第7話 桜子の憂鬱
(1)
「空準備出来てるか!?」
私は勢いよくドアを開ける。
空は寝ている。
朝弱いのはパパに似たらしい。
私は空に飛びついた。
空は驚いて起きる。
「ちょっと朝からまずいって!」
「いいじゃん!昨日パパが良いって言ってくれたんだから」
そう、昨日パパは翼と空を呼び出して話をした。
原因は家庭訪問で翼が「空と一緒に会社を継ぐ」と言ったらしい。
パパは空に聞いていた。
どうやら恋心というものに興味を持ったらしい。
それも翼に。
パパはそれを認めた。
絶対に許されない恋愛だと思っていたのに。
パパは偶にとんでもない発想をする。
愛莉もそれを止めない。
このままだと空は翼の物になってしまう。
だから私は飛び出した。
「私だって空が好きだ!」といった。
「パパは中立だよ」
それがパパの返事だった。
私にもチャンスがある。
休戦協定?破棄だそんなもん。
約束を破ったのは翼だ。
しかし「共鳴」という能力がある以上翼の方が有利。
だったら実力行使に出るしかない。
で、朝から空に抱きついてる。
「天音なにやってるの?」
翼起きて来たらしい。
翼も朝が弱い。パパに似たんだろう。
「昨日パパが私でもいいっていったじゃん!」
「空が好意を持ってるのは私に対してだから」
「それは翼が『能力』つかって言ってるだけだろ!私は実力行使に出る」
「……そんなの認めない」
そう言って翼も空に抱き着く。
「ちょっと翼邪魔!!」
「天音はよくて私はダメなの?」
「とりあえず着替えさせてよ!」
3人で揉めていると母さんがやって来た。
「3人とも早く降りてきなさい。それともまた空がぐずってるの?」
愛莉が部屋にやってくる。
翼はドアを開けっぱなしだった。
愛莉に見られる。
だけど愛莉だから問題ない。
「そういうことをするならドアはちゃんと閉めておきなさい。冬夜さんがみたらショック受けるでしょ」
これからは部屋に入るときはノックしないとね?と愛莉は笑って言う。
私と翼は先にダイニングに向かって空を待つ。
しばらくして空が降りて来た。
食事の時間は休戦時間。
食い物の前ではみな平等!
そして朝食が済んで仕度を済ませる。
翼は最近色気づいてきた。
軽く化粧をする。
空を意識してるのだろうか?
当然その時間は空は私の物。
リビングで空に甘える。
パパの前でも関係ない。
それどころかパパは私達を見て愛莉を呼ぶ。
「愛莉もたまにはおいで」
「もう!子供の前ではいけません」
こんな会話が片桐家の普通だった。
化粧を終えた翼が私達を見て怒る。
「天音、空から離れて」
そう言って私と空を引き離す。
私と翼で空の奪い合いをしていると水奈がやってくる。
私達は玄関に行って靴を履くと家を出る。
「いってきま~す!」
そう言って学校に向かう。
登校中空の両腕は私と翼で拘束されていた。
「天音、ちょっとくっつきすぎ」
「翼こそない胸強調して押し付けてるんじゃねーよ!」
「そんなことない。空はちゃんとわかってる」
「ああ、そうだね」
そう言って笑う空。
ぐぬぬ。こればっかりは歳の差があるから仕方がない。
「胸か……」
水奈が落ち込む。
「どうしたんだ?」
私が水奈に聞いてみた。
「私達だってもう少ししたら胸が膨らんでもいい時期だろ?」
「まあ、そうだな」
「この前母さんに呼ばれてこう言われたんだ『お前は私の娘だ……過度な期待はするな』と……」
そういえば水奈の母さんは胸がないな。
翼は愛莉の血を継いでるようで徐々に膨らんでる。
この前愛莉とブラを買いに行っていた。
「空も来て一緒に選ぼう?」
翼が言うけど空は必死に拒否した。
女心の分からない男だな空も。
「そういや、今日の給食ご飯の日だぜ。水奈、準備は出来てるか?」
「箸なら持ってきたけど?」
そうじゃねーだろ!
