竜と寵児(11)

 アスマがハクに連れられ、森の奥へと消えていった直後、ソフィアが水面から顔を出したように大きく息を吸い込み、それまで押し殺していた感情を爆発させるように声を発した。


「ちょっと!? どうするの!?」


 慌てた様子でソフィアはシドラスに詰め寄り、シドラスは考え込むように顔を伏せる。


「このままだとアスマが殺されるわよ!?」

「待て、落ちつけ!」

「貴女は落ちついていられるの!?」


 止めようとしたベルにまで突っかかり、ソフィアは内に抱えた不安を爆発させていた。その様子を見たベルは取り乱すことなく、冷静な口調で告げる。


「慌てたところでアスマは戻ってこない。冷静にならないとどうするかも考えられないぞ」

「そ、んなことは言われなくても分かっているけれど……」


 ベルの冷静な窘めにソフィアは少しずつだが落ちつきを取り戻している様子だった。その間もシドラスの頭は回転し、どのように動くべきかを導き出そうとしていた。


「どうするんだ? 追いかけるか?」

「そもそも、追いかけられるの? もう見えなくなったわよ?」

「追いかけることは可能ですか?」


 ソフィアの疑問を聞いたシドラスがミカに目を向けて質問を投げかける。それを聞いたミカはどこか不満そうに顔を背けて、小さく首肯する。


「お姉ちゃんを追いかけることはできるけど、やりたくない……」

「はあ!? 何よ、それ!? できるなら、やりなさいよ!?」


 拗ねたように呟くミカにソフィアが詰め寄ろうとして、慌ててベルは止めに入る。


「どうして、やりたくないんだ?」

「だって、お姉ちゃんに怒られるもん……」


 不満そうに唇を尖らせるミカはどうやら、さっきハクに叱られたことを気にしているようだった。その何とも子供らしい理由にベルは苦笑し、優しい口調で話しかける。


「だが、このままだとお前のお姉ちゃんは悪いことをするかもしれない。お姉ちゃんを悪者にはしたくないだろう? なら、一緒に探さないか?」

「けど、お姉ちゃん、怒るし……」

「確かに今は怒るかもしれない。だが、きっといつか感謝するはずだ。ここでお前が止めないと、お姉ちゃんはもうここにいられなくなるかもしれないからな」

「そう、なの……?」


 驚いたように目を見開いて、ミカはベルに向かって小首を傾げていた。その姿にベルは頷き、止めていたソフィアから離れて、ミカの前に移動する。


「だから、その前に止めるんだ。そのために協力してくれないか?」


 ベルの説得にミカは何かを決意したような真剣な顔を見せて、大きく頷いていた。流石は親だったこともあると言うべきか、子供の扱いに慣れた様子のベルにシドラスやソフィアは感心した目を向けている。


「しかし、そのまま追いかけても問題ないのですかね? 人質がいますよね?」


 そこでエルが不安そうに口を開く。確かにこのままではイリスとタリアが人質に取られ、シドラス達は自由に行動できない。アスマを追いかけて、仮に追いついたとしても、今と同じ状況が繰り返されるだけだろう。


「やはり、人質の方も探すべきですね。できれば、そちらも見つけた状態で、ハクさんを止められる状況を作りたいですね」

「けど、どこにいるのかしらね?」

「ミカはハクが良く行く場所を知らないか?」


 ベルにそう問われ、ミカは少し首を傾げてから、小さくかぶりを振っていた。


「森の中は基本的にお父さんが見張ってるし、動物達の目もあるから、お姉ちゃんは一人になりたい時、自分の世界を作ってたよ」

「ああ、例の空間魔術ですか」


 エルが感心したように呟いて、さっき発見した術式に近づいていく。それらがこの辺りの空間に何かしらの影響を与え、ハクは出現した割れ目の向こうにいたはずだ。


「ですが、これはもう機能していませんね」

「分かるのか?」

「発動中の魔術に違う魔力を与えたら、何かしらの反応を見せるのですが、これにはその様子が一切ないので、今は機能していないはずです」

「では、ここ以外の場所にいるということですね」


 可能性の一つが潰れたとはいえ、サラディエは広大な森だ。その中のどこかからイリスとタリアを見つけるために、ハクの仕掛けた魔術を発見することは不可能に近い。


「ん? というか、こんな何もない森の中で、お前達はどうやって生活しているんだ?」


 ハクがどこにイリスとタリアを監禁しているのかと考える中で不意に疑問に思ったのだろう。ベルがそのように口にして、ミカの方に目を向けた。


「お家があるよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんと三人で暮らしてたお家。今は二人だけど」


