東の使者(4)
ウルカヌス王国からの特使であることを考えると、王城でのガイウスの立場は非常に肩身の狭いものになってくる、というのが本来のところなのだが、今回はそこに二つの要素が加わったことで、ガイウスはある程度の自由が許されていた。
一つは既にウルカヌス王国の内情をエアリエル王国が把握している点だ。隠さなければならないところまで晒したことで、ある程度の内情を知られても問題ないという空気感ができた。
二つ目が特に今回の立場を作った重要な要素で、それが王子であるアスマと知り合いになった点だ。それによってアスマの一声で、ガイウスの自由が合法的に確保されることになった。
それでガイウスは何をするのかと言えば、エアリエル王国の内情を探りたいわけではなく、どちらかと言えば、酷く私的なことでありながら、公的なことでもある調べものに出たいと、案内役に選ばれたシドラスにお願いした。
「調べもの?この王城で?」
「というよりも、この王城でないと調べられないことかもしれないのです」
ガイウスがそこまで言うことにシドラスは不思議さを覚えているようだったが、何を調べたいのかとガイウスが正直に打ち明けると、即座にはそれは納得に変わった。
「虚繭について、この国の魔術の知識に頼りたいのです」
虚繭とは、どのような人でも、生まれ持っているはずの魔力を一切持たずに生まれてきた特殊な存在のことだ。
俗に魔王と正反対の存在と言われ、魔力を全く持たないことから魔力に対する耐性が全くなく、他人との接触ですら体調を崩す理由になってしまうこともあるほどだった。
その虚繭として生まれてきてしまったのが、ガイウスの主人であるウルカヌス王国の第一王子、ハムレットだ。
「完全に他の人と同じように、とまでは行かずとも、せめて、もう少し王女殿下と一緒にいられるくらいには、身体を強くする方法がないかと思いまして。少しでも可能性があるのなら、この地で聞いてみたいと」
魔術大国と呼ばれるほどに魔術技術の発達したエアリエル王国だからこそ分かることがあるかもしれない。東の魔術師に対してそう思ったように、虚繭についても、そのように考えたようだ。
「それなら、案内しましょう」
悩むことなく、即座にシドラスはそのように引き受け、ガイウスを魔術師棟に案内することにした。
そこならエアリエル王国の国家魔術師が揃っている。ここで魔術に関して分からないことがあるとすれば、それはもう世界の誰にも分からないことだろう。そう思うほどの知識がここに存在している。
その中の誰と逢わせるか少し考えてから、シドラスは最も無難と思った相手の部屋を訪れていた。扉をノックすれば、すぐに部屋の中から声が聞こえ、扉が開かれる。
そこで顔を出したのはパロールだった。
「パロール様。少しよろしいですか?」
「え?え?何ですか?」
急なシドラスの訪問に不安そうにするパロールの後ろから、何かあったのかと思ったらしいラングがやってくる。
「これはシドラス殿。ここに来るとは珍しいですね。どうかされましたか?」
ラングの問いを受け、シドラスは二人にガイウスを紹介した。
「こちら、ウルカヌス王国の騎士であるガイウスさんです」
「初めまして、ガイウスと申します」
ガイウスが二人に頭を下げると、二人は慌てて頭を下げ返している。
「こちらのガイウスさんから少しお願いがあるのですが、立ち話も何なので、中に入ってもよろしいでしょうか?」
立ち話を続けたくないというよりも、話の性質上、あまり立ち話は好まないと思ったシドラスが確認を取ると、ラングとパロールは慌ててシドラス達を部屋の中に招き入れてくれた。
「それで話とは一体?」
「実は私の主君のことなのですが」
部屋の中に踏み入れると、すぐにガイウスがそのように話を切り出し、ハムレットの説明を始めた。ウルカヌス王国の王子が虚繭であるという話だ。
さぞ、二人も驚いていることだろうと話すガイウスも、聞くシドラスも思っていたが、想定とは違って、二人の反応は少し落ちついたものだった。
「意外ですね。あまり驚かないのですか?」
「ああ、いえ、驚いてはいるのですが……」
「ええ、実は……」
言いづらそうに顔を見合わせたかと思えば、二人は二日前にアスマと逢った時のことを話し、既に虚繭の事実を知ってしまったと白状した。
ガイウスは苦笑し、シドラスにゆっくりと目を向け、目を向けられたシドラスは重く溜め息を吐きながら頭を抱えた。
虚繭の事実は知るところが知れば、戦争を起こしかねないほどの秘密だ。それを平然と話すとは、後でどのように叱るべきかとシドラスは頭を悩ませ始める。
「それで虚繭のことを知りたいとガイウス殿は思っていられるのですね?」
「はい、何でもいいのです。少しでも、ハムレット殿下が他人と触れ合える時間を作りたいのです」
