謁見交渉(5)

 今回はベルが竜との接触を希望し、そこから発展する形で動き出したウルカヌス王国との外交だが、ベルからの希望がなくても、元よりハイネセンはそろそろ考えようと思っていた話だった。


 ウルカヌス王国でのアスマ達の立ち回りが功を奏し、同盟を結ぶことに成功したとはいえ、現時点での関係性は不安定でしかない。


 アスマとソフィア。こちらも向こうも、トップの一部だけが相手を信頼し、国家全体の方針として、同盟関係が望まれているかと言われたら、そういうわけでもない。


 エアリエル王国側はまだいい。自由な国風は政府にまで浸透し、相手から要請があれば十分に受け入れる気概ではいる。


 だが、ウルカヌス王国はそうではないだろう。貴族の国と呼ばれるくらいに血統を重視する国だ。エアリエル王国の方針と根本的に交わらない以上、どこかで軋轢が生じる可能性は十分に考えられた。


 故の提案だろうと、ガイウスの持ち込んだ話を聞いた時にハイネセンは思った。ウルカヌス王国内に生じる摩擦を少しでも緩和するために、エアリエル王国が魔術を開示するという状況が欲しいのだろう、と。


 エアリエル王国との接触が国益を生み出す。その構図が出来上がれば、反対している貴族も認めざるを得ないはずだ。国益を誹謗することは国家への反逆に等しくなる。どれほど自分達の考えを大切に思っていても、そこまで愚かしい行為はしないだろう。仮にする貴族がいても、その程度のものなら、きっと政府は気にすることがないだろう。


 それなら、少なくともハイネセンが用意する情報は上質のものでないといけない。エアリエル王国が利益を齎すと、はっきりと相手に伝える必要があるからだ。


 そこまでの物が用意できるかどうかはハイネセンの決定よりも、国家魔術師の技量の方にかかっていると言える。

 その部分の話し合いも含めて、ハイネセンは方針を定めるために、宰相室に二名の国家魔術師を招集した。


 ラングとエルである。


「二人をお呼びしたのは、少し伺いたいことがあるからです」


 ハイネセンの呼び出しに応じ、宰相室にやってきた二人を前に、ハイネセンは現在の事態を順番に説明しようとした。


 しかし、その前にエルが分かっていると言わんばかりに片手を上げ、ハイネセンの話を途中で遮った。


「宰相閣下、流石に知っていますよ。ベル婆が竜との対面を望んでいるのですよね?」

「えっ? ああ、いや、確かに、それはそうなのだが……」

「それでウルカヌス王国と交渉したい、と。恐らくは魔術に関することで、ね?」


 エルの的確な指摘に思わずハイネセンは目を丸くしていた。その反応から答えを悟ったのか、ラングが少し驚いた顔で隣のエルを見ている。


「まさか、本当にエル殿の仰る通りとは」

「まあ、殿下達から少し話は聞いていたし、わざわざ俺が呼び出されたことを考えればね。流石に外に出られない俺を呼び出すからには、きっと魔術的知見を求められるのだろうと思ってね」


 一から十まで説明しなければいけないと思っていたハイネセンは、そのエルの対応に唖然としつつも、説明が短くて済むと内心喜んだ。


「それなら話が早い。お二人には、ウルカヌス王国との交流に関する意見を求めたいのです」

「魔術に関する交流?」

「そうだ」

「それ以上の情報は? 例えば、向こうが何を求めているとか?」

「具体的な要望はなかった。が、向こうにも国家魔術師の制度があることを考えると、魔術的知識以外にも、国としての対応について学びたい側面があるのかもしれない」


 ウルカヌス王国の内情は、実際に訪れたアスマ達を除き、エアリエル王国の人間が知り得るものではない。相手の求めているものを予想するには、自分達の立場を正確に把握し、それに対して相手がどのような立ち位置にいるのか、想像する必要があった。


