第10話・藤は爪痕を遺す(前編)


自分の1日は、普通の人達よりも早くに始まる。


朝5時には起床し、下の子達の弁当を作る。今まで1人で作っていたが、最近になると高1の妹、あかりが手伝ってくれるようになり随分と楽になった。

弁当を作り終えると、中2のじんなごみを起こす。因みに彼らは双子だ。

なごみは直ぐに起きてくれるが、大抵の場合、じんは『あと5分だけ寝かせて〜』と言うので放置して。末の弟、王牙おうがを起こす。

彼はまだ小学校にも通っていない歳だ。

朝ご飯を作るまでの間に、彼らに服を着替えるように伝える。


(今日は何にしようか、)


冷蔵庫を開けて中身を確認をする。


「久しぶりに目玉焼きにするか!」

「「いつもだよね!?」」

「いつもー!」


最近、王牙おうがも自分のボケにツッコミを入れるようになってくれて、何か嬉しい。


ささっと目玉焼きを作ると、皿に移し、食卓に運ぶ。

既に、ご飯と味噌汁は置いてあった。おそらく、あかりだろう。ありがたい。


そこで、じんがまだ起きていない事に気付く。


「アイツまだ寝てんのか!?」

「寝てる!」

「そうか王牙おうが! なら、お兄ちゃんと一緒にジンニイチャンを、こちょばしに行くか?」

「行く!」


王牙を肩車すると、仁の部屋に行く。


彼はまだ寝ていた。


肩から王牙をゆっくり降ろすと、


「行けっ!王牙!こちょばしこうげき!」

「こちょばしー!」


彼は自分の指示を聞いて、仁の上に乗った。


「ぐぅえっ!」


そして、こちょばし始めた。


「うぁぇ!?え?は?ちょ!すいません!起きます!起きました!」


〇●〇●〇


食器を洗い終わった頃には、既に登校時間になっていた。


自分と王牙は玄関先で見送る。

3人とも自転車通学のため、出発するとすぐに小さくなっていった。

彼らが完璧に視界から消えたタイミングで、家の前に幼稚園の送迎バスが来た。


「よろしくお願いします」


そう言って、王牙に弁当入りのリュックサックを背負わせる。

彼はバスの中に友達を見つけたのか、自分が手を離すとすぐにバスの中に入っていった。


バスのドアが閉まり、出発する。


(王牙は今年で6才になるよ……)


ふと、そらを見た。


きっと、見ていてくれていると信じて。



「って!エモい事する時間無いわ!バスに遅れる!」


急いで荷物をまとめると、バス停に向かう。

自分が着くとすぐにバスは到着し無事に乗る事ができた。


近くの空いている席に座り、深呼吸をする。



(……さて、これは何かに使えるかな?)


スマホを操作し、1つの音声データを確認する。


それは昨日、偶然目撃した。添宮そえみや君が漆黒組うるしぐろぐみと連絡をとっている時の音声を録音したデータだ。


漆黒組うるしぐろぐみといえば、先日クラスメイトを襲った鳥島組とりしまぐみと死者を出すレベルの抗争をしている組織だ。


(その組織に、相手の組員を売ったのか???……それとも、)


自分はバスの中でその事についてずっと考えていた。


******************************


授業かいぎが始まる。


今日の議題は、『遅刻を如何いかにして少なくさせるか』


平凡だ。

平凡過ぎる。


いや、そもそもこれぐらいが普通なのだ。あまりにも最近の議題が濃口こいくち過ぎた。


「最近は、しんどい議題がおおかったからね。今日は少し薄口うすくちの議題を用意しました!」


赤山あかやまさんが黒板に何かを書きながら説明をしている間に、僕は川澄かわすみさんの席を見た。


(来てない……か)


〇●〇●〇●〇


「じゃー!今日話し合った事は、次回の委員会で話してみます。皆ありがとうね」


(あ、……)


大事な議題という訳でもなさそうだったので、スマホをいじっていたら、どうやら授業かいぎは終わってしまったようだ。


少し、罪悪感を感じた。


******************************


僕は下駄箱で靴を履き替えると、すぐに校門に向かって走った。


(どうか、頼む、校門さえ抜ければ!きっと!)


しかし、そいつらは既に校門で待ち構えていた。


露草つゆくさ君と竜胆りんどうさん……。


「やぁ、草室くさむろ……、どこに行く気だい?」

「……赤山さんの、出身中学と以前住んでいた場所です」

「おぉ!まじめだね、じゃ、行くか!」


どうやら、彼らから逃げ切る事は困難なようだ。


〇●〇●〇



僕達はバスで2つほど山を超えて、赤山さんが通っていた中学校に着いた。

そこは中高一貫の学校で、余程成績が悪くない限りエスカレーター式で進学できるはずだ。


(なのに、なぜ彼女はこっちの学校に?)


