東の使者(9)
ここまでの調査の中で前提としてきた条件が崩れ、ここまでの調査が正しかったのか疑念が生じたこともあって、アスマ達は一度、考え直すために王城へ帰ってきた。
ベルが頼んできた噂の調査に関しても考えはしたが、噂に含まれる情報に一定の疑念が生じた段階だ。噂を嘘だと断定していないにしても、正体をもう少し掴まないと、目的の噂に辿りつけない可能性すらある。
「鉱石じゃないけど鉱石に見える、見たことのない物体」
「そんなものありますかね?」
確認するように呟いたアスマの言葉に、イリスが疑問を吐くと、その場にいる全員が険しい顔をして、ゆっくりと首を傾げた。
そこが分かれば、そもそも噂に辿りついている。それは正にそうなのだが、可能性すら思い浮かばないところを見ると、本格的に噂の真偽が怪しくなってきた。
しかし、噂が嘘だったと思うことにしても、その証明は噂の実態を掴む以上に難しいことをイリスは理解している。
嘘である証明のためには真実を暴き出す必要があるが、この場合の真実はウルカヌス王国に転がっているものだ。何だったら、その真実が探して見つかる位置に置いてあるとも限らない。
東の魔術師の噂の一端をエアリエル王国でも発見できれば、それだけで噂の信憑性は高まる。それと比べて、嘘だと断定することの難しさは計り知れない。
第一、アスマが嘘だと考え、行動することなどあり得ないと思いながら、その場に立つ四人が揃って悩んでいると、その場に駆け寄ってくる足音が耳に届いた。
アスマ以外の三人の視線が自然と動き、その足音の方に目を向けると、そこには汗だくのテレンスの姿がある。
「で、殿下……ここにおられましたか……」
駆け込んできたテレンスが落ちつくように大きく息を吸いながら、そのようにアスマに声をかけた。その声にアスマの視線がようやく動いて、駆けてきたテレンスを見やる。
「ああ、テレンス」
「そ、そのですね、殿下……少々、お話ししづらいのですが、実は……」
「ああ、ごめんね、テレンス」
額の汗を拭きながら、心底言いづらそうに口を開くテレンスの姿を見て、アスマが苦笑を浮かべながら、謝罪の言葉を口にした。
「お願いしたことだけど、何も見つからなかったよね?あれ、間違ってたんだよ」
「間違っていた……?」
きょとんとするテレンスに頷き返し、アスマはカブから指摘された別の可能性のことを話した。
「だから、何も分からなくて当然だよ。ごめんね。もう少し、こっちで調べてから、テレンスに裏取りをお願いするよ」
申し訳なさそうに謝罪するアスマをきょとんとした顔で見つめ、しばらく固まっていたテレンスだが、ゆっくりと浸透するようにアスマの言葉を理解したのか、不意にハッとしたかと思えば、ぶんぶんとかぶりを振り始めた。
「いえいえ、そういうことですか……!?こちらこそ、お力になれず大変申し訳ございません……!」
「ううん、ありがとうね。片づけ頑張って」
アスマが申し訳なさそうに微笑み、テレンスを見送ると、テレンスはお礼の言葉を口にしてから、その場を立ち去っていく。その後ろ姿が一瞬、小さくなったように見えたが、恐らく、何も見つからなくて、相当に困っていたのだろう。
テレンスに申し訳ないことをしたとイリスも思いながら、さっきテレンスに告げたアスマの言葉を思い出し、アスマに目を向けた。
「こっちで調べると仰ってましたけど、何か当てとかあるんですか?」
「当てというか、まだキナちゃんから話を聞いてないからね」
話の類似性から関係があるのではないかと考えられているキナ。そこから話を聞ければ、確かに少しは新たな情報が得られるかもしれない。
「だから一度、パンテラに行って、キナちゃんから話を聞いて、それから次を考えよう」
まだ解決できていない疑問は多いが、行動しないことには考えも進まない。そう言うようにアスマが次の行動を決定し、イリスが賛同するように首肯した直後、ガイウスが静かに頭を下げた。
「アスマ殿下。申し訳ありませんが、私はここで失礼させていただきます」
「あれ?何かあった?」
「虚繭について、何か分かればいいと、少しの自由を頂きましたが、私は特使として、この国を訪れた身ですので、実はまだ少し帰るまでに果たさなければならない仕事があるのです」
「ああ、そうなんだね」
アスマへの説明を終えたガイウスが僅かにシドラスに目を向け、シドラスは小さく首肯する。王城という場をガイウスが一人で歩いて問題になる可能性がある上に、ガイウス一人で王城の中を迷わずに歩ける保証もない。
シドラスが付き添うのかとイリスが思っていると、ガイウスが再度、アスマに軽く頭を下げた。
「もしかしたら、ここで殿下とは最後になるかもしれませんので、別れのご挨拶を。いろいろと大変お世話になりました」
「い、いいよ、別にそんなの!?こっちもいい情報を貰ったし!?」
「いえいえ、そうはいきませんよ。またウルカヌス王国にお越しになる際はぜひ、王女殿下をお訪ねください。王女殿下も大変喜ばれます」
「ソフィア?うん、分かったよ」
そう言いつつ、ガイウスが自身の仕える主であるハムレットではなく、ソフィアの名前を出したことに疑問を懐いたらしく、アスマはやや不思議そうに首を傾げていた。
その前で三度、頭を下げたガイウスがシドラスと共に王城の中を歩き始める。その姿を見送ってから、アスマはイリスに声をかけてくる。
「じゃあ、俺達もベルを迎えに行こうか」
そうアスマが告げる頃、ベルが仕事を終える予定の時刻となっていた。
☆ ★ ☆ ★
仕事を終え、一人で考え込むベルの名前を遠くから呼ぶ声が聞こえた。
「ベルー」
その聞き慣れた声に顔を動かせば、遠くで手を振るアスマと、その隣に立つイリスの姿が見える。
その姿を確認したベルが廊下を歩き出し、向こうから駆け寄ってくるアスマ達とその中央で顔を合わせた。
「パンテラに行こう」
開口一番、それが決定していたかのようにアスマが口にし、ベルは苦笑を浮かべるが、それ自体を否定するつもりはなかった。
ただ一つ、ベルは気になることがあり、その行動の中で一つ目的としていたことが見当違いな可能性が存在すると考えていた。
「実はそれで一つ言っておきたいことがあるんだが」
ベルがそのように切り出すと、アスマとイリスが不思議そうに顔を見合わせ、そのままベルに目を向けてくる。
「実は俺達も一つある」
「お前達も?何だ?」
「ベルからいいよ」
アスマに促され、ベルは王城でギルバートとタリアの二人と逢ったことを話した。ガイウスを探していたらしく、ウルカヌス王国での一件から、かなり気まずかったと伝えると、アスマが楽しそうに笑っている。笑いごとではない。
「それで、その時に噂のことを聞いたんだが、鉱石について一つ指摘されたんだ。王都に特殊な鉱石は持ち込めないか、特別な許可がいるから、その東の魔術師が王都を訪れた可能性は低いって」
ベルからの報告を聞いたアスマとイリスが顔を見合わせ、驚くのかと思ったが、何を納得したのか、「なるほど」と声を揃えていた。
「何だ?どうした?」
「いや、実はこっちの話も鉱石に関わることなんだよ」
そこでアスマは鍛冶職人であるカブから指摘されたという、鉱石に関する疑問をベルに話してきた。
「素人が見たことないと断定できる鉱石はおかしいか……確かに言われてみたら、どうして見たことないと言われてるんだろうな?」
「それで、さっきのベルの話と合わせて思ったんだけど、やっぱり、イメージする鉱石の形で持ち歩いてないんじゃないかな?」
「イメージする鉱石の形ではない?じゃあ、どういう形だ?」
ベルから質問を投げられ、アスマはそれを避けるように首を傾げた。
「それは分からないけど、使う時にはちゃんと鉱石に見えるけど、普段は鉱石に見えないものになっていて、王都に持ち込むことができた。そんな可能性はない?」
「可能性と言われても、それはもう頓智にしか聞こえない」
子供に出す謎々であるまいし、そこまで都合の良い物質があるとは思えない。
「取り敢えず、キナちゃんから話を聞いて、東の魔術師が王都に来たのかどうかを確定させよう。そうしないと、この話し合いも無駄かもしれないから」
アスマにしては真面なことを言うと思いながら、ベルはその言葉に首肯し、議論をそこで切り上げた。
三人は目的地をパンテラに定めて、王城の中を移動し始める。
その途中、ベルはアスマの言っていたことを思い返し、それに当てはまる物質を考えていた。
(いやいや、流石にないだろう……)
しかし、ベルの思考は解答を見出だせず、そう思いながら考えを捨て去るように、かぶりを振った。
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