魔術大使(5)

 アスマ達にウルカヌス王国との外交が伝えられた翌日、ウルカヌス王国からの返答が届けられた。ウルカヌス王国の提示した条件をエアリエル王国が飲んだこともあって、当然、ウルカヌス王国側に断る理由はなくなり、この返答を以て、エアリエル王国とウルカヌス王国の魔術交流を主体とした外交が正式に決定した。


 元より、今回の外交が決定する前提でエアリエル王国は動いていたので、外交が正式に決定した翌日には、使節団が派遣されることに決まり、アスマ達は残された一日で残りの準備を進めることになった。


 荷物等の必要な物は簡単にまとめられたので、アスマは丸一日を使って、ウルカヌス王国に向かう前にやっておかなければならないことをこなし、出発当日を迎えることになる。


 ウルカヌス王国に向かう。ウルカヌス王国を越えた先にあるサラディエを訪れる。そこで竜と対面する。これから待ち受けるスペクタクルな冒険の数々を考えたら、普段のアスマならワクワクとした気持ちで、一睡もできない可能性すらあったのだが、不思議なことに今回はゆっくりと眠ることができた。


 当日の早朝も、わざわざアスマを起こしに来てくれるイリスやシドラス、ベルなどの力を借りることなく、自力で目を覚まし、いつもは時間通りと言っても、本当にギリギリとなることの多い朝食も余裕を持って食べることができた。


「殿下? 今日はどうされたのですか?」


 あまりにアスマが真面な朝を迎えているためか、思わずイリスがそう聞いてくるほどだった。アスマは聞かれるままに考えてみるが、自身の行動の変化など、体調一つで変わるものだ。今日はたまたま調子がいい。それくらいにしか思っていなかったアスマには、具体的な理由など分からない。


「何か、調子がいいんだよね」


 そうその時は答え、アスマは良いことのように思っていたが、待ち合わせ場所となる王城前を訪れ、今朝からのアスマの行動を聞いたベルは、即座にかぶりを振って否定してきた。


「いいや、それは悪いことが起きる予感だ」

「へっ?」

「やはり、魔王と竜が対面するくらいだ。何かが起きるのかもしれない」

「い、いやいや、まさか~」

「そ、そうですよ、ベルさん。冗談でもそういうことはちょっと……」


 ベルの指摘にアスマとイリスは共に引き攣った笑みを浮かべ、それはないと否定する。が、ベルは冗談という風に表情を変えることもなく、小さくかぶりを振りながら言葉を続ける。


「いいや、分からないぞ? 魔王と竜の対面なんて、ほとんど前例がないんだ。唯一ある前例も、中々の結果だろう? もしかしたら、今回も……」

「ちょっと!? ベル!?」

「ベルさん!? やめてください!?」


 ベルの行き過ぎた指摘にアスマとイリスが思わず声を荒げ、ベルは取り繕うように両手を振っていた。


「いやいや、すまん。冗談だ」

「冗談だとしても!」

「そうですよ! 加減が……!」

「冗談ではあるが、それくらいのことは思っておいた方がいい。調子がいいと油断すれば、何があるか分からない。竜とのこともそうだが、気にかかるのはもう一つの……」


 そう言いながら、ベルはちらりと視線を移し、同じく王城前を訪れているギルバートとタリアの方を見ていた。その視線にベルの意味するところを理解し、アスマとイリスは表情を引き締める。


「確かに。遊びに行く感じじゃないんだよね」

「それはそうですね。殿下はもしかして、遊びに行く感じでいましたか?」

「うん」


 アスマの曇り一つない返答にベルとイリスが呆れた反応を見せる中、ようやく今回の使節団の一人であるライトが王城前に顔を出した。見送りなのか、アスラとウィリアムもその後ろからついてきている。


「あれ……? もしかして、俺が最後ですか……?」


 ライトが自分の顔を指差し、そう聞く中、見送りのためにその場を訪れていたハイネセンとブラゴの冷たい視線がライトに刺さっていた。ハイネセンはブラゴの耳元に口を近づけ、囁くような声で、「本当に大丈夫か?」と聞いている始末だ。


「遅い。お前が最後だ」

「おー、マジか。皆さん、お早いんですね」


 苦笑を浮かべながら、取り繕うようにそう言って、ライトはせこせことアスマ達の輪に入ってくる。


「えっと、俺を含めたこの六人で向かうんですよね?」


 そう言いながら、ライトは順番にその場にいる面々を見回し始めた。


 国家魔術師として魔術交流の肝を担うパロール。今回の外交の裏テーマである、竜との対面を希望したベル。その竜との対面に際して、ウルカヌス王国側が提示した条件によって、同行が決定したアスマ。それら三名の護衛を任せられたシドラス、イリス、ライト。


