竜と寵児(4)

 ソフィアの腕の中で女の子は無邪気に笑っていた。その姿にソフィアは驚愕した様子を見せながら、抱き締める形になっていた女の子を解放する。女の子は這い出すようにソフィアの腕の中から抜け出し、地面に寝転ぶことで汚れた衣服を払っていた。


「お姉ちゃんのドレスも汚れちゃった」


 そう言って、自分の服だけではなく、ソフィアのドレスの汚れも払っている。


「あ、りがとう……?」


 そう呟いてから、ソフィアは驚きから我に返ったのか、慌ててかぶりを振り始める。


「いいや、そうじゃなくて! 貴女は何!? 何をしていたの!? もしかして、貴女が……!?」

「お、落ちついてください、殿下!」


 取り乱すような反応を見せるソフィアに、慌ててエルが宥めるように声をかける。ベルも一緒になってソフィアを何とか落ちつかせようと声をかけ、ソフィアは次第に落ちつきを見せ始める。


「まあ、待て。そう答えを焦るな。まだ何も聞いてないんだ」

「そ、そうよね……いや、でも、もしこの子がやったとしたら……」


 そう呟いたかと思えば、ソフィアは何かの可能性に気づいたらしく、信じられないという表情で女の子を見つめて、自身の気づいてしまった可能性を口にする。


「さっきの魔術は……ただの悪戯……?」

「い、いや、待て、ソフィア。アスマを狙っている奴がいるのは事実で……」

「いや、そうだとしても、森の中で見た人間はこの子しかいないのよ……? それに今も捕まっちゃったって、意図的に逃げていたようなことを言っていたし。もしも、全部がこの子の悪戯だったら……」


 ソフィアからの視線に無邪気そうに首を傾げる女の子を前にして、ソフィアは怯えすら感じさせる表情を浮かべる。


「悪魔の子だわ……」

「お、おい……!?」


 事実を確認する前に、当の女の子の前であまり聞かせたくない言葉を口にするソフィアの姿に、ベルは戸惑っている様子だった。


 それら一連の様子を眺めていたアスマが不思議そうな顔でアクシスに目を向けて、そこにいる女の子を指差している。


「そうなの?」

「いや……」


 アスマからの問いにアクシスがそう口を開き、地を這うように響く声が広がったことで、ベルとソフィアの視線がようやくアクシスに向いた。その時になって、二人はやっとアクシスに気づいたらしく、大きく目を見開き、口をあんぐりと開けて、アクシスを見上げている。


「そもそも、この子は貴女の育てた子供の一人なのですか?」

「ああ、それは間違いない。その子はという私の子だ」

「ちょっ……!? ちょっと待て……!?」


 シドラスとアクシスの会話に割って入り、ベルが何かを振り払うようにぶんぶんと頭を振り始める。それから、目を開いてアクシスを見るが、もちろん、そこにいるアクシスの姿は変わらない。


「お、お前達はな、何と普通に話しているんだ……?」


 ベルがアクシスを指差し、信じられないという表情で聞いてくる。


「そ、そうよ……! こ、この青いドラゴンって……?」


 ソフィアもベルの意見に賛同しながら、青いドラゴンという情報から答えに辿りついているようだ。


「何って、アクシスだよ」


 アスマが平然と竜の名前を口にし、そのことにベルとソフィアは絶句していた。あんぐりと開いた口はそのまま顎が地面に落下しそうだ。


「パパ、ただいま」


 驚愕するベルとソフィアの前で、アクシスがミカと紹介した女の子がアクシスに抱きついた。そのことに二人は驚きで飛び出そうになった目を向けて、思わず声を揃えている。


『パ、パパ……!?』


 抱きついて、嬉しそうに頬を擦りつけるミカを見下ろし、アクシスはどこか呆れた様子で溜め息をついていた。


「また悪戯か?」

「違うよ。パパに逢いに来たかと思ったから、ここまで追いかけっこしただけだよ」


 ミカはアクシスの言葉にぶんぶんとかぶりを振りながら反論し、それから、嬉しそうにシドラス達の方に目を向けてくる。


「人が一杯! こんなこと初めてだね、パパ!」


 ミカの年齢は見た目から判断するに、十か、それを僅かに超えたくらいだろう。その年数のどれくらいをこの地で過ごしているのか分からないが、その中でも、この地に人が逢いに来ることはほとんどなかっただろうと想像がついた。