その問いにラングとパロールはやや険しい表情をしていた。揃って視線を逸らし、天井や床を眺めながら考えているようだが、あまり良い記憶には引っかからないらしい。
「虚繭は、存在自体は広く知られている一方で、魔王ほどにどのような存在かあまり研究されていないのです。虚繭として生まれたものは身体が弱く、すぐに亡くなってしまって、研究できるほどの時間がない上に、魔王のような脅威でもありませんから、分かっていることは恐らく、ウルカヌス王国で手に入ることと、ほとんど同じことしかないと思われます」
ラングの説明にガイウスはやや曇った表情をしていた。何かが分かると強く思っていたわけではないだろうが、少しでも希望があるかもしれないと思っていた中で、その希望が潰えたら、気持ちが沈んでも仕方ない。
「ただほとんど研究されていないということは、虚繭としての体質が治らないと決まったわけではないことも意味します。前例がない以上、何かしらの手段で魔力に対する耐性をつけることができるかもしれません」
「それは……本当ですか?」
「保証はできませんが、可能性としてはあると思います。一度、病気や怪我に関連する医療系の魔術を調べてみるのもいいかもしれません」
医療系の魔術。そう言われ、ガイウスは少し驚いた顔をしてから、シドラスに目を向けていた。
どうやら、奇しくもガイウスの調べものもアスマ達とぶち当たったようだ。
「そういえば今日、殿下が東の魔術師とやらの噂を調べに来たのですが、あれは貴方が?」
ラングの問いにガイウスは首肯してから、すぐに動いているらしいアスマを追いかけるために質問を投げかける。
「その、アスマ殿下はどちらに向かったか、お分かりになりますか?」
「現在どこにいるか詳細は分かりませんが、ここの次に向かう場所として、テレンスの書庫を勧めましたよ」
「テレンスの書庫……」
そう呟いたガイウスの視線がシドラスに向き、シドラスはゆっくりと首肯する。
二人はラングとパロールに礼を言って、アスマを追いかけるように、次の目的地となるテレンスの書庫に向かい始めた。
☆ ★ ☆ ★
「おーい、テレンス」
前方をやや慌ただしく駆けていく背中を発見し、アスマがそのように声をかけた。
アスマの声に背を持たれたように、駆けていた背中は立ち止まって、こちらをゆっくりと振り返る。
「こ、これは殿下……!どうされましたか?」
振り返ったテレンスが額の汗を拭きながら、そのように聞いてきた。
「ちょっと調べものをしたくて、テレンスの書庫に行きたいんだ。鍵を貸してくれないかな?」
「しょ、書庫ですか……!?」
アスマのお願いを聞いたテレンスが一際大きく慌てて、やや困ったように目を泳がせ始める。
「あれ?どうかした?ダメだった?」
「い、いえ、その、あの……実は大変申し上げにくいのですが……」
そのように言いながら、視線を彷徨わせるだけ彷徨わせてから、覚悟が決まったようにアスマをまっすぐ向いたところで停止する。緊張でもしているのか、拭いたばかりの額からは再び汗が流れている。
「実は現在、書庫内の整頓中でして、人が立ち入れる状態にないのです」
「ああー、そうなんだ。それなら、片づいてから行こうかな」
「あ、あの……!せっかくでしたら、整頓途中に私が調べておきますので、何をお調べになりたいか、お教えくださいませんか?」
テレンスが額の汗を飛ばしながら提案してきたことで、アスマは少し迷うようにイリスの顔を見てきた。内容が内容なので、テレンスの負担にならないか少し不安に思っているという様子だ。
「うーん……じゃあ、一応、言っておくけど、難しそうだったらいいからね」
「何でもお任せください」
請け負う気満々な様子のテレンスに対して、アスマは東の魔術師の噂を説明し、それに関する魔術や鉱石の存在を調べたいとお願いする。
テレンスは思っていたよりも、内容が不透明で難しいものだったからか、僅かに顔を青褪めるが、すぐに振り払うようにかぶりを振っていた。
「わ、分かりました!お任せください!しっかりと調べておきます!」
「本当に無理だったらいいからね。片づけ頑張って」
再度、念を押してから、アスマとイリスはテレンスと別れ、再び王城内を歩き出した。
テレンスの書庫で何かが分かるかどうか分からないが、分からなかった時のためにも、他の調査を進めておきたい気はする。
「次はどうしますか?」
イリスが考えるアスマに聞いてみると、アスマはうんと力強く頷いてから顔を上げ、次の目的地を宣言した。
「エルのところに行こう。エルだったら、思ってもみないこととか分かるかも」
現代最高の魔術師の知恵を借りる。そのようにアスマが定めた方針を元に、アスマとイリスの足はエルの部屋に向かい始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます