魔術大使(7)
アスマ達を乗せた二台の馬車は、無事にウルカヌス王国の王都、プロミネンスに到着していた。街中を駆ける馬車の窓から、王都の風景を眺めながら、ライトは興味深そうに呟く。
「ここが貴族の国か……意外と普通だな……」
「それはあくまで政治体制に対する表現であって、ここに住む全員が貴族というわけではないからな」
「ふ~ん……まあ、それもそうか。ていうことは、これから逢う相手は漏れなく貴族ということか?」
「基本的にはそうなるだろう。もちろん、中には例外もいるが」
シドラスの説明を受けて、ライトは窓の外に広がる景色から、別のことに興味が移ったようだった。窓の外を見やるような体勢から座り直し、考え込むように俯いている。
「なら、次に逢う相手がどれくらいに偉いか考えてみるか。ギルバート卿くらいの立場の人とかが出迎えてくれるのか?」
「いや、そこまでではないと思うが、前回のことを考えれば、騎士とかだとは思うが……」
「ああ、ガイウスが出迎えてくれたよね」
「はい。あの時のことを考えれば、今回もそうなるかと」
「貴族出身の騎士か……」
そう言ったライトが何を思い出したのか定かではないが、その時に見せた表情の曇り方から、何となくライトが思い出していそうな顔には見当がついた。確かに言われたら、エアリエル王国にも貴族出身の騎士はいる。
そのような会話を馬車の中で繰り広げながら、ようやく到着した王城前でのこと。そこで出迎えた人物を前にして、シドラスやライトだけでなく、もう一台の馬車に乗っていたはずのベルやパロール、タリアまで固まっていた。
「ようこそ、お越しくださいました。さあ、案内しましょう」
到着した馬車の前に歩み寄り、仰々しくも頭を下げて、そのように声をかけてきた人物を前にして、アスマが驚きと喜びを綯い交ぜにした様子で声を上げた。
「ソフィア! 久しぶり!」
そのアスマの様子を見たソフィアが呆れたように表情を崩し、にべもなく、喜びを見せたアスマに指を向ける。
「ちょっと! 一応、体裁というものがあるのだから、少しはこちらに合わせなさいよ!」
「あっ、ごめん」
王城の前で燥いだ様子を見せてしまったと、縮こまりながら周囲の衛兵に目を向けるアスマを見て、ソフィアが耐え切れなかったように小さく笑う。
「まあ、貴方らしくていいわね」
そのような会話が繰り広げられる中、一人だけソフィアのことを把握していなかったらしいイリスが、密かにベルに近づいて、こっそりと耳打ちしていた。
「あの方はどなたなのですか?」
「この国の王女様だ」
「へっ!?」
そこでようやくイリスにシドラスが受けた物と同じ衝撃が走ったらしく、イリスは少し前のシドラス達がそうだったように固まっていた。
☆ ★ ☆ ★
思わぬ出迎えとしてソフィアが現れたかと思えば、そのままソフィアがベル達を案内するように王城の中に招き入れていた。前回のことを考え、騎士の誰かがいると思っていたらしいシドラスは歩きながら、思わず質問している。
「どうして、王女殿下が直々に? 他の方は?」
「私が出迎えるから大丈夫と言って、他は遠慮してもらったわ。お父様もお許しくださったから、独断じゃないわよ?」
「ええ、まあ、流石にそこの心配は……」
と言いつつも、語尾を誤魔化すシドラスを目にし、ベルは流石に否定もできないと思ったのだろうと察した。ベル自身もソフィアに注意されていなかったら、勝手に大丈夫なのかと言ってしまっていただろうと思うくらいには、ソフィアは勝手に動きそうだというイメージしかない。
「何回見ても、あれが王女様って信じられないんですけど、本当ですよね……?」
ここまでのソフィアの態度を見て思ったのか、ライトがこっそりとアスマに耳打ちする。が、その声はバッチリとソフィアの耳に届いていたらしく、アスマが答えるよりも先に、ソフィアの鋭い視線がライトに突き刺さった。
「ヒィッ……!?」
ライトが情けない声を上げ、さっとアスマの背後に身を隠す。おおよそ騎士とは思えない行動だ。
「ねえ、ソフィア。これはどこに向かってるの?」
「もちろん、客室よ。流石に今日到着して、すぐに王城で仕事とか、竜と逢いに行きますとかは大変でしょう? 準備した部屋に案内するから、今日のところは休んで」
「おお!」
アスマの質問に答えるソフィアの説明を受けて、ライトが喜ぶようにアスマの後ろから顔を出した。宿屋がまとまった部屋だったこともあり、ようやく一人で寛げると思ったのかもしれない。
だが、そこでソフィアが口を開く。
「ただ部屋だけど、どのように分かれて使いたいか分からないから、取り敢えず、今はまだ二部屋しか準備してないのよ。一応、すぐに準備はできるけど、どうする?」
「二部屋……?」
その一言にライトはゆっくりと周囲を見回した。このメンバーで二部屋となれば、その部屋割りは当然、ここまでの馬車と同じになるだろう。
「是非、一人ずつに部屋を……」
「いえ、それで問題ありません。主にここに滞在して活動する予定なのは二名だけなので、今日はそれで大丈夫です」
シドラスがさっと割って入り、ライトが言いかけた言葉を妨害する。ライトは信じられないものを見るような目でシドラスを見ていたが、シドラスの一日だけという説明を受けて、ライトは言葉を収めているようだった。
「なら、良かったけど、何かあったら、すぐに声をかけてね。貴方達の頼みなら、何でもすぐに応えるように言ってあるから」
ソフィア直々の言葉にイリスやパロール、タリアは驚いているようだった。一体、ソフィアにここまで言わせるとは、何をやったのだという目でベル達は見られる。その目に答えるのもいいが、それはここでなくともできることだ。
後でそれはするとして、今はソフィアがいる間に、一つ気になっていることを質問しようと考え、ベルは部屋に到着する前にソフィアに疑問を投げかけていた。
「なあ、何でウルカヌス王国はアスマの同行を求めたんだ? 何か考えがあるのか?」
ベルがその質問を口にしたことで、シドラスやイリス、ライトまで緊張感を宿したことがベルにも分かった。その前でソフィアは振り返ることなく、しばらくまっすぐ歩き続け、その様子が更に緊張感をパロールやタリアにも広げていく。
「……かったから……」
「え?」
「逢いたかったから、言ったの……」
その返答にその手前までの緊張感が嘘だったかのように、シドラス達は唖然としていた。ライトは驚いたように口を開いたままアスマを見やり、イリスはそれに続いている。シドラスは小さく溜め息をつき、パロールは胸を撫で下ろし、タリアはどこか暗い表情でソフィアの背中を見つめているようだった。
「い、いや!? 兄さんもほら、逢いたいって言ったし、前回の御礼も言いたいから、せっかくだったら、一緒に来ないかなって思って……!? それだけだから!?」
取り繕うようにソフィアは言っていたが、ベルは意味がないだろうと呆れながら思っていた。もう流石に全員察したと思った時、一人だけ雰囲気の違う人物が口を開く。
「ああ、ハムレットには俺も逢いたいな」
アスマがそう言った。
その空気の読めない一言に全員が愕然とする中、ソフィアはうまく誤魔化せたと思ったのか、明るく笑いながら、到着したらしい客室を紹介する。
「はい! ここと向こうを自由に使っていいから! メイドも置いておくから、何かあったら、そっちに声をかけて!」
そう説明をしてから、ソフィアはベルやシドラスに目を向ける。
「サラディエに向かう際のことは、後でこちらの案内役が部屋を訪ねる予定だから、そちらから説明を聞いて」
「案内役ですか?」
「そう。国家魔術師の方は後で、こちらから説明のために人が……」
そう言いかけたところで、恐らく、ソフィアは初めてパロールをはっきりと認識したのだろう。ゆっくりと言葉が止まり、表情が強張り、その変化を見ながら、ベルは前日のパロールの不安を思い出していた。
二人の様子を合間で見たアスマが不思議そうに顔を動かし、同じく不思議に思ったのか、ライトがこっそりと呟いている。
「どうしたんですかね……?」
「実は……」
その声にベルが口を開く中、ソフィアの視線がタリアの方にも向き、その表情は更に険しいものに変化した。
「この三人は竜王祭での事件の依頼者と実行犯とその確保に協力した人物という関係性らしい……」
「あ、ああぁ……」
ベルの説明に納得したらしいライトが声を出し、それぞれ顔を見合う三人を見回す。そこに流れる空気は表現しにくい、絶妙な気まずさを含んでいた。
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