東の使者(8)
アスマに噂の調査をお願いし、仕事に集中し始めたこともあってか、ベルは最初、聞こえる声の意味まで理解していなかった。
声が何度か続いて、音が近づけば近づくほどに、ベルの頭の中に言葉が残るようになって、ようやくそこでそれが自身の名前を呼ぶ声であることに気づく。
「ベルさん」
その声に顔を上げると、そこにはギルバートとタリアが揃って立っていた。
誰かに声をかけられていると理解してから、ギルバートの顔を確認するまでの間に、声をかけてくる候補を頭の中に自然と思い浮かべていたが、その中にギルバートの姿はなく、顔を上げたところでベルは驚いてしまう。
「ギルバート卿!?どうしてここに!?」
「実は最近、抱えていた仕事がようやく終わりそうでして、その報告をしに来たところだったんですよ。これでようやく少しは落ちつけそうです」
ほっと胸を撫で下ろすように呟くギルバートを見ながら、ベルは不思議そうな視線をタリアにも向けていた。
二人が王城にいる理由は分かったが、仕事中のベルに話しかけてきた理由がいまいち分からない。アスマのいない状況でギルバートと対面することなど、これまでにほとんどないことだ。
その緊張感から何かと思っていたら、タリアがベルの視線から察してくれたのか、さっとギルバートに耳打ちしてくれていた。
「ギルバート様。本題に……」
「あ、ああ、そうだね。実はベルさんに一つ聞きたいことがありまして」
「私に?」
「はい。ベルさんも殿下と一緒にウルカヌス王国へ向かわれたのですよね?」
ギルバートの口からウルカヌス王国の名前が飛び出し、やや驚きながらもベルは首肯した。
「今はそのウルカヌス王国からの特使が来ているそうで、少し気になっているのですよ」
恥ずかしげに説明するギルバートに相槌を打ちながら、ベルはガイウスの顔を思い出していた。雰囲気から察するに、仕事上での何かというわけではなく、単純な好奇心で逢ってみたいと思っているのだろう。
こういうところはアスマがギルバートと波長が合う理由だとベルは思う。
しかし、ベルとしてはギルバートにガイウスを紹介できない理由が一つあった。多少の気まずさを感じ、ギルバートとタリアに目を合わせることができないまま、何となく、それっぽい頷きを返しておく。
「ああ~、でも、今は王城にいないかもしれないなぁ。ギルバート卿には申し訳ありませんが、ガイウスを逢うとしたら、また別の機会ですねぇ」
「ああ、そうですか。まあ、特使で来たくらいですから、忙しいことでしょう」
少し残念そうにしながらも、納得した素振りを見せるギルバートに、ベルは心の中で謝罪の言葉を口にした。
未だギルバートとタリアには話せていないが、ベルとアスマはウルカヌス王国で二人の名を騙った経歴がある。
そこに触れられると、何とも言えないことにしかならないので、ベルはできるだけガイウスを二人から遠ざけたい気持ちにあった。
「それなら、また機会があれば」
「ああ、そうしてください」
罪悪感を覚えながらも、ギルバートにそう告げてから、ふとベルはアスマに託したことを思い出し、ギルバートとタリアの顔を見た。
エアリエル王国の武器の流通に関わるスペードの一族の当主であるギルバートだ。その耳には多方からの話が入るに違いなく、ベル達の知らない話も知っているかもしれない。
もしかしたら、東の魔術師の噂も聞いているかも、とベルは考え、立ち去ろうとするギルバートとタリアを呼び止めた。
「ギルバート卿!こちらからも一つ質問をしてもよろしいですか?」
「はい?どうされました?」
不思議そうに振り返ったギルバートに東の魔術師の噂を話し、その噂がエアリエル王国でも流れていないかとベルは質問する。
全く同じ内容でなくとも、類似した話なら東の魔術師と同じ存在である可能性が考えられるので、そこまでギルバートに思い出そうとしてもらうが、ギルバートの反応はあまり芳しくない。
「申し訳ないですが、そのような噂は聞いたことがありませんね」
「そう、ですか……」
「その東の魔術師とやらはこの王都を訪れたのですか?」
「その可能性があると思っています」
キナの話との類似性を考えるに、東の魔術師が王都を訪れている可能性は十分に考えられる。
そうベルは思っていたのだが、その部分にギルバートは不思議そうな顔をした。
「だとしたら、少し変ですね」
「変?どの辺りが?」
「見たことのない鉱石を所持していたという話ですが、そういうものは商品の流通に影響が出る可能性があるので持ち込めないか、特別に許可がいるはずなのですが、全く聞いた覚えがないので」
「持ち込むために許可?」
確かに言われてみたら、特別な鉱石があったとして、それを王都内で販売される可能性がある以上、王都に入る際の検問で引っかかる可能性が高い。
仮にそこをすんなり通れたとしたら、それは衛兵達が見逃してしまったことになる。
(そんなことがあり得るのか?)
