魔術大使(9)
来訪者に声をかけながら、開いた扉の向こうを確認し、そこに立っている人物がノエルであることを理解したことで、シドラスは率直に驚きを見せた。
「少しよろしいでしょうか?」
「ノエル騎士団長。どうされたのですか?」
「明日の予定を国家魔術師様も交えて、ご確認したいのですが」
「ああ、そういうことですか。でしたら……」
そう言いながら、シドラスは部屋の中に目を向けて、パロールとライトに声をかける。シドラスの呼びかけに気づいた二人が、扉の向こうにいるノエルを確認し、軽く頭を下げている。
「明日のことを確認したいそうです」
「少し場所を移しても?」
ノエルの提案でパロールとライトが部屋から出ていこうとする中、二人を見送りかけたシドラスは反射的に呼び止めていた。
「すみません。私も同席してもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「どうした?」
アスマ達と同行することが決まっているので、シドラスはこれからノエルが行おうとしている確認に必要はない。
が、そこに処理し切れない不安があると思っての行動だったが、その不安の根源であるライトは不思議そうにシドラスを見てくるだけだった。
ノエルの案内で、シドラス達は与えられた客室を離れ、少し歩いたところにある談話室を訪れていた。部屋の中に誰もいないことを確認してから、招かれるままにシドラス達はソファーに腰を下ろす。
「では、明日の確認をしたいのですが、その前に失礼。お二人のお名前を伺っても?」
「私はパロールです。エアリエル王国で国家魔術師をしています」
「ライトです。こいつの同僚です」
「私はウルカヌス王国宮廷騎士団で騎士団長を務めております、ノエルと申します。よろしくお願いします」
女性であるノエルが騎士団長を務めているとは思っていなかったのか、パロールとライトはノエルの紹介に揃って驚いた顔をしていた。もしくはエアリエル王国にいる騎士団長のイメージが強く、ノエルとの違いに驚きを覚えてしまったのかもしれない。
「では、明日の確認なのですが、明日は王城から少し離れた位置にある議事堂に向かいまして、そこでパロール様に演説を行っていただく予定です」
「演説……」
「演説と言いましても、堅苦しいものではなく、魔術研究に関する発表をしていただければと思います」
「内容について、事前に確認等はご必要ですか?」
「いえ、その辺りはお任せします」
「分かりました」
パロールが引き受けるように頭を下げると、ノエルの視線が今度はシドラスとライトに向く。
「それともう一つ。これは明日のことというよりも、今日のことと言えるのかもしれませんが、お持ちいただいた例の物はどのように管理すればよろしいのでしょうか?」
例の物と言われ、シドラス達は馬車で一緒に運んできた物を思い出す。あれは今回の魔術交流の目玉であり、パロールが選出された理由でもあるものだ。
その管理についてノエルが迷っても仕方ないものだろう。
「私が事前に見ていますので、不意に触れても何かが起きることはありません。第三者が知識を以て利用しようとしても、それなりの時間はかかるはずですので、周りの警備だけお願いできれば大丈夫だと思います」
パロールがそう答えたことでノエルは安心したのか、ホッとしたように頷いていた。確かにシドラス達からすれば、専門外でしかない物なので、どのように扱えばいいのかも、どのように扱ってはいけないのかも分からない。それがはっきりとするまでは落ちつかない気持ちだったのかもしれない。
「では、明日の行動について細かく確認してもよろしいでしょうか? それに合わせた警備体制も敷きますが、事前に把握したいとお考えだと思いますので」
そのように言いながら、視線を向けられたことでライトは不思議そうに目を丸くしていた。
「俺? いえ、俺は特に……」
そう言いかけたライトの口を慌てて塞ぐように頭を押さえ、シドラスはノエルに笑顔を向ける。
「はい、もちろんです。お願いします」
抵抗するライトを無言で押さえながら、シドラスは自分が同席したことに間違いはなかったと確信し、同時にこのライトに明日からは全てを託す事実に不安しか覚えなかった。
☆ ★ ☆ ★
シドラス達がノエルに連れられ、部屋を去った後のことだった。アスマによるイリスやタリアの紹介が終わり、タリアがソフィアとの関係をエルに言うまいかどうか迷っている雰囲気を感じている最中、部屋に新たな来訪者が現れた。
扉をノックする音の後、部屋から去ったシドラスに代わって、イリスが来訪者に声をかけている。誰かと訊ねながら扉を開けると、そこにはガイウスが立っていた。
「皆さん、お久しぶりです」
「あっ、ガイウス!」
エアリエル王国で逢って以来の再会にアスマが嬉しそうな声を上げる。
「元気だった?」
「ええ、アスマ殿下もお元気そうで」
「うん。ハムレットはどう?」
軽く挨拶の後にアスマが質問を投げかけたことで、ガイウスの表情が僅かに曇る。
「実は、皆さんにお逢いしたいと思われていたのですが、体調が万全とは言えず、ここには来られそうにないのです」
「えっ? 大丈夫なの?」
「所謂、風邪という奴なので、大きな心配はないのですが、その状態で大きな魔力に触れると、一気に体調を悪くされる可能性がありますので、今回はすみません」
ガイウスの説明にアスマは残念さを見せながらも、仕方ないと納得し、ガイウスに謝らなくて大丈夫と声をかけていた。
「殿下から皆さんに伝言を預かっております」
「何?」
「『もし竜と逢ったら、どのような色だったか教えて欲しい』だそうです」
「何だ、そら?」
思わず呟いたベルにガイウスも同じことを思っていたのか、苦笑いを浮かべていた。もしかしたら、竜の絵でも描こうと思っているのかもしれないが、他にもっと伝言に相応しい言葉があっただろうとベルは思ってしまう。
「ところであの後、どうなりましたか?」
ガイウスのその問いを受けて、ベル達は東の魔術師に関する質問だと気づいた。
「実はね。それもあって、竜に逢いに行くことにしたんだよ」
「と言いますと?」
ガイウスの問いを受けて、ベル達は東の魔術師の噂があった場所から、東に進んだ先にサラディエがあることを説明し、もしかしたら東の魔術師は竜の関係者ではないかという可能性を説明する。
「あの噂に竜が?」
エルも噂自体は知っていたのか、その説明を聞いたことで驚いた顔をしている。
「無駄な話を持ち込んでしまったと思っていたのですが」
「無駄じゃない。ガイウスの話もあったから、私は竜と逢ってみようと決断を下せた部分がある。だから、可能性をちゃんと教えてくれてありがとう」
気にしていた様子のガイウスにベルが真正面から告げると、ガイウスはどこか照れ臭そうに微笑み、小さく会釈していた。
「なら、良かったです」
そうガイウスが呟いた直後、格段ノックがあるわけでもなく、唐突に部屋の扉が開いて、ひょっこりと誰かが顔を覗かせた。
急なことにベル達の視線は入口に集まって、そこから、ゆっくりと顔を覗かせている人物をじっと見つめる。
「よし、いないわね……」
ぽつりとそう呟いたかと思えば、そこにいる人物が扉を開いて、部屋の中に堂々と入ってきた。普通ならその振る舞いに驚きを覚えるところだが、そこにいる人物が誰なのか分かっていたベル達からすれば、その入り方自体には驚きがなかった。
ただ何をしているのかとベルは呆れた気持ちになる。
「どうしたの? ソフィア」
ベルの呆れた気持ちを代弁するかのように、アスマが不思議そうにそう聞いていた。エルとガイウスも自国の王女の奇行に驚いてはいるが、どちらかと言うと、ベルと同じく呆れた気持ちの方が多い印象だ。
「朗報があるのよ」
「朗報?」
何かとベルが思って、ソフィアの言葉を待っていると、ソフィアは自分自身を示すように胸元を叩いて、ベル達に堂々と告げてくる。
「私もサラディエまで一緒に行くことになったから」
「はあ!?」
「ええ!?」
ソフィアの急な発言に驚くベル達だったが、それ以上にエルとガイウスが驚いているようで、二人は声すら出ていなかった。
「ちょっとお待ちください、ソフィア殿下!? 何の御冗談ですか!?」
「冗談じゃないわ。ちゃんとお父様から許可もいただきました」
毅然とした態度で告げるソフィアに、その場にいる全員が愕然とする。
ソフィアのこの行動があったことで、奇しくも、竜との対面という世界一危険な行為に対して、二名の王族が同行することに決まってしまった。
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