 そう思ってから、ハイネセンはさっきエルが気になることを言っていたと思い出す。


「ん? そういえば、今、エルは殿下から話を聞いていたと言ったか?」

「ああ、まあ、少しだけね。ウルカヌス王国内での魔術師の立ち位置とか」

「それなら、向こうの要望も少しは想像がつくのでは?」

「う~ん、どうだろう……? 実際に見ているわけでも、逢っているわけでもないから、向こうの考えがちゃんと掴めるとは言えないんだよね……」


 外から見た時に問題と感じる場所が、当人の自覚する問題と一致するとは限らない。向こうの要望はあくまで、向こうが自覚する問題に寄り添っていて、それを掴めるかは別の話かとハイネセンは納得する。


「一応、私の考えとしては、もしも向こうに派遣するなら、ラング殿にお任せしたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」


 国家魔術師であること。外交上のやり取りが問題なくできる人物であること。こちらだけでなく、向こうからも信頼される人物であること。それらをまとめれば、最も適任である人物はラングだとハイネセンは考えていた。


 しかし、その問いかけに対するラングの反応はあまり芳しくなかった。


「私、ですか……?」


 そう呟いたかと思えば、ラングは小さく俯き、言いづらそうに唇を動かし始める。


「確かに私が知識を持っていくことは可能ですが、それで納得されるかと言われたら、それは何とも言えません。国家魔術師の中で見たら、私は落ちこぼれの類だと自覚しています。目立った功績もなく、ただ他の魔術師より少し魔術がうまく扱えただけ。それだけの私で、求められるものが提供できるかは怪しいところです」


 謙遜するようにラングは言うが、決してラングは落ちこぼれなどではない。現在、アスマに魔術学を教えているところからも分かるように、ラングは国家魔術師の誰よりも深く、広い魔術に関する知識を持っている。その知識の深さは、テレンスの所有する書庫がそのまま入っているかのようだ。


 その知識があれば、相手から何を求められても、きっと応えてくれるだろうと考え、それも含めてハイネセンはラングに頼んだのだが、ここからどのように説得しようかと頭を悩ませることになった。


「因みにだけど」


 そこでラングの横顔をじっと見ていたエルが口を開く。


「ベル婆が竜と逢うっていう話も進めるんだよね?」

「もちろん、そうだ」

「そっちはどう考えてる?」

「どう?」


 ラングをどのように説得しようかと、考えるハイネセンの思考を邪魔するように、エルは漠然とした質問を投げかけてきた。


「いや、まさか、ベル婆一人で行かせるわけじゃないよね? 誰を同行させるとか決まってるの?」


 その問いにハイネセンは口を開くことなく、ただ黙って眉を顰める。ウルカヌス王国に向かわせる国家魔術師の方もそうだが、それに同行する兵士に至るまで、ハイネセンは未だ人員を決め切れずにいた。


「先に言っとくと、殿下の同行は避けた方がいいと思うよ。殿下が生まれた時のこともあるし、流石に竜との接触は危険でしょう? 地図をまた描き変えないといけなくなるかもしれない」


 ドラゴン抗争と呼ばれた出来事により、地形が大きく変わったサラディエを彷彿させることをエルが口にし、ハイネセンは分かっていると頷いた。最初からアスマの同行は考えていないことだった。魔王と竜の対面は気安く行われるものではない。


「もしも竜と対面するために、一定の抑止力を求めるなら、殿下以外に一つだけ思い当たる節があるんだけど、それを導入する可能性はある?」

「抑止力? 何のことだ?」


 不思議そうに聞くハイネセンの前で、エルは小さく笑みを浮かべ、ラングに向かってウインクをしている。何かの合図のようで、それでラングは何かに気づいた顔をするが、ハイネセンは何を示しているのか全く分からない。


「火種になる可能性もあるし、サラディエまで持っていけるかは分からないけど、近くに置いとくと安心な、へそくりみたいなものにはできると思うよ」

「だから、それは一体なんだ?」


 ハイネセンが再度聞き返すと、エルはようやくハイネセンに目を向けて、ハイネセンにも分かる言い方をしてくる。



 その言葉からハイネセンはエルが言っている物の正体を理解し、同時にラングがハイネセンの頼みを断るために、自分自身を卑下するような言葉を使った理由や、そのラングにエルが何か合図を送っていた理由を察するのだった。

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