竜と寵児(19)

 イリスとタリアが発見した物は確認のために、アクシスへの御礼を終えてから家に入ってきたシドラスにも見せられた。シドラスもミカが包まれていたという布に描かれた絵や文字を目にして、ベル達と同様に驚きに包まれた表情でミカを見ている。


「まさか、この子が……?」


 そう確認するようにシドラスが呟き、ベル達の方を向いたので、ベル達は「かもしれない」と答えながら首を傾げていた。


 ライトには行方不明となった妹がいる。それはベルも聞いたことのある話だった。まだ赤子の頃に攫われ、その後の行方は分からなくなっていたはずだ。


 そして、奇しくも、ミカは捨てられていたところをアクシスに発見され、今に至るまで育てられていたと言う。その二つを繋ぐ物として、ミカを包んでいた布の存在は十分過ぎるように思えた。


「取り敢えず、本人に確認を取ってみる必要がありますね。これを描いたのが、あのライトであるなら、何かを描いたくらいの記憶はあるでしょうから」


 幸いにも、ライトは今、ウルカヌス王国国内にいる。今は王都でパロールの護衛をしているはずだ。王都と連絡を取れれば、ライトに事情を説明することもできるだろう。


 そうベル達は考えたのだが、それ自体はそこまで簡単な話ではないようだった。ソフィアやエルに相談してみるが、二人の反応は芳しくなかった。


「近くの街からなら、連絡をつける手段はありますが、ここからでは少し難しいですね」

「馬なり鳩なり、王都まで連絡を届ける手段が残念なことに、ここにはないわ」


 ベル達をここまで運んできた馬車はハクによって破壊され、その場所を引いていた馬は負傷している。王都まで連絡を届けるどころか、そのために近くの街に向かうことすら難しい状況だ。


 さて、どうするかとベル達が悩んでいると、何か困っていることに気づいたのか、アクシスが声をかけてきた。


「どうした? 何かあったのか?」


 そう聞かれ、ベル達は素直にミカの出生に関することを伝えるかどうか悩み、思わず顔を見合わせる。親であるアクシスに伝えないわけにはいかないのだが、現時点では可能性でしかない話だ。アクシスが変な決断を下さないように、ここは一度、保留にしておいた方がいいだろうと考え、ベル達は王都と連絡を取りたいことだけアクシスに伝えた。


「王都か。どの方角のどれくらいの距離にあるか分かるか?」


 アクシスの問いに不思議そうな顔をしながらも、エルが地図を取り出し、現在地を聞きながら返答する。それを聞いたアクシスが大きく頷き、伝えたい内容をまとめた手紙を用意するように言ってきた。


「手紙をどうするのですか?」

「私の魔術で送り届けよう。細かな位置まで調整できるかは分からないが、王都の、王城の場所くらいなら狙えるはずだ」


 アクシスからの提案を聞いて、ベル達は少し悩みながらも、他に手段が見つからないことから、その厚意に甘えることにした。シドラスがライトやパロールに向けた文章を綴り、そこに本物であることを示すため、ソフィアが印章を押す。


 それをアクシスに手渡し、アクシスは約束通り、魔術で手紙を王都に送り届けてくれた――そうだった。ここに関して、現時点でベル達に確認する手段がないので、実際に送り届けられたかどうかは、ライトやパロールからの何かしらの反応があるまで判然としない。


 とはいえ、これで一旦、ライトとミカに関する可能性について、ベル達にできることはなくなった。後はライトから何かしらの反応があるのを待つことにして、ベル達は目下の問題について、どうするか考える必要があった。


「さて、ここで私達に残された問題だけど」

「ああ、分かってる」


 王都へ手紙を送り届け、ソフィアが真っ先に切り出したことに、ベルは頷きながら答えていた。ベル達は一旦、人質となったイリスやタリアを保護し、連れ去られたアスマを取り返すことに成功したが、ハクは未だ逃走中で、その目的を諦めた様子はない。


 どこで再び姿を現し、アスマを襲ってくるか分からない以上、一瞬も気を緩められない。そう思いながら、ベルが神妙な顔をしていると、ソフィアがベルの返答に頷きを返し、言葉を続けた。


