竜と寵児(13)
どれだけ突き進んでも変わらない景色の中を、ソフィアとエルは並んで走っていた。高木はサラディエの端から端まで変化なく、丹念に手入れされたように生えている。詳細を調べたわけではないので、あくまでエルの憶測なのだが、恐らくはアクシスの強力な魔力が周囲に影響を与え、結果的に統一された森林地帯を作り上げているのだろう。
その中をひた走る。少しでも躓いて、姿勢が崩れたらお仕舞いだ。すぐにさっきまで向かっていた方向が分からなくなり、サラディエの中を彷徨うことになるだろう。
ただし、今はそうならないようにソフィアとエルを目的地まで導く道標が存在した。それはエルの手の中で風に揺れ、僅かに形を変えながらも、炎という形で一点を示している。
ミカから目的地となる、ミカ達が森の中で暮らしている家のある方角を聞き、エルがその位置を記録したのが、その手の中に存在する魔術だった。炎が常に記録した方角を示し続けるので、仮に大きく迂回したとしても、目的地には到着できるはずだ。
それを頼りにソフィアとエルは突き進んでいくが、それでも、不安は完全に取り除けていなかった。エルの魔術が存在する以上、迷子という可能性はないにしても、ミカが家のある方角を示し間違えている可能性は存在する。
もしも、この先に突き進んでも家らしき物を発見できなかったとしたら、と悪い予感が頭の中を過り、そのためか、ソフィアもエルも移動している最中の表情は酷く硬いものだった。
「師匠!? 本当にこの方向で間違っていないのよね!?」
目印の見つけられないサラディエの中では、どれくらいの距離を移動したのか、ただ移動しているだけでは判然としない。それなりの距離を移動したはずだが、目的の家が見つからないと思い始めたのか、ソフィアは不安そうに聞いてくる。
「安心してください。方角自体は間違っていません」
問題は家が本当に存在するのかという点と、ただ走っているだけで見つかるのかという疑問だ。
アクシスの棲む森の中に足を踏み入れる愚か者はそうそういないと思うが、可能性自体は存在する。それを警戒したアクシスが部外者を近づけない魔術を施しているという可能性が存在した。もしそうなら、人質であるイリスやタリアをそこに監禁するは当然の流れと言える。
そうではないにしても、この森の構造上、大きな家を作れるとは思えないので、高木の上に家が存在する可能性もあった。そこに家を建てられるのかと思うが、さっきのハクの魔術を見れば、その疑問は簡単に解消されてしまう。
エルの炎はあくまで示された方角を示しているだけで、目的地を表しているわけではない。どこかで家を見逃して、無駄な距離を走っている可能性は十分にある。
あまりに見つからないようなら、どこかで引き返すことも必要かとエルは考えながら、炎の示す方向に進み続ける。
向かっても、イリスやタリアがそこにいるかは分からない。その部分もソフィアやエルを焦らせる要因となっていた。
やがて、高木の隙間にソフィアが何かを発見したようだった。少し前方を指差し、エルに声をかけてくる。
「師匠! 少し先の景色が違うわ!」
「景色ですか?」
急なことにエルは驚きながら、手元の炎から顔を上げて、ソフィアの指差す方に目を向ける。
そこでは確かに等間隔に生えていたはずの高木が消え、それまで見なかった空間が広がっているように見える。
そうかと思えば、ソフィアとエルはその空間に飛び出し、そこで足を止めていた。ゆっくりと辺りを見回し、二人の表情にようやく柔らかさが戻る。
「どうやら、ついたようですね」
エルがそう呟いて、ソフィアは嬉しそうに頷いた。
そこはサラディエの中にぽっかりと開いた広場のようだった。それまで綺麗に等間隔で生えていた高木が一切なく、土と草の匂いが香る、だだっ広い空間が広がっている。
その空間の端の方に、ぽつんと立つ一軒家が見えた。木々を組み合わせて作ったようなログハウスで、それはこのサラディエという森の中では異質な存在だった。
「絶対、あれね」
ソフィアが発見したログハウスに確信を持ったように呟いて、ゆっくりと近づいていく。エルも道標として使っていた魔術を戻しながら、ソフィアと一緒にログハウスのある方に歩き出す。
「まずは二人がいるか確認しないといけないのよね?」
「そうですね。人質がここにいるのかどうかを確認して、いない場合は連絡しないといけません」
「場合によってはアクシスに他の候補を聞きたいけれど、そこまで行けると思う?」
ソフィアからの問いに、エルは広場を囲う高木を見回してから、かぶりを振る。この広場に入ってきた場所は辛うじて覚えているが、そこから同じ方角に走ったとしても、アクシスのところには辿りつけない。
