謀略の顛末(9)

 ウォルフガングの登場は戦況に大きな変化を齎した。ヴィンセントが僅かに見出だしたオスカーの穴は綺麗に塞がれ、二人の動きは次第にヴィンセントの行動を制限していた。


 そもそも、オスカーの武器は手数や足運びだ。自身に有利な間合いを作り出し、その距離を維持することで、相手に何もさせないで嬲り殺す戦い方だ。


 それは裏を返せば、自身の得意な間合いから外れると、うまく立ち回れないことを意味している。

 特に手数を重視する余り、一撃の重さが失われ、ヴィンセントとの間に火力の差が生まれていた。


 そこを新たに登場したウォルフガングが綺麗に補っていた。相手をコントロールする意思もなく、とにかく押すことに特化した戦い方はヴィンセントの足を確実に止め、オスカーの戦いをサポートできていた。


 それだけではない。オスカーを警戒し、ウォルフガングの一撃を蔑ろに対処すると、すぐに押し潰されるだけの力がウォルフガングにはある。

 その隙のなさに押され、ヴィンセントは息苦しさの中で必死に剣を振るいながら、この二人の名前を良く聞く理由を理解した。


 もちろん、状況は二体一ではなかった。オスカーとウォルフガングが協力し、ヴィンセントに迫るように、グインがヴィンセントに協力していた。


 その動きがあるからこそ、ヴィンセントは押し切られる前にウォルフガングを押し返し、オスカーの接近を間一髪のところで躱すことができていた。


 とはいえ、グインは武器を持たない。獣人としての膂力があったとしても、戦力としては半人前だ。状況を二体二と表現するには、あまりにヴィンセントが苦し過ぎる。


 グインがいなければ、今頃、ヴィンセントはオスカーかウォルフガングのどちらかに斬られて、既に生涯を終えていたことだろう。

 それを回避できていることは喜ばしいことだが、それだけだ。この場を打開するほどの力はヴィンセントとグインのペアに存在しない。


 ゆっくりと死地に追い込まれ、最終的には刈られる。その未来がヴィンセントの瞳に入り込み始めた頃、ヴィンセントはそれまでに覚えた僅かな違和感を意識した。


 疑問はグインが何度目かの救助に入るように、接近するオスカーに拳を振るったところだ。


 それまで、オスカーはこちらの戦力を減らすことを目的とし、グインを集中的に狙っていた。武器を持たないグインはオスカーの剣の対処ができない。全うな狙いと言えるだろう。


 だが、ウォルフガングが登場して以降、その狙いはヴィンセントに集中していた。ウォルフガングも同じことだ。グインを狙った場面は一度もない。


 思い返せば、オスカーも当初はヴィンセントを狙っていた。攻撃の最初はヴィンセントへの奇襲だった。

 もしもグインを殺したいのなら、あの時にグインを殺害することができたはずだ。ヴィンセントもグインも一番油断していたタイミングだった。


 それがここに来て、狙いがヴィンセントに集約した。そこに違和感を覚え、ヴィンセントは二人の狙いを考えようとしたが、それだけの余裕はなかった。


 思考をしようとした瞬間、ウォルフガングの剣がヴィンセントを襲い、ヴィンセントは身を守るために剣を掲げる。


 剣と剣のぶつかる甲高い金属音が鳴り響き、次にヴィンセントを襲うのは膝が曲がるほどの重さだ。この重さを受け止め損ねれば、即座に死が待っている。


 ヴィンセントは歯を噛み締めながら、強く踏ん張り、押し潰されんと持ち堪える。ゆっくりと僅かながらも着実に、剣を握った腕を押し上げて、自身を襲う重さを持ち上げていく。


 その動きによって、相手の体勢が僅かに崩れた隙を狙い、ヴィンセントは勢い良く剣を持ち上げようとした。ウォルフガングの剣を振り払うような動きだ。


 だが、その動きをさせまいと、既に脇からオスカーが接近していた。


 ウォルフガングの剣を受け止めている最中の攻撃だ。その攻撃を防げるほどの余裕はヴィンセントにない。

 攻撃が届けば、ヴィンセントは食らうしかない。


 それを防ぐように、グインがヴィンセントとオスカーの隙間に割って入った。獣人の巨体から拳が振り下ろされ、流石のオスカーも足を止めて、グインとの間に距離を作っている。


 そのまま、グインは押し切ろうとオスカーに接近するが、オスカーは迫るグインを追い払うように剣を振ってから、逃げるグインに止めを刺す意思を見せないまま、グインから離れるように移動した。