「そう。やっぱり、という点だと思うのよ」

「……ん?」


 ソフィアの口から発せられた問題を聞いて、ベルはゆっくりと首を傾げていた。ベルが想定していた問題とはかなり違う内容で、ベルは思わずきょとんとした顔をしてしまう。


「何を言ってるんだ?」

「何を言っているって、今の一番の問題でしょう?」

「いや、もっと他に問題があるだろう?」

「そうだよ! もっと大事な問題があるよ!」


 アスマがベルの言葉に同意するように声を上げて、ベルは珍しくアスマと意見が合ったと思った。こういう場では大概、ベルとは対岸に立って、意見を言ってくるアスマだが、今は流石にそういう場面ではないと思ってくれたらしい。そのことに感心していると、アスマが勢いそのままに口を開く。


「晩御飯はどうするの!?」

「そこじゃない!」


 ベルは思わずアスマの頭を強く叩き、アスマは痛みに声を上げていた。アスマが痛いと叫んだことに反応し、シドラスやイリスが騒ぎの場に入ってくる。


「どうしたのですか?」

「大事な話をしているところよ」

「いや、ちょっと聞いてくれ。この二人がおかしいんだ」

「おかしくないよ!? 大事なことだよ!?」


 ベルとソフィアが中心となって、今にも飛び出しそうなアスマを制しながら、シドラス達に事情を説明すると、シドラスはあっけらかんとした様子で言ってきた。


「それでしたら、話はついています。この家に泊まらせていただく予定です」


 そう言いながら、シドラスはミカ達が暮らしているという家を示す。


「えっ? いつの間に?」

「さっき御礼を言いに伺った際に、馬車が壊れ、御者役のお二人も負傷し、ここから移動するのも難しいだろうから、この家に泊まるといいとアクシスに言われまして。いろいろと考えた結果、お言葉に甘えることにしました」


 シドラスの説明にベルはぽかんとしながら、何とも仕事の早いことだと感心していた。これで寝泊まりする場所の心配はせずに済むと思っていると、隣でソフィアが何やら慌て始めて、シドラスの話を押し返すように手を伸ばした。


「ちょっと待って……!?」

「どうかされましたか?」

「それって、この家に私達全員で泊まるってこと?」

「そういうことになりますね」


 シドラスが首肯すると、どこか愕然とした様子のソフィアが素早く首を動かし、アスマの方を見ている。そこで戸惑いの目を向けるソフィアの表情を見たことで、ベルはソフィアが何を思ったのか理解し、小さく鼻で笑っていた。


「安心しろ。驚くほどに何も起こらない面子だ」


 そうベルはソフィアに言いたくなるが、それを言うのも詰まらないと思い、寸前のところで言葉を飲み込む。


 そうしていたら、不意にアスマが身を乗り出し、シドラスに詰め寄るように近づいていた。


「それよりも! 晩御飯はどうなるの!?」

「ご安心ください、殿下。アクシスが用意してくれるそうです。腹を空かせた客人に何も振る舞わないで、竜を名乗るなど愚かにも程がある、と仰っていました」


 アクシスの声真似をしながら、その時のことを説明するシドラスの言葉を聞いて、アスマは目をキラキラと輝かせていた。アスマの唯一と思われる不安もこれで解消されたことだろう。


 もっと他に不安を懐くことがあるはずなのだが、暢気なことだとベルが思っていると、家の外からアクシスの声が聞こえてくることに気づく。


「すまない。少しいいか?」


 そう言っているアクシスの視線が自身に向いていることに気づき、ベルは家の外にいるアクシスの前まで移動する。


 アクシスが不意に向けるこの視線は、アクシスと初めて対面した時から、ベルもずっと気になっているものだった。何かあるのだろうかとは思ったのだが、それを確認するだけの暇がなく、ベルはずっとどうして見ているのか聞けずにいた。


「初めて逢った時から、私のことをずっと見ているよな? 何か用があるのか?」


 ベルがそう聞くと、アクシスは頷くように頭を縦に動かし、ベルに口を近づけてきた。


「お主に一つ聞きたいのだが」

「何だ?」

「お主はと何か関係があるのか?」

「えっ……?」


 カイザー。それはアクシスのの名前だった。

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