東の使者(7)

 アスマ達の気配を察したのか、武器庫に到着する前からサリーはアスマ達を待ち構えるように立っていた。


「何しに来たんだい?」


 小さい身体ながらもどんと立ち、両腕を組んで、こちらをじっと見つめてくる姿には、相当な迫力がある。

 ともすれば、気圧されそうなほどだが、アスマは気にすることなく、その前に立って、目的の交渉を開始した。


「サリーちゃんに実はお願いしたいことがあって」

「魔導兵器なら貸さないよ。あれは玩具じゃないからね」

「流石の俺でも、そこまでは言わないよ」

「なら、何だい?ぞろぞろやってきて、工場見学でも始めるのかい?」


 アスマに話させる気があるのかどうか分からない口調で質問しながら、サリーはゆっくりと見回すようにイリス達を見てきた。


 その中でガイウスに見覚えがなかったのか、一瞬、動きを止めているが、それを気にしても、聞く暇を与えないようにアスマが本題を切り出した。


「実はサリーちゃんの旦那さんを紹介して欲しいんだ」

「うちの旦那?カブのことかい?」

「うん、多分、そう」


 逢っているのかどうか分からないながらも首肯するアスマを見て、サリーが露骨に警戒する目をアスマに向けていた。

 ここまで遠慮なくアスマを見る人も、あまり王城にいないのだが、そのことよりもイリスは大丈夫なのかと内心不安な気持ちが消せなかった。


 サリーの話は何となく聞いたことがある。既婚者の国家魔術師は珍しく、噂程度なら耳にした覚えがある。


 ただし、それはあくまで表面的な部分だけで、サリーが実際に旦那とどういう状況なのかをイリスは詳しく知らない。現状の関係性も分からないが、別居中であると言うのなら、その関係性はどうなのかと疑問に思うところだった。


 場合によっては触れてはいけない話かもしれない。それに触れてしまった今、サリーが機嫌を悪くしてもおかしくはない。


 そう思っていたら、サリーがアスマに質問を投げかけた。


「カブに逢って何をするんだい?私の悪口でも言い合うつもりだね?」

「そんなつもりは微塵もないよ。ちょっと聞きたいことがあって、鍛冶職人の旦那さんを紹介して欲しいんだよ」

「聞きたいこと?」


 サリーの視線が露骨に話せと語って、アスマは東の魔術師と呼ばれる謎の人物を調べていることを伝え、その人物が持つ謎の鉱石について鍛冶職人の知識を借りたいと説明した。


 その説明を聞いたサリーが納得したように頷き、開口一番、遠慮もなく言い放つ。


「聞いたこともない話だね」

「サリーちゃんはそういう鉱石について思い当たる節とかない?」

「ないよ。どれだけ魔力を高める石でも、治らない病を治せるほどなんて、あり得ないよ」


 やはり、国家魔術師の見解は一致していることを再確認し、イリス達が若干の不安を懐いていると、不意にサリーが待つように告げて、武器庫の中に入っていった。


 どうしたのだろうかと思っていたら、サリーが中から一枚の紙を持ってきて、アスマに手渡してくる。


「そこにカブの住所と仕事先が書いてあるよ。行きたいなら勝手に行きな」

「ありがとう、サリーちゃん!」


 アスマがサリーに礼を言って、受け取った紙を確認しながら立ち去ろうとした瞬間、そこでサリーが少し大きな声を出す。


「待ちな、殿下」

「え?どうかした?」

「カブに逢いに行くなら、一つ伝言を頼まれてくれるかい?」


 サリーのお願いにアスマは首肯するが、イリスはこの伝言こそが懸念していたものではないかと警戒していた。


 すんなり住所の書いた紙を渡してくれて、これで無事に終わったと思っていたのに、ここで爆弾が渡されるのかと思った直後、サリーがアスマに頼みたい伝言を口にする。


「ちゃんと飯は食ってるかい?病気はしてないかい?仕事の調子はどうだい?夜は良く眠れてるかい?部屋はちゃんと片づけてるかい?周りに優しくしてるかい?困ったことがあったら、助けてくれる人はいるかい?仕事以外の息抜きはできたかい?ボケ始めてやしないかい?私のことを忘れてないかい?たまには逢いたいと思っているかい?仕事が落ちついたら、どこかに……」

