エピローグ
父・道雄と共に戻ってきてからの僕はその後数日、事後処理や事情聴取で忙しかった。
リーブロン魔術師学校にある僕の自室はハオスが仕掛けた魔法陣のおかげで木端微塵になっていたため、修復されるまで校外での寝泊まりを余儀なくされる。ただし、僕は東京都内のアパートに元々住んでいたためそこまで不自由はなかったが、元々は愛知に住んでいる父は家に帰らせてもらえなかった事に対して難儀していたようだ。
一方、情報リテラシーの講義のみ休講という措置を魔術師学校側が計っていた関係で、仕事ができない事に対する罪悪感は一つもなくこの2ヶ月を過ごす事になる。
時は経ち、2020年4月――――――――—————
「やっと、父さんによる講義が始まるね」
「そうだね」
僕と父さんは、リーブロン魔術師学校内の廊下を歩きながら語る。
事故で怪我した傷も完治し、父はすっかり元気になっていた。あの事件後に知った事実だが、父が交通事故に遭ったのは偶然ではなく、ハオスの指示を受けた部下達による
ただし、父・道雄も僕と同じホープリート一族の末裔であるため殺す訳にはいかず、交通事故という形をとったとハオスは供述していたようだ。
僕がもし
僕は、廊下を歩きながら父の事故の真相を知らされた時の事を思い返していた。
「ようやく…直にお会い出来ましたね、ミスター望木」
「はい。お待たせしてしまい、申し訳ないです」
学長室へたどり着いた僕達を出迎えてくれたのは、バラノ学長だった。
穏やかな表情で話す学長に対し、父は少し申し訳なさそうな
また、英語が不得手な僕とは違って若い頃に留学経験のある父は、翻訳機を使用せずに学長と会話ができる程度には英語が話せるようだ。
「…さて、今日からミスター望木には情報リテラシーの講師として宜しくお願い致します。そして…」
父と一通り話を終えた学長は、僕の方に視線を向ける。
「…これからは、朝夫君と呼んでもいいですか?」
「……個人的には気が進みませんが、同じ苗字の人間がいる以上、その方が区別つけやすいでしょうね」
学長からの問いかけに対し、僕は少し不服ながらも承諾した。
本来、父が正式にリーブロン魔術師学校での講師としての業務を始めたら、僕はもう用なしだった。しかし、今後もホープリート一族の末裔である自分がハオスのような輩に狙われかねないという可能性や、周りからの推薦。最終的には自分の中で「適性がありそうだ」という考えから、講師としてではなく技術員としてこの魔術師学校で働く事になったのだ。
本来、リーブロン魔術師学校の職員になるには面接や精神鑑定といった試験のようなものを経てから採用不採用が決まる仕組みだ。それに対して僕は、既にリーブロン魔術師学校で情報リテラシーの臨時講師としての業績があったため、採用試験関係をせずに採用が決定したのであった。
「今日から技術員として、宜しくお願い致します」
「…はい。こちらこそ、改めて宜しくお願い致します」
学長が自分に対してそう述べてくれたため、僕もはっきりとした口調で答え、その場で頭を深く下げた。
「では、わたしは自室へ寄ってから講義に行くので…またな」
「あぁ、また後で…」
学長に挨拶を終えた後、僕と父は別れる事になる。
僕と父さんは親子で同じ職場に勤める事にはなるものの、当然の事ながら宿泊棟における部屋は別々にある。技術員の自室も教職員と同じ宿泊棟に存在するが、フロアが若干異なるという次第だ。
『職員証、少し変わったのかしら?』
気が付くと、Mウォッチに宿るライブリーの声が響いていた。
「あぁ。教職員と技術員。あとは図書室勤務の職員…か。それぞれ、職員証の色を分けてお互いを認識しやすいようにしているらしい」
ライブリーの問いかけに対し、僕は首から下げている職員証に触れる。
臨時講師として仕事をしていた時は特に考えていなかったが、教職員時の職員証は、氏名の近くに蒼い線が複数入っていた。それに対して
「思えば、光三郎の職員証も黄色だったという事か。全く見ていなかったな…」
僕は廊下を歩きながら、不意に内心で思っていた事を口にしていた。
「……僕の名前を呼んだかい?」
「あ…!」
聞き覚えのある声に対して、僕は我に返ったような
廊下を真っ直ぐに歩いていた僕に対し、下の階から階段で登ってきていた日本人の技術員・
…日本語だったら、ほとんどの奴らには解らないはずなのにな…
僕はこの時、少しだけ「しまった」という後悔の念に駆られる。
彼は僕の目の前に現れると、そのまま横へ移動して歩き始める。行き先は勿論、仕事場所である書物資料保管棟だ。
「君のお父さんが来た事で日本人の同僚が増えたし、加えて君が
「…僕がこの場にいるのは、下松さんのおかげでもあると思います」
二人並んで歩き始めた後、彼が最初に述べたのは僕や父・道雄の事だった。
ハオスの
僕が
まぁ、翻訳機なしで話せる
僕は、歩きながらそんな事を考えていた。
「ありがとう。苗字だとお父さんと区別つかないだろうから、朝夫君でいいかな?」
「はい、いいですよ」
光三郎から訊かれたため、僕はしぶしぶ了承した。
リーブロン魔術師学校へ来る以前は一般企業で勤めていた事に加え、昔から僕の名前の方を呼ぶ人間は限られていたため、“朝夫”と呼ばれるのにはやはりまだ抵抗があるのが現状だ。
まぁ、慣れていくしかないかな…
僕は、そんな事を考えながら、光三郎と一緒に書物資料保管棟へ向かうのであった。
幼い時に嫌な経験はしたことによって、「ただ死にたくないから生きている」だけの自分の人生に色がつくようになったのは、やはりライブリーやイーズといった電子の精霊の存在。そして、テイマーを含むリーブロン魔術師学校の面々と出逢った事が大きいだろう。
人付き合いは未だに苦手だが、電子の精霊と良好関係を結んでいる魔術師は貴重という事もあって、今後僕や父は周りから重宝される事となる。
今後、僕や父の活躍によって、電子の精霊達を少しでも多くの
<完>
彼らとは良好関係が望ましい 皆麻 兎 @mima16xasf
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