ギルバートの疑問から生まれた可能性に首を傾げ、東の魔術師に対する情報が得られるどころか、ベルの中で謎は深まる一方だった。
☆ ★ ☆ ★
辿りついた鍛冶屋でカブの名前を出せば、すぐにアスマ達の前にカブが姿を現した。
「何だ?借金なら、最初からしてないけども!?」
開口一番、語気強めの言葉が発せられ、面食らったイリスの隣でシドラスとガイウスが苦笑する。恐らく、四人が違う形でサリーの旦那であることを納得した瞬間だ。
「いやいや、俺達はサリーちゃんの紹介で来たんだよ。ほら、俺、アスマ」
そう言いながら、アスマが自分の顔を指差すと、じっと穴が開くほどに見つめてから、カブは納得したように笑顔で頷き出した。
「本当だ。良く見てみたら、殿下じゃないですか。妻が世話になっているようで」
「寧ろ、お世話になって、ここに来たんだけどね」
さっきまでの雰囲気は綺麗に消え去り、明るい雰囲気になったカブに安堵しながら、アスマ達は早速、カブにここを訪れた理由を説明することにした。
「実は凄腕の鍛冶職人であるカブさんに聞きたいことがあって」
「おおっ!?何度も聞いてくださいよ、殿下!」
いつの間にか達者になったアスマの口がカブの気分を上げ、カブは分かりやすく何でも話すという状態になっていた。
そこでアスマが東の魔術師の説明を始めて、その噂に出てくる鉱石に心当たりがないかと質問を重ねる。
すると、それまで笑顔だったカブの表情が曇り、どこか考え込むように俯き始めた。
「何か思い当たる節でもない?」
掠る程度でもいいから、情報が少しでも欲しいと四人が祈る中、カブは考え込んだ表情のまま顔を上げ、抱えた疑問を吐き出すようにアスマに言ってくる。
「殿下、そいつはおかしいですよ」
「おかしい?」
確かに噂の真偽は定かではない。鉱石を利用したところで、それほどの魔術を使えるとは考えづらい。
もしくは魔術に関する話なら、自分ではなく魔術師に当たるべきだと思ったのかもしれない。
どちらにしても、既にアスマ達は分かり切っていることで、それでも、何か情報がないかと考え、カブを訪ねてきたのだと考えていたが、カブが問題にした場所はそこではなかったようだ。
「その噂をしているのは、私達のような鍛冶職人ですか?」
「違う、よね?」
アスマがガイウスに確認を取るように聞くと、ガイウスが首肯し、更にカブは質問してくる。
「では、学者か何かで?」
「それも違うよね?」
「はい。病に伏せていたのは町娘で、その家族は木こりをしていると聞いています」
「なら、やっぱり、そいつはおかしいですよ」
改めて、さっきの言葉を口にしてから、カブは問題を指摘するように前方を指差し、アスマ達に疑問をぶつけてくる。
「どうして、その人達はその鉱石が見たこともないと分かったのですかい?」
その問いにアスマ達は動きを止めてから、大きく見開いた目で顔を見合わせた。
「確かに、言われてみれば……」
「素人に鉱石の違いが分かるとは思えない。その噂自体が嘘か、もし本当に分かったとしたら、そいつは鉱石にも見える……」
「全く違う物質?」
鉱石に思えなくもないが、鉱石ではない物質。それであれば、見たこともないと断定的に言えるのも分かる。
「色や形で噂されていないところも私は引っかかりますねぇ」
そう呟いたカブの言葉に納得しながら、アスマ達は再度、顔を見合わせて渋い顔をする。
もしかしたら、自分達は動く前提を間違っていた可能性がある。
そのように考え、そのように気づけただけで良かったことにしようと今は思うことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます