竜と寵児(6)

 ハク。ついにアスマの命を狙う人物の名前が分かり、シドラス達は息を飲む一方、アクシスの言い方にシドラスは一つの疑問を覚えていた。


「どうして、その二番目の子供であると分かるのですか? ガイという子供ではない理由は?」


 ミカではないことが確定しているとしても、ガイかハクかの選択肢は未だ絞れていないはずだ。それなのに、アクシスはハクが犯人であると断言したことに、シドラスは強い違和感を覚えていた。


「理由は大きく二つある。まず、ガイよりもハクの方が魔術としての素養に優れている。この森の中に収まらず、見聞を広げれば、きっと世界でも指折りの魔術師になることだろう」

「それは親の贔屓目とかではなく?」


 シドラスが意見したことに一瞬、ソフィアやエルが反応し、焦るような素振りを見せたが、当のアクシスはシドラスの言葉など意に介していないように、大きく笑い始めた。


「その可能性を否定できるだけの材料はないが、広く魔術師を見てきた目がそう判断したと思ってくれ。恐らく、あれは誰が見ても才能があると言うはずだ」


 ハクが犯人であるかは置いておくとして、アスマの殺害を依頼した人物がかなりの魔術師であることは判明している。


 特に別の世界へと干渉し、その世界で死亡したタリアやアサゴをこの世界に連れてきたことを考えれば、シドラスの知っている多くの魔術師の常識を飛び越える存在であるように思える。


 もしかしたら、場合によってはアスマに匹敵するかもしれないと思うほどだが、そこについてシドラスは意外にもあまり分かっていない。アスマはそれほどまでに魔術を使うことがない。


「魔術が関わるのなら、そのハクという子供が可能性として高いことは分かりましたが、もう一つの理由とは?」

「こちらはハクである可能性ではなく、ガイではない可能性なんだが」


 そう言いながら、アクシスはサラディエを見回すようにゆっくりと頭を動かし、シドラス達の方を見下ろしてくる。


「……はい?」


 そこまでの話の流れから、想定していなかった言葉がアクシスの口から放たれ、シドラスは自身の耳がおかしくなったのかと思った。


「何と言いましたか?」

「ガイはもうサラディエにいない。だから、ここで何かをするはずがない」

「ちょっと待ってください。ガイという子供がいない? それなら、どこに行ったというのですか?」

「どこかは知らないが、ガイは森にはいない。もう出てから、しばらく経つ」

「えっと……つまり、このミカさん以外だと、そのハクさんしか候補がいないと?」

「そういうことになるな」

「でしたら、最初からそれを説明すれば良かったのでは?」


 ハクの魔術の才能など関係なく、ガイがいないのなら、必然的にさっきの魔術を差し向けてきた犯人はハクということになる。回りくどい説明など必要なく、シドラス達はすぐに納得したはずだが、わざわざ説明したことに疑問を覚えていると、アクシスはつまらなさそうに溜め息をついた。


「いいだろう? 娘の自慢をしても」

「……そういうことですか……」


 アクシスの人間味溢れる返答に、シドラスは頭を抱えながら、さっきの親の贔屓目という指摘も強ち間違いではないようだと思っていた。それはソフィアやエルも同じだったのか、流石に今のアクシスの一言に呆れた顔をしている。


「ねえ、アクシス」


 不意にアスマがシドラスとアクシスの会話に割って入るように声を上げ、アクシスは不思議そうにアスマを見つめていた。


「そのガイっていう人はどうして出ていったの? アクシスが居場所を知らないなんて、喧嘩でもしたの?」


 相手が竜であるかどうかは関係なく、触れてもいいのか微妙な部分にアスマが土足で踏み入り、流石のシドラスもギョッとした。これまでのアクシスの反応から、この質問で怒髪衝天ということはないと思うが、機嫌を悪くするかもしれないと思っていると、アクシスは普通にかぶりを振った。


「違う違う。ガイは外の世界に興味を持ち、自分から旅をしたいと言い出したんだ」

「旅?」

「そうだ。言うだろう? 可愛い子には旅をさせよ」


 要するに、シドラス達の知らないところで、竜の子による親離れがあったということらしい。アクシスもそれを受け入れ、見送ったということのようで、シドラスは内心、ホッとしていた。


「それで旅をしてるんだ? 元気にしてるといいな」

「そうだな。まあ、でも、いろいろと持たせたから、生活に困ることはないはずだから、後は健康だけが心配だな」

「いろいろ持たせた?」


 アクシスの言葉にシドラスが引っかかっていると、同じところを疑問に思ったらしく、アスマがそう聞いていた。


「ああ。とか、を持たせて送ったんだ。私の身体の一部なら、それなりの魔力があるから、魔術の補助に使えるし、売ってもそれなりの金にはなるはずだと思ってな」

「アクシスの鱗や爪……?」


 その一言を聞いたシドラスが何か引っかかり、順番に記憶を漁っていくことにした。ここに至るまでの経緯を順番に思い出し、シドラスはそこに含まれる一つの噂を思い出す。


「もしかして……そのガイさんはを扱えたりしますか?」

「ん? ああ、ガイは傷や病気を治す魔術がだった」


 アクシスがそう語ったことで、シドラスの中に残っていた疑問の一つが繋がり、一つの答えを導き出していた。その話を聞いていたベルも気づいたのか、シドラスに驚くような目を向けてきている。


