竜と寵児(1)

 降り注ぐ光る柱を避けながら、馬車は森の奥へと向かっていた。途中で思いつきから、ソフィアが魔術を用いれば光る柱を防げることも発見し、これで馬車は守られたとベルも思っていた。


 しかし、馬車は唐突に横転した。何が起きたのか、馬車の中からは判然とせず、ベルとイリスは大きく動く馬車の中で、咄嗟にソフィアとタリアを守るように動いていた。


 やがて、馬車は森の中に生えた高木にぶつかる形で停止する。急激な体勢の変化に痛む身体を無理矢理に動かしながら、イリスは御者台に声をかけていた。


「トーマスさん、ご無事ですか!?」

「は、はい……何とか……」


 そう言いながらも、トーマスは片腕を押さえていた。押さえた腕からは出血していることが分かる。状態は分からないながらも怪我を負っていることは確かだ。


「一体、何が……?」


 ベルは庇うように乗っていたソフィアの上から移動し、這うように馬車の外に出る。見れば、馬車は綺麗に車輪が壊され、コントロールが効かなくなったようだ。


「一体、どういう状況?」


 ベルに続く形でソフィアが馬車の中から這い出てくる。ベルと同じように壊れた車輪を発見し、驚いた顔をしながら、その近くに屈んで車輪を眺めている。


「上に注目を集めて、下から攻撃してきたということ?」

「かもしれない」


 そう答えながら、ベルはアスマの乗る馬車を探して、周囲に目を向けていた。すぐに少し離れた場所で、同じように壊れた馬車を発見する。


「向こうも同じように壊されてる」

「えっ?」


 ベルの呟きを聞いて、アスマ達の乗っていた馬車が破損している事実に気づいたのか、ソフィアが慌てた表情で駆け出そうとしていた。


「アスマ……!? 師匠……!?」

「待て、ソフィア……!?」


 思わず声に出しながら、走り出そうとしたソフィアの進路を妨げるように、地面から黒い針が唐突に伸びた。ベルが思わず走り出したソフィアを止めるために手を伸ばし、ソフィアの服を掴んだことで、その針が直撃することはなかったが、あのまま走っていたら、どうなっていたかは分からない。


「危なっ……!?」


 ベルがソフィアを引っ張りながら、飛び出してきた黒い針に驚愕する。


「これも魔術……」


 目の前を伸びる黒い針にソフィアが呟く中、二人を押し潰すように光る柱が唐突に降ってきた。ベルは咄嗟に立ち上がろうとするが、当然のように間に合うはずもなく、せめてソフィアだけでも守るために、ベルはソフィアの身体を勢い良く押す。


「ちょっ……!? 貴女、何して……!?」


 驚きながら地面に転がるソフィアの前で、ベルは落下する光る柱を身に受けていた。直撃ではなかったが、身に打ちつけるように当たって、ベルは痛みから苦悶の声を漏らす。


「ちょっと、大丈夫!?」


 その姿を見たソフィアが慌ててベルの元に駆け寄ってくる。ベルは打ちつけた脇腹を押さえながら、何とか不格好な笑みを浮かべる。


「大丈夫だ……私は死ねないからな……」

「そういうことじゃ……!? ああ、もう、いいわ! とにかく、ここから離れるわよ!」


 ソフィアはベルの腕を肩にかける形で、無理矢理にベルを起こし、壊れた馬車から離れるように走り出した。


「ちょっと待て……!? イリスとタリアはどうするんだ……!?」

「向こうは騎士がついているのだから大丈夫よ。それとも、戻って二人を巻き込むつもり? 取り敢えず、今は外にいる私達を狙っているみたいだから、一旦、ここから離れて、狙いを引き受けるべき」


 ソフィアがそう言っているように、光る柱はベル達を狙うように降ってきてはいるが、壊れた馬車の方には一切落ちていない様子だった。


 高木の隙間を縫うように移動し、馬車が見えない距離に至ったところで、不意にソフィアが足を止める。ベルは脇腹に若干の痛みを残しつつも、ここまで来た時には既に大半の痛みが引き始めていた。


「どうした?」

「魔術が止んだみたい」


 ソフィアが言ったように、気づけば光る柱が降ってくることも、地面から黒い針が伸びてくることもなくなっていた。


「一体、何なのよ……?」


 ようやく落ちつけると思ったのか、ソフィアがその場に座り込みながら、吐き出すように疑問を口にしている。気丈に振る舞ってはいたが、十分に恐怖を感じていたらしく、ソフィアの足は僅かに震えている。


「もしかしたら、これも……?」


 そこでベルが小さく呟いたことに反応して、ソフィアが顔を上げていた。


「何か知っているの?」

「話せなかったタリアが同行している理由なんだが」


 そう言ってから、ベルはサラディエを示すように地面を指差す。


「タリアに魔王を殺すように言ってきた人物がいるそうなんだが、その人物と逢った後に目覚めた場所がここらしい」

「は、はあ……!? それって、つまり、アスマの命を狙う存在がここにいるかもしれないってこと……!?」

「そうなるな」

「早く言いなさいよ、そういうことわ!」


 ソフィアは怒鳴るようにベルに詰め寄り、ベルはそのあまりの迫力から、小さく「すまん」と謝っていた。


「そういうことなら、アスマを一緒に連れてくるとか、そんな話にはしなかったのに……」

「いや、でも、それを知った上で、ついてくること自体を決めたのはアスマだからな。向こうで散々シドラスも止めてたし」

「まあ、それは……分かる気がするけど……」


 ソフィアはアスマを連れてきたことを今更ながらに後悔しているのか、顔を手で覆ったまま、しばらく俯いていた。その様子を眺めながら、ベルは脇腹の状態を確認する。これも不死身の影響か、既に残っていた痛みもなくなっている。


「けど、さっきの声がその人物だとして、本当に命を狙っているの?」

「急にどうした?」

「いえ、さっき言われたことを覚えている?」


 そう言われ、ベルは聞こえた声を順番に思い出してみる。


「えっと、確か……『立ち去れ』、『今すぐ、立ち去れ』、『こちらに来るな』、『これ以上、この森に踏み入るなら、貴方達を排除する』とかじゃなかったか?」

「良く覚えているわね。私もそこまでは覚えてなかったわよ」


 ソフィアに感心するように言われ、ベルは気恥ずかしくなる。覚えていた方がおかしい気もしてきて、自分の記憶力が若干恨めしく思えてくる。


「その声。声がしたことも含めて、私達を追い返そうとしているみたいじゃない?」

「あー、確かにそうだな」


 もしも殺そうとしているなら、声をかけることなく攻撃する方がいいはずだ。その方が警戒される暇もなく、確実に攻撃できる。


「それに魔術による攻撃も、殺すような攻撃じゃない。馬車から外れないように狙っていないし、車輪を壊したのだって、もっと直接的に馬車を狙った方が確実だったと思う。それに……」


 ソフィアはベルをまっすぐに指差す。


「受けた貴女は死んでいない。死ねないとしても、殺すために向けてきた一撃なら、それくらいの重傷は負うはずよ」

「でも、実際の私の傷はもう回復している。それくらいの怪我しかしていない」

「そう。命を狙っているにしては、どこか優し過ぎる気がする」


 ソフィアの指摘を聞けば、確かに不思議なことばかりだった。この森に入ってから、アスマを殺害したいと考えているなら、十分にアスマを狙える瞬間はあったはずだ。

 それが結果的には馬車を壊すだけに留まっている。その部分は違和感でしかない。


「それに本当に殺したいなら、もっと直接的に殺せる手段を持った……それこそ、私が身を預けていた暗殺ギルドみたいなものに頼むでしょう? どうして、あの人に依頼するの? それで、本当に殺せると思える?」


 アスマの命を狙う人物はアスマを殺害するために、別の世界からタリアとアサゴを連れ出し、その二人に頼んだ。それはアスマを殺害するという目的から考えると、あまりに回りくどい行動だ。

 別の世界からタリアやアサゴを連れてくるくらいの魔術が使えるなら、自身の手でアスマを殺しに向かった方が確実だと言える。


「まあ、その辺りはどちらでもいいわ。どちらにしても、本人を捕まえれば直接聞けることだから」

「そうだな……ん? 本人を捕まえる? 待て。探し出すつもりなのか?」

「当然よ。こちらは実害を受けているのだから、探し出して理由を知る権利も、壊れた馬車を直させる権利もあるはずよ」

「いや、それはそうだが……」


 本来の目的からずれている上に、このままソフィアだけで動かすのは危ないと思い、ベルが止めようとした時のことだった。


 不意に近くの茂みが揺れ、ベルとソフィアの視線がそちらに向いた。一瞬のことだが、茂みの奥に消えていく影を目撃し、ソフィアの表情が変わる。そのことに気づいたベルが嫌な顔をする。


「待て、ソフィ……」

「見つけた!」


 そう言って駆け出すソフィアの後ろ姿を前に、ベルは頭を抱える。確かにソフィアが追いかけ始めた影は、ベルの目にもに見えた。


「追いかけて何かあったら、私はどうすればいいんだ……?」


 困り切った様子でベルは呟いてから、ソフィアを止めるために、その後を追って森の中を駆け出すのだった。

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