魔術大使(8)

 長旅からの労働は命に障る。ウルカヌス王国による温情ある計らいによって、ベル達はプロミネンス城で一泊することになった。


 与えられた部屋は二部屋。そうなると部屋割りは当然のように、道中の馬車や宿屋と同じようになる。

 そう決まった時、ライトとタリアは分かりやすく落胆した表情をし、解放したはずの疲労感を背負うように、大きく溜め息をついていた。


 とはいえ、ライトの気の落ちようは一瞬でしかなかった。表情や態度を察したシドラスが呆れた様子ながらも、今日一日だけのことで、後は一人で使えると説明すると、ライトは火を点したように元気さを取り戻していた。

 気苦労に耐えかね、萎れようとしているタリアの方がこの場合は重症と言えるのかもしれない。


 そのことを気にかけ、次は助け舟でも出そうかとベルが考えていると、ライトやタリアとは違った理由で様子のおかしいパロールがこっそりと近づいてきた。


「ベルさん、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫とは?」

「王女殿下のことですよ」

「あー、ああ……」


 パロールの指摘を受けて思い出されるのは、少し前に部屋を去ったソフィアのことだった。来訪した国家魔術師が自身を捕らえたパロールであることと、自身にアスマ殺害を依頼したタリアがいることに気づいて、漂う空気は馬車の中でタリアが感じていたものよりも地獄のようだった。


 すぐに話題を逸らすように早口で部屋の説明を始めて、それまでの様子が嘘のようにさっと立ち去ってしまったソフィアを思い返し、ベルは言葉に迷う。


「まあ、大丈夫かどうかで言えば、大丈夫ではないのかもしれない……」

「やっぱり、恨まれてますかね……」


 パロールが落ち込んだ姿を見せるが、ベルはそういうことではないと思っていた。この場合の問題や気まずさが存在している理由について、ソフィアの性格をある程度は把握しているベルには、何となく思い当たる考えが一つあるのだが、その考えを説明するにはパロール自身にもソフィアの性格を知ってもらう必要がある。


 しかし、それだけの場が作れるのかと聞かれたら、何とも言えないので、ベルはうまく説明できるか分からない。説明したところでパロールが納得するのかも分からない。


「ま、まあ、そこまで気にすることではない」


 今はそう言っておくことにするが、これはどこかで解消するためにも、ソフィアともう一度、話す場面が必要だとベルは考えていた。


 その時、部屋の扉がノックされる。部屋割りを決めるに当たって、アスマやシドラス、ライトが泊まる予定の部屋に集まっている最中のことだ。

 その部屋割りまでは知らないにしても、自分が声をかける相手ではないと見守っていると、シドラスが立ち上がって、ノックしてきた相手に声をかけていた。


「はい、何方でしょうか?」


 シドラスが扉を開いて、その向こうに立っている人物を確認し、どこか嬉しそうに驚いた声を上げる。


「どうぞ、お入りください」

「失礼します」


 ゆっくりと扉が開かれ、シドラスに招かれるように入ってきた人物を目にして、ベルやアスマは思わず表情を変えていた。笑顔を浮かべたアスマがさっさと立ち上がり、その人物のところに駆け寄っていく。


「久しぶり、!」


『えっ!?』


 その一言にベル達事情を知っている三人以外が一様に驚いていた。パロールの視線がベルに刺さり、ライトはアスマがおかしくなったのかと心配する目を向け、イリスとタリアは思わず顔を見合わせている。


「ああ、私から紹介します。この方はこちらでの国家魔術師であり、王女殿下の魔術の先生でもあられるエルドラドさんです」

「初めまして、エルドラドと申します。皆さんにはエルと呼ばれています」

「ああ、そういうことですか……」


 パロールが納得するように声を上げ、ライトはアスマがおかしくなったのではないと分かり、安堵している様子だった。


「あれですか。この方が殿下の仰っていたウルカヌス王国のエルさんですか」


 アスマから聞き及んでいたらしいイリスは納得し、タリアはばつが悪そうに小さく会釈している。その様子に気づいたパロールも何かを察したのか、さっと身を引く中、エルがその動きを目で追って、そこにいるパロールを確認していた。