「竜胆、これからどうするんだ?」

「そうね、少し聞き込みしようかしら。草室君は彼女の旧家に行ってもらってもいいかな?」

「……はい」


どうせ僕には拒否権が無い。


ポケットから、竜胆さんに貰った紙切れを出し、そこに書かれている住所に向かう事にした。


(これ、結構遠くね?)


******************************


草室君が、彼女の旧家に行っている間に、私達は2人で道行く人達に聞き込みをする事にした。


赤山あかやま風花ふうか』という人物を詳しく知らないか?と。



しかし、30分経っても、特に情報が得られることも無かった。


♪〜♪〜


例の学校からチャイムが聞こえた。


(この時間のチャイムという事は、最終下校を知らせるチャイムかしら?)


私の予想通り、校門からはぞろぞろと生徒が出てきた。部活終わりの生徒が多いのか、皆少し疲れているような表情だった。


そんな彼らにも、私たちは声をかけた。


『赤山 風花という人物について詳しく知りませんか?』

『この学校の中等部で、4年前まで通っていたはずです』

『彼女の過去について詳しく知りたいんです』



その時。


「あの、すいません」


誰かが私の肩を叩きながら声をかけてきた。


振り向くと、そこには同い年ぐらいと思われる少女が立っていた。



「その『赤山 風花』っていう人。4年前にどっかに引っ越した 風花ちゃんの事ですか?」



******************************



僕は、かつての彼女の家があると言われた場所まで来た。


しかし、そこは更地さらちだった。

建物のようなものは無く、あるのは砂利じゃりと所々に生えている雑草程度だった。


(まぁ、誰も住んでいないとこうなるよな……)


僕がふと下を見ると、敷地の境目にロープのような物が張られている事に気が付いた。

そして、隅の方には何か看板のような物も立っている。


「なんだこれ……?」


それに近づき、書いてある文字を読む。

どうやら、この土地の所有者について書かれているようだ。


「……えーと、この土地の所有者は、」



******************************



どうやら彼女には時間があったようなので、私達は近くの公園で詳しい話を聞くことにした。


「えーと、君が知っている風花ちゃんについて詳しく聞いてもいいかな?」

「はい、別にそれは構わないんですけど、あなた達は?」

「あ、これは失礼」


私とした事が、自己紹介を忘れていた。


「私の名前は、竜胆りんどう公美くみ。こちらは露草つゆくさしゅう。どちらも赤山さんと同じ、3年5組のクラスメイトよ」

「風花ちゃんの今のクラスメイトさん?それがどうして?」


私が少し答えに困っていると


「あぁー、それはすまない。事情が結構特殊で詳しい事は言えないんだ」


と、露草君が代わりに答えてくれた。


「特殊な事情ね……、うん、分かったわ。よく分からないけど、あなた達悪い人では無さそうだし」



そうして、私達は彼女に赤山さんの過去について詳しく教えてもらった。



そして、私は頃合を見計らって、ずっと気になっていた1つの質問をした。


「彼女の旧姓は何?」


相手の子は少し困った顔をした。


「……それは言えないかも」

「それはなんで?」

「彼女の


「お〜〜〜い!2人とも!バスの時間は大丈夫?」


離れた場所から叫んだ草室君の声により、彼女の話が遮られた。


ふと腕時計を見ると、帰りのバスの出発1分前だった。


「あ、ヤバい」


私は彼女にお礼を言うと、いそいで荷物をまとめて、バス停に向かおうとする。


そこで、ある事を忘れている事に気が付いた。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「わ、私?」

「うん」


「……私の、名前は、」


彼女は笑顔で答えた。


「私の名前は、島鳥しまどり はなよ」



******************************



僕達は自分達の街に帰ってきた。


「草室君の方は何か分かった事はあった?」

「いや、……特には無かったです。あったの更地さらちだけで……」

「収穫0か……。こちらもあまりかんばしい成果は無かったわ。彼女の旧姓も知れなかったし」

「という事は無駄足だったのか?」


露草君が少し意地悪な言い方をする。


しかし、


「そうね」


彼女はあっさりと認めた。


「今日の事は無駄足と言わざるを得ないわ。2人ともごめんね?」


まさか謝られるとは思ってなかったのか、彼は少し困惑していた。


「別にいいんですよ……、彼女の旧家がもう無いって事が分かっただけでも十分でしょ……」


そうだな、と露草君も言う。


「2人ともありがとう」


そう言うと、僕達は解散した。


帰りに露草君にゲーセンに誘われたが、僕は修理に出していたスマホを取りに行かなければならない事を理由に断った。



******************************


その夜。


ある家の少女が、自宅の部屋で首を吊っている所が発見された。


そして、近くに置かれていた遺書にはこう書かれていた。


若草わかくさまいを恨む、と。

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