次に進む覚悟(7)

 ガゼルは王都にいる。その発言をエルに聞かれたかもしれないことを悟り、ベルとアスマは慌ただしく、王城内を移動していた。ライトが目撃したというエルを追跡し、何とか早まった行動を止めようと考える。


 しかし、ライトが目撃してから、ベル達がエルの存在を知り、エルに話を聞かれた可能性を悟るまで、若干のタイムラグが存在した。

 エルは既にベル達がすぐに追いつける場所にはおらず、そこから、どこに向かったのか分からない状態だった。


 下手に移動し、エルとすれ違ったら一大事だ。向かう先は慎重に選ぶ必要があり、ベル達は少し考えた後、最も可能性が高いと思われるエルの部屋に向かうことに決めた。


 ガゼルが王都にいると知っても、それを聞いた足で探しに行くとは考えづらい。エルのことだから、一定の準備は済ませるだろう。

 その場として、自室以外に考えられる場所はなく、そこならエルを引き止められるかもしれない。


 そう考えたベル達はエルの部屋を訪問するが、アスマが何度、ドアをノックしても、エルの部屋からエルの声が返ってくることはなかった。


「いないみたいですよ?」


 エルの目撃情報を教えてからも、ベル達と一緒に行動していたライトがそう口にした。焦るベルとアスマの様子に何があったのかと心配した様子だったので、ベルは少し迷ったが、オーランドの手帳のことを正直に白状し、今のライトもエルが聞いてしまったことを理解している。


「帰ってきてないか、既に部屋を出たか、どちらかだな」


 ベルが目の前に提示された可能性を見比べながら、そのどちらかと考えつつ、そのように口にすると、アスマが不安げな表情で再びエルの部屋のドアをノックした。

 アスマがそのノックにどれだけの願いを乗せているのかは分からないが、どれだけノックしても、既に部屋の中にいない様子のエルには届かない。


「これはもう王城を出て追いかけるしかないのでは?」


 ベルに目を向けながら口にしたライトの発言にベルは首肯し、オーランドの手帳を取り出した。

 ガゼルの居場所は判然としないが、この中で目撃された場所は判明している。その場所に向かうことでエルを発見できるかもしれない。


 そう思ってから、ベルは気がついた。


「待て。エルはどこに行った?」

「え?」

「はあ?」


 アスマとライトが怪訝げにベルを見てきた。


「何を言ってるの、ベル婆?ガゼル様を探しに行ったって話でしょう?」

「いや、普通に考えるとそうなんだが、なあ、アスマ。私とお前で手帳を見た時、どっちかか?」

「……あ」


 ベルからの問いかけにアスマは気づいたらしく、ハッとしたような顔をした。


「え?何?殿下とベル婆は黙って手帳を読んでたってこと?」

「ああ、そのはずだ」

「なら、エル様はガゼル様の居場所の候補すら知らないってこと?」

「そうなる」

「じゃあ、どこに行ったの?」


 目の前のエルの部屋のドアを指差し、ライトが首を傾げながら聞いてきた。


「それを私も不思議に思ったんだ。エルはガゼルが目撃された場所すら知らない。それなのに、私達が部屋に駆けつける前にいなくなっている。まさか、王城の他の場所に行っているとか、王都の他の場所に目的地があるとか、そういう話じゃないよな?」


 今回の一件とは関係なく移動していましたと言われたら、それはそれで良かったと言うべきなのかもしれないが、この状況でそれがあり得るとは思えない。


「気持ちが先走って、王城から出ちゃったのかな?」


 心配そうなアスマがそのように言うが、そこまで子供染みた行動をあのエルが取るとは思えない。特に師匠であるガゼルと対面するというのなら、一定の準備くらいは整えるはずだ。

 それが必要であることを理解していないとは到底考えられないので、準備を怠ったとも思えない。


 ベルとアスマが考え込んでいると、珍しく、真面目な表情をしたライトが口元に手を当てながら、エルの部屋をまっすぐに見つめていた。


「エル様の行動パターンを考えるに、流石に無策で向かったとは考えづらいよね?」

「それはそうだと思う。どんな形でも準備する男のはずだ」

「となると、パッと思いつく可能性は二つだな……」

「二つ?二つも思いついているのか?」

「まあ、天才なもんで」


 急に鼻を高くしたライトに苛立ち、ベルは拳か足を振るおうかと考えたが、今はそれどころではない。個人の感情よりも情報を優先するべきだと考え、ベルは得意げなライトを許すことにし、話すように促した。


「どんな可能性なんだ?」

「一つは居場所が分からなくても特定する方法がある可能性」

「特定する方法がある?」

「現代最高の魔術師と言われているくらいだから、もしかしたら、俺達の知らない魔術で隠れているガゼル様を見つけ出せるのかもしれない」

「それは……全くないわけではないが」


 もしもそれが可能であるなら、ガゼルが姿を消した段階でエルが行っているはずだ。その段階で王都の中に潜んでいるというガゼルを見つけ出していただろう。


 それがなかったのは、そのための手段がないということなのではないかとベルが考えていたら、流石にそれくらいのことはライトも分かっていたらしく、同意するように頷いてきた。


「正直、この可能性は薄いと思う。手段に時間がかかる可能性もあるから、全くないわけじゃないけど、手段があるなら、周りの人間に話していそうだし、これはあくまで可能性があるだけ」

「もう一つは何なんだ?」

「こっちは……いや、こっちも推測が入るから、可能性があるだけなのかもしれないけど、ベル婆の話を聞いて、ない話じゃないかもとは思ったんだ」

「私の話?」


 怪訝げに眉を顰めるベルにライトは頷いてから、もう一つの可能性を口にした。


「心当たり?いや、それはないだろう。あるなら、もう既に探しに行っているはずじゃ……」


 そこまで言ってから、ベルはガゼルが王都にいる可能性を知りながら、オーランドの手帳を開くことなく、こっそりと隠していた自分の姿を思い出した。


「心当たりくらいなら、他人にいるかもしれないと任せるのは心苦しい。確認しに行くとしたら自分だけど、そこにもしも本当にいたら、ガゼル様と対面することになる」

「だから、躊躇っていた……?」

「可能性はゼロじゃないと思ったんだけど、どうかな?」


 ライトの問いにベルとアスマの表情は強張っていた。


 確かにその可能性が全くないわけではない。定まらなかった覚悟をベルの発言が定めた可能性もある。

 ベルとアスマがガゼルを探し出し、自分よりも先に逢う可能性があるなら、その前に逢っておかなければならない。そのように考えた可能性は高かった。


「もしもそうだとしたら、エルは何をしに行くと思う?」


 アスマがベルとライトの顔を見比べながら、そのように質問してきた。


 何をしに行くかと言われても、今のエルの気持ちはベルやライトに想像できるものではない。エルとガゼルの関係性の上に成り立つ感情を知っているのはエルだけだ。


 押し黙る二人の姿にアスマは焦ったようにベルに言ってくる。


「早く!エルを止めないと!」

「それは分かってるが……」


 エルの心当たりがどこか分からない以上、エルを止められるとは限らない。

 唯一、可能性があると分かっている場所も、エルの心当たりと重なっているかは分からない。


「まあ、心当たりが正解かは分からないし、取り敢えず、ガゼル様を目撃した場所に行ってみるのはいいかもしれない」


 ライトがそのように口にし、ベルは確かにそうだと首肯した。ここにいるよりはガゼルが目撃された場所に向かった方がエルを止められる可能性は高くなる。


 そう考えたベルが手帳を開き、その場所を再度、確認しようとした。オーランドの記した場所を読み取ろうと、ベルの後ろにはアスマとライトも回り込んでくる。


「あれ……?」


 そこで不意にライトが声を出した。

 その声にベルとアスマは思わず目を向ける。


「どうした?」

「いや、この場所……行ったことがあるような……」


 そう呟いたライトが何かを思い出すように考え込み、それから、探していた記憶を発見したのか、不意に声を漏らした。


「あっ」


 その時のライトの表情はやや明るく、何か大切なものを発見したような顔だった。



   ☆   ★   ☆   ★



 買い出しから帰宅した時のことだった。閉じたはずの扉が僅かに開かれ、何者かの侵入を物語っていた。出た時に鍵をかけたはずだが、その鍵も壊されたわけでもないのに開いている。


 誰だ。その疑問と共に侵入者の用いた侵入手段の異様さに警戒しながら、ゆっくりと扉を開いて、店の中に足を踏み入れた。

 足音を立てないように慎重に足を進めながら、侵入者の所在を確認しようとする。


「おかえり」


 そこで不意に声が聞こえ、口から飛び出そうになる心臓を押さえながら、慌てて振り返った。


 そこに立っていた顔はとても見知ったもので、心の底から安堵しながら、大きく息を吐き出した。


「そんなところで何をしてるんだい?いくらお前でも、勝手に店に入るなんて、非常識にも程があるよ、


 咎めるように言うと、そこに立っていたエルはやや申し訳なさそうに微笑み、軽く頭を下げた。


「いや、ごめん。留守だったから、中で待とうかと思って」

「まあ、お前だから大目に見るよ。他の人がやったら、すぐにバラバラにして魔術の贄にするけどね」

「いや、普通に衛兵に突き出しなよ、


 エルの苦言に小さく笑い声を上げ、フーは手に持っていた荷物をエルに見せた。


「買ってきた物を置いてくるから、ちょっと待っていてくれるかい?」

「ああ、どうぞ。待つよ。少しゆっくりと話をしたいんだ」


 そう呟いたエルの表情は僅かに曇ったものだったが、そのことにフーは気づかなかった。

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