 竜という存在は畏敬の対象だ。理由は個人によって違っても、全員がその近くは避けて通るだろう。


「ど、どういう状況なんだ……? ここで何があったんだ……?」


 未だ状況が飲み込めないようで、ベルはシドラスとアスマを問い詰めるように聞いていた。そこで何かに気づいたように顔を上げて、ベルを見下ろしていたアクシスと目を合わせている。その視線にベルは思わず身体を震わせ、若干、怯えるような反応を見せる。


「大丈夫だよ、ベル。アクシスは良い人……じゃない、良いドラゴンだったから」

「詳細は避けますが、端的に言えば、殿下と同じタイプの方でした」


 シドラスがアクシスから受けた印象を伝えると、ベルとソフィアは未だ驚きの抜けない目をアクシスに向けて、観察するように見つめていた。そこにはまだ疑いが残っている様子だったが、その足元で抱きつくミカに視線が止まり、そこで若干、目に落ちつきが宿る。


「そ、そう言われたら……?」

「確かに変わっている風には見えなくも……?」


 二人の感想にアクシスは口角を僅かに上げ、アスマの方に目を向けている。


「言われているぞ、魔王」

「えっ? 今のって、アクシスのことだよね?」


 その二人のやり取りを見たことで、二人の間でようやく納得できるだけの要素が揃ったようだ。怯える様子は消え、どこか呆れすら感じさせる目で、アスマやアクシスを見ている。


「すみません。それで話を戻したいのですが、その子ではないと?」

「ん? ああ、魔術の件か。そうだ。このミカもいくつか魔術は使えるが、その種類は少ない上に、攻撃に使えるようなものは一つも教えていない。この森で生活するために必要な……例えば、私の居場所を見つける魔術など、それくらいだ」


 アクシスの説明を聞き、シドラスはさっきミカがアクシスに言っていた言葉を思い出す。ベルとソフィアを案内したというのは、その魔術を用いてのことだろう。

 確かにそれがないと、この広大で、尚且つ、景色の大半が変化しないサラディエの中では自由に移動できないと、シドラスは納得する。


「では、誰が?」


 シドラスの問いにアクシスはゆっくりと溜め息のように息を吐き出す。


「私の子供は三人いる。全員が居場所を失った子だ。例えば……」


 そう言って、アクシスは鼻先をミカに寄せて、ミカの顔を僅かに押し上げた。ミカは笑いながらも、顔を顰めてくすぐったがっている。


「この子はまだ赤子の時、この森の近くに捨てられていた。布切れ一枚に覆われた状態で、私が助けないとこの子は死んでしまうと焦ったものだ」

「そんな昔から?」

「人間に引き渡せれば良かったのかもしれないが、残念なことに私ではそれができなかった」


 アクシスは無念そうに呟きながら、ミカから離れるように顔を上げる。アクシスが子供を引き渡すと言っても、それを素直に聞いて、この場所を訪れる人は少ないだろう。渡しに行っても同じことだ。怯えられるばかりで、話が進まないに違いない。


「三人の子供の中では、この子が一番幼く、この子の上には、という名の子らがいる」

「では、そのどちらかが魔術を使った犯人ということですか?」


 そこまでの話から、そう解釈したシドラスが確認するように聞くと、アクシスはそれまでの話を覆すようにかぶりを振った。


「違う? どういうことですか? 子供の中に犯人がいると……」

「いいや、そうではない。どちらかというわけではなく、犯人はんだ」


 アクシスはそう断言し、その犯人であるという自身の子供の名前を口にする。


「貴公らに魔術を差し向けたのは、二番目の子供であるだ。これは間違いない」

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