「ちょっ!?ちょっと待って!?一回待って、サリーちゃん!?」


 捲し立てるように伝言を言い始めたサリーに面食らい、アスマは慌ててサリーの言葉を止めていた。


「ごめん、全部は覚えられないよ。どれか一つか二つでお願いできない?」


 サリーからの伝言の量にアスマが音を上げると、サリーは不満そうにしながらも、しばらく考える素振りを見せて、ぽつりぽつりと言葉を零す。


「ちゃんと飯は食ってるかい?毎日トイレで出せてるかい?この二つでいいよ」


 本当にその二つでいいのか。というか、二つ目はさっき言っていたかとイリスは疑問に思ったが、それ以上にサリーとカブの関係性が僅かに見えて、どこかホッとする気持ちがあった。


 どうやら、関係性はかなり良好であるらしい。相手を気にする素振りを見るに、それは間違いないようだ。


「分かった。ちゃんと伝えるね」


 そう約束し、サリーの前から立ち去ろうとする直前、ふとイリスは武器庫に視線を向け、その奥に置かれた物を僅かに見やった。


 そこは魔導兵器の置かれた武器庫のはずだが、そこに置かれた物は少し異質で、その異質さにイリスは疑問に懐くも、それ以上深く考えることはなく、アスマ達と共にその場を立ち去った。



   ☆   ★   ☆   ★



 休憩時間に自身の弱さと向き合ってしまい、ベルの気持ちは再び落ち込んでいた。その様子に気づいたキャロル達が声をかけてくるが、オーランドの手帳のことなどを説明できるはずもなく、ベルには笑顔で誤魔化す以外の手段がない。


 どこかで誰かに吐露できれば、確かに楽なのかもしれない。そうは思うが、その相手として思い浮かぶ相手はなく、強いて言うなら、と考えている最中、不意にベルは声をかけられた。


「あっ、ベルだ」


 その声に振り返ると、そこにはアスマが立っていた。

 それだけではない。その傍にはイリス、シドラスだけでなく、ガイウスも立っている。


「どうしたんだ?四人で王城見学か?」

「何か、さっきも似たようなことを言われた気がするね」


 笑顔で呟くアスマに首を傾げていると、アスマが懐から紙を取り出し、ベルに見せてくる。


「何だ?住所?」

「これから、この住所に行って、サリーちゃんの旦那さんに逢ってくるよ」

「サリーちゃんの旦那さん?どういうことだ?」


 何段か飛ばして進められるアスマの話に困惑していると、隣から助け舟を出すようにシドラスが説明を始めてくれた。


 どうやら、東の魔術師についての調査を進めている最中で、件の鉱石を調べるために鍛冶職人に聞き込みを行う方向で話がまとまったらしい。


「ああ、それで王都に出るのか」

「そう」


 うんうんと首肯するアスマを見ながら、ふとベルはキャロル達にした質問のことを思い出していた。可能性だけならあると考え、質問をしてみたところまでは良かったが、あまり芳しい返答はなく、質問相手を変えるべきだとキャロルからアドバイスを貰っていた。

 そのことをアスマ達に共有しようとベルは口を開いた。


「それなら、ついでに王都の街中で噂の有無を調べてくれないか?」

「噂の有無?」

「そう。東の魔術師がもしもエアリエル王国に来たのなら、似た噂があってもおかしくはないと思ったんだ。ただそういう噂を詳しいのは、街にいる商人とかだと思うから、調べるならここじゃなく王都で調べたい」


 ベルのお願いにアスマ達を納得したように頷き、アスマが自身に任せるように請け負ってくれた。これでベルの気づいた可能性は可能性のまま埋もれていくことがないようだ。


 そう思ってから、ベルはさっきまで考えていたことを思い出し、ふとアスマではなく、シドラスの方に目を向けた。自身を見つめるベルの視線に気づいたシドラスが不思議そうに見つめ返してくる。


「どうかしましたか?」

「その……後で少し時間はあるか?少し話したいことがある……」


 そう言いながら、ベルが両手を合わせるような仕草を見せると、シドラスは察してくれたのか、少し不安さも見える真剣な表情で首肯してくれた。


「何の話?」

「いや、こっちの話だ」


 不思議そうに聞いてくるアスマの追及を誤魔化し、ベルはこれ以上、何も聞かれないよう強引に話を終わらせる。


「じゃあ、頼んだぞ。噂のこともしっかり調べてきてくれ」

「ああ、うん。分かったよ」


 ベルとアスマが約束し、アスマ達が王城を後にするために歩き出した直後、考え込むように一点を見つめながら、アスマがぽつりと呟く声が聞こえた。


「噂を調べるか……」


 その思考がどこにあるのかと一瞬思ったが、今のベルにはメイドとしての仕事がある。今はこちらに集中するべきだとベルは思い、すぐにアスマの言葉は頭の奥に仕舞われていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る