「ごはんっていえばTKGだ!!アレやるぞ!」
「本気なの!?」
水奈が驚いてる。
私はいつだって本気だ。
「いつやる?」
「中休みにやるしかないだろうな」
「わかった」
水奈は溜息をついていた。
「何するのか知らないけど問題起こすなよ。今日は天音たちの家庭訪問だろ?」
空が言う。
「家庭訪問だからやるんだろ?学校に呼び出されることはねーよ!」
私が言うと空と翼はため息をついていた。
学校の昇降口に着くと空と翼とは離れる。
粋と遊達も誘う。
2人とも乗り気だった。
まってろよ卵!!
(2)
今日は家庭訪問。
教師にとって意外としんどい。
最近はモンスターと呼ばれる親が多い。
しかも今日は学校に行く前から疲れた。
事件は中休みに起こった。
学校でにわとりやらウサギやらを飼育している。
今週の当番は隣のクラスの飼育委員だった。
どうやって飼育委員から鍵を入手したのかは口を割らなかったが大方脅したか誘惑したかだろう。
犯人は4人のうち2人は普通にしていれば美少女なのだからそのくらい容易だ。
犯人は入手した鍵を使って鶏小屋に入って卵を奪おうとしたが産んでなかった。
「今すぐ卵を産め!さもないとこの場でバラしてフライドチキンにするぞ!」と脅した。
しかし鶏は複数いる。
犯人の目的は牝鳥にあった。
雄鶏は興味なかった。
だから小屋から雄鶏が逃走して大騒ぎになった。
4人のうち2人の男子は慌てて逃走しようとしたところをすぐに取り押さえる。
2人の女子はそんな事にお構いなく卵を産むように迫っていた。
「ふざけんな!私は今日の為にTKG用の醤油まで用意したんだぞ!」
「やっぱり交尾させないと産まないんじゃない?」
「お前らずっと一緒にいるのに交尾しないとかオスは全員腰抜けか!?」
「ちょっと雄鶏捕まえてくる」
「鶏ってどうやって交尾するんだ?雄鶏にそんなもんついてたか?」
コッココッコやかましい鶏小屋でそんなやりとりをしている首謀者2人を取り押さえる教職員。
首謀者は言うまでもなく片桐天音と多田水奈。
逃げ出した男子は栗林粋と桐谷遊。
3限は自習の時間にして4人を生活指導室に呼び出して説教した。
「産みたての卵でTKGしたら美味そうじゃね?」
首謀者の動機は至ってシンプルだった。
無邪気な少女の犯行と言えば可愛らしいがやってることは過激すぎる。
そしてこの4人は前科があり過ぎる。
家庭訪問の時期じゃなかったら親を呼び出すところだがちょうどこの4人は今日の家庭訪問で回るところだ。
「あとは水島先生にお任せします」
面倒事は全ては私に押し付ける。
この4人は母親を呼び出したところで効果が全くない。
反省という二文字をどこかに忘れている。
反省は教訓という文字に化けているのだろうか?
これはやったらまずい、だから次はこうしよう。
ある意味反省しているようだが、犯行はそれを踏まえて徐々に過激化していく。
まずはその頭痛の元凶の片桐天音の家に行く。
片桐天音は普通におとなしくしてさえくれれば才色兼備の万能少女なのだがやんちゃという言葉では優しすぎる。
溜息をついて片桐家の呼び鈴を押す。
愛莉さんが出る。
「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」
私はリビングに案内される。
リビングのソファに腰掛けると出されたお茶に口をつけて、学校での生活態度を報告する。
成績は良い、人気もある。だがやることに問題があり過ぎる。
私が愛莉さんに伝えるのはこれが3度目だ。
上の二人は普通に過ごしているのに、どうして天音だけどここまで問題があるんだ。
今日あった事件もついでに報告する。
すると愛莉さんは自分の隣に座っていた天音を見て言った。
「天音。あなたは間違っています」
流石お母さん。ここは厳しく叱ってくれる。そう思っていた。
「最近の鶏は品種改良されていて交尾しなくても無精卵を産むの。理屈は女性の生理と同じです」
話の論点はそこじゃないですよ愛莉先輩。
「じゃあ、どうやって鶏は交尾するの?」
話がどんどんずれていく。黙って見守っていたのは毎年の事だから。
「問題はそこじゃありませんよ天音。あなた達だけで卵を食べて他の人に悪いと思わないの?」
「まあ、それもそうか……」
天音はとりあえず納得したようだ。
問題がすり替わっているけど取りあえず解決した。そう思い込もう。
天音は上の二人とは違っていて友達も多い。悪友ともいえるが男女関係なく交友関係を持つ。問題に巻き込んでいくともいうが。
「天音さんはご家庭ではどのように過ごされていますか?」
「そうですね。姉弟仲良く暮らしてますよ。仲が良すぎて困っていますが」
「と、言うと?」
「近頃は目を離すとすぐに翼と空の取り合いをしだすんです」
「取り合い……ですか?」
「ええ、2人とも空の事が好きみたいで……」
「は、はあ」
片桐家は皆思考が理解に苦しむ。
「とりあえず愛莉先輩。天音さんの事お願いします。学校でも問題になってるんです」
教師の仕事をこれ以上増やさないで欲しい。
「ですが天音のやることは好奇心からきている子供らしい行為です。頭ごなしに押さえつけるのも問題だと思うのですが」
好奇心で扉の引手に画鋲を張り付けるのは問題じゃないのか?
