謁見交渉(4)

 ガゼルの発見によって、ベルの身体に関する問題に新たな可能性が浮上し、シドラスがそのための動きを始める一方、アスマには一つ残された仕事があった。ベルの希望する竜との接触はアスマも気になるもので、できれば自分も関わりたいと思う気持ちはあるのだが、今はそれよりも取り残した仕事の処理の方が先決だ。


 そう判断したアスマは、イリスと共に王城を後にし、王都の街中にある一軒の家を訪れていた。アスマがノックすると、扉の向こうから声が返ってくる。しばらく待っていると、その家の住人が顔を覗かせる。


「あっ、殿下。お待ちしていました」


 そう告げながら、アスマを敬うように頭を下げたのは、作家のアーサーこと、アサゴだった。アサゴはアスマが用件を伝えるよりも先に動き出し、そそくさと二人を家の中に招いてくれる。


「ごめんね、少し遅くなって。いろいろと起きちゃって、来る時間がなくて」

「いえいえ、わざわざ殿下が来てくださるとは思ってもみませんでした」


 アサゴは恐縮しながら、部屋の中に積まれた紙束などを退かし、部屋の奥から椅子を取り出している。


「どうぞ、座ってください。今、お茶も出しますね」

「そんなに気を遣わなくていいよ」


 アスマは慌ててかぶりを振るが、アサゴはスイッチを押されたように止まらなかった。本人がそうしたいと思っているなら、それを無理に止める必要もない。アスマは困ったように笑いながら、イリスと共に椅子に座って待つことにする。


 その間、部屋の中を見回してみると、積まれた紙束は小説の原稿のようだった。アスマの知らない話で、中身はかなり気になるが、今後、本の形として出た時を待とうと決めて、アスマはそちらから目を逸らす。


「すみません。散らかっていて」


 アサゴが紅茶の入ったカップをテーブルに置きながら、アスマとイリスにそう声をかけてきた。


「調子はどうなの?」

「まあ、何とも。三歩進んでは二歩下がって、を繰り返していますね」


 元々、この世界ではない別の世界から来たというアサゴは、その世界で好きだった小説を元に、アーサーとして小説を書いてきた。言ってしまえば、原作者のいない盗作である。


 ただ急にこの世界に放り出され、生きる手段のなかったアサゴの立場も考えれば、それを咎めることも難しく、何より、アサゴを介さないとこの世界で読めない物語であるなら、それをここで記すのも問題はないだろうと、アスマ達は特に問題にすることはなかった。


 それでも、アサゴの中に思うところはあったのか、最初から最後まで自身で考えたオリジナルの小説を書くとアサゴは決めたらしく、現在はその小説を執筆している最中だった。


「少しずつでも進んでいるなら良かった」


 完成した時には真っ先に読ませてもらう。その予定のアスマだが、今回は別にアサゴの作品が完成したのか確認しに来たわけでも、執筆を急かしに来たわけでもない。ここを訪れたのには、別の目的があった。

 アスマは出された紅茶に口をつけ、それから、本題に入ろうとアサゴに目を移す。


「それで、今日はお願いしてた新聞の記事の件で来たんだ」


 発端はウルカヌス王国の騎士、ガイウスが持ち込んだ噂話だった。


 ウルカヌス王国内で、不治と言われた病を治す謎の人物がいたらしい。その人物はやってきた方角と、治療の際に見せた技術から、東の魔術師と呼ばれ、ウルカヌス王国の中で噂として語られているそうだった。


 その東の魔術師の話が本当なら、もしかしたら、ベルの身体を元に戻す手段を知っているかもしれないとアスマ達は考え、その東の魔術師について調べてみることにした。


 そこで喫茶パンテラに通う女の子、キナとの話の類似性から、東の魔術師がエアリエル王国を訪れている可能性にアスマ達は気づき、その可能性の真偽を確認するために、同様の噂がないか調べてみることになった。


