竜と寵児(8)

 案内役を買って出たミカを先頭にして、シドラス達はどんどんと森の奥へと突き進んでいた。シドラスやエルはどこからアスマが襲われるか分からない関係上、周囲を常に警戒しながら、ミカのすぐ後ろをついて歩くアスマやソフィアを追いかける。


 それらシドラスやエルよりも後ろを歩くベルを振り返り、シドラスはさっき目撃したアクシスの様子を思い返した。


 アクシスはベルをじっと見つめ、ベルはその視線に気づいているようだった。言葉を交わしている様子は見えなかったが、そこで何かあったのだろうかと思い、シドラスはベルの隣に移動して、こっそりとベルに声をかけてみる。


「やはり、何かありましたか?」

「ん?」


 シドラスの問いかけにベルは不思議そうに顔を上げ、やや曇った表情に笑みを浮かべて、小さくかぶりを振った。


「何もない。考え過ぎだ」


 ベルはそう言って、シドラスから離れるように早足になるが、その様子は言葉とは裏腹に何かあると語り続けている。


 一体、何があったのだろうかとシドラスは考えるが、ベルやアクシスの様子を目撃しただけでは何も分からない。もしかしたら、ベルの身体についての何かがあったのだろうかと考えてみるが、それにしては何も言及がない理由が分からない。


 良くないことなのか、それとも、単純に話せるだけの何かがないのか、どちらにしても、もう少し様子を見ようとシドラスは考え、少し離れかけたアスマ達に追いつくために駆け足になる。


 そこでちょうどソフィアがミカに話しかける声が聞こえてきた。


「ねえ、これはハクという人のところに向かっているのよね?」

「うん、そうだよ」

「それはどこなの? この森の奥の方なの?」


 どれだけ歩けば目的地に着くのか疑問に思ったのだろう。ソフィアがそう聞く声を背中で聞きながら、ミカはどんどんと木々の隙間を突き進んでいく。


「う~ん……?」

「えっ? 何、その反応?」


 歩く足を止めることなく、ミカが小首を傾げる姿を目撃して、ソフィアがどこか不安そうに呟く。


「ちょっと待って? ハクという人の居場所は分かっているのよね?」

「う~ん……?」


 依然として小首を傾げるミカを前にして、ソフィアは唖然としているようだった。シドラスやベルも同様にミカの反応に驚きを浮かべてしまい、まさか、さっきの言葉は嘘だったのかと疑いを持ち始める。


「えっ? 分からないなんて言わないわよね?」


 自分の勘違いだということを確かめるように、ソフィアはミカにそう聞いてみるが、ミカはこちらを振り返ることなく、平然とした様子で口にした。


「どこにいるかって言われたら、分かってない」

「は、はあ!? 貴女、さっき……!?」


 愕然とするソフィアが足を止め、それに釣られてシドラスも立ち止まってしまっていた。そのことに遅れて気づいたのか、少し離れたところでミカも立ち止まり、不思議そうにこっちを見る。


「どういうこと……? これは何……? もしかして、また悪……!?」


 ソフィアが信じられないという気持ちを振る舞いながら、質問を投げかける前で、ミカはぶんぶんとかぶりを振る。


「お姉ちゃんの居場所をちゃんとは言えないけど、お姉ちゃんがいる場所は分かってるから、案内できるよ」

「……ん? ちょっと待って……? どういうこと……? 急に謎々でも始めた……?」


 戸惑うソフィアがシドラス達の方に目を向けてくるが、ミカの言っている言葉はシドラス達にも分かるものではない。


「どこにいるか分かっているわけではないの?」

「うん」

「でも、案内できるの?」

「うん」

「それはどうして?」

「探せば見つけられるから」


 アスマが順番に質問を投げかけ、ミカが当然のように答えた言葉を聞いて、シドラス達は揃って唖然とした。想像よりも抽象的な理由に、ここまでついてきたことが間違いだったのではないかと全員が考え始める。


「探して見つからなかったら、どうするの?」

「え? それはないよ。探せば絶対に見つかるから」


 アスマが当然のように懐いた疑問をぶつけても、ミカはあり得ないとかぶりを振るだけで、見つからない可能性を考えていない様子だった。その姿を見たことで、シドラスは自然とアクシスの言っていた言葉を思い出す。