天音たちのやる事はいい加減事件になってもおかしくないですよ。
何か良い案が無いだろうか?
「天音さんはスポーツとかは興味ないの?」
別の趣味を見つけてその才能を活かせばいい。
この子なら何でもこなすだろう。
私の娘が通っているサッカースクールを勧めてみた。
「何が楽しくて毎日汗だくにならないといけないんだよ。体育の授業すら面倒なのに。それにその間翼と空を二人っきりにさせとくのは危険だ」
めんどくさいからやりたくない。そこは父親の血を継いだらしい。
「じゃ、次があるのでそろそろ失礼します。天音さんがこれ以上問題を起こさないようにくれぐれもよろしくお願いします」
「善処はしますが、まだ9歳なので大目に見てやってくださいな」
「桜子またね~」
全く反省の色が無い天音。
一番最後にするべきだった、
一件目で早くも疲れ果てた私は二件目に向かった。
(3)
二件目は今日の事件のもう一人の首謀者・多田水奈。
天音と水奈がつるむとろくな事がない。
二年の時は別のクラスに替えたが他の児童に影響が出るし意味が無いからと三年になって戻って来た。
年々エスカレートする二人の犯行。
私は多田家の呼び鈴を鳴らす。
「お、来たか桜子。まあ上がれよ」
水奈の母親・多田神奈先輩がそう言った。
リビングに通されると私は神奈先輩に今日の出来事、遠足での犯行等も含めて学校の生活態度の改善を求めた。
「すまん、桜子には迷惑をかけてるな」
神奈先輩は頭を下げる。
「水奈!お前も謝れ!」
そう言って水奈の頭を無理やり下げさせる。
「分かってもらえればいいんです。子供のやんちゃにしてはやりすぎです」
「そうだな……、誰に似たんだろうな」
神奈先輩は見た目に寄らず割と真面目な人だった。
酒癖が悪い所はあるけど。
「学業の成績もちょっと問題ありますね。ご家庭では宿題されてますか?」
水奈は大体学校で天音のノートを丸写ししてる。何の工夫もしない。バレバレだった。
天音は適当に授業を聞きながら水奈とひそひそ話をしているのに宿題は模範解答の様な解答を返してくる。
カンニングではないことはすぐにわかる。模範解答よりも正確に的確に解答しているのだから。
そんなのを丸写しすればすぐにばれる。
「私もそこまで頭が良いわけじゃないから宿題をみてやれなくて……生活態度も私がしっかり見てらやないといけないんだけど……」
けど?
「誠が毎日の様に問題起こすからそっちの処理で手一杯なんだ。水奈が出来てからずっとだ」
水奈の父親・多田誠。
地元Jリーグの選手。スタープレイヤー。
未だに現役をしている。
フォワードは世代的に海外で活躍している名選手が多いんで日本代表には選考されないもののJリーグの日本人選手としてはトップレベルだ。
そんな選手の年棒を支えているチームも凄いが。
シーズン中はアウェーに行ってたりで忙しい。
そして偶に帰ってくる誠先輩に皆の問題を相談すると……。
「分かった神奈。俺が風呂場でじっくり水奈に教育してやる!」
「ふざけるなこの馬鹿!!」
「父さんとはいるとか気持ち悪いからイヤ!」
大体このパターンになるらしい。
昨日はちょっとした家族会議になった。
「なあ、神奈。俺なりに考えたんだが……」
「どうした誠?」
「冬夜の所とうちの違いって何だと思う?」
「わからない、お前は何か気付いたのか?」
「やっぱり妹か弟必要なんじゃね?ここはひとつ……」
「ただのお前の欲望丸出しじゃねーか!水奈一人育てるのにどれだけ苦労してると思ってるんだ!?しかも水奈の素行もだがお前の育児の姿勢で苦労してるんだぞ!余計な手間作りやがって」
それで昨日大喧嘩だったらしい。
誠先輩は育児には協力的だという。異常なまでに水奈の面倒を見て来たらしい。神奈さんとの第2子を設ける時間も惜しんで水奈に異常なまでの愛情を示しているらしい。
それにブレーキをかけるのが大変なんだという。
「水奈の男性恐怖症は誠のせいかもしれない……」
神奈先輩は考え込んでいる。
そろそろ時間だ。
「じゃあ、そういうことで、私次の子の所に行かないといけないので」
「ああ、悪いな。水奈の事はこっちでも考えるよ」
「いえ、ではまた」
そして次の子の家に向かった。
翌日黒板消しを頭上に食らった。
小遣いを減らされた腹いせにやったらしい。
もういやだ……。
(3)
3人目は栗林粋。
栗林美里さんの長男だ。
とにかく落ち着きのない子で授業中でも突然暴れ出す。
トイレ行くと言って教室をでていき、1時間帰ってこないこともある。
桐谷遊と大体一緒に行動している。
呼び鈴を押す。
「あ、いらっしゃいませ。どうぞ……」
居間に案内されると私は学校での粋の生活態度を説明する。今日の事件も含めて
「それはすいませんでした」
普通に謝っているように見えるが態度は「またか……」とうんざりしている様子。
それは私が言いたいほどだ。
育児放棄まではいかないまでも、子供のやる事にあまり興味を示さない。
家庭での教育は父親の栗林純一がやってるみたいだ。
「そういえば粋はどこに?」
「遊びに出かけました『俺いなくても親がいればいいだろ?』って……」
あいつは……。
「粋くんの成績は可もなく不可もなくですね。とりあえず授業中ちゃんと席にいてくれさえすればもう少し伸びると思うんですが、ご家庭ではどうですか?」
「気が付いたらいないことが多いですね。夜にはちゃんと帰ってきてるので問題はないと思いますけど」
いや、あるでしょ!
「ところで粋君はお母さんに何か相談事とかされましたか?」
「いえ、何かあったんですか?」
私は話すべきかどうか迷った。
個人的情報に触れて良いものか?
でもまだ9歳だし母親は把握しておいた方がいいかもしれない。
「実は粋君、いつも片桐さんといっしょなんですよね」
その目はまるで恋に落ちているような。
「なるほど……」
美里さんにはあまり興味が無いようだった。
「あの、もう少し粋君の事……他のお子さんのこと関心持ってあげた方が……」
「そういうのは純一さんに一任してるから。私は家事やるから育児は純一さんにって」
それでいいのか!?
「それにそういう感情は他人にとやかく言われたくないと思いませんか?」
美里さんから聞いてきた。
「……そうですよね」
授業参観にも来ない美里さんにこれ以上言っても無駄か。
「それでは私今日はもう一件いかないといけないので」
「はい、ご苦労様です」
どうでもよさげな視線を背に私は最後の難関に挑んだ。
(4)
最後は桐谷遊と恋の家だ。
桐谷遊は桐谷瑛大先輩と桐谷亜依先輩の次男。
桐谷恋は遊の双子の妹。
長男は模範的な優等生なのに遊は全く正反対のベクトルの持ち主。
恋はちょっと大人しい気の弱い寂しがり屋。
私のクラスの最後の問題児だ。
桐谷家の呼び鈴を押す。
「あ、桜子いらっしゃい」
「どうもお久しぶりです。亜依先輩」
「まあ、上がっていってよ」
居間に案内されると座る。
先輩は少々やつれていた。
「先輩顔色悪いですよ?ちゃんと寝てますか?」
「ああ、昨日今日と夜勤続いてて昼夜逆転してるだけ。気にしないで。で、遊はどうなの?」
遊はまずいと感じたのかそうっとその場を離れようとした。