 この計六名をライトが示す中、アスマ達は揃ってかぶりを振った。


「えっ? 違うんですか?」


 ライトが不思議そうに聞いてくる中、シドラスは呆れ切った顔をしていた。


「お前はちゃんと通達を聞いてないのか?」

「いや、正式に決まった以外の情報は何も入れてない。それどころじゃなかったから」

「それどころじゃなかったって何があったんだ?」

「俺の細やかな願いが叶わなかった」


 ライトが何を言っているのか分からないらしく、シドラスは怪訝げに眉を顰めながらも、どうせ大したことではないと思ったのか、それ以上の言及をしようとはしなかった。


「あの後、もう一人、同行することに決まったんだ」

「もう一人? 誰が?」


 そう言ったライトが周囲を見回し、そこにいる面々を順番に見始めた。見送りに訪れた面々はハイネセンとブラゴ、アスラとウィリアム、ラングとエル、ギルバートとタリアの八人だ。近くには馬車を引く予定の衛兵二人も待機しているが、それは違うと判断したらしく、一瞥する程度で終わっている。


「えっ? もしかして、アスラ殿下?」

「いやいや、流石にアスラ殿下も同行されるなら、警備をもっと厳重にするだろう?」


 この時、アスマはふと自分一人だと、必要最低限にしか思えない警備をされているのは何故だろうかと思ったが、その疑問を聞ける状況でもなかったので、今は飲み込むことにする。


「まあ、それもそうか。だとすると、誰だ……?」


 考え込むように周囲を見るライトの姿に、これ以上は時間がかかると判断したのか、シドラスは端的に答えを伝える。


「タリアさんだ」

「はっ? へっ?」


 ギルバートの従者であるタリアが同行する。その事実にライトはどういうことなのかと疑問に思っているようだった。


「ギルバート卿は?」

「ギルバート卿は来られない。あくまでタリアさん一人が同行されることになった」

「何で?」


 当然の疑問を口にするライトに、シドラスが一つ、確認の質問を投げかける。


「タリアさんが竜王祭で起こした事件は覚えているか?」

「ああ、はいはい。アスマ殿下を狙った奴ね」

「その理由は?」

「魔王を殺せって指示されたんでしょう? それくらいは覚えてるって」

「その指示を受けた後、目を覚ました場所とサラディエが酷似しているらしい」

「は、い……?」


 シドラスの告げた事実にライトは目を白黒させ、思わずタリアを見ていた。タリアは小さく頷き、ライトは何故か頷きを返している。


「えっ? 冗談ではなく?」

「ああ、もちろん」


 驚くライトを見ながら、アスマは最後の準備を行った昨日のことを思い返していた。タリアの話があったので、同様にこの世界を訪れたアサゴにも判明した可能性を教え、気になるのなら、今回の使節団に同行できることを伝えに行ったのだ。


 アサゴは元の世界に対する未練があまりなく、こちらの世界で現在頑張っていることに集中したいと言って、今回の話は断られたのだが、その時にタリアも見たサラディエに関する情報が載った本を確認してもらい、タリアと同様の証言を得られることには成功していた。


 恐らく、アスマの命を狙った人物はアサゴやタリアを別の世界からサラディエに送っている。そこに何かしらの関連性があるのかどうか、サラディエに向かうことで、元の世界に関する情報が手に入るのか、その辺りも含めてタリアは同行して突き止めたいと考えているようだった。


 しかし、その情報がライトに与えた影響は全く違うところにあるものだった。


「えっ? ていうことは、サラディエに殿下の命を狙う輩がいるかもしれないってことだよな?」

「その可能性も考えられる」

「じゃあ、つまり……俺が仕事をする可能性が高くなったってことか!?」


 気づいた事実にライトは愕然とし、今にも縋りそうな視線をハイネセンやブラゴに送っていた。それに気づいたシドラスが諦めたのか、ライトの首根っこを引っ張り、見送りに訪れた面々に頭を下げている。


「待ってくれ!? 俺は置いていってくれ!?」

「仕事だ。全うしろ」

「俺の休みが!?」


 悪足掻きを見せるようにライトが絶叫する中、アスマ達を乗せた二台の馬車がテンペスト城を出発した。

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