謁見交渉(6)

 アサゴに新聞記事の件を伝え、王城に帰宅途中のことだった。王都の人混みの中に見慣れた顔を発見し、アスマは思わず足を止めていた。


「あっ、ギルバートだ」


 アスマがそう言ったことで、一緒に王城に帰る途中だったイリスも、ギルバートの姿を発見したようだった。ギルバートは従者であるタリアを連れ、街中にある一軒の店から出てくると、どこかに歩き出そうとしている。

 ちょうど、その先にアスマとイリスが立っていた。


「あれ? 殿下ではありませんか?」


 ギルバートがアスマを発見したらしく、そのように声をかけてくる。その声に反応し、タリアが驚くように身体を震わせたかと思うと、背筋に棒を突き立てられたように、ピンと背筋を伸ばしている。


「このようなところで、偶然ですね。どうされたのですか?」

「ちょっとした用事があったんだよ」


 進行中の話も含めて、アスマは誰にどこまで話しても問題ないのか、ちゃんと把握できていない。適当に誤魔化す方がいいとは思い、濁すような言い方をしてみたが、それも突っ込まれたらお仕舞いだ。

 すぐにアスマは会話を進めようと、ギルバートとタリアの二人を見てから、さっき出てきた店の方に目を向ける。


「あそこって武器を売ってたっけ?」

「ああ、いえ、売ってませんよ。あそこは普通の商店です」

「普通の商店に珍しいね。買い物?」


 アスマの問いにギルバートは少し迷うような仕草を見せてから、「そうとも言えるかもしれません」と曖昧な返事をしてきた。ギルバートにも何か秘密があるのだろうかと、アスマは自身の対応にも似た振る舞いに感じるが、そういうことではないようで、ギルバートは言葉を続ける。


「実は、いろいろと重なっていた問題がようやく落ちついてきましたので、まだ少し早いのですが、もうそろそろ準備を始めようと思いまして、魔竜祭のために動いているのですよ」


 エアリエル王国では二つの大きな祭りが行われている。春に行われる竜王祭と、秋に行われる魔竜祭の二つだ。この二つのお祭りは、二人の王子の生誕祭も兼ねており、秋に行われる魔竜祭は、アスラの生誕祭の側面も持っている。


 その魔竜祭は春に行われた竜王祭と同じく、三日間、王都の街で催し物等が行われるのだが、王子の生誕祭という側面が魔竜祭はより強く、それに準じた内容で国内外でも有名になるほどだった。

 そのことから、魔竜祭の準備期間は竜王祭よりもかなり早く、人によっては竜王祭が終わった直後から始める人もいると聞く。


「準備が始まるだけで、流通の面が変わってきますから、こちらにも影響が出る他、他に回す必要も出てくるので、いろいろと確認を進めているのですよ」


 良くも悪くも祭りが行われれば国は動き、経済は回る。その流れの見極めをしっかりとしないと、ギルバート達でも溺れることがあるのだろう。

 アスマには分からない世界だったが、大変だということだけはギルバートの様子から伝わってきた。


「だけど、そうかぁ……もう魔竜祭も見えてくる時期なんだね。今年の竜王祭はいろいろとあったし、魔竜祭でも何か起きるのかな?」


 アスマは何気なく、懐かしむような気持ちでそう告げたが、その一言にタリアは緊張したように強張った表情をしていた。それに気づいたイリスがそっとアスマに近づいて、こっそりと耳打ちする。


「殿下……タリアさんが気まずい雰囲気ですよ……」


 その一言を聞いたアスマが竜王祭で起きたことを思い出したらしく、慌てた様子でタリアに頭を下げている。


「いや、ごめん! 別にタリアちゃんを責めているとか、そういう話じゃなくて……!」

「い、いえ、大丈夫です。すみません」


 タリアは必死に謝罪する様子のアスマから目を逸らし、小さくかぶりを振る。明らかに大丈夫ではないという雰囲気にアスマはオロオロとしているが、当のタリアの抱える問題は竜王祭のことだけに留まらない様子だった。


 そのことをこの場ではイリスだけが察し、密かにタリアの反応を楽しんでいる側面があった。アスマの騎士として、イリスはどこか誇らしい気持ちになる。


「ところで魔竜祭が近づくと、アスラ殿下の様子がおかしくなるとお伺いしたことがあるのですが、どのような様子ですか?」


 魔竜祭の話からギルバートが思い出したように聞いて、アスマは思わずイリスと顔を見合わせた。アスラの様子と言われても、アスマの目にはいつも通りに映っている。


「特に、何ともないと思うけど?」

「ああ、そうなのですね。気にし過ぎでしたかね」

「何がおかしくなるのか分からないけど、アスラだったら何があっても大丈夫だよ」


 アスラに対する全面的な信頼を見せ、アスマはそう答える。その表情は満面の笑みで満たされていた。



   ☆   ★   ☆   ★



「は、はあぁ……」


 盛大にテーブルに突っ伏して、アスラは肺の中の空気を全て入れ替えるのかと思うほどの溜め息をついた。その表情は憂鬱さで満たされている。


「殿下? どうしたんですか?」


 一目で暗いと分かるアスラの様子に、ソファーで寛いでいたライトが質問を投げかけた。その質問にアスラではなく、近くにいたウィリアムがこっそりと答えてくれる。


「ほら、もう少しで見えてくるだろう……? 魔竜祭が……」

「あっ、そういうことですか……」


 ウィリアムのたった一言の説明で察し、ライトはアスラの様子に納得する。


「殿下、しょうがないですよ。諦めましょう。魔竜祭が今年も変わらず行われるなんて、平和の象徴ですから」

「そ、それはそうかもしれませんが……」


 昨今のエアリエル王国では様々な出来事があった。特にゲノーモス帝国との一触即発は、場合によっては魔竜祭の開催が見送られる事態になっていたかもしれないが、結果的には現状、そのような状況には至っていない。


「それに誕生を祝われるなんていいことですよ。もっと素直に喜びましょうよ」

「いえ、別に嬉しくないと言っているわけではありませんよ? 喜ぶ気持ちも当然あります。ですが、流石にあの内容は……」


 三日間開催される魔竜祭では、全日程で異なる催し物が行われている。それらの内容を改めて思い出しているのか、アスラの表情が浸したように、順番に赤く染まっていた。


「やり過ぎだと思うんですよ!」


 急に起き上がったかと思えば、アスラは毎年恒例の抗議を口にするが、ライトやウィリアムにそれを言っても、二人に何かができるだけの権限がない。


「まあ、確かに私も殿下の立場に立ったことを考えると、照れ臭い気持ちにはなりますね」

「ですよね! でしたら、辞めさせるように一緒に説得してくれませんか!?」

「いや、ですが、殿下。これはあくまで国民の善意ですから」


 賛同してくれたウィリアムを引き込み、アスラは何とか中止の方向に持っていこうとしているが、全ては善意だと言われたら、それを潰すことが途端に阻まれたのか、しゅんと小さくなって、再びテーブルに突っ伏していた。


「取り敢えず、魔竜祭の準備が始まる以上、僕は外に出ませんから。鎖に繋がれて、無理矢理、引き摺り出されても、絶対に部屋へ帰りますから」


 魔竜祭が近づくと始まるアスラの引き籠り宣言だ。実際には、アスラの立場上、完全に引き籠ることはできないのだが、それに近しい生活を始めることは確かで、こうなると王城内ですら出歩く機会が極端に減ってくる。


 必然的にライトとウィリアムの仕事量は減り、単純な拘束時間が少なくなる。ライトはこのことから、毎年、この時期をボーナスの一種だと認識していた。


「殿下、お仕事もありますから、外に出ないと言われましても」

「嫌と言ったら嫌です。僕は出ません」


 毎年、この時期だけ珍しく、年相応の振る舞いを始めるアスラと、それを何とか宥めようと努めるウィリアムを横目に、ライトはこれから増えるであろう時間を想像し、どのように過ごそうかと考え始めていた。


 今年は特にいろいろと起きていた年だ。そこにライトも巻き込まれ、想定外の仕事をする機会が多かったことから、ここらで一旦、落ちついた休息を取りたいと考える。それくらいのボーナスはあってもいいだろうと思いながら、ライトはアスラとウィリアムの話し声を尻目に、ゆっくりと瞼を閉じた。

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