 若干の寂しさを見せつつミカがそう説明して、ベルはシドラスの方に目を向けてきた。共同の家であるとしたら、あまり可能性は高くないが、この森の中で他の場所を闇雲に探すよりはマシだろうと考える。


「その家の場所は分かりますか?」


 シドラスがそう聞くと、ミカは首肯してから、きょろきょろと辺りを見回し、森の奥の一点を指差しながら、「あっち」と口にした。


「このまま、まっすぐということか? そこに家が建っているんだな?」

「うん」

「この森の中の様子だと、木々が生えている以外の変化がないはずですから、方向さえ分かれば辿りつけますね」


 そう言いながら、エルは何か魔術道具らしき物を取り出し、ミカの指差した方向を記録している。


「では、そちらをお願いしてもいいですか? 私達は殿下を追いかけます」

「はい、分かりました」

「なら、私も師匠と行くわ。アスマのことは気になるし、できれば追いかけたいけど、もしも捕まっているなら、魔術が使われている可能性は高いはず。一人でも魔術師は多い方がいいでしょう?」


 ソフィアがエルにそのように聞き、エルは首肯していた。シドラス達は二手に分かれて、アスマの追跡と、イリスやタリアの発見を進めることになるが、そこでベルが当然の疑問を挟む。


「ていうか、そもそもの疑問なんだが、アスマを普通に追いかけても大丈夫なのか? 追いついたところで、勝手なことをしたとアスマが殺されるだけなのでは?」

「確かに。慌て過ぎてて、全く考えていなかったけれど、動かないように言われたからには、追いかけるのはダメじゃない? せめて、こっちが人質を解放したと分かるまで、隠れていないと」


 ベルの疑問にソフィアが賛同し、別の手段を提示してくれる中で、シドラスは一つ確信染みた考えを持っていた。ベルの疑問とソフィアの別案を同時に否定するようにかぶりを振る。


「その必要はないはずです。このまま追いかけても、ハクさんが殿下をすぐに殺害することはありません」

「どうして、そう言い切れるの?」

「そもそも、ここに至るまで、彼女の言動はどこか一致していませんでした。最初はタリアさん達に殺害を依頼し、人に任せることを選んでおきながら、この森に踏み込んだ時は自分の手で攻撃した。それだけでなく、発言も殺害すると明言するものではなく、その時は追い返そうとするものでした」

「ああ、それは確かに不思議に思ったのよね。そもそも、殺そうとしているなら、あの時点で何も言わずに攻撃したら、多分、全員死んでいたと思うし」

「躊躇っていた、もしくは、アスマ以外の人間を殺すことを避けたのか? そう言えば、御者の兵士も生かされていたな」


 負傷したアレックスやトーマスに魔術が向けられることはなく、ハクの魔術はアスマやベル達を追いかけるように移動していた。それだけでなく、その攻撃もいつの間にか止んでいたくらいだ。


「そのどちらか、もしくは両方なのかは分かりませんが、自身の手で殺害すること自体に躊躇している部分はあるでしょう。さっきも絶対的に命令を下せる状況でありながら、あの場で殿下を殺害することはしなかった」

「それは私達の反撃を警戒したからじゃない?」

「それもあるでしょうが、あの時の視線から察するに、恐らく、ミカさんに自身の犯行を見せたくなかったのだと思います」

「この子に?」


 ソフィアが不思議そうな顔でミカを見つめて、ミカも不思議そうな表情を返していた。ここまでの反応を見るに、ミカは正確に現状を把握しているわけではないようだ。


「確かに、そもそもの理由が父親であるアクシスを殺されないため、というものだ。同じく家族であるミカには、そういう姿を見られたくないと考えているかもしれない」

「でも、殺したら一緒でしょう?」

「もしかしたら、そこが彼女を止める唯一の方法かもしれません」


 シドラスの提示した可能性にベルやソフィアは一定の納得を得たようだった。


「なら、そっちは任せるから。こっちは私と師匠に任せて、万が一、その家にいなかったら、さっきの竜に話を聞くことも考えるわ」

「お願いします」


 こうしてシドラス達は二手に分かれて、それぞれアスマの追跡と人質の発見のために動き出すのだった。

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