そういう場面は主人とのやり取りで慣れているのかすぐに遊の腕を掴む亜依先輩。
「桜子!こいつまた何かやらかしたのか!?」
亜依先輩に言われると今日の事件と日頃の生活態度を説明した。
「この馬鹿は……」
「粋がやろうぜっていうから!」
「言い訳するな!先生に謝れ!」
「ちゃんと謝ったよ!!」
「まあ、首謀者は片桐さんですから……」
私は仲裁に入る。
「だけど、女子に言われてついて行って挙句の果てに女子に責任擦り付けるって男としてどうなの?」
まあ、その通りなんだけど。
「ごめん、桜子。私はこいつらをずっと見てやれないし主人はあれだから」
仕事から帰るとご飯を食べて風呂に入るとゲームをしながら酒を飲んでるらしい。
挙句の果てに休日くらい遊びに連れていくと思えば地下アイドル発掘とやらで中島君と遊び惚けてるんだとか。
「あいつも子供が3人も出来れば変わると思ったんだけど失敗だったわ。あ、子供を産んだのが失敗だったとかそういうわけじゃないんだよ」
「大変なんですね」
他にかける言葉が無かった。
「ところでご家庭ではどう過ごされてるんですか?」
「家の事は全部学に押し付けて勉強するのかと思えば遊びに行ったりゲームしてたり、恋の相手すらしない」
桐谷恋。桐谷家の長女。小学校4年生。
ちょっと寂しがり屋なところがある。
想像通りの回答だった。
「成績は少々問題ありますね。今後の事を考えると今のうちに勉強する癖をつけとかないと……」
少なくとも宿題を写してくるくらいの抵抗くらい見せてほしい。
「あとは、忘れ物が多いですね」
「だから学校に置いていけば問題ないって言ったじゃん!」
「お前は家で勉強するつもりがないのか!」
亜依先輩と遊の口論に割って入る。
最後にもう一つ言う事があった。
「まだ小学校4年生だから母親も把握しておいた方がいいと思って言わせてもらいますけど」
「こいつまだ問題抱えてるの!?」
まあ、問題と言えば問題かな?
「もう思春期なんでしょうね。気になる女子がいるみたいです」
教室でずっと見ていたらすぐわかる。
この年の恋心はとても純粋で真っ直ぐだから。
「ああ!その話は別にしなくてもいいだろ!?」
「お前は黙ってろ!桜子。誰それ?」
亜依先輩は興味津々だ。
「同じクラスの多田水奈さんです」
「それって神奈の娘さん?」
私はうなずいた。
「お前も見た目に弱いみたいだな」
亜依先輩は息子の恋愛観をそう評した。
「まあ、小学生の恋愛なので温かく見守ってあげたいんですけど2人とも日頃の素行が問題あるから……」
行き過ぎないように見張っててほしい。
「確かに私達が若い時も小学生で最後までいっちゃうやついたもんね」
オブラートに包んだ意味が全くなかった。
「で、遊は水奈ちゃんに告ったのか?」
「ま、まだそんな仲じゃねーし!」
「急いだ方がいいぞ。この前神奈とお茶してたんだけど」
何かあったのか。
「水奈ちゃん好きな人いるらしいぞ」
それは知らなかった。
「だ、誰だよそれ?」
遊は気になるらしい。
「それは秘密だ」
私も初耳だった。
遊は動揺している。
やはり小学4年生。
感情が分かりやすい年頃だ。
「好きだと思ったら思い切って言っときな。取られてからじゃ遅いんだぞ」
自分の息子を揶揄って楽しむ亜衣先輩。
「で、恋はどうなのかな?」
話題は恋になった。
恋は亜衣先輩の隣でじっと様子を見ていた。
「成績には問題はありません。周りの児童の影響も大して受けてないようですし」
私のクラスは問題児ばかりなのに、奇跡的に真っ直ぐ成長してくれている希少価値の存在だ。
「ご家庭では恋はどんな感じですか?」
「学の事が好きみたいだな。ずっと学の後ろをついて回ってるよ」
亜衣先輩がそう言うと恋は恥ずかしそうに俯いてしまった。
「恋にも好きな人とかいるんですか?」
「いえ、あまりそういう感じは見受けられないですね」
「学がいい!遊みたいな人は絶対いや!」
そのパターンか。
まあ、高槻先生のパターンもあるし、そのうち恋にも出会いがあるだろう。
「じゃ、遅くなっても迷惑だしそろそろ失礼します」
「はい、桜子ごめんね。こいつらの事頼むわ」
そう言って見送られた。
今から学校に帰って残務をするか……。
私は主人に電話をしていた。
「あ、佐?私だけど今家庭訪問終わったところなの。みなみの送迎お願いできないかな?ありがとう。じゃあまた」
今日は帰って食事して子供を寝かせたら佐と飲みたい。
そんな気分だった。
(5)
風呂に入ってリビングで父さんとビールを飲んでいた。
この年になるとビールの喉越しの良さが染みる。
今日は父さんとお笑いの番組を見ていた。
お笑いの番組を見ながら空の今後を考えていた。
事務所を継いでくれるのはありがたい。
ただ、翼にしろ天音にしろ子供は望めない。
跡取りがいなくなる。
どうしよう?
そしたら父さんは愛莉の両親を呼んだ。
愛莉パパは話す。
「……だから、娘は宝なんだよ」という。
手塩にかけて育てた娘を他家の嫁に送り出す。
その時に達成感が生まれる。
あとの事はどうにかなる。
「……娘が二人もいればどちらかが冬夜君の老後を見てくれるだろう」
愛莉パパが言う。
「遠坂さんすいません」
父さんが頭を下げる。
「……元気な孫を見せてくれただけでも感謝してます」
「そうよ~孫の顔が見れただけでも幸せよ~」
2人は言う。
「しかし愛莉ちゃんも3人とは頑張ったわね~」
愛莉ママが言った。
「あれ?パパさん達来てたの?」
愛莉がお風呂から上がって来た。
「ああ、冬夜が娘の育て方で悩んでるようだったのでアドバイスをと思っておじさんが呼んだんだよ」
父さんが言う。
娘の育て方という言葉に反応したらしい。
愛莉が僕の隣に座って俯いていた。
「翼と天音が何かあったの?」
愛莉に3人の恋愛状況について聞いてみた。
そんなのはどうなるか分からないと愛莉は言う。
しかし愛莉は小学校の時から僕との結婚を夢見てそして貫いた。
あの二人にも同じような要素があるんじゃないかと思うんだけど。
「それよりも冬夜さん、私母親失格なのでしょうか?」
多分今日の天音の家庭訪問の事だろう。
天音のやんちゃっぷりは愛莉から聞いてる。
「愛莉にまかせっきりだったけど、問題ないと思うよ」
そう言って愛莉の頭を撫でてやる。
「本当にそうなのでしょうか?自由にさせ過ぎたんじゃないかと心配になって」
だから2人とも空が好きなんて言い出したんじゃないかと言う。
この三角関係をこれからどうしていけば良いのか分からないという。
「……それなら心配ないよ」
愛莉に言った。
「きっと近いうちに何かが起こる。それで状況は変わってくるはずだよ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
愛莉は不思議そうに言う。
「勘かな?翼と違って天音の周りにはたくさんの感情がまとわりついてる。愛莉の育て方のお蔭かな。色んな人と繋がっているんだ」
「……天音を好きな人が現れるかもしれないとおっしゃりたいのですか?」
「そうかもしれないね」
「冬夜さんがそういうのでしたらきっとそうなのでしょうね」
愛莉はそう言って笑う。
そんな僕を4人の親が見ていた。
「……それでいいんだよ冬夜君」
愛莉パパが言う。
「細かい事は嫁に任せて嫁が不安になったら夫が支えてやればいい。子供たちの育成方針に悩んでいたら嫁の背中を押してやればいい。私達もそうしてきた」
「翼ちゃんも、天音ちゃんもいい子だよ~。愛莉ちゃんが思ってるような娘じゃない。ちゃんと真っ直ぐに育ってるから~」
「りえちゃん……」
「この子たちも立派な親になったみたいだ。めでたい。皆で飲もう!」
「……ビールまだあったかしら」
母さんが言う。
6人で細やかな宴会を開いた。
親の苦労話を聞きながら、相談に乗ってもらった。
22時過ぎになると愛莉の両親は帰っていった。
そして僕達も寝室に入る。
ベッドに入ると照明を消す。
寝ようとすると愛莉が抱きついてきた。
「賭けをしませんか?」
「賭け?」
僕が愛莉に聞き返すと愛莉がうなずいた。
「次の子が男の子か女の子か?」
「……じゃあ、男の子で」
「分かりました。じゃあはじめましょう」
しかしこの賭けは成立しなかった。成立させる必要が無かった。
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