 その動きはグインにとっても不思議でしかないようだ。ウォルフガングの剣を振り払いながら、ヴィンセントが二人の様子に目を向けると、グインが自身から離れるオスカーを怪訝げに見ていた。


 崩れた体勢を整えるために、一旦、ヴィンセントから距離を取るウォルフガングを見送り、ヴィンセントはオスカーとウォルフガングの狙いを考え始めた。


 グインに対する淡白さは異常だ。首を刎ねる隙があっても、見逃すのではないかというほどに、二人の意識はグインから離れている。


 ともすれば、グインを助けるようにも取れる動きだが、グインがこの場にいる原因を作り出したのは帝国だ。自身が追い込んだ対象を助ける理由が分からない。


 不可解さはそこだけではない。オスカーの言動はずっと理解のできないものだった。この場で行動し始めたことまで含めて、オスカーとウォルフガングの動きは無謀としか言いようがない。


 そもそも、ヴィンセントを狙って何の意味がある。王室を狙うなら分かるが、ヴィンセントはただの騎士だ。いなくなっても、他の騎士が補充されるだけの存在だ。帝国が危険を冒してまで消す利点はない。


 そう考え、ヴィンセントは自身の考えが違うことに気づいた。


 オスカーとウォルフガングの狙いはヴィンセントに集約しているが、ヴィンセントの殺害が目的なら、何をしてでもヴィンセントを殺せばいい。グインを即座に切り倒して、ヴィンセントを二人で攻撃すれば、殺害することは容易いだろう。


 それをしないとすれば、二人の狙いはヴィンセントを殺害することではなく、グインの方にあるのかもしれない。


 グインを執拗に狙わない点に目的があるとしたら、二人はグインを生かしたいと考えているように思える。

 グインを生かした上で、ヴィンセントを殺害したい。そう捉えることができる。


 だが、そこに目的があるとしたら、違和感があることも確かだ。


 オスカーは間違いなく、さっきまでグインを殺害しようとしていた。生かすことが目的なら、その行動は目的に背くものだ。行動として矛盾している。


 そう考えてから、ヴィンセントはグインが自身に協力し始めた時のオスカーの反応を思い出した。


 もしも、グインの協力が想定外だとしたら、オスカーは一時的に生存の道を選んだ可能性がある。目的を達するよりも、自身の生存の方が重要だと考えた可能性だ。

 もしくは自身の生存も目的の一部だった。


 そこまで思考し、ヴィンセントはオスカーが口にした言葉を思い出した。


 シナリオ。その言葉が示す通り、帝国が今回の行動に対して、事前に準備しているものがあるなら、その中でヴィンセント達の役回りも決められているはずだ。


 ヴィンセント自身がどういう役なのかは分からないが、最も分かりやすい人物としてグインがいる。グインが逮捕され、王城に連行された経緯も、グインに定められた役故の出来事だろう。


 そう考えたら、グインを生かそうとしている理由はそこにあるのではないかとヴィンセントは思った。


 グインの役回りは一連の出来事の犯人だ。実際に誰がやったのか確定したわけではないが、仮に帝国の犯行だとして、その濡れ衣を着せられたことになる。


 その役目が未だ継続しているとしたら、オスカーとウォルフガングがここまで行動し、グインを狙わない理由にも納得がいった。

 二人はここで起きた出来事の全てをグインに被せようとしている。そのためにグインは生かされている。


 そこまで考え、ヴィンセントは納得しかけたが、そこにも一つの疑問があった。


 オスカーとウォルフガングは現状ヴィンセントを殺害しようとしているが、ヴィンセント殺害の罪をグインに被せようとしていると考えるには、ヴィンセントという狙いはあまりに小さい。


 失敗した際に自分達が処刑される可能性もある犯行だ。ヴィンセントにそのリスクと釣り合うだけの価値があるとは思えない。


 そのリスクに釣り合うものがあるとしたら、それこそ王室の暗殺くらいしか考えられないが、ヴィンセントを王室の一人と勘違いしている可能性は薄いだろう。


 そう思ってから、ヴィンセントは気づいた。


 ここにいるのは二人だ。オスカーとウォルフガングの二人で、ヴィンセントとグインを相手にしている。


 この二人の目的がグインを犯人にすることなら、他に罪を用意する人物がいるのかもしれない。

 ここにはいない帝国の軍人がいたことを思い出し、ヴィンセントは裏で動いている帝国の作戦を想像した。まさかと思いながらも、その考えが振り解けなかった。


 そうして、動揺したことが原因だった。ヴィンセントはこちらに踏み込んでくるウォルフガングに一瞬、気づくことが遅れた。


 振り下ろされる剣を確認し、咄嗟に剣を掲げるが、急な対応で受け止められるほどに、ウォルフガングの剣は軽くない。


「しまっ……!?」


 咄嗟にヴィンセントが下がろうとした瞬間、ウォルフガングの剣がヴィンセントの剣を押し潰すように振り下ろされた。


 ウォルフガングの剣はヴィンセントの胸部から腹部を撫でるように斬りつけた。


 幸いなことに傷は内臓に達するほど、深くはなかった。致命傷ではない。

 だが、軽いものでもなかった。痛みと出血はヴィンセントの思考と動きを奪うのに十分だった。


 この状態ではウォルフガングの次の一撃を受け止められない。オスカーの連撃を捌くこともできない。

 どちらが迫ってきても死だ。


「ヴィンセントさん!?」


 ヴィンセントの傷に気づいたグインが声を上げ、ヴィンセントの元に駆け寄ろうとしてきた。


 しかし、その動きを予想していたのか、グインは接近するオスカーの剣に動きを阻まれていた。命を取る気はないが、グインの自由は許さない動きを見せて、確実にグインの足を止めている。


 その隙にウォルフガングが再びヴィンセントに踏み込んできた。

 あの一撃がまた襲ってくる。そう分かっているが、今度は受け止められる状況にない。


 終わった。思わず諦めの笑みを浮かべながら、最期の悪足掻きを示すように、ヴィンセントが剣を持ち上げた。


 その瞬間だった。迫るウォルフガングの足元に、奇妙な模様が浮かび上がった。模様は三つ重なって、その上に乗るウォルフガングを光で照らしている。


「なっ……!?」


 流石のウォルフガングも驚いたのか、声を漏らした直後、遠方から女性の声が聞こえてきた。


「そこです!」


 その声が響いた瞬間、ウォルフガングの足元から白い光の紐が飛び出し、ウォルフガングの身体に絡まった。ウォルフガングは体勢を崩して、その場に倒れ込んでいる。


「もう一つ。奥に二メートル」


 そう次の声が聞こえた直後、今度はオスカーの足元に同じ模様が浮かび上がった。


「そこです!」


 その一言を合図にして、同じように光の紐が飛び出して、オスカーの身体にまとわりついている。


「何だ、これは!?」


 オスカーとウォルフガングは必死に抵抗し、紐を引き千切ろうとしていたが、どれだけ伸ばそうとしても、白い光の紐は二人の身体にまとわりついて離れなかった。


「間に合いましたね」


 不意に近くから声が聞こえ、ヴィンセントが顔を上げると、すぐ傍にパロールが立っていた。


「パロールちゃん……?何で、ここに……?」

「助けに来たんだよ」


 パロールの後ろから今度は男性の声が聞こえ、ヴィンセントはパロールの後ろを覗き込んだ。


 すると、パロールから少し離れた位置に立つエルの姿を発見した。こちらに近づいてくる気配がないどころか、目には布を巻いて目隠ししている。


「どういう状態?」

「いや、血を見たら終わるから、見ないように。後、近づいたら、臭いで集中力が途切れるから、近づかないでね」


 いつもの調子のエルの声を聞き、自身を心配した顔で見つめるパロールを見て、ヴィンセントはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


 ゆっくりと腹の底から湧いてくる笑いが堪えられずに、傷が痛むことも分かっていながら、大きく笑い声を上げてしまう。


「ハハッ!痛い……!ハハハッ!痛たた……!」

「大丈夫ですか!?」

「いや、大丈夫じゃないかも。膝枕して」

「大丈夫そうですね」


 パロールの膝の上に頭を乗せようとしたヴィンセントを躱し、パロールはグインの方に向かっていく。その様子を眺めながら、ヴィンセントは助かったことを実感し、もう一度、痛む傷も忘れて笑みを零す。


「ハハハ……」

「まだ笑ってる。ヴィンセント様って、マゾ?」


 遠くからエルの不思議そうな声が聞こえ、ヴィンセントは少し迷ってから、口を開いた。


「かもしれない」


 その後、ヴィンセントは応急処置を受けることになるのだが、その時まで、戦いの最中に気づいた重要な事実のことをすっかり忘れていた。

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