謀略の顛末(4)

 背中には剣を突きつけられ、足場の見えない暗闇を歩かされる気分だった。


 明らかに動揺を見せるグインと、そのグインの様子に何かを考え込むオスカーを前にして、ヴィンセントは国家の命運すら左右しかねない選択を迫られている。


 当然、背後の剣はヴィンセントの命を捉えている。ここで立ち止まることは許されていない。


 だが、目の前は暗闇だ。どこで足を踏み外すか分からない。落ちる先に何があるかも分からない。


 その中でヴィンセントはどのように立ち回ればいいのか。これが難問に思えるのは、決してヴィンセントの頭が悪いからではない。誰が対面しても頭を悩ませるような問題だ。


 取り敢えず、グインへの追及をやめることはできない。ここでやめれば、王国側の考えを帝国に悟られる可能性しかないからだ。


 ある程度はグインを探りつつ、帝国の隠したい秘密に入り込み過ぎない。それが現状の維持のためには必要だ。

 場合によっては、帝国の秘密を一度放置し、別の場所で回収することで帝国の弱みを一方的に握れる。


 だが、そこまでは現実的ではないと思えた。


 取調室の中にまで入ってきたオスカーのことだ。ここで何かを知っていると悟ったグインを取り逃がすことはないだろう。

 一連の事件の犯人。それに止まらない手段を用い、口を封じてくる可能性もある。


 少なくとも、現状はヴィンセントが緩衝材として存在するので、オスカーの腰元の剣が抜かれることはないと思うが、ヴィンセントの存在が消えた瞬間に、グインは無防備に首を晒しているに等しい状況となるだろう。


 それは何としてでも避けたい。そこまで考え、ヴィンセントはグインの表情に目を向けた。表情から動揺の正体を読み取ろうとする。


 そもそも、グインは本当に帝国の秘密を知っているのだろうかと不意にヴィンセントは思った。


 グインは明らかに何かを知っていて、その様子にオスカーが変化を見せた。その状況からヴィンセントは帝国の何かをグインが知っていると思ったが、それは状況的にあり得るのだろうかと考え始める。


 グインは過去に何かを目撃し、それが帝国に繋がる秘密だと今になって気づいた。オスカーはグインの表情から帝国の弱みを目撃されていると悟り、どのように対応しようか考えている。


 こうして言葉にしてみると、いくつも疑問点が浮かび上がってくる。


 まず、今のグインの表情から帝国の秘密をグインが知っていると考える経緯が分からない。

 その思考回路を成立させるには、前提としてオスカーが秘密を目撃された可能性があると考え、頭の中に置いていた必要がある。


 それなら、グインとオスカーは間接的だが対面しているはずで、オスカーをグインが目撃しているのなら、グインが今の今まで帝国の弱みを目撃したことに気づかないことがおかしい。


 一般人なら未だしも、かつては軍人だったグインだ。全く気づかない方が可能性として少ないだろう。


 そう考えたら、今の状況に絡むものが帝国の秘密である可能性は少ないように思えてきた。


 ただそれなら、グインは何に動揺し、オスカーが何を考えているのか疑問は残る。


 そもそも、今はグインの言うアリバイを調べている最中だった。古くからの友人に逢っていたとグインは証言し、それが本当のことなのか、咄嗟の演技なのかは分からないが、その流れで何かに気づいた雰囲気だ。


 古くからの友人。改めて、グインが口にしたその言葉を思い出し、ヴィンセントは一つの可能性に気づいた。


 グインの店から武器が発見され、グインが逮捕される流れになったことで、ヴィンセントはすっかり動揺し、頭の中から消えかかっていたが、そもそも、あの来訪は違法な武器商人が目撃した獣人の話を聞くためだった。


 それがグインかどうかは分からないが、グインの知り合いなら誰か知っているかもしれない。その思いから約束を取りつけたのだが、グインの店から武器が発見され、あれはグインのことだったという風な流れが生まれている。


 だが、冷静に考えてグインが犯行に及ぶとは思えない。当然、武器を所有する理由もないだろう。


 そうなれば、あの獣人の目撃情報だけが宙に浮くことになる。


 そこで気になるのが、グインの口にした言葉だ。


 古くからの友人。ただの友人ではなく、古くからと言うには相当長い付き合いなのだろう。


 それこそ、まだ祖国が存在する頃からの付き合いかもしれない。


 そこまで考え、ヴィンセントはグインが動揺した理由を理解した。古くからの友人が関わっていたかもしれない可能性に気づいて、オスカーだけでなくヴィンセントへの証言もやめる必要があると思ったのだろう。


 そして、その表情からオスカーは考えるところがあった。

 つまり、オスカーの立ち位置はそういうことだ。


 ヴィンセントは気づいてしまった可能性に苦々しい表情を浮かべそうになる。平然と座っているオスカーに追及したい気持ちは強いが、下手に探りを入れて爆発されても厄介だ。


 まずは周囲を固めて、逃げ場をなくしてから、ブラゴにでも対応してもらおう。

 それが最も楽だと思い、ヴィンセントはグインに目を向けた。


「黙っていても分からないんだが?」


 一応、グインの反応に対する言葉を残し、態とらしく溜め息をついてから、ヴィンセントは部屋の扉に目を向ける。

 扉の向こうには衛兵が待機しているはずだ。その衛兵にブラゴ宛の伝言を頼んで、裏での行動を任せよう。


 そう思い、ヴィンセントは立ち上がって扉の前まで移動すると、その向こうを覗き込んだのだが、そこで首を傾げることになった。


「あれ?どこ行った?」


 そこには取調室の外で待機しているはずの衛兵が一人もいなかった。どれだけ周囲を見回しても、姿形もない。


「さぼりか?」


 そう呟いてから、流石に帝国の兵士がいる状況でさぼる兵士はいないだろうとヴィンセントは考えを改める。そこにいないとしたら、それ相応の理由があるはずだ。


 その理由として、何か思い当たるものがあっただろうかとヴィンセントは思い返し、部屋の中にいるオスカーを思い出した。


 そういえば、オスカーを招いた時点で衛兵の姿は見ていない。


 まさか、とヴィンセントが思ったのも束の間、部屋の中からグインの叫び声が聞こえてきた。


「危ない!後ろ!」


 その声に反応し、振り返ったヴィンセントの眼前を煌めきが横切った。


 咄嗟にヴィンセントは扉の向こうに身を逸らし、眼前を通過した刃を目視するだけに止まったが、それでも完璧とは言えない回避だった。

 鼻先が僅かに切れて、顔の中央を横切る小さな傷が生まれる。


「おい、何の真似だ?」


 ヴィンセントは煮え滾る腸を抑えながら、部屋の中で剣を構えるオスカーを睨みつけた。

 オスカーの表情にはさっきまでの笑みが戻り、飄々とした様子で白々しく、自分の振るった剣を見ている。


「あれ?おかしいですね?」

「何がおかしいんだ?おかしいのはお前の頭だろうが?」

「いやいや、ちゃんと斬るつもりだったのに、思わぬ邪魔が入ったみたいですから」


 オスカーが僅かに振り返って、そこで椅子から立ち上がっているグインを見た。


 グインを始末する可能性は考えていた。

 だから、ヴィンセントは部屋から出ることなく、伝言を頼もうと思ったのだ。


 だが、オスカーの剣はグインではなく、ヴィンセントに向いていた。

 そのことに疑問を覚えるよりも先にヴィンセントは剣を抜き、オスカーに向けた。


 何を考えているかは分からないが、何を考えていても同じことだ。ヴィンセントの対応は既に決まっている。


「やっぱり、お前らは敵だ。何があってもそれは変わらない」


 自分を睨みつけるヴィンセントの視線を見つめて、オスカーがやや面倒そうにかぶりを振る。


「やれやれ。エアリエル王国の騎士を正面から相手するのは厄介なので、さっさと終わらせたかったのですが、まあ、仕方ないでしょう。どちらにしても、貴方はここで死ぬシナリオですから」


 シナリオ。オスカーが意味深に呟いた言葉に、流石のヴィンセントも僅かな疑問を覚えたが、その疑問を解消するほど考え込むには、剣の速度が速過ぎた。

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