竜と寵児(15)
想定外のアクシスの来訪にソフィアとエルが驚きを浮かべる中、その場を訪れたアクシスも同様に驚きを表情に見せていた。大きく目は見開かれ、瞳孔の形が繊細に見て取れる。
「この場にどうして?」
「それは私の疑問だが?」
ソフィアがアクシスの来訪理由を問うと、アクシスは不思議そうに首を傾げながら、反対に質問を投げかけてきた。冷静に考えれば、ここはアクシスの住処で、この場所に立っている家はアクシスの子供達の住居だ。そこにアクシスが現れることよりも、ソフィアとエルがいることの方が不思議ではある。
「あの後、いろいろとありまして、あの家の中に私達の同行者が捕らわれているのです」
エルが急に現れたアクシスにやや動揺した様子を見せながら説明すると、アクシスが指差した方に立つ家を一瞥し、納得したように首肯する。
「そういうことか。それはハクの仕業か?」
「そういうこと」
「それはすまなかった」
そう謝るアクシスにエルは戸惑い、ソフィアは当然と言わんばかりに頷きながら、今度はこちらの出番と質問を口にする。
「それでアクシスはどうしてここに? その様子だと私達のことを追ってきたわけではないのでしょう?」
「ああ、実はあの後、近くに倒れている者の存在に気づいてな。助けようと声をかけて、何とか、ここに連れてきたというところだ」
そう言いながら、アクシスはその場に身を屈めて、ソフィアとエルに背中を見せるように身体を傾けた。そこで身体を労りながら、倒れ込んでいる二人の人物を目にして、ソフィアとエルは揃って目を丸くする。
「その二人は御者の?」
「確か、エアリエル王国の兵士という……」
「アレックスとトーマスというらしい。ここまで連れてきて、家の中で休ませようと思ったのだが、私が話しかけると酷く怯えてな。説明するのに酷く時間がかかってしまった」
困ったように呟くアクシスを見ながら、ソフィアとエルは揃って頷いていた。それはそうだろうと心の声を合わせて、二人は背中にいるアレックスとトーマスを見やる。
「二人は大丈夫なの?」
ソフィアが声をかけると、アレックスとトーマスは反応するように顔を上げて、僅かに頷いた。
「私が応急処置は済ませた。今すぐにどうこうはならないだろうが、しばらく安静にする必要はあるだろうな。馬車の方も修復を試みるが、元の形状を正確に把握しているわけではない。すぐにはできないと思ってくれ」
「いや、寧ろ、そこまでしてくれるのね。ありがとう」
「全てはハクが原因だからな。親の私が何もしないわけにはいかない」
そう神妙に呟いてから、アクシスはソフィアとエルがこの場を訪れた理由を思い出したようだった。視線を家の方に向けて、ゆっくりと身を起こしていく。
「ところでその家の中だが、貴公らは入れるのか?」
「いや、それが魔術に邪魔されて、中に入れないだけじゃなく、向こうと話もできないみたい」
「ハクの魔術か」
「恐らく、この近くに術式があると思われるので、それを見つけて、魔術を解こうかと」
「いや、その必要はない」
エルがこれから行おうと思っていたことをアクシスに伝え、アクシスにも術式探しを手伝ってもらおうかと考えていたが、アクシスはそれを否定するように呟いてから、家の方に歩き始めた。
「必要はないって、どういうこと?」
「ハクの魔術なら、ハクに合わせて術式が作られているはずだ。そこに私の魔力を注ぎ込めば、魔力の量に耐えかねて、術式自体が崩壊するだろう。そうなれば、必然的に魔術は消える」
風に吹かれて回転する風車も、暴風の中では風車としての役割を果たす前に、本体が壊れてしまうだろう。アクシスの言っていることはそういうことのようだった。
魔力を介する魔術に、想定量以上の魔力を与えることで破壊する。あまりにも直接的な解決手段にソフィアとエルは驚きながらも、アクシスがいる現状はそれが最も手っ取り早いことも事実だった。
アクシスが家に接近して、家全体を覆う魔術による障壁に触れる。その時になって、家の中にいるイリスとタリアも、外の変化に気づいたらしい。窓の方に近づいてきて、そこに立っているアクシスを唖然とした様子で見上げている。
そう言えば、二人はアクシスと出逢う前に別行動となったことから、まだアクシスと対面していないはずだ。その姿を見たのは、今が初めてだろう。
「中の二人を離れさせてくれ」