そう考えたら、ここからアクシスを訪ねることは絶望的と言えた。
「やっぱり、ここで見つけるのがベストということね」
「いた場合の話ですがね」
他の可能性を今から当たるには準備が足りない。そのことを実感しながら、エルはソフィアと並んで、ログハウスの入口の前に立った。
ミカがベルやシドラスと行動を共にし、ハクはアスマを連れて移動中、ガイが既に森を立ち去っているということは、このログハウスの中には誰もいないはずだ。そう考えながら、ソフィアが入口を開けようと手を伸ばす。
その手がドアに触れようとした瞬間、何かに阻まれるように止まり、ソフィアは手首を折り曲げた。
「痛っ!?」
「だ、大丈夫ですか、殿下!?」
「だ、大丈夫よ……もう少し勢いが強かったら、手首が終わっていたわ……」
急激に折り曲げてしまった手首を摩りながら、ソフィアは涙目になっていた。相当に痛かったようだが、あくまで入口のドアを開けようとした中での動きだ。ゆっくり伸ばしたこともあって、致命傷は避けられたらしい。
「これは何? 魔術?」
「恐らく、魔術による障壁ですね。術式本体が見えないと詳細も分からないので、壊すのは難しそうですね」
「けど、家に鍵をかけるとしても、ここまでのことはやらないわよね? これって、もしかして……?」
イリスやタリアがいるのではないかとソフィアは考え、エルもそれには同意見だった。これだけの魔術を仕掛けているのだから、この場に二人がいる可能性は非常に高いはずだ。
「少し回って見てみましょうか」
エルがそう提案し、ソフィアは手首を摩りながら、首肯する。二人は入口から離れて、ゆっくりとログハウスの全貌を確認するように、建物の側面へと移動していく。
そこに窓があることを発見し、ソフィアはその場所に駆け寄っていた。手を伸ばしかけ、さっきのことを思い出したのか、ゆっくりと掌を近づけている。
「ダメね。ここにも壁があるわ」
「この建物全体を覆っているのかもしれませんね」
もしそうだとしたら、この魔術がただ壁を生み出すものではないかもしれない。そうエルが考えていると、ソフィアが何かを見つけたらしく、思わず声を上げていた。
「あっ!? いるわ!?」
ソフィアが窓の向こうを指差し、エルはその指の先を覗き込んでいた。
そこには確かにイリスとタリアがいて、何かを探すように部屋の中を漁り回っている。
「泥棒中……?」
「いや、流石に違うと思いますよ……?」
ソフィアの疑念にエルは若干、不安ながらも否定しながら、二人はイリスとタリアに声をかけようとする。
が、どれだけ窓の外から二人に声をかけても、二人が気づく様子はない。
「どうして、気づかないの……!?」
「やはり、この壁はただの壁ではなく、空間魔術によって生み出されたものかもしれません」
「どういうこと?」
「壁の内と外を隔離しているのかもしれません。姿が見えるのに声は聞こえないという点も、強力な障壁とは違いますから」
声が届かないほどの障壁なら、その中の様子を完全に隠すこともできるはずだ。それをしていないということは、結果が不安定になりやすい空間魔術の類だろうと予想がついた。
「ということは、さっきみたいの術式がここにもあるってことよね? 建物の外かしら?」
「だとしたら、それを消すだけでいいのですが、中だとしたら厄介ですね。何とか、こちらの存在に気づいてもらわないといけません」
建物の中にある場合は建物の中にいるイリスやタリアに探してもらわなければいけない。監禁する者の側に術式を施すとは考えづらいが、その可能性も一応はある以上、エルは不安を懐いていた。
「取り敢えず、人質を見つけたことを報告するわね。それから、私と師匠で建物の外を……」
そう言いながら、ソフィアがポケットに手を突っ込んだ時のことだった。
不意に地響きを感じるほどの音が響き渡り、エルとソフィアは同時に動きを止めた。音はゆっくりと大きさを増しながら、着実に近づいている。
それはまるで足音のようだ。
「な、何……?」
「もしかして、人質に近づく者がいた場合に何かしらの魔術が発動するようにしていたのでしょうか?」
もしそうだとしたら、エルは一人でソフィアを守りながら、やってくる魔術に対抗しないといけない。それが可能なのかと不安に思い、二人が強張った表情で音の聞こえてくる方に目を向けていると、ゆっくりと高木の隙間から何かが飛び出し、広場に踏み入ってきた。
「あっ、えっ?」
「どうして、ここに?」
「ん? 貴公達は……?」
そこで不思議そうに顔を見合わせた相手は、見上げるほどの大きさをしたアクシスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます