竜の裁量(3)

 ハクの居場所が分からなくなったことを、盲目的に仕方ないと思えるほど、シドラスは大らかではなかった。何か分かるかもしれないと、ハクの消えた場所からミカ達の住む家までの道筋を記憶し、後々、もう一度、調べてみようとシドラスは心に決めていた。


 ただし、シドラス一人ではハクの消えた穴の中にあった魔術のことがずっと分からないままだ。そこがハクの居場所の特定に繋がっているかもしれない以上、魔術に関する知識のある人は同行してもらわなければいけない。


 その考えから、シドラスはエルに話を持ちかけて、エルと二人で目的の場所に向かう予定だったのだが、意外なことにも、そこにソフィアもついてくることになった。シドラスがエルに話を持ちかける様子を目撃し、自分も興味があるからついていくと言い出したのである。


 わざわざ二人で行く必要もないと考え、シドラスとエルはソフィアを止めようとしたが、ここにいても暇になるとソフィアは強く言って聞かず、シドラスとエルは押し切られる形でソフィアの同行も決定した。


 そこに同時に、シドラス達の話を聞いていたアクシスも興味深そうに加わってきた。アクシスの場合は暇潰しや興味本位の参加というわけではなく、ハクの居場所を特定できる何かしらの情報が手に入るかもしれないと考え、シドラス達に同行したいと考えたようだ。


 こちらはソフィアとは違い、森の中を良く知る存在の参加ということもあって、シドラスとエルはアクシスの大きさを気にしながらも、その同行をお願いしていた。


 こうして、シドラス達は三人と一体でハクの消えた場所に向かうことになり、案内役を務めることになったシドラスを先頭に、森の中を突き進んでいた。


 一歩でも踏み入れれば、方角の感覚が消えるほどに、景色の変わらないサラディエの森の中だ。シドラスはいくら記憶したとはいえ、目的の場所まで案内できるか、若干の不安はあった。


 実際、ソフィアには道中、頻りに大丈夫なのかと確認され、エルは大丈夫とシドラスを味方するような動きで圧をかけられ、アクシスには最悪の場合の保証として、家まで送ることを約束された。


 それらのプレッシャーや誘惑に負けることなく、シドラスは自身の記憶を頼りに森の中を歩き続けて、本当に大丈夫なのかとソフィアやエルの不安が目に見えて分かるほどになってきた頃、ようやく目的の場所に到着していた。


「ここですね」


 シドラスが辿りついた場所を確認し、そのように告げると、本当に辿りつけると思っていなかったのか、ソフィアやエルが驚いた表情をする。


「本当に辿りついた……」

「無事に辿りつけましたね……」

「お二人は信用してくださらなかったのですね」


 シドラスが苦笑いを浮かべながら呟くと、ソフィアとエルは対照的な反応を見せた。エルがシドラスの言葉を否定するように、必死になってかぶりを振る隣で、ソフィアは深々と首肯し、当然と言わんばかりに口を開く。


「アクシスの背に乗って、フライングする時のことを考えていたわ。良く、この森の中で迷わずに歩けたわね?」

「どのような状況でも、殿下を御守りするために、方向感覚は正しく持っている自負がありました。ここから家までの方角くらいなら、記憶できるだろうと」

「それは……流石、エアリエル王国の騎士というところね」


 ソフィアの感心するような言葉を、シドラスは褒められたと思うことにして、御礼の言葉を口にしていた。そこから、ソフィアやエル、アクシスを連れて、ハクがアスマと共に立っていた付近まで移動する。


「それでハクが消えたという穴はそれ?」


 辿りついた場所でソフィアが発見した穴を指差し、シドラスに聞いてきた。シドラスが首肯すると、ソフィアとエルは揃って穴に近づいて、その奥を覗き込んでいる。


「そこまで深くはないですね。壁に術式が描かれている以外に変わったところも見当たらない」

「これは何の穴なの? ここに来るまで、こんな穴は見た覚えがないのだけれど?」


 ソフィアが穴から顔を上げて、疑問を口にしながら、アクシスの方を見ていた。それはシドラスも思っていたことで、この森に辿りついてから、ハクを追いかけている間を含めても、このような穴は見た覚えがなかった。


 自然に作られたと考えるには、穴が結構な大きさなので、誰かが開けた穴なのだろうとは思うのだが、その誰かがハクなのか、それとも、別の誰かなのか、シドラス達には見当もつかなかった。


「ハクが逃げるために開けた穴?」

「いや、違う。それは森の動物達が寝所に使っている穴だ」

「森の動物達の寝所?」


 アクシスの説明を聞いたことで、シドラスもソフィアやエルの隣に立って、そこにある穴を覗き込んでいた。森の動物が寝所に使っていると言っているが、穴の中には動物の姿どころか、動物がいた気配もない。足跡も毛も見当たらず、この言い方で正しいか分からないが、新築の寝所のようだ。


 本当に穴ができてから日が経っていないのか、それとも、誰かが片づけたのかは分からないが、そこをハクが利用しているのかとシドラスが思っていると、同じように穴を覗き込んでいたソフィアが不思議そうに顔を上げた。


「動物ってどこにいるの? この森に入ってから見てないというか、その前から動物は一切、見ていない気がするのだけれど?」


 ソフィアの疑問はシドラス達も思っていることだった。サラディエに到着する直前から、この周囲には人気が消え、同時に動物の姿も見当たらなくなっていた。サラディエに到着したばかりのシドラスは、この場所がそういう場所だと思っていたのだが、アクシス曰く、森には動物達がいたらしい。


 それがシドラス達の到着する前には消え、アクシスも居場所を把握できない、どこかに隠れてしまったようだ。ソフィアに聞かれたアクシスはかぶりを振り、「分からない」と口にしている。


「気づいた時には、森が静かになっていた。どこに行ったか分からない」

「私の考察では、ハクさんが何らかの魔術を使ったと思っているのですが、今のところは分かっていません」

「まあ、動物がいたら、この場所を使えないから、そのために追い払ったという可能性はあるわね」


 ソフィアが寝所となる穴を眺めて、シドラスの案に納得するように頷いた。

 その間も穴の中の術式を調べていたエルが術式の特定を終えたのか、ゆっくりと穴の中から顔を上げている。


「何か分かりましたか?」

「アクシスが手紙を送る際に使用した魔術を覚えていますか?」


 エルにそのように聞かれ、シドラスは昨日のことを思い返す。詳細までは専門外のため、シドラスは把握できていないが、どのような魔術だったかは覚えている。


「あれに近い魔術ですね。ただ細部の術式が違うので、恐らく、移動に制限があると思われます。例えば、この術式がある場所とか、一定範囲内しか移動できないとか」

「ということは、同じ術式を探すことで、ハクさんを見つけられるかもしれない、ということですか?」

「そういうことになりますね」


 ハクの使用した魔術をエルが特定してくれたことで、ハクの居場所を特定できるかもしれない状況が作れ、シドラスは改めて現場を調べて良かったと思っていた。


 その話を隣で聞いていたソフィアが何かを思いついたのか、ハッとした顔でアクシスを見上げている。


「この穴、動物達の寝所って言っていたけど、これはここにしかないものなの? 他にも同じような穴がない?」

「ああ、この森の中にいくつか存在している」

「もしかして、その別の穴に移動した可能性はない?」


 ソフィアが提示した可能性を聞いて、シドラスは納得するように頷いていた。術式を隠すことも考えたら、この穴の中に術式を仕掛けたように、他の穴の中に術式を仕込んでいると考えるべきだろう。


「その他の寝所がある場所に案内をお願いできますか?」


 シドラスがアクシスに頼むと、アクシスは深々と頷き、大きな身体を動かし始めた。


「私が知っている限りで良ければ案内しよう。ついてくるといい」

「ありがとうございます」


 アクシスの対応にシドラスが礼を告げて、シドラス達三人はアクシスの案内による森のツアーを行うことが決まったのだった。

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