魔術大使(6)
早朝の内に王都を出発した二台の馬車だが、ウルカヌス王国の王都まで一日で到着する距離ではない。当然、途中で宿泊を挟むことにはなるのだが、その宿割りや移動する馬車割りについて、ライトは不満を抱えているようだった。
「何で、殿下とシドラスが一緒なんですか?」
「何を言ってるんだ? 当然の区別だろう?」
流石にこの人数を一台の馬車では運べないと、馬車は二台用意されたのだが、その一台にはアスマ、シドラス、ライトが乗り、もう一台にベル、イリス、パロール、タリアが乗っている状態だった。宿泊する際の部屋割りも、この二つに加え、御者を務めるアレックスとトーマスという衛兵二人の部屋の計三部屋となる予定だ。
「魔術交流の前に男女の交流というか、心の癒しを求める気分もあるわけで。特に俺はね。魔竜祭が近づいたことで休みになる予定だったわけよ。それがこうして駆り出されているんだから、それくらいの褒美はあっても……」
「そんなにベルさんと同室がいいなら交渉してくるといい」
「…………」
シドラスの一言が綺麗にライトの心に突き刺さったのか、ライトはそれきりパタリと口を閉じてしまった。アスマが二人の騎士のやり取りを朗らかな表情で見守る一方、シドラスは呆れたように溜め息をついて、窓の外に目を向けている。ライトは今にも窒息しそうな表情だ。
その一方、もう片方の馬車は馬車で、別の意味での地獄絵図が繰り広げられていた。とは言っても、実際にそう感じているのはたった一人、タリアだけであり、特にイリスとパロールは楽しげな雰囲気だ。
それもそのはず。こちらの馬車での話題の中心はタリアとアスマの関係性についてだった。
「一度、じっくりと聞いてみたいと思っていたんです」
と、嬉しそうに語るイリス。
「あまり詳しくないのですが、そういうことなのですか?」
と、驚いた様子のパロール。
「い、いや、別にそういうわけでは……」
と、否定しながらも真っ赤に染まった表情で言葉以上に真実を語るタリア。
(タリア、頑張れ)
と、特に助けることもなく、心の中でエールを送るベル。
それら女性陣の会話を必死に聞き流そうとする御者のトーマス。
シドラスとライトの何とも言えない空気感が沈黙を生み、それすらも楽しむアスマがいることによって、静けさに包まれた男性陣の馬車とは違い、こちらは女性陣による姦しい話題が止むことはなかった。
☆ ★ ☆ ★
やがて、馬車が宿屋に到着し、ようやく解放されたと馬車から降りたライトとタリアは揃って大きく息を吐いた。深く溜め息にも似た息を共に吐く姿を目撃し、二人はそれぞれ違った理由ながらも、ここまでの気苦労をお互いに察する。
「イリス」
その隣でシドラスはイリスに声をかけ、宿泊中に必要なことを確認していた。
「向こうについてから、どのように行動するかは決まってないが、すぐに別れて動く可能性もある。今日の内に各々の行動を再確認しておいて欲しい。特にパロール様は独自に動いていただくから、しっかりと頼む」
「分かりました」
シドラスとイリスはそれぞれの認識を再確認することを決めて、それぞれ決められた部屋に分かれていく。ようやく一息ついたライトとタリアも、そこでまた馬車の中と同じ空気を吸うことになる。
「さて、部屋に到着して早々申し訳ないですが……」
「晩御飯だね」
間髪入れずにアスマがそう告げて、ライトは荷物を置いた直後、身を上げていた。流石に二人共空腹のようだ。
「いや、それもそうなのですが、その前に……」
「荷物は後で大丈夫だよ」
「そうですよね、殿下。先に腹ごしらえですよね」
ここに来て、ライトがアスマに同調するという最悪の展開を迎え、シドラスは思わず頭を抱える。
「その前に到着後の確認をしたいのですが?」
「そんなの晩御飯を食べた後でいいだろう?」
「そうだよ。先に食べようよ」
ライトの意見にアスマが乗っかる形も披露され、二人の意見はシドラスが止められないほどに膨らみそうになる。
「冷静に考えてください。ここまで馬車で移動してきた後です。その状態で夕食を食べたら、どうなりますか?」
「お腹が一杯になる」
「満足する」
「幸せになる」
「最高ですね」
「いや、そうじゃなくて」
