竜と寵児(14)
二手に分かれてアスマを追いかけることが決定したベル達だったが、そこで一つの問題が発生していた。
それが人質となっているイリスやタリアを救出したかどうかの判断ができない点だ。ソフィアとエルが二人の救出のために、二人が監禁されている可能性のある、ミカ達が暮らしていた家に向かうことが決まったが、そこに二人がいるかどうかは不明であり、いたとしても助け出せるかは分からない。
別行動するにしても、人質が発見されたかどうかや助け出されたかどうかが分からないと、ベル達はアスマを助けるためにハクの前に飛び出すこともできない。その行動自体が二人に危害を加えるトリガーとなりかねないからだ。
そのため、別行動をするにしても、何らかの連絡手段がないといけないと、ベル達が気づく中、それならと一つの提案をしてきたのはソフィアだった。
「これを使わない?」
そう言いながら、ソフィアが取り出したものは小さな水晶玉だった。良く見れば、中には特徴的な模様が浮かんでいる。
「これは?」
「通信用の魔術を仕込んだ魔術道具よ。暗殺ギルドに所属していた時に使っていたの。この森の中くらいの距離なら、これを使って連絡できるはずよ」
ソフィアの取り出した水晶玉をシドラスが受け取りながら、やや不安そうに見つめていた。
「これは私でも扱えますか?」
「こちらに連絡してくるのは難しいかもしれないけれど、こちらからの連絡を受けるだけなら簡単だから、きっと大丈夫」
確かにベル達はソフィア達からの報告を聞きたいわけで、ソフィア達と談笑したいわけではない。それなら、こちらから連絡する必要はないのかとシドラスも納得したらしく、受け取った水晶玉を仕舞っていた。
「連絡を受ける時の方法は?」
「手に持って声をかければ大丈夫よ。それだけで後は勝手にその術式が処理してくれるわ」
ソフィアからレクチャーを受けて、ベル達は無事にソフィア達と連絡する手段を確保した状態で、アスマとハクを追いかけることができていた。
そのことを思い出しながら、ベルはシドラスに目を向ける。二人はミカの案内で森の中を移動している最中だが、未だソフィア達からの連絡はない様子だ。
「なあ、あの玉を出してないで大丈夫なのか?」
「お借りした魔術道具ですか?」
「そうだ。それは仕舞っておいても分かるものなのか?」
「連絡を受けると音が鳴るそうなので、流石に気づくと思いますよ」
「それなら、大丈夫なのか……」
そう呟きながらも、ベルの気持ちは落ちつかなかった。ソフィア達と分かれてから、それなりの時間が経っているはずだが、未だイリスとタリアを発見した報告もない。
もしも家にいないとしたら、それはそれでいなかったという連絡が来るはずだ。それすらもないということは未だ家に到着していないか、他の問題が発生したと考えるべきだろう。
ただついていないだけならいいが、と考えながら、不意にベルはミカを見やる。ミカは目的地を定めているように視線を動かすことなく、森の中をまっすぐに進んでいる。
「まだ追いつかないのか?」
ベルがミカに声をかけると、ミカは少し振り返って、かぶりを振る。
「まだちょっと遠いよ」
「ということは、まだ移動しているということか。どこに行くつもりなんだ?」
ミカの目が届かないところでアスマを殺害することが目的なら、ベル達の視界から外れた時点でアスマを狙いそうなものだが、未だそのような跡は一切見つかっていない。
それどころか、さっきまでいた場所から離れるように移動し続けているということは、未だハクはアスマを連れて逃走していると考えるべきだろう。
「何か他に目的があるのか?」
そうでなければ、アスマを今すぐに殺せない理由でもあるのだろうかとベルが考える中、シドラスもその言葉に疑問を懐いたのか、少し俯いて考えているようだった。
「もしかしたら、アクシスがいるからかもしれませんね」
「アクシス? アクシスが関係しているのか?」
想像以上に移動している理由にアクシスが絡んでいる。シドラスが提示した可能性にベルは思わず首を傾げていた。
「ハクさんの居場所を聞いた時、アクシスは森の中を探ってみたような様子を見せた上で、場所が分からないと言っていましたよね?」
「ああ、そんな感じだったな」
「ということは、基本的には森の中であれば、アクシスが全て把握できていると考えるべきなのではないでしょうか?」
例えば、森の中に侵入者があったとして、それがミカ達に接近したとしても、アクシスが状況を把握できていたら、危害が加えられる前に対処できる。そのためにアクシスは森全体を何らかの手段で把握している。シドラスはそう考えたそうだった。
「もしそうだとしたら、この森の中での犯行は全て筒抜けということになります」
「だが、ハクの行動についてアクシスは知らない様子だったぞ? あくまでハクの犯行ではないかという予想しか言っていなかった」
あれは嘘を言っていたのだろうかとベルは考えたが、シドラスの考えは違うようだった。
「それは意識の問題でしょう。実際、私達の来訪はある程度、気づいていたようですし、元々、森の中にいる自分の子供達については、必要以上に探らないようにしているのかもしれません」
「だが、今は違うということか」
ハクの凶行が判明し、それらを止めるためにベル達が移動している。アクシスはハクの親として、その事態がどのように転ぶか、少しは気になっているはずだ。
森全体に意識を向けていたとしたら、その中でアスマを殺害しようとしても、ハクを止めに現れるかもしれない。ハクはその可能性を危惧しているのかもしれないとシドラスは考えたようだった。
「なら、森の外までアスマを連れていく気か?」
「もしくは、先ほどのような魔術を用いた別空間に引き摺り込むか。その二択でしょうか」
「そ、れは大丈夫なのか?」
シドラスの提示した可能性を聞いて、ベルの中では嫌な可能性が膨らんでいた。
ハクが空間魔術を用いて、その中に引き籠った場合、それを発見できるのは、この森の中では術式の場所を特定できるミカだけのはずだ。今はミカがいるので、ベル達は魔術を使用された場所の特定は可能で、その場所まで向かうことはできるだろう。
問題はそこで術式を発見したとして、その魔術に対応できるのかという点だ。さっきと同じ魔術ならいいが、違う魔術を用意されていた場合、違う対処法を求められる可能性がある。それをベル達では特定できない。
それだけではない。もしもミカが発見できない術式を使われていたら、その場所の特定すらできない可能性もある。
「魔術を使われたら不味いんじゃないか? アスマを見つけられない可能性もないか?」
「違う魔術に対応することなどは難しいでしょうが、エルさんの説明を聞くに、ハクさんが使っている魔術は準備が必要な物のはずです。事前に看破される可能性を考えていたのなら違いますが、基本的には同じ魔術しか用意してないでしょう」
「それなら、大丈夫……なのか……?」
ベルは若干の不安を抱えながらも、今は納得することにする。どれだけ危惧したところで、その可能性を回避できない以上、それくらいしかできない。
「それよりも、こちらの存在を察知され、無理矢理に行動しかねない点が私は気になります」
「アクシスの目を気にせずにアスマを手にかけるってことか?」
「追いつかれ、止められるくらいなら、そうしないとも限りません」
シドラスの思い浮かべた可能性が新たな不安をベルに与えてきて、ベルは思わず俯いていた。何にせよ、アスマの命は今、ハクの掌の上にあるということだ。どこでどのようにその手から零れ落ちて、割れるか分かったものではない。
「取り敢えず、接近は慎重を期した方がいいでしょう。ミカさん、ハクさんに迫った場合は途中で一度、立ち止まってください。お願いします」
「うん、分かった」
シドラスのお願いにミカは軽く返事をして、オッケーサインを見せてくる。その様子が不安を若干和らげてくれたが、ここからの行動を考えると、不安とはまた別の緊張がベルの身体を巣くおうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます