次に進む覚悟(8)

 荷物を店の奥に置きに行ったフーを見送って、エルは店内を僅かに見回した。フーの営む魔術道具屋はいつ来ても、フーの営む魔術道具屋というイメージを脱却することがない。僅かに陰鬱とした雰囲気すら感じさせる店内は、何も知らない人が見れば怪しいとしか思えない物が立ち並んでいる。

 それらを眺めながら、エルは店の奥に消えたフーに問いかけるように声をかけた。


「何を買ってきたの?」

「魔術道具に使う材料だよ。何でもかんでも使い始めて、切りがないよ」


 誰かに苦言を呈するように言いながら、フーが店の奥で慌ただしい音を鳴らした。物を片づけている音らしいが、泥棒が物を漁っているようにしか聞こえないところがフークオリティーだ。

 その返答に相槌を打ちながら、エルは店内に置かれた物を見回したり、手に取ったりして、フーが戻ってくるのを待った。


 少しすると物を片づける音も静かになって、店の奥からフーが僅かに目を覗かせて聞いてくる。


「何か飲み物でも飲むかい?」

「フーの用意する物?ちょっと遠慮しようかな」


 フーが出す飲み物と聞いて、普通にコーヒーや紅茶の類が出てくるとは思えない。ウシガエルの煮汁など出された日には、どのように飲んだフリをすればいいのかも分からない。口に近づけることすらきついものだ。


「そうかい。意外と遠慮するんだね」


 フーが感心したように言っているが、遠慮というよりも警戒である、と言いそうになる気持ちをぐっと押さえて、エルは黙ってフーを待った。


 僅かに店の奥から水の音が聞こえたかと思えば、フーがコップを一つ手に持って、店の方に戻ってくる。

 結局、自分の飲み物は入れてきたようだ。


 それを呷りながら、フーが店の奥のカウンターに座ると、エルを促すように見てきた。


「それで話って何だい?」


 その問いにエルは手に持っていた魔術道具を元の場所に戻し、フーの前に移動した。


「最近、王城はいろいろと落ちつかなくてね」

「何かあったのかい?」

「まあ、いろいろだよ。話せることも話せないことも、いろいろとあって、まあ、俺が関わっていないことも多いんだけどね」


 カウンター傍に置かれた椅子を発見し、エルはそれをフーの前に移動させてから、そこに腰を下ろした。


「そういう変化が気持ちの変化を生むというか。結構、周りの様子も変わってきてね。それに釣られて、俺もいろいろと考えてしまうことが増えたんだよ」

「あんたが考えること?」


 そう怪訝げに呟いてから、何に思い至ったのか、僅かに眉を動かし、フーは持っていたコップに口をつけた。


「病気のことかい?」


 そう言われ、エルは僅かに驚いた顔をする。


「半分正解。だけど、意外だね。フーが半分とはいえ、当ててくるなんて」

「何だい、その反応は。私は人の気持ちも読めない無責任な女だと言うのかい?」

「そうは言ってないよ。ただ、俺は見せないように振る舞っているつもりだったんだよ」

「そういうことかい」


 エルの言い方に納得したように頷いて、フーは小さく溜め息をついた。


「あんたが何を隠そうとも、それが分からない関係じゃないだろう?」

「分からない関係じゃない……まあ、そうだよね」


 既に真面に長さを考えられないほどに付き合いは長くなった。今のエルの周囲にいる人の中では、最も長い関係性かもしれない。


「それで正解したのは半分だけかい?」

「まあね。確かに病気のことは考えたけど、それは副産物的なもので、一番俺の頭に残ったのはそれじゃなかったんだよ」

「何だい、回りくどいね。話したいことっていうのはそのことじゃないのかい?」


 エルの言い回しにフーが面倒さを覚えたようにそう言い出し、エルは言葉に詰まった。


「まあ、そうだね。そうなんだけどね……」

「どうしたんだい?」

「いや、意外と一歩目を踏み出せても、二歩目が続かないこともあるんだなって、あまりしない発見をしていたところだよ」


 エルの発言にフーは眉を顰め、何を言っているのかと表情だけで語ってきた。その表情を眺めながら、エルは問題の外側を大きく迂回するように歩き回ることはやめて、そろそろ、核心に歩を進める時だと決意する。


