魔術大使(4)
ガゼルの残した研究資料の調査を引き続き行うものと思って、パロールは目覚めたつもりだった。
だが、顔を合わせたラングは真剣な表情で話があるとパロールを呼び、パロールは想定していたエルの部屋ではなく、ラングの部屋に向かうことになっていた。話とは何かと考えてみるが、思い当たる節は一つしかない。
もしかして、先に資料を片づけようと移動させたことがいけなかったのだろうかとパロールは思った。もしくはベルに貸し出したことか、どちらにしても、先に断りを入れるべきだったと今更ながらに後悔するが、既に状況は現在に至っている。パロールに取り繕う余地はない。
そう思っていたら、部屋に案内したラングが椅子を用意し、そこに座るように促してきた。パロールは怒られる気持ちを固めながら、ラングの対面に腰を下ろし、ラングからのお叱りの言葉を待つ。
しかし、ラングの一言目はお叱りの言葉でも、思い当たる節を問うものでもなかった。
「実は、ベル殿のことも合わせて、現在、この国ではウルカヌス王国との外交が予定されているんだ」
「…………?」
不意にラングが話し始めたことの意味が分からず、パロールはきょとんとした表情のまま、ラングの前でゆっくりと小首を傾げる。
「先方からの要望があったそうで、魔術知識に関する交流が行われる予定でね。国家魔術師を派遣することが既に決まっているんだ」
そこまで話が進んだことで、パロールはラングが何を話そうとしているのか、ようやく察する。
「そういうことですか。その派遣される国家魔術師に師匠が選ばれたのですね?」
それで王城をしばらく離れると報告してくれたのかとパロールが思っていると、その前でラングがかぶりを振った。
「違う。選ばれたのはパロール、君だよ」
「は……は、い……?」
ラングの口にした言葉がうまく飲み込めず、パロールは思わず聞き返していた。何を言っているのかと思ってしまいそうになるパロールに対して、ラングが続けて言葉を与えてくる。
「私とエル殿が推薦したんだ。宰相閣下も当然、了承済みだよ」
「ちょっ……!? ちょっと待ってください!? 話が突然過ぎます……!? 急に理解できないというか……どうして、私なんですか? 他にもっと適任な方がいると思います。私なんか……」
「そんなことはない。私もエル殿も、パロールなら任せられると思ったから、推薦したんだ。宰相閣下も同じように思われたから、認めたのだよ」
「いや、ですが……」
率直に言ってしまえば、パロールには自信がなかった。他の国家魔術師と違って、パロールは国家魔術師でありながら、魔術に真面に触れていなかった期間がある。
パロールの中では、自分自身を半人前と思うところが大きく、そのような自分が他国に足を運んでまで、何を教えられるのかと疑問に思ってしまった。
「今回の外交では、エル殿の提案から、ギルバート卿が開発を手伝ってくださった例の物を持ち込む予定なんだ。その解説も含めた役割なら、パロールほどの適任者は他にいない」
反論を並べようと思っていたパロールだが、説得するようなラングにそう言われ、言いかけた言葉は飲み込むしかなかった。未だパロールの中に自信は湧かないが、パロールの携わった物が関係していると言われたら、自身の負った責任も含めて、パロールはそこから逃げ出すわけにはいかない。
それはもう一度、この世界に戻ってきた時にパロール自身が決めていたことだ。
「分、かりました……師匠がそこまで仰ってくださるなら、この役目を引き受けます。私にできることがあるのかと不安な気持ちは消えませんが、光栄な役目であることには違いありませんから」
パロールの決断にラングは微笑み、優しく手を握ってくれる。
「頑張ってくるんだよ」
「はい。師匠達の顔に泥を塗らないように、この国の国家魔術師として、立派に責務を果たしてきます」
パロールはそう宣言し、来る日のための準備を進めることになった。
☆ ★ ☆ ★