「まさか、あの噂の男って……」

「恐らく、そういうことでしょう」


 。ちょうど、このサラディエの西にある村を発端とした噂には、不治と呼ばれた病を治す魔術と、その魔術を用いる際に使用された見たことのない鉱石の存在が含まれていた。


 恐らく、その鉱石がだったのだろう。竜の魔力が合わさって、通常はあり得ないほどの効果を魔術が発揮し、竜の身体という見たこともない物体を前にして、多くの人が見たことのない鉱石と表現した。

 そう言われたら、アクシスの鱗や爪は知らなければ、宝石のようにも見えてくるとシドラスは思う。


「ということは、やはり、ここなら……」


 ベルの身体にも何かしらの影響を与える答えがあるかもしれない。そう考え、そのことをシドラスが切り出そうとした時、隣にいたアスマが口を開いた。


「ねえ、アクシス。そのハクっていう人はどこにいるの?」

「殿下?」


 不意にアスマが口にした問いを聞いて、シドラスやベルが戸惑いの表情を浮かべた。


「アスマ? お前、何を考えているんだ?」

「変なことを言い出しませんよね、殿下?」


 二人が確認すると、アスマは当然と言わんばかりに頷いてから、アクシスに伝える。


「俺、そのハクっていう人と話がしたいんだ」

「殿下!?」

「アスマ!?」


 今の頷きは何だったのだと言いたくなる一言に、シドラスとベルが愕然としていると、その隣でソフィアが声を上げた。


「賛成。私もちゃんと話したいわ」

「殿下!?」


 エルがソフィアの一言に戸惑うような反応を見せている。どちらも主君の行動に振り回されている状態のようだ。


「ハクの居場所か……」


 そう言って、アクシスは顔を上げて、何かを考え込むように目を瞑った。柔らかな風だけが通り過ぎる静かな時間が数秒経過し、アクシスは目を開いたかと思えば、小さくかぶりを振る。


「悪いな、魔王。ハクの奴、自分の居場所を魔術で隠しているみたいだ。探ろうにもどこにいるか分からない」

「アクシスでも?」

「言っただろう? 優れた才能を持っていると」


 親の贔屓目ではないかとシドラスが疑った評価だが、実際にハクの魔術は相当に凄いらしく、アクシスもその居場所は正確に掴めない様子だった。


「そこを何とか見つけられないの? そのハクっていうのとは、ちゃんと話をつけるべきだと思うの」


 ソフィアがやや怒りの籠った口調でアクシスに頼んでいるが、流石のアクシスでも手がないようで、困惑した反応を見せているだけだ。


「私、分かるよ」


 そう思っていたら、そこでアクシスの足元から不意に声が飛んできた。そこではミカがアクシスに抱きついたまま、シドラス達の注意を引くように手を振っている。


「え? 本当?」

「うん。お姉ちゃんの居場所だよね?」

「そうだけれど、本当に分かるの?」

「分かるよ」


 自信満々なミカの様子にアスマは喜び、ソフィアは疑っているようだった。シドラス達としては、話が勝手に進み始めたことに言いたいことがあるのだが、その隙を与える様子もなく、ミカはアクシスから離れて、森の奥を指差す。


「ついてきて。案内するよ」

「ありがとう!」


 アスマが礼を言って、ミカの後ろをついて歩き出し、ソフィアは疑いながらも、今は信じる以外にないと思ったのか、ミカを追いかけるアスマを追いかけるように歩き出す。

 その姿を前にして、シドラスは大きく溜め息をつき、ベルとエルに目を向けた。


「行きましょうか」

「止めないのですか?」

「できれば止めたいところですが、できれば、ですね」


 つまりは止められない。シドラスが分かり切っていることを婉曲に伝えると、エルは納得したのか、シドラスと同じように溜め息をついていた。


「ベルさんも行きましょう」


 シドラスがそう声をかけ、ベルに目を向けると、ベルはじっとアクシスの方を見つめ、固まっている最中だった。見れば、アクシスも同様にベルの方をじっと見ている。


「どうかしましたか?」

「あっ、いや、追いかけるか」


 ベルはかぶりを振りながら、エルと一緒にアスマ達を追いかけるように森の奥へと歩き出し、シドラスはその二人を追いかけながら、チラリとアクシスに目を向けた。


 そこでは木々の向こうに消えていくベルをじっと見つめるアクシスの姿があって、その様子が少し気になりながらも、シドラスはアスマ達を追いかけるために、アクシスの前から立ち去った。

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