魔術大使(13)

 ようやく到着したサラディエの光景をアスマが興味深そうに眺めていた。シドラスとエルは竜の居場所を特定する方法が使えないと分かり、他の手段を考えようと頭を抱えていた。


 その時、馬車の中に響き渡るように声が届いた。


「立ち去れ」


 不意に聞こえてきた女の声に、シドラスの動きは止まり、アスマは不思議そうに馬車の中を見回していた。エルも困惑した表情を見せ、御者台に座っているアレックスも周囲を確認するように目を向けている。

 声の主も、どこから声が聞こえてきたのかも、馬車の中からは窺えない。


「今すぐ、立ち去れ」


 声が続いて馬車の中に飛び込み、アスマの困惑した表情がシドラスに向けられた。


「これは誰の声? 竜?」

「い、いえ、アクシスはオスだったと記憶しています」


 エルが否定するようにかぶりを振り、聞こえてくる声に対する謎は深まっていく。


「こちらに来るな」


 拒絶するような声が聞こえ、アレックスが馬車の中に目を向けてくる。


「一度、止めますか?」

「いえ、状況も分からない中、急に止まる方が危険だと思います。このまま走ってください」


 シドラスの頼みにアレックスは頷き、シドラス達を乗せた馬車は止まることなく、森の中へと突き進んでいく。


「これ以上、この森に踏み入るなら、貴方達を排除する」


 そこでその声が飛び込み、それに続く形で、馬車の外から何かが落ちるような、鈍い音が聞こえてきた。それと同時にアレックスが手綱を引いて、馬車が横滑りながら停止する。

 シドラス達は馬車が動くままに横転し、咄嗟にアスマの身を守るように身体を動かしながら、困惑するように馬車の外を見ようとしていた。


「どうしましたか!?」


 窓の外を確認しながら、シドラスはアレックスに問いかける。アレックスが答えようとする中、シドラスは窓の外に見慣れない物を発見し、思わず眉を顰める。


「良く分かりませんが、光る柱のようなものが降ってきました」

「確かに見えますね」


 シドラスがそう肯定する隣で、エルが同じように窓の外を眺めて、そこに生える光る柱を驚いた顔で見ている。


「あれは……恐らく、魔術によって生み出されたものです」

「魔術によって?」


 シドラスが怪訝に思いながら呟くと共に、馬車の外から再び何かの落ちる音が響いて、シドラス達の視線がそちらに向く。


「今のは!?」

「今度は後ろの馬車の近くに落ちたようです」


 アレックスの返答を聞いたエルの表情が青褪め、シドラスは再び窓から見える光る柱を見つめる。


「これは恐らく、何者かによる攻撃です。このまま止まっていたら、狙い撃ちにされる。アレックスさん、馬車を走らせてください」

「分かりました」


 アレックスが馬を駆り、馬車が再び動き出す。その動きを止めるように、光る柱が再び降ってくるが、アレックスはそれを華麗に躱していた。


「殿下の馬車は……!?」


 エルが窓から後方に目を向ける。見れば、後ろを走っていた馬車もついてきているようで、エルはホッとしたように胸を撫で下ろしている。


「エルさん、今の魔術の詳細は分かりますか?」

「えっと……恐らく、規模、状態、威力の様子から、二式魔術の一種だとは思います。三式には至っていないので、光る柱を生成することはできても、その移動まではできない。だから、地面に刺さって、それで終わっているのかと」


 シドラスはエルの扱っていた対象を拘束する魔術を思い出す。あれは対象を拘束するための光る紐を生成し、それを対象に巻きつける動きまで行っていた。それが三式魔術によるものなら、確かに今の魔術はそれよりは劣るように見える。


「とはいえ、硬く重たい物体を投げられていることに変わりはありません。直撃すれば被害は確実に出るでしょう」

「馬車の中から撃ち落とすとか無理なの?」


 エルの説明を聞いていたアスマが窓の外を眺めながら聞いている。窓の外では今も光る柱が一定間隔で訪れ、馬車の進路を塞ぐように落下している。


「試してみましょう」


 そう言ってエルが掌から術式を生み出していた。二枚の術式が重なって、それが馬車の外に飛び出していく。


「アレックスさん、方向とタイミングの指示をお願いします」

「では、二時方向から既に降ってきています」


 その言葉に合わせて、エルが手を動かし、光る柱の来る位置に術式を移動させた。そこでエルが手を動かした直後、馬車の外から物同士がぶつかる激しい音がして、馬車の外を光る柱が転がっていくのが見える。


「おお!? 落とせてますよ!」

「光る柱を落とす必要がある以上、上からしか来ない点が救いですね。取り敢えずは炎で撃ち落とせそうです」


 エルの報告にシドラスとアスマは一旦、安堵していた。取り敢えず、防御手段が確保できたら、馬車が攻撃を受けることはない。


「ベルの方の馬車はどうかな?」


 そう言いながら、窓の外を見ようとするアスマに釣られ、シドラスも後方の馬車を確認する。見れば、後ろの馬車も同様の結論に至ったのか、術式が見え、馬車に降ってくる光る柱を撃ち落としている。恐らく、ソフィアの魔術だろう。


「このまま、どこまで走りますか?」


 アレックスの問いを受けて、シドラスは馬車の外を眺めていた。ここに至るまで、アレックスの手綱捌きとエルの魔術で光る柱を避けて、馬車は走り続けているが、そこにはそれ以外の理由も存在する。


「さっきから魔術自体は進行方向右側からしか降ってきていません。恐らく、この魔術を差し向けている魔術師はそちらにいるのでしょう。何とか、馬車をその方向に持っていくことは可能ですか?」

「やってみましょう」


 アレックスがそのように言ってから、後方の馬車に指示を出し、右に回ろうと動き出した。シドラス達の身体が傾いて、窓の外の景色が大きく変わる。


 その時だった。不意に馬車が大きく揺れ、シドラス達の身体が一瞬、宙に浮いた。そのまま馬車は制御が効かなくなったように転がって、サラディエに生えた高木へとぶつかっていく。

 シドラスは咄嗟にアスマを庇うように倒れ込み、馬車が停止すると、ゆっくりと身を起こしていた。


「殿下……!? ご無事ですか……!?」

「う、うん……何とか……」

「エルさんは?」

「私も大丈夫です」

「一体、何が?」


 シドラスが戸惑いながら、周囲を見ようとすると、御者台から転がり落ちていたアレックスが馬車の外で身を起こし、こちらに近づいてきた。


「アレックスさん、ご無事ですか?」

「すみません。足を怪我してしまい、歩けなくなりました」

「馬車はどうなったのですか?」

「分かりません。急に車輪の辺りを何かが襲い、破損しました」

「車輪……?」


 上に意識を向けさせた後で、下から魔術を向けてきたのだろうかと、シドラスは考えながらアスマを連れて馬車の外に出る。エルもそれに続いて、視線を後方の馬車に向ければ、そちらも同じように破損して転がっている。


「殿下は……!?」


 エルが慌ててもう一つの馬車に近づこうとしたところのことだった。


 不意にエルの足元の影が伸びて、そこからエルの進路を遮るように、黒い針のようなものが飛び出した。エルの目の前で植物のように伸びる針を目にして、エルは思わず足を止めている。


「これが車輪を破壊した魔術か……!?」


 シドラスが提げていた剣を抜いて、地面から伸びる黒い針に一気に振るった。針は綺麗に切れて、墨のようなものとなって散っていく。


「今の内に……」


 そう言いかけた直後、今度はその数倍の量の黒い針が地面からシドラス達を襲うように生えてきた。シドラスは剣を振って、その針を壊しながら、もう一つの馬車から離れるように移動する。アスマを庇うように身を動かし、シドラスはエルを引っ張っていた。


「エルさん! 今は退避を!」


 エルはソフィアの様子が心配なようで、もう一つの馬車を不安そうに見つめていたが、今はシドラスの指示に従うことにしたのか、シドラスのいる方に移動していた。


 そのまま、シドラス達は黒い針から逃れるように森の中へと走り出す。迫る針を壊しながら、シドラス達は木々の隙間を駆けていく。

 そこで気づいたが、これらの針はシドラス達を完全に狙っているようで、馬車の近くに座り込んだアレックスは攻撃を受けていない様子だった。


 そのことにシドラスが安堵した瞬間、シドラス達の進路を妨げるように光る柱が降ってきた。

 咄嗟にシドラスは止まろうとするが、そこで不幸にもアスマが木の根に足を取られてしまう。そのまま一気に体勢を崩し、アスマは木々の向こうに転がっていく。


「殿下!?」


 咄嗟にシドラスとエルは進む方向を変え、転がるアスマを追いかけるように走り出した。アスマは木々の隙間を転がり、その先にあった開けた空間に入った後、壁にぶつかって何とか止まっている。


「殿下!? ご無事で……!?」


 そう言いかけて、シドラスは気づく。続いてエルも気づいたのか、シドラスの背後で絶句したように止まっている。

 唯一、まだ気づいていないらしいアスマだけが、ぶつかった身体を労るように摩りながら、立ち上がろうとしている。


「ごめん、シドラス! 転んじゃった!」


 そう言ってから、シドラスとエルが固まっていることに気づいたようで、アスマは不思議そうな表情をする。


「二人共、どうしたの?」


 そう言いながら、アスマもシドラス達の視線を追うように振り返り、そこでようやく気づいたようだった。


「ド……!?」

「りゅ……!?」

「ア……!?」


 三者三様の声を漏らしながら、アスマのぶつかった壁だと思っていたものを三人は揃って見上げる。


 それは海のように綺麗な色をしただった。

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