第11話・藤は爪痕を遺す(後編)


教室に入ってすぐに、僕は違和感を感じた。


ある机の上に花瓶が置かれていたのだ。


その机の持ち主の名前は藤田(ふじた) 真美(まみ)。


6月頃に若草(わかくさ)さん達にいじめられて不登校になっていた子だ。


(どうやって自殺をしたんだろうか。首を吊った?それとも腕を?)


「草室(くさむろ)君?」


そんな事を考えていると、後ろから誰かが声をかけてきた。


振り向くと、そこには鶯(うぐいす)君がいた。


「君は彼女と親しかった?」

「え?いや……、そんな事は……」

「そうか……」

「鶯(うぐいす)君は?」

「いや、自分も君と同じように、そこまで親しくはなかったよ」


けど、


「やっぱり、知っている人が死ぬ事には慣れないな」


と彼は言った。


そう言えば彼は、両親2人共を5年前に亡くしていると聞いた。

今まで、相当苦しく厳しい生活をしてきたのだろう。


「あ、そうそう。草室君に少し相談したい事があってさ」

「え?……僕に?」


そう言うと彼は、スマホの録音アプリを起動して、何か音声のような物を流しながら言った。


「添宮(そえみや)君と、漆黒組(うるしぐろぐみ)との関係について、ね」



******************************



先生の顔はいつもと違って、真面目(まじめ)そのものだった。


「昨日の夜の事だ。同じ3年5組の仲間である、藤田(ふじた) 真美(まみ)さんが亡くなった。詳しい事は言えないが、このクラスの生徒全員で彼女のお通夜と葬式どちらにも行くべきだと判断した。日時は、

「なんで伏せるの!?」


黄壁(おうかべ)さんが、先生の話を遮り叫んだ。


「彼女が死んだ原因なんか皆(みんな)察してるはず!自殺でしょ?」

「それは言えない」

「なんで!?彼女はいじめられていた!それで不登校になった!皆が知っている事よ!?」

「お前は何が言いたいんだ?」

「彼女は不登校になってからもずっといじめの事に苦しんでいたはず!それがたまりにたまった結果がこれでしょ?つまり、彼女をいじめていた子達には殺人と同等の罪がある!」