「フーは最近、どういう様子?」

「何だい、急に?」


 話の矛先が唐突に自分に変わったことにフーは面食らった様子だった。


「店の調子はどう?」

「心配しないでも、ちゃんとカツカツだよ」

「ていうことは、潰れるほどじゃないんだね」


 エルが僅かに笑いながら、店に並べられた魔術道具の方に目を向ける。


「魔術道具が増えたよね。人を増やしたんだっけ?」

「まあね。そいつが作るから、材料の消費も激しいんだよ」

「変わった術式の組み方だよね。そこに置かれた二式魔術なんて、前にこの店に来た時に初めて見たくらいだ」


 そう言いながら、魔術道具の一つを指差し、エルはふと懐から目隠しを取り出した。それを見せるようにフーの前で持ち上げる。


「何だい、それは?」

「これ。アスマ殿下にお土産で貰ったものなんだけど、俺がオリジナルの術式を描いたんだ。これまで作ったことのない新しい魔術に挑戦」

「それがどうしたんだい?珍しく、失敗でもしたのかい?」

「おお、また半分正解。最初は失敗したんだよ。慣れない魔術で、勝手が分からなくてね。だから、参考資料を求めて、行ってみることにしたんだ」


 そう言ってから、露骨にエルの言葉が止まり、空気を深く吸い込んだことにフーは違和感を覚えたのだろう。怪訝げに眉を顰め、エルの顔をじっと見つめてきた。

 もしかしたら、既に察したのかもしれない。そう思いながらも、エルは言葉を止めない。


「師しょ……に」


 その一言にフーが反応し、一瞬、表情を険しいものに変えた様子を確認してから、エルは取り出した目隠しを再び仕舞って、さっき指差した魔術道具を手に取った。


 フーが荷物を置きに店の奥に向かった際にも、この術式を確認したのだが、それはエルがこれまでに知らない組み合わせ方をした二式魔術で、ライトを連れてこの店を訪れた際、初めて見た物だった。


「ここでこの二式魔術を見て、見たことのない術式の組み合わせだったから、強く頭の中に残ってたんだ。だから、一目見た瞬間に分かったよ」


 そう言いながら、エルの記憶が前回の来店時から、昨日、ガゼルの部屋に入った際に進み、そこで見た光景の一部を頭の中に思い浮かべる。


「ガゼルの部屋にあった二式魔術はだった」


 エルが手に持っていた魔術道具からフーに視線を移すと、フーは僅かに震える瞳でエルをじっと見つめていた。

 その視線を正面から見つめ返し、エルがここに来た目的をようやく告げる。


「フーがの?」


 エルの問いにフーはすぐに言葉を発しなかった。少し離れた位置に立つエルにも、はっきりと聞こえる音で呼吸を繰り返し、荒々しく興奮したような様子を見せていく。


「何を言ってるんだい?」

「フー、正直に答えて欲しいんだ。ここでガゼルを匿ってるよね?これらの魔術道具を作ったのが、ガゼルなんだよね?」

「だから!」


 唐突にフーがカウンターを叩きつけるように立ち上がり、普段は絶対に出さない声を発した。


「何を言ってるんだい!意味の分からないことを宣うなら、さっさと帰りな!営業の邪魔だよ!」


 フーがエルを店から追い出すように激しく捲し立て、エルはフーを止めるように叫び返した。


「フー!ここにガゼルがいることは分かってるんだ!下手に誤魔化して、俺を失望させないでくれ!」

「何だい、失望って!何が失望するんだい!あんたは誰に物を言っているのか、分かってるのかい!あの人はあんたの……!」


 フーがエルに言いつけるように叫ぼうとした瞬間、僅かに店の奥から足音が聞こえ、エルとフーは同時に動きを止めた。


「喧嘩をするな。お前達が喧嘩をする姿など見てられない」


 その一言にエルもフーも動揺した目を店の奥に向け、そこから、ゆっくりと出てくる人物をじっと見つめる。


「もういい。もう隠せない」


 そう諦めたように言うエルの知らない男の顔が僅かに揺らめいたかと思えば、次の瞬間にはその下からが現れていた。

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