 その手段がアサゴにお願いした新聞の記事だった。新聞の記事に東の魔術師に関する噂を記載し、それと同様の話を見聞きした人物がいないかと話を募ったのだ。

 その結果をアスマはまだ確認しておらず、今日の来訪はそれが目的だった。


「何か分かった?」


 アスマが聞くと、アサゴは苦々しい顔でかぶりを振った。


「あの記事に対する投稿自体はあったそうなのですが、変な噂を載せたことに対するクレームとか、噂の真偽を聞いてくるものとか、噂が本当なら自分もその人物に興味があると言ってくる人がいたくらいで、あの噂と同じような話は確認できませんでした」

「う~ん、やっぱり、そうか……まあ、そう簡単に見つからないよね」

「そもそも、送られてきた投稿自体が少ないそうなので、母数を増やすという意味では、報酬を払うことも考えてはみたのですが、その場合は報酬目的の虚偽報告が増えるかもしれません」


 単純に母数が増えれば、その記事自体も王都に広まるだろう。そうすれば、新聞を読んでいなかった人にも話が伝わり、その中から同様の噂が発見される可能性自体は存在する。


 が、報酬の支払いは同時に、湧いてくる嘘を見抜く必要が出てくる。類似の噂全てに報酬を支払っていたら、国の宝物庫を開いても足りない量の報酬が必要になるかもしれない。


 現実的に考えて、それだけの報酬を払うことも、それだけの報酬を払わないように、集まった噂の真偽を見極めることも、同様に難しい。


「いや、そこまでしなくていいよ。ありがとう」


 アスマはそう御礼を言いながら、ここに来た一つ目の目的である記事の成果の確認はこれで終わりかと考えていた。ここで何かが分かれば、それはそれで良かったのだが、そうならなかったのなら、アスマは次の目的に移る必要がある。


「それで記事のことなんだけど、ありがとう、もう大丈夫そうだから、取り下げてもらえるかな?」


 アスマの問いかけにアサゴはやや驚いたように目を丸くしていた。


「それはどうして? 何も分からないから、もう必要ないということですか?」

「あっ、いや、そういうことじゃなくて、ちょっといろいろあって、状況が変わってきたんだよ」


 そう説明しながら、アスマはちらりとイリスに目を向ける。東の魔術師に関する話はベルの身体にまつわる問題と共に、ガゼルの発見によって、新たな可能性が浮上していた。それもあって、アスマ達はガゼルの齎した可能性が十分に考えられるものだと判断したのだが、その可能性について、どこまで口にしていいのかアスマは分かっていない。


「噂に関して、別口で分かったことがありまして、一度、そちらから調べてみることになったんですよ」


 アスマの視線から察したらしいイリスが代わりに説明してくれて、アスマは慌てて合わせるように何度も大きく首肯する。


「そ、そうなんだ」

「そうだったのですね。では、さっき仰っていた、いろいろとは、その新しく分かったことに関することなのですね?」

「ああー、まあ、そうだね」


 アスマがこの家を訪れて、最初に口にしたいろいろの中には当然、ガゼルの発見に関するごたごたも含まれている。そこから、東の魔術師に関する新たな可能性も分かったので、アスマの言っていることはもちろん嘘ではない。


 が、天性の隠しごとの苦手さが相俟ってか、アスマの発言はとても嘘くさく見えた。これでは変に疑われると思ったのか、イリスが先んじて手を打つように、アサゴの質問に対する返答をしてくれる。


「具体的には話せないのですが、王国自体に関わる話がいくつかありまして、その中にご依頼した噂に似た話が確認されたんです」

「ああ、そういうことなのですね。それでしたら、あまり深く聞かない方がよろしいですよね。すみません」


 アサゴが申し訳なさそうに頭を下げて、アスマは問題ないと慌ててかぶりを振っている。


 内容までは触れられないが、外部には話せない話があるというところまで触れることで、その先には入らせないようにする。できれば、アスマもやりたかった手法だが、残念なことにアスマはそのラインが良く分かっておらず、下手に近づけない状況にあった。イリスがいなければ、全部を話していたか、全部を隠して怪しまれていたか、その二択しかなかったかもしれない。


「では、具体的には分かりませんが、噂の調査、頑張ってください。陰ながらに応援しています」

「ああー、うん、ありがとう」


 そう礼を言ったアスマだが、この時のアスマは応援されるべきは自分ではなく、取り敢えず、竜とのコンタクトのために話を進めているはずのハイネセン達の方ではないかと考え、また嘘くさい返答になってしまっていた。

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