「アクシスを見つける魔術……もしかして、そのハクという人物を見つけるための何かを探せるのですか?」


 シドラスが思いついたことを口にすると、ミカはしっかりと首肯した。


「それは何? 何が見つけられるの?」


 ソフィアが新たに判明した事実に、前のめりになりながら質問を投げかけると、ミカはソフィアの前で掲げるように手を伸ばし、そこに奇妙な模様を作り上げる。


「これ」

「術式……?」


 エルが呟いた言葉にミカは頷き、ソフィアとエルは驚くように顔を見合わせた。


「術式の特定? そんなことが可能なの?」

「一応、可能ですが、一般的な探索魔術の域は出ていますね。どちらかと言えば、実戦で用いられるような類です」

「そうなのですか?」


 エルの説明にシドラスが驚き、目を丸くしながら聞く。


「はい。基本的には仕掛けられた魔術を特定し、嵌まらないように警戒するために使われます。ですので、そういう場に赴く魔術師以外はあまり覚えようとしません。日常では使いませんからね」


 エルの説明を聞いて、シドラスは納得するように頷いた。確かに術式の特定ができれば、罠のように使われる魔術は回避できるのかもしれない。

 だが、日常で使用できる場所は限られ、ミカが優先的に覚える魔術のようには確かに思えなかった。


「どうして、その魔術を?」

「お兄ちゃんの悪戯に困ってたら、お姉ちゃんが教えてくれたの。これを使えば、どこに悪戯があるか分かるから大丈夫って」

「偉く和む理由だな」


 ベルが苦笑しながら呟き、シドラス達は同じように笑みを零していた。アクシスの下で育てられたこともあって、何かあったのかと考えてしまったが、意外と子供らしい理由にほっこりとした気持ちになる。


「まあ、それなら、もう少し信じて歩いてみましょうか」


 ソフィアがミカの言葉に信用するようにそう告げて、再びシドラス達を案内するようにミカは歩き出した。それに続いてシドラス達も歩き始める。


 ミカは時折、どこかに掌を向けながら、迷う様子もなく森の中を突き進んでいく。シドラス達はさっきまでと違い、ミカを信用することにして、その後ろを黙ってついていく。


 その途中、ふとアスマが木々の影で屈み込み、ミカを呼ぶように声を上げた。


「ねえ、これって何かな?」

「あっ、あった?」


 そう聞きながら、ミカがアスマの元に駆け寄って、アスマの見ている木の根元を覗き込んだ。


「ああ、これ! これだよ!」

「何を見つけたのですか?」


 喜ぶミカの脇から、同じように木の根元を覗き込み、シドラス達はそこに複雑に描かれた模様を発見した。その模様を見たエルの表情が一変し、驚くように口を開く。


「これは空間魔術ですね」

「空間魔術?」

「一定の範囲内に術式を設置して、その周囲に影響を与えるタイプの魔術です。事前の準備が必要な上、周囲の空間の状態によっても効果が変わるので、あまり進んで使われない魔術です。珍しいですね」


 エルは感心したように呟いているが、ソフィアは違うことに気づいたのか、その術式を驚いた顔で指差した。


「ていうか、これって四式魔術じゃないの?」

「ええ、そうですよ。空間魔術はその影響から、基本的に四つ以上の術式を必要とします」

「四式魔術って個人で使えるものなの?」

「え? 使えないの?」


 ソフィアの驚くような反応に対して、アスマの方が反対に驚いていた。その反応を見たことで、ソフィアは察したようだ。


「ああ、そうね。ここは竜の棲む森だったわ」


 そう呟いて、周囲の木々に目を向けていく。


「ということは、この近くにいるということ?」

「うん、そのはずだよ」


 ミカがそう告げて、シドラス達は周囲を探ろうとした。その時、ベルが何かに気づいて、木々の隙間に指を向けた。


「何か、そこが変じゃないか?」

「変?」

「割れてるみたいじゃないか?」


 そう言ったようにベルが指差している場所には、ガラスに入った罅のように割れている部分が見て取れた。シドラスが警戒しながら近づいてみるが、そこには何かがある様子ではなく、空中に割れ目だけが浮かんでいる。


「これは一体……?」


 不思議そうに呟いていると、割れ目はどんどんと大きくなって、そこから何かがゆっくりと身を乗り出してくる。シドラスとエルは警戒するようにアスマやソフィアを庇い、そこから飛び出してくる何かを警戒する。


 やがて、ゆっくりと割れ目から、絹のように綺麗な白い髪をした女が姿を現す。その姿を目にして、ミカが嬉しそうに声を上げる。


「あっ、お姉ちゃん!」

「お姉ちゃん……?」


 その一言から、シドラス達は目の前に立っている人物こそがハクであることを悟った。

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