そう言うと彼女は、橙(だいだい)さん達を見た。


「舞(まい)が1番悪いけど、一緒にいじめていた君達も同罪だよ?」

「え、あ」

「あなた達は殺人をしたのよ?分かる?人を殺したのよ?」


「けど、それはあなたにも言えない?」


神吉(かみよし)さんが口を開いた、


「は?」

「よく言うでしょ?『いじめを見て見ぬふりをするのもいじめ』ってね」

「私は違うわ!」

「何が?」

「私は彼女の為を思って何もしなかったのよ!彼女は弱かった!このままだと社会に出た時に困る!だから、私はあえて試練を与える形にし

「理由はともかくとして、結論から言えば見て見ぬふりをしてるでしょ?」

「はぁ!?」

「黄壁(おうかべ)さん……」


赤山(あかやま)さんが落ち着かせようと声をかけるが、彼女は気にしない。


「私は彼女を思ってしたのよ!なのになんでそんな事言われるのよ!」

「おい、黄壁」

「優しさなのよ!?確かに厳しかったかもしれないけど!それは彼女には必要な事だった」

「黄壁…!」

「私は、決してそんな事を言われるような事はしていない!」


その時。


「黄壁! ……黙れ、俺の話を遮るな」


先生が怒鳴った。

そして、静かに。それでも覇気のある声で彼女を黙らせる。


「す、すいません……」


彼女が落ち着いたのを確認すると、話の続きを話し始めた。


「お通夜は今日の18時から。お葬式は明日の10時からだ。君達は今から家に帰って準備をしてもらい、30分前には葬儀場の前に集合しておくように」


先生はそう言うと、すぐに教室から出ていった。


黄壁さんはそれを確認すると、すぐさま立ち上がり。神吉さんの席へと向かった。

そして、彼女の胸ぐらを掴み。持ち上げる。


「あんた…!舐めやがって!」


しかし、彼女は動じない。


「私は別に何も悪い事は言ってないわ」


頬を叩く音が響いた。


「……やっぱりね」

「何が!?」

「あなたは『良い人』であろうとしているけど、根が『悪い人』なのね」


また音が響く。


「おいおいおいおい!それぐらいにしとけ!」


灰羽(はいば)君が黄壁さんの手を抑える。


「黄壁さん、落ち着いて?」


赤山(あかやま)さんが声をかけると、彼女は少し落ち着いた。


「……はぁ、分かったよ……」



******************************



葬儀場に着くと、既にほとんどの人が集まっていた。

よく見ると、何か揉めているようだ。


僕は五十嵐(いがらし)君を見つけ、そこに向かう。


「五十嵐(いがらし)君……、何かあったの?」

「おぉ、草室か、実はな…、」


彼の視線の先を追うと、担任の先生と女の人が揉めていた。


「あの人は……?」

「藤田さんのお母さんらしいぜ。何か若草(わかくさ)さんを探してるっぽい」

「若草さん?」

「あぁ、藤田さんは自殺したらしくて、遺された遺書に若草さんの名前が書かれていたらしい」

「……なるほど」


僕は辺りを見回す。


「流石に来てないぞ?」

「ですよね……」


その時だった。

先生が手を叩き、自らに注目させる。どうやら藤田さんのお母さんとの話は終わったようだ。


「皆、今日はもう帰っていいぞ」


先生は分が悪そうに言う。


「え?なんでですか?」


赤山さんが聞く。


「彼女のお母さんが言うには、若草(わかくさ) 舞(まい)と会って話さない限りは通夜にも葬式にもクラスメイトを参加させたくないらしい」

「なら、明日も?」

「いや、一応準備をして待機しといてくれ。何があるか分からないしな」


そう伝えられると、僕達は解散した。



******************************



俺は若草(わかくさ) 舞(まい)の家に来た。


藤田さんの件を伝えられた後。彼女の家には何度も電話をかけたが誰も出ず。両親の職場先にも連絡をいれたが、2人共 一昨日(おととい)から無断欠勤(むだんけっきん)をしているとの事だったからだ。


(めんどくさい……)


このクラスになってから、めんどくさい事が立て続けに起こっている。


今週末にでもお祓いに行くか。


そんな事を思いながらインターホンを押す。

しかし、誰も出ない。

車はあるし、電気もついている。


(留守では無さそうだが……)


俺は大きくため息をつくと、その家を後にする事にした。

居留守を使うやつは、最後まで居留守を使うだろう。時間がもったいない。


俺は家に背を向ける。

その瞬間だった。


ガチャ、という音が鳴った。


(コレは……、鍵が開いた音か?)


「すいませーん!入ってもいいんですか!?」


返答は無い。


「舞(まい)さんの担任です!返事が無いって事は入ってもいいってことですよね!?」


半(なか)ば強引(ごういん)のような気もするが、こうでもしないと二度と彼女の家には入れないような気がしたのだからしょうがない。


おそるおそる玄関を開け、中に入る。


「失礼します…、入りました……」


そのままリビングに繋がるドアを開けた。


その時だった。


何かが、俺の横に倒れてきた。



「え、」



それは赤かった。


それは鉄臭かった。


そして、それは死体だった。


醜(みにく)く、あちこちが切り裂かれている。


(これは誰だ?)


俺は必死に吐き気を抑えながら、死体の顔を見た。

口が化け物のように頬まで裂けてはいたが、何とか誰かは分かった。

三者面談で1度会った事があった。


(若草(わかくさ) 舞(まい)の母親か!?)


俺は彼女を跨(また)ぐようにして、リビングに入る。


するとそこには、こちらを睨み付けている状態で死んでいる男がいた。おそらく若草 舞の父親だろう。

彼の身体は胸から縦に裂けており、内臓が溢れ出していた。


そこが限界だった。


俺は吐いてしまった。

口と鼻に独特の違和感を感じる。


その時。


2階から誰かが階段で降りてくる音がした。

1段、また1段と階段を降りてくる。


このような惨状の中にいる人間など1種類しかいない。


惨状を起こした張本人だ。


そして、その音の正体がやって来た。


それは金髪で、ピアスをあけていた。


俺は、その横顔には見覚えがあった。


「若草……、舞?」


しかし、


「ちげーよ、俺だよ」


彼女の声とは考えられないような低い声がした。


瞬間、彼女の死体(からだ)は力を失ったかのように床に倒れた。どうやら壁に隠れていて見えない部分から彼女の事を掴んでいたようだ。


俺は床に倒れている、生徒の身体(したい)を見た。


その死体は、先程は見ることができなかった顔の反対側を上にして倒れていた。


そして、その顔は潰れていた。


「だ、誰だ!?」


俺は怯えながらも必死に声を出した。


「誰だって?」


声の主は、階段を降りて来た。


そして、俺の前に姿を表す。



******************************



僕は家に帰ると、机の隅の方に置いてある1つのノートを開いた。

例の100万円の件について詳しくまとめたノートだ。


ゆっくりとページをめくりながら、今日までの事を振り返る。


(本当に、僕達の日常は崩壊したな……)


そして、空白のページに辿り着くと、ペンを持って今日の事を書き記した。


ふと、窓から空を見ると。月が大きく光り輝いていた。




「彼女の死は、きっと大きな爪痕になっただろうな……」


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