「貴女はもしかして、パロール様ですか?」

「パロ……様……!? えっ!? あっ、はい……?」


 他国の国家魔術師から、恭しく呼ばれるとは思ってもみなかったのか、パロールは驚きながらも縮こまるように頭を下げていた。


「ご噂はかねがね。お逢いできて光栄です。握手をよろしいですか?」


 感激した様子のエルに握手を求められ、パロールは戸惑いながらも、それに応じるように両手を差し出している。それをぎゅっと握り締めて、パロールと握手を交わしながら、エルはパロールの研究について、興味深く見ていたことを告げていた。


「何だ。何をしに来たのかと思ったら、パロールがいると聞いて逢いに来たのか」


 その一連のエルの行動を目にし、ベルは納得したように呟いた。思わずテンションが上がるくらいにファンなら仕方がない、と。


 だが、エルはそうではないと激しく強調するようにかぶりを振っていた。


「いえいえ、そういうわけではありませんよ!? この部屋に来て、パロール様がおられることに気づきましたから!」

「ふーん……? そうなのかぁ?」

「本当ですよ!? 第一、パロール様が来られるとは耳にも……」


 ベルが疑いの目を向け、必死に否定しようとする中、エルは何かに気づいたようで、ハッとパロールの方を見ていた。


「もしかして、今回、エアリエル王国からお越しになる国家魔術師というのがパロール様ですか?」

「ええ、はい」

「そ、ういうことですか……ああ、それは……何とも残念……」


 パロールがエアリエル王国から派遣された国家魔術師であると知り、エルは心底落ち込んでいる様子だった。


 自分ではダメだと言わんばかりの振る舞いにパロールは不安そうな表情をし、本人の前でそのような反応を見せるエルに、ベルは思わず眉を顰めていた。


「おい、パロールの前でその言い方はないだろう?」

「エルさん、流石にその態度は失礼ですよ」


 シドラスも流石に注意するように告げると、エルは自身の失敗に気づいたのか、慌ててかぶりを振り始める。


「い、いえ!? そういう意味ではありませんよ!? 私が残念と申しましたのは、せっかくパロール様がお越しになられたのに、私はそのパロール様のお話を聞けないことについてなのです!」

「パロールの話が聞けない? どういうことだ?」

「エルは何か用事があるの?」


 ベルとアスマが揃って首を傾げる中、シドラスやライトは逸早く気づいたようで、小さな声で「そういうことか」と漏らしていた。

 ベルとアスマからの質問を受けて、エルは改めて部屋の中にいるベル達をゆっくりと見回す。


「今回、皆さんがサラディエに向かわれるに当たって、私がそのことになりました」

「あっ、エルが案内してくれるの!?」


 アスマが嬉しそうに声を上げ、ベルはそういうことかと納得していた。エルがこの部屋を訪れたのは、決してパロールに逢いたいがためではなく、案内役に決まったということから挨拶に来たようだ。


「よろしいのですか? 許可を求めておいて何ですが、かなりの危険があると私達は考えていますよ?」

「ですから、皆さんを信頼している私が引き受けたのです」


 シドラスの不安を受けて、エルはまっすぐに答えていた。危険があると分かっているからこそ、同行するアスマ達に対して、一切の曇りのないエルが任されたのだろう。少しの不安が予期せぬ事態を引き起こすかもしれない。その可能性をなくすためには最善と言える采配だ。


「じゃあ、エル。明日から一緒に行動するなら、ちゃんと紹介するよ。この人がイリス。シドラスと同じで、俺の騎士なんだ」


 アスマがエルとは初対面となる面々の紹介を始めて、イリスがエルに挨拶している最中のことだった。不意に扉がノックされ、シドラスが扉に近づきながら、その向こうに声をかけた。


「はい、何方でしょうか?」


 シドラスが扉を開いて、その向こうに立っている人物に声をかける。その姿が扉の隙間から僅かに見え、ベルは驚きから目を丸くする。


「少しよろしいでしょうか?」


 そう扉の向こうからシドラスに声をかけたのは、宮廷騎士団の騎士団長であるだった。

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