謀略の顛末(5)

 先に違和感を覚えたのはウィリアムだった。ライトやアスラと共に王城内を移動している最中のことだ。

 不意に立ち止まったウィリアムが辺りに目を向け始めて、ライトとアスラは不思議そうな顔を見合わせた。


「どうしたんですか?」

「様子がおかしくないか?」

「え?そうですか?」

「いえ、特にはそう感じませんが」


 ウィリアムに倣って、ライトも周囲に目を向けてみるが、そこにウィリアムの感じている異変を発見することはできない。何をどう思って様子がおかしいと感じたのか、ライトには一向に理解できない。


「殿下、私達の後ろにお下がりください」

「いやいや、先輩。そんな警戒しなくても大丈夫ですよ。いくら帝国が近くにいるからって、警備は厳重ですから。今も厳戒態勢みたいですし……」


 そこまで口にしてから、ライトはようやくウィリアムが何に異変を感じたのか理解することができた。改めて周囲に目を向けて、ウィリアムの感じている空気を自分も感じ取ることに成功する。

 額から、ゆっくりと冷や汗が首筋に流れる感触を覚え、ライトは腰元の剣に手を伸ばした。


「お二人共、どうされたのですか?」


 アスラ一人だけが状況を理解できていないようで、不思議そうにそう聞いてくるが、ライトとウィリアムに返答する余裕はなかった。


 確かに現在の王城は厳戒態勢にある。兵士が王城の重要なポイントを警備し、帝国が好きに行動できないようにしているはずだ。


 そう考えた時に、ライトやウィリアムを取り囲む環境はあまりに異質だった。兵士が厳重に警備しているのなら、絶対にあり得ない状況が作り上がっていた。


 腰元の剣に手を伸ばしたライトが剣の柄を掴んだ。剣は腰元で揺れて、僅かにベルトとぶつかり、小さな金属音を立てている。

 その小さな物音すら、ライト達にははっきりと聞こえるほどに、その場を静寂が包み込んでいた。


 それこそがライトとウィリアムの感じた異変の正体だった。


 もしも兵士が警備を進めているなら、兵士の足音や着用する鎧の音など、王城内には一定の音が響いていないとおかしい。


 それがないとしたら、誰かがその場から意図的に音の鳴る存在を排除した可能性がある。

 暴力的行為か、非暴力的行為かは分からないが、問題はそこではなく、音の鳴る存在を排除する必要性があったという点だろう。


 一定の場所から人を払うとしたら、何か人に見られたくないことをそこでする時だ。内緒話や個人的な趣味では当然ないだろう。王城内で私事を持ち込む人間がいるとはそう思えない。


 となれば、可能性として残されているものは一つしかない。それが分かっているからこそ、ライトとウィリアムはアスラに下がるように言った。


 この場を作り上げた人物の狙いがあるとしたら、その対象はアスラ以外にあり得ない。


 瞬間、ライトは僅かに空気を切る鋭い音を聞いた。その音に引かれるように顔を上げ、何かの光がそこで光った様子を目撃する。


 その正体を理解するまで、少しの時間はかかったが、周囲があまりに静かなことが唯一の救いだった。音に気づくまでが早かったお陰で、ライトは迫る光に対応することができた。


 咄嗟に剣を抜いて、迫ってくる光を打ち落とすように振るう。それは刃とぶつかると、甲高い金属音を鳴らして、地面に点々と転がり落ちた。


 その光の正体は投げナイフだった。


「え……?」


 ライトの打ち落とした物を目撃し、アスラが怯えたように声を漏らした。ウィリアムもライトの立てた音に反応し、こちらを振り返ってくる。


「そっちか!?」


 ウィリアムがライトを見ながら、そう口に出した時、ライトはアスラを庇おうと、タイミング良く振り返っていた。


 その行動が功を奏したらしく、ライトはウィリアムの背後に立つ黒い影を目撃した。


「先輩!?後ろ!?」


 ライトの声に反応し、ウィリアムが振り返った。背後は一切確認していなかったはずだが、ライトの一言と周囲に人がいない状況から遠慮はいらないと思ったのだろう。


 振り返りながら振るった一撃がウィリアムの後ろにいた黒い影とぶつかり、そこで激しい金属音を鳴らした。


 見れば、黒い影は全身を黒い衣装で覆った人物で、手には剣を握られていた。その剣を一瞥し、ライトはその剣に見覚えがあると感じる。

 少し思い出すまでに時間はかかったが、それでも、頭の中で検索をかけてから、答えを導き出すまでに状況が変化するほどではなかった。


 ライトはその剣と剣を持つ黒い人物を見つめて、剣を握る力を強くする。


 それは間違いなく、マゼランやフォーク襲撃に使用され、グインの店から発見された剣と同一の物だった。


「お前か……」


 ウィリアムの一撃を受け止め、黒い人物は一度、仕切り直すように廊下を後退していた。ウィリアムはそれを前に今度はちゃんと剣を構えていたが、それを止めるようにライトはウィリアムの肩を掴んだ。


「先輩。先輩は殿下の護衛に回ってください」

「それはお前が……」

「経験的にも実力的にも、俺より先輩の方が確実に殿下を守れるでしょう?それにあいつは俺の……俺達の取りこぼしかもしれないので」


 ライトの言葉を聞き、ウィリアムは少し迷った表情をアスラに向けていた。そこでアスラが状況に怯えていることに気づいたのか、ライトの提案に首肯し、アスラに声をかけている。


「殿下。ここはライトに任せて離れましょう」

「え?でも、ライトさんが……」

「殿下。お願いします」


 アスラがライトを心配した一言を言うと悟った瞬間、ライトはそのように口にしていた。アスラの方を向くだけの余裕はないが、ライトの頼みを聞いたアスラがどのように判断してくれるかは想像がつく。


「……分かりました……」


 そのように小さく口にして、アスラとウィリアムはその場所から離れるように走り出した。


 それを僅かに視線で追いかけ、黒い人物が動き出そうとした瞬間、ライトは踏み込んで剣を振るった。黒い人物はそれを容易く躱して、ライトから距離を取っている。


 その身のこなしにライトは少し眉を顰めた。

 当然のことだが、こういう暴挙に出る人物を考えた時に、王城に入り込んでいる帝国の人間は最有力候補になってくる。


 あの中の誰かと思い、ライトは目の前の人物に姿を重ねていたのだが、今の身のこなしは以前に見たオスカーやウォルフガングのものとは少し違った。

 オスカーやウォルフガングと対面したのは一瞬だ。あの時はイリスもいた上に、奇襲に近しい行動で正確な二人の行動とは違う可能性はある。


 それでも、これだけ軽やかに動くイメージはあの場面から膨らまない。

 そう考えた時にライトは一人だけ候補として挙がっていない人物がいることに気づいた。


 まさか、とライトは考え、目の前の人物を改めて睨みつける。

 ここでも絡んでくるのかと思ったら、それが正解かも分からないのに、ライトは目の前の人物に厄介さしか覚えなかった。


 どちらにしても、アスラが狙われている以上、ここを通すわけにはいかない。きっちりと拘束して、因縁に終わりをつけるべきだろう。


 ライトが剣を構えると、それに呼応するように目の前の黒い人物が剣を構えた。その挙動を一瞬も見逃さないと、ライトは意識を目の前の人物に向けていく。


 距離は想定よりも僅かに遠くなってしまった。踏み込んでもライトの剣が届く間合いよりも少し遠い。相手が動き出すタイミングに合わせて、ライトも踏み込む以外の方法で剣を届かせる方法はないだろう。


 そのようにライトが考えた直後、目の前の黒い人物が動き出し、一瞬、足に体重を乗せた。

 踏み込んでくると直感的に思ったライトが剣を構え、その体勢のまま、黒い人物の前に飛び出す。


 その時のライトはさっきウィリアムが受けた攻撃やライトの攻撃を避けた身のこなしばかりを思い出し、最初の一撃が何であるのか忘れていた。


 故に目の前の人物がその場から動き出すことなく、袖口から投げナイフを飛ばした瞬間、ライトは面食らった。


(あっ!?やば!?忘れてた!?)


 咄嗟に足を止めて、ライトはナイフを打ち落とそうと剣を振るう。


 だが、その動きは既に隙を生む動きでしかない。ライトが踏み出したということは僅かに間合いの外にいた二人の関係が崩れ、どちらも踏み込むことで剣が届く範囲に入ったということだ。

 その場で隙を晒せば、どのようになるかは考えるまでもなかった。


 ライトに黒い人物が飛びかかってくる。掲げた剣が光を反射しながら迫り、ライトはナイフを払った剣で受け止めようと、慌てて持ち上げていく。


 次の瞬間、黒い人物の剣がライトの身体に届いた。

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