっているのだ。
これがいつ爆発するのかと今か今かと期待していた。
正直、今までの行動傾向から数秒も我慢できないかとも思ったけど、前世の記憶を得てから自制心を身に着けたようね。 いやー、驚きだわ。
更に二ヶ月ほど経過した所で限界を迎えたようね。 ターゲットは自分の一つ年上の男爵令嬢。
領地も小さい格下でいつもおどおどしているいかにもと言った感じの娘だ。
ここでは隠蔽工作が難しいからどうやって虐めるのかしらと見ていると――
……あー、そう来たかー。
何とこの女、ターゲットを拉致して学園内の使われていない場所に監禁すると拷問をし始めたのだ。
最初はここまでやってどう誤魔化すのかと疑問だったが、驚いた事に気が済むまで痛めつけるとそのまま殺害してしまった。
死体と所持品は魔法で処分。 アリバイ工作も行い証拠の隠滅まで行った。
何故、ここまで他者への攻撃に執着するのか理解に苦しむけど、とにかくすっきりはしたようね。
翌日の日比埜 游子はここ数年で最高クラスに機嫌が良かったわ。
当然ながら行方不明者が出て騒ぎにはなったけど学年も違う接点もない相手なので、特に疑われる事はなかったようね。
ただ、それも長くは続かず、時間の経過と共に再び機嫌が緩やかに悪くなり、またいつもの欲望――というよりはもう禁断症状だわこれ。
精神強化があるとはいえ、同族を殺害した翌日に平然としているのは中々の胆力ね。
そして殺しの感触が忘れられないのか、それ以降は虐げるよりは殺害を主目的にし始めたわ。
こう言うのを何て言うのかしら? シリアルキラー?
ともあれ、再び獲物を探して二ヶ月。
今度は同学年でクラスの違う女子に決めたようだ。 数日かけて獲物を観察して生活と行動のパターンを把握して拉致。 前回と同様に人気のない場所に連れ込んで拷問して殺害。
前回と同様に証拠を隠滅して翌日すっきりとした気持ちで日常に戻る。
次に実行に移そうと動き出したのは一か月後。
……ぷっ、だんだん我慢できなくなってるわね。
思わず笑ってしまう。
今度は二つ上の先輩を狙うようだ。 こいつの上手い所は根回しをしっかりと行い、自分に関係のない人間をターゲットに狙う所だろう。
あくまで狩れる獲物だけを狙い、自分の生活圏内にいる人間には一切手を出さない。
結果的に殺すのではなく、殺したいから殺す。
殺害それ自体が目的となっているのだ。 客観的に見ると頭おかしいわねこいつとしか思えないけど、思考を覗くとその辺りが良く分かる。
三人目も同様に拉致して殺害。
翌日、何食わぬ顔で上機嫌に日常へと戻っていく。
半年、二ヶ月、一ヶ月と間隔が短くなっているので、次はいつかしらと見ていると二週間後にはもう痺れを切らし始めた。
今度は教師を狙う事にしたようだ。 とんでもないわねこの女。
前世の倫理観があるのに全く躊躇がない。 私からすれば見てて面白いからこっちの方が好感持てるからいいけど。
どうやら以前から目を付けていた教師がいたようで自分の体を餌にして誘い込む腹積もりのようだ。
二人っきりになれる場所に連れてってと誘惑して獲物に自分の墓穴を掘らせて背後から襲って拘束。
たっぷり楽しみましょうと朝まで拷問して殺害。 死体と証拠を消し去ってすっきり爽快。
次は一週間後くらいかしらと考えていると何と翌日だった。
これには私もびっくりね。 相手は何と婚約者。 理由は簡単で教師を殺害した事がバレたからだ。
流石に一緒にいる時間が長いと、日比埜 游子の行動に違和感を覚えたようね。
何だかんだで正妻ポジションに納まる相手だけあって、しっかりと観察していたらしい。
その為、偶然にも教師と消えるのを見てしまい、その教師が翌日行方不明。
証拠はないけど他の事件とも関連付けてしまい、直接問い質そうとしたようね。
結果、あっさりと捕まって殺害されてしまった。
驚かされてばかりだけど、日比埜 游子は間違いなく婚約者に好意を抱いていた筈。
――にもかかわらず事が露見すると手のひらを返してあっさりと殺害。
どうやら婚約者への愛よりも殺人への欲求が勝ったようね。
ただ、これが致命的となったわ。
どうも死んだ婚約者君、自分に何かあった時の為に保険をかけていたみたいね。
あっさりと事が露見して殺人容疑で捕縛。 抵抗したけど戦闘を生業としている連中相手に正面からは無理だったようね。
その後、魔法で調合した自白剤で洗いざらい犯行の詳細を喋らされて有罪確定。
実家を巻き込んでの大騒動となった。 五人も殺害して、中には婚約者まで混ざっていたのだ。 タダで済む訳がない。
中には侯爵家に側室として入る娘も混ざっていたらしく、あちこちから怒りの声が上がった。
スピード裁判で一族郎党を巻き込んでの処刑が決定。
魔法を使用できなくする手枷を嵌められ処刑台に護送されているとあちこちから石を投げられていた。
父親は家から出すべきではなかったと絶望の表情で項垂れ、母親からはお前なんて生まなきゃよかったと面罵された。
親戚一同からはこの人間のクズ、異常者と罵詈雑言をこれでもかと浴びせられる。
そんな中、日比埜 游子は何を考えているのかと言うと――
――どうしてこんな事になったんだろう?と心底不思議そうに首を傾げていた。
いやー、ここまで来ると筋金入りね。
殺人に関してもやりたいからやった以上の動機が出てこないから尋問している方も、凄い表情だったわ。 異常者を見る目ってあんな感じなのね。
処刑場へ到着。 ちなみにこの世界での処刑は斬首――要はギロチンだ。
家族に親戚一同と並べられ、処刑人が罪状を読み上げる。
泣きわめく者、諦める者、日比埜 游子に憎悪の視線を向ける者と様々だったが、この先に待ち受ける運命は同じだ。
ギロチンに首をセット。
ここに来てようやく日比埜 游子が暴れ出した。
理由は何とイライラするからのようだ。 また発作が起こったらしい。
「あぁ、イライラする。 次は誰を殺してすっきりしようかしら?」
それが最後だった。 次の瞬間には刃が落ち、日比埜 游子の首が高々と宙を舞った。
後は見物人の罵声と歓声が響き渡り――全てが消失。
全てが終わって元の空間に意識が戻る。
……何と言うか、結構面白かったわね。
転生するまでは死ぬほどつまらなかったけど、その後は予想外の展開が多すぎて驚きの連続だったのでそれなりに楽しめたわ。
静かになった空間で私は一人佇む。
そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。
次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。
私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。
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