Line 20 行ったり来たり

 えっと、この辺りかな…?

僕は、本棚を見上げながら考え事をしていた。

元データを作っている途中で昼休みとなり、午後一番にあった情報リテラシーの講義を終えた後――――――――――――僕は、テイマーと再び合流するため書物資料保管棟にある図書室を訪れていたのである。

待ち合わせをしているテイマーも午後一番に自信が受け持つ言語学の講義があるため、あと十数分経過したらこの図書室で合流する予定だ。

リーブロン魔術師学校にある図書室は「室」と称されてはいるが、実際の蔵書量は街の図書館にも劣らない蔵書量りょうである。というのも、この図書室に保管されている資料は一般的な紙の本だけでなく、魔力を帯びた魔術書も保管されている。そして、その魔術書は必ずしも紙の冊子で出来ているとは限らないため、今目にしている蔵書が全てではないといえる。

僕はテイマーと合流するまでの間、元データを作る時に垣間見たものと、その後のテイマーとの会話を思い出していた。



「朝夫が視た出来事は、魔力の帯びた魔術書ではよくある事さ」

「そうなのか…?」

僕は、ナポリタンスパゲッティを頬張りながら首を傾げる。

昼休み休憩の際に一度は食堂に行ったものの、依頼された本の件をそこで話す訳にはいかないため、宿泊棟にあるテイマーの部屋で昼飯を食べていた。彼の部屋は、大きな本棚が存在し、そこには多くの本が納められている。

そして、僕は食べながら自室で起きた出来事を彼に語っていた。

「魔術書というのは、一見しただけで内容が解ってしまう事を著者は避けようとする。故に、本文の中にヒントとなる単語ことばを散りばめておいて、特定の見分け方で隠された内容を見つけられるようにする…。ってのは、魔術書の常套手段さ。それにしても…」

テイマーは、堰を切ったように話す。

しかし、僕の顔を一瞥するなり少しだけ黙ってしまう。

チーズグラタンを頬張るテイマーを見た僕は、食べる事に集中するために話すのを止めたかと思ったが、どうやらそれだけではなかったようだ。

『それにしても、魔術書ほん内容なかみに目を通していた朝夫はともかく…近くで見守っていただけの私達も、“視えた”というのが不思議よね』

僕やテイマーが昼食を食べる中、ライブリーが呟く。

『あぁ。それに、あの言葉では表現できないような感覚…。100年近く生きてきた中で、あんな感覚に陥ったのは、初めてだよ』

その隣では、腕を組んで考え事をするイーズが呟いていた。

そして、数分後―――――――――――――――――――

「あー!食った食った!」

「ごちそうさまでした」

お互い昼食を食べ終えた僕達は、ティッシュで口を拭いてゴミ箱に捨てる。

「ひとまず…午後の講義が終わったら、翻訳ソフトを使う作業を自室ここでやるとしようか」

「了解。そうだ、おそらく僕の講義の方が早く終わると思うので、テイマーと合流するまで図書室へ行っていてもいいか?」

テイマーがこの後の話をし出すと、僕も少しやりたいと思っていた事を彼に告げる。

それは勿論、「アカシックレコード」の事や今回の依頼書の著者であるペドロ・ホープリートについて調べるためだ。

「……わかった。思えば、朝夫は魔術師学校ここの図書室をほとんど利用した事がないもんな?」

「あぁ。一度行ってみたかったというのも、理由の一つかな」

テイマーは返答まで少しだけ間があったが、すぐに理解してくれた。

そうして昼食を食べ終えた僕達は、それぞれ講義の準備をするために再び別れる事となる。



図書室は当然の事ながら私語は厳禁のため、周囲はとても静かだった。利用する生徒達による本を棚へ戻す作業や、取り出す作業。書物をめくる音以外は、ほとんど聞こえないといっても過言ではないだろう。

 うーん…やはり、僕が読めそうな本はないな…

本棚から見つけた本の中身をめくると、大半は英語やフランス語といった日本語ぼこくご以外の言語で記載されている。

図書室では、蔵書の検索をできる機械が設置されているので使用してみたが、それでも記載のありそうな本は極めて少なかった。加えて、日本語以外読み書きが苦手な僕にとって、他言語で書かれた本を読むのは苦痛以外の何者でもない。

 元データを作れば、テイマーが持っている翻訳ソフト借りられるだろうが…

僕の脳裏には、テイマーの顔が一瞬浮かんでいた。

しかし、彼にそこまでしてもらってまでこの本を読みたい訳でもないので、手にしていた本をそのまま本棚へ戻す。

「…!」

本を戻した直後、僕が持つスマートフォンが軽く振動する。

振動音バイブレーションのリズムからすると、メッセージを受信したようだ。

『ペドロ・ホープリートについて、概要的な内容もののリンクを送っておいたわ』

スマートフォンに受信していたメッセージは、ライブリーからのものだった。

現在いる図書室が私語厳禁であるため、「何かあった時は文字で連絡してくれ」と図書室を訪れる前にライブリーとイーズには伝えていたため、それに沿ってメッセージを寄越してきたのだろう。

彼女が送ってきたメッセージのすぐ下に貼られているリンクをタップし、依頼本の作者について書かれたページを表示させる。

 “数多の妖精を目撃し、使い魔の使役や育成に力を注いでいた魔術師”…か。別段、何かに優れた魔術師やつという訳でもなさそうだな…

僕は、送られて来たリンクのページを閲覧しながら、彼の魔術師の事を考えていたのである。

 あ…!