何故か通じ合っているアスマとライトに押され、自分の方が間違っているのかとシドラスは思えてくるが、これまでの経験上、こういう時のアスマは止める方がいい。そう決まっている。
「絶対に寝ますよね?」
「えっ? い、いや、そんなことないよ……?」
分かりやすく顔を背けたアスマを前にし、シドラスは満腹になって、ベッドで眠り始めるアスマの姿が容易に想像できた。
「そうなる前に確認をしておきたいのです。当日になってから、あたふたされては困りますから」
「い、いや~、でも、俺はあれだよね? 向こうで何か言われるかもしれないんでしょう?」
アスマの言う通り、魔王であるアスマを本当に竜と対面させるかどうかは不確定の状態にあった。ウルカヌス王国を訪れた際、別の役割を伝えられ、行動が別になる可能性はまだ残っている。それをあまり好んでいないはずのアスマだが、こういう時には自分から出すのかと、シドラスは呆れを通り越し、感心すらしていた。人はこうして成長していくらしい。
「俺もどうせ、面子的にパロール様の護衛だろう? 分かってるよ」
「まあ、実際にそれはそうなのだが、そちらもパロール様次第で動きは変わる予定だ」
「出しゃばらなきゃいいんだろう?」
「そうなる」
ライトに託された仕事はパロールの護衛であり、パロールと行動を共にすることだ。自分から行動することは基本的にはなく、同時に向こう側の要求次第では待機しなければならない立場にある。それはパロールが謁見する相手次第ではあるが、素直に従わないと印象が悪くなることは間違いないだろう。
「なら、オッケーだね。晩御飯に行こう」
確認は終わったと言わんばかりにアスマは立ち上がり、ライトと一緒にさっさと部屋を出て行ってしまう。
(本当に大丈夫なのだろうか……?)
その姿にシドラスは翌日の行動よりも、今回の旅全体に不安を覚えることになった。
☆ ★ ☆ ★
アスマの性格を把握し、急いだシドラスとは対照的に、イリスは夕食を終えてから、部屋で翌日の行動を確認することにした。こちらの場合はそれが可能だったと言える。
「ベルさんとタリアさんは竜と対面するために、プロミネンスを出発し、サラディエに向かうことになると思います。この部分がどうなるかは不明ですが、恐らく、向こうで案内役が紹介されるのではないかと思われます」
「まあ、流石に何も知らずに勝手に行けは無理だからな。出発も向こう次第か?」
「それはそうですね。プロミネンスでしばらく待機するのか、それとも、すぐに出発するのかは不明ですね」
「まあ、一日くらいは休ませて欲しいな。馬車からの馬車は身体以上に気が滅入る」
ベルのぼやきにタリアも同意するように頷いていた。
「場合によっては、そこの希望も出してみましょう。一日くらいの滞在なら、余程の理由がない限りは認められるはずですから」
「あの、私はどうなりますか?」
パロールが手を上げ、イリスからの確認を促した。
「パロール様は向こうで、予定通りに向こうで担当の人物と対面することになると思います。持ち込んだ荷物はどのタイミングで確認するのか分かりませんが、その辺りは先方に話を通して、向こうの判断に任せる方がいいかと。いきなり見せては下手な誤解を与えかねませんから」
「それはそうですよね。話し合い等に関しては私の一存で進めてもいいのですか?」
「それは構いません。向こうもそれを望んでいると思います」
イリスと行動を確認し、パロールは頷きながらも、どこか表情が曇っているように見えた。イリスはその表情が気になって、怪訝げに顔を覗き込む。
「どうかされました? まだ気になることがありますか?」
「その……向こうで対面する相手が誰かとかは分かりませんよね?」
「流石にそこまでは……」
「誰か希望する相手がいるのか?」
ベルがそのように聞くと、パロールは戸惑いながら、小さくかぶりを振った。少し目を泳がせながら、ぽつりぽつりと零すように話し始める。
「実は、一つだけ気になっていることがあって」
「気になっていること?」
首を傾げるイリス達の前で、パロールは自身が使節団に組み込まれた時から、ずっと気にかかっていたということを吐露し、それを聞いたイリス達は困ったように顔を見合わすことになった。
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