アクシスがソフィアとエルにそのように頼み込み、二人は窓の近くに駆け寄る。ジェスチャーで必死に窓から離れるように伝えると、イリスが汲み取ってくれたようで、驚きながらもタリアを連れて部屋の奥へと移動していく。
「離れたわよ」
ソフィアがそう伝えると、アクシスは一気に魔力を解放した。それは近くに立っているソフィアとエルにも伝わり、一瞬、全身に鳥肌が立つほどだった。その魔力の全てが自分達に向けられていたら、当てられた殺気で気を失っていたかもしれない。それほどの迫力だった。
アクシスの魔力が膨らんだ後、家を覆っていた見えない壁に、ゆっくりと亀裂が入っていく様子が見て取れた。それは家を覆うように全体に広がって、細かな蜘蛛の巣のような光景を作り上げてから、弾けるように一気に辺りに光が飛び散った。ガラスの破片のようにソフィアやエルの方に飛んでくるが、それらに実体はなく、触れた傍から消えていく。
「これで入れるはずだ」
「ありがとう!」
そう御礼を言ってから、ソフィアとエルは家の中に飛び込んでいく。そこではイリスとタリアが今も唖然とした様子で窓の向こうのアクシスを見上げ、何が起きたのか良く分かっていない様子だ。
「お、王女殿下? エルさん? こ、これは一体? あ、あのドラゴンは?」
戸惑うようにイリスが聞いてくる中、ソフィアとエルは二人が無事であることに安堵しつつ、外にいるアクシスを手で示す。
「彼がこの森の主で、貴女達の目的である現代の竜、アクシスよ」
「あ、あのドラゴンが……?」
「ア、アクシス……?」
二人は戸惑うように呟いてから、再び窓の外のアクシスを見上げる。その視線の先では、アクシスが背中に乗せていたアレックスとトーマスを下ろし、家の中に入るように告げているところだった。
☆ ★ ☆ ★
不意にハクが足を止めて、何かを見上げるように顔を上げた。その様子をアスマは不思議に思い、ハクの様子を確認しようと覗き込もうとする。
「どうかした?」
「い、いえ、何でもありません」
ハクはそう言っているが、その様子は何かに動揺しているように見えた。アスマは不思議に思いながらも、ハクが語らない以上は理由が分からない。
それ以上の追及はせず、ハクについていくように歩き出すと、すぐにハクは再び立ち止まってしまう。
「どうしたの? やっぱり、何かあった?」
「いいえ、違います。目的地に到着しただけです」
そう告げながら、ハクは高木の根元にある穴を手で示した。そこまで大きくはないが、一人ずつなら十分に人間も通れる大きさの穴だ。
「これは?」
「この森に棲む動物達の巣穴です。このような穴がいくつかあって、夜間はそこで眠る動物が何匹かいました」
「動物?」
ハクの説明を受けて、アスマは目の前の穴を覗き込んでみるが、そこには何かがいる気配がない。
「何もいないように見えるけど?」
「はい。この森に棲んでいた動物は全て逃げてしまいましたから」
「えっ? どうして?」
「何を言っているのですか? 貴方が来たからに決まっているでしょう?」
ハクは冷めた目をアスマに向け、アスマはその視線と指摘に戸惑いを覚える。
「お、俺? 俺が来たくらいで逃げないと思うよ?」
「では、他にどのような説明を? 貴方が来た途端、動物が全て消えたのです。魔王という魔力に怯え、動物達が逃げ出したのですよ」
「そ、そんな……」
自分の来訪が森の動物を追い払った。とても信じられない話だったが、それを否定できるだけの材料はアスマになかった。アスマとアクシスの接触を動物達が恐れたと考えたら、寧ろ、その可能性に納得してしまう。
「この中に入ってください。私の魔術が仕込んであります。その先で貴方を殺します」
目の前の穴に入れば、そこでハクはアスマを殺してしまう。その事実にアスマは躊躇いを覚える。殺されることよりも、ハクに人殺しをさせてしまうことの方が、アスマの足を止めていた。
「何をしているのですか? 早く入らないと人質を代わりに殺しますよ」
イリスの剣を見せながら、ハクにそう言われて、アスマは仕方ないと止まっていた足を動かし始めた。ハクの隣を通り抜けて、穴の上に立つと、その奥に入っていこうとする。
「待て!」
そこで声が響き渡り、アスマとハクの動きが止まる。二人は同時に振り返って、声の聞こえた方に目を向ける。
「待て、アスマ!」
そこに立っていたのは、ベルとミカの二人だった。
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