数分程その場で黙っていた僕は、本棚を指で軽く叩く音で我に返る。

視線を上にあげると、そこにはテイマーがいた。どうやら彼が、僕に声をかけるために本棚を軽く叩いたのだろう。

視線が合った直後、彼の仕草や口パクを見て「自室へ向かおうぜ」と言っているのは何となく理解できた。僕は、「了解」の意味を込めてその場で首を縦に頷く。

そうしてスマートフォンを洋服のポケットにしまった後、図書室を後にする。


テイマーと図書室を離れた僕は、宿泊棟にある彼の自室へと再び訪れていた。

「さて!期限は明日の夕方とはいえ、そろそろ終わらせなくてはな…!」

そう告げたテイマーは、自室の机に置かれたノートパソコンを起動する。

彼が使用する私物のノートパソコンは、割と旧い機種のようだ。

「俺は朝夫のようにパソコン関係は得意ではないが、ちゃんとOSの無償アップグレードはやっているからな?」

「…まぁ、無償アップグレードを逃す人の方が、近年では珍しいと思うが…」

パソコンの電源を入れてから立ち上がるまでの間、テイマーは横目で僕を見ながら話す。

それに対して応えた僕は、ログインパスワードを入力する彼を背中越しに見る。横から見ないのは、パスワードが個人情報で秘匿するべきものだからだ。

 手元は見ていなくても、キーボードを打つ音の速ささえ聞こえれば、パソコン関連が強いかはおおよそわかるしな…

僕は、彼がログインパスワードをゆっくりと片手で入力するのを見て、そんな事を考えていたのである。

「よし、ログインできた!朝夫、元データをもらってもいいか?」

「はいよ」

ログインができたテイマーは、魔術書を翻訳するための元データを持っている僕に声をかける。

それに応えた僕は、持参していたUSBメモリを彼に手渡す。

WORDで作成したデータなのでE-mailに添付して送る事も可能ではあるが、圧縮した場合の解凍する手間やネットワーク経由中に問題が起きるとまずいため、ネットワークを介さない物理的な手段でデータを渡したのである。

テイマーが僕のUSBメモリをパソコンに差し込んだ後は手慣れたような手つきで、翻訳ソフトに元データをインポートしていく。

 流石に、外部の依頼で同じソフトを使用していれば、操作にも慣れていくか…

僕は、彼の部屋のベッドで仰向けに寝転がりながら、作業が進むのを待っていた。


「さて!後は、翻訳データが出来上がるのを待つだけだな!」

数分後、大まかな手順を終えたのか、テイマーは身体を伸ばしてストレッチをし始める。

彼が使用している翻訳ソフトは有能で、元データに対して翻訳したい言語を複数選択すれば、それらを同時に翻訳してくれるのだ。

当然、市販でこのようなソフトは売っておらず、魔術師の業界でのみ扱われる代物だろう。ただし、元データの量が多ければ多いほど、処理時間も多くかかる。

「この長い処理時間中は、ゆっくりできそうだな」

「ちなみに、テイマー。モニター画面の表示は、大丈夫か?」

「あぁ、あのすぐスクリーンセーバーに切り替わる設定やつの事か?」

「そうだ」

「それなら、大丈夫!翻訳ソフトを立ち上げる前に設定しなおしておいた!」

のびのびとした姿勢になったテイマーに対し、僕はパソコンの画面設定に問題ないか確認をする。

どうやら、数秒で画面が真っ暗になるような心配はなさそうだった。その後、お互いが自身のスマートフォンを確認し始めたため、数秒ほどの沈黙が続く。

「そうだ、朝夫」

スマートフォンを片手に持ちながら、その沈黙を破ったのはテイマーだった。

彼は、思い出したかのような口調で僕に声をかける。

「親父さん、元気か?」

「父さん?…あぁ、具合も良くなって、今はリハビリちゃんと通っているよ」

彼の旧友でもある父の話が出たので、僕は特に考えるまでもなく答えた。

「そうか…」

「元気である」事が確認できたテイマーは、安堵したような溜息をつく。

しかし、顔は俯いたまま考え事をしているようだった。

「なぁ、朝夫。最近、このリーブロン魔術師学校にいて感じた事や、周りで気になった事はねぇか?」

少しだけ考え事をしていた彼は、複雑そうな表情かおをしながら問いかけてくる。

 テイマー…。もしかして、考え事をしながら発言しているのか…?

僕は、相手の様子を伺いながらその場で考える。

自分の予想は当たっていたようで、僕に質問をしているにも関わらず、テイマーの視線は目の前の僕とは違う方向を向いていた。

「今の所は、ない…と思う…」

「……そうか……」

僕からの返答を聞いたテイマーは、低い声で頷く。

その後は、講義の事といった取り留めのない話題へと変わる。テイマーの態度も普段の彼に戻っていたため、僕も合わせて普段通り接する事にした。この時の僕は全く気が付かなかったが、テイマーが自身の脳裏で思い描いていた“予感”が今後、嫌な意味で的中してしまうとはこの時の僕らは知る由もなかったのである。


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