ブラゴからの呼び出しを受けた時点で、ライトは既に察していた。これは嫌な予感がする、と。魔竜祭が近づき、アスラの外出が減ると思った直後のことだ。せっかく休めるかもしれないと思っていたが、何か仕事を与えられるのではないかと戦々恐々しながら、ライトはブラゴの待つ部屋を訪れていた。
「話とは何でしょうか?」
そう聞いたライトの前にブラゴが数枚の書類を差し出してきた。紙やそこに書かれた文字を眺めると頭痛がする質なので、普段のライトなら適当に流し見する程度なのだが、今は悪い予感が騒ぎ立てるので、言われるまま、そこに書かれた文字を読んでいく。
「ウルカヌス王国との外交、ですか?」
「国家魔術師を派遣しての魔術交流が行われる予定だ」
「えっ? まさか、これに俺も含まれていたりしませんよね?」
「察しが良いな。その通りだ」
ブラゴからの返答にライトは手に持っていた紙を投げ捨てる勢いで、大きく両手を振り回した。
「いやいや!? 考え直してください!? 外交の場ですよ!? 俺みたいな奴がいたら、この国の評判が悪くなりますよ!?」
「素行の悪さを自覚しているなら、直して欲しいがな?」
「い、いや……ほら、癖って直そうと思って直せるものじゃないですから……」
「悪癖か。なら、余計に意識的に行動して欲しいが、それはできないものか?」
「そ、それは……」
思わぬ角度から急速に詰められ、ライトは逃げるように振り回していた紙を突き出し、ぎこちない笑みを浮かべた。
「そんなことよりも! 俺を本当にこんな場に送るつもりですか?」
「ああ。騎士の護衛が必要だ。他の騎士は手が埋まっている。お前以外にいない」
「いるでしょ! ほら、シドラスとか! イリスがいるなら、シドラスの手が空いてませんか!?」
「シドラスも同行予定だ。アスマ殿下もご一緒に向かわれるからな」
「なっ……ら!? 俺じゃなく、ウィリアム先輩の方を派遣した方が……!?」
「お前とウィリアム。どちらにアスラ殿下の護衛を任せると思う?」
ブラゴからの全うな問いにライトは反論の言葉が出ず、完全に逃げ道を失っていた。剣を握らずとも、ここまで追い込んでくるのかと、ライトは改めてブラゴの恐ろしさを実感する。
「国を代表する場に出るんだ。本来は光栄と思うことはあっても、そのように譲ろうとすることはないと思うが?」
「……光栄なんて思う人がいるのか……?」
「何か言ったか?」
「い、いえ!? 何も!?」
どんな犯罪者でも怯え竦むほどのブラゴの睨みに晒され、ライトは引き攣った笑みを浮かべたまま、背筋をまっすぐに伸ばしていた。一刻も早く逃げ出したい気持ちに駆られるが、この場からの逃走は仕事を引き受けたことも意味してしまう。
そうなる前に何とか断る理由を、と考えるライトの前で、ブラゴはライトの握る紙を求めるように引っ張った。
「ああ、一つ言い忘れていたが、この紙」
「こ、これが……?」
「これは宰相閣下が先方に送った親書を写させていただいた物だ。同様の内容をウルカヌス王国も今頃、把握しているだろう」
「え? ちょっと待ってください」
話が変わってきたと思うライトの前で、ブラゴはライトに現実を突きつけてくる。
「要するに、これはお前に確認をするための呼び出しではなく、決定を伝えるための呼び出しだ。お前の意思は関係なく、今回の仕事にはついてもらう」
「なっ……!?」
必死に行きたくないアピールをしていたライトだが、そんなことに意味はなく、既にライトの護衛としての参加は決定していたと知り、ライトは言葉が出なくなっていた。
「出発は先方からの返答があってからだ。それまでに準備を済ませるように。それを伝えるために呼び出したんだ」
「そ、んな……」
愕然とするライトは背を丸め、とぼとぼとした足取りのまま、騎士団長室を後にする。そのまま来た道を戻るために歩きながら、まだ唯一残された可能性に気づいたライトは、窓から空を眺めて祈るように手を合わせた。
「ウルカヌス王国が俺をダメだと言い出しますように!」
逢ったこともないウルカヌス王国の決定権を持っている人物に伝わるように、ライトは何よりも必死になって願っていた。
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