謀略の顛末(3)

「ああ、でも」


 帝国の目的がアスマの暗殺にあるかもしれないと聞き、驚きを顔に表していたアスマだが、不意にいつもの表情に戻ったかと思うと、そう呟いていた。


「俺はここにいるから大丈夫だよね?」

「まあ、確かに殿下が狙われることはありませんが、ただ……」


 シドラスは何かを考え込むように俯き、ベルとアスマは顔を見合わせた。


 帝国の目的がアスマにあるとして、アスマがここにいるなら、アスマが殺される可能性はない。帝国が王城に侵入したところで、アスマの暗殺が起こらない以上、帝国は無駄足を踏んだことになる。


 それならいいのではないかとベルは思ったのだが、シドラスの疑問はそこにあったようだ。


「そもそも、王城に侵入し、殿下を暗殺することが可能でしょうか?」

「え?まあ、王城に侵入するより街で声をかける方が可能性は高いだろうな」


 ベルは自身がアスマと初めて逢った時を思い出し、そのように口にした。一応、冗談を交えたつもりだったが、それを聞いたシドラスとイリスは苦々しい顔をしている。

 確かに良く考えてみたら、あの一件は二人にとって不祥事と言える出来事だ。良い思い出とは言いづらいだろう。


「その場合でも、殿下に近づくためには護衛が近くにいないことが前提条件として必要なはずです」

「ああ、確かに。イリスが近くにいたら、私はアスマに近づけていないだろうと思うな」

「すみません……」

「ううん。今は責めているわけじゃなく、ただの事実確認だから気にしないでいいんだぞ?」


 律義に謝罪の言葉を口にするイリスに戸惑いながら、ベルはシドラスに話を進めるようにジェスチャーする。


「ベルさんの時も、イリスは普段と同じ状況だから、殿下を一人にする時間を作ってしまったのだと思うのですが、もしも、それが今回のように帝国の人間が王都を訪れている時なら違ったはずです。そもそも、街中を歩かせないとは思いますが、もしも歩かせるにしても、周囲を絶対に警戒していたでしょう」


 シドラスに目を向けられ、イリスは強く首肯していた。


 確かに近くに敵がいると分かっていたら、騎士や兵士の警戒は強くなる。普段以上にアスマ達王室を狙うことは難しくなるだろう。


「そして、今回のケースですが、仮に帝国が王城に侵入できたとして、王国は当然、王室の警備を固めます。それは殿下も例外ではなく、厳重な警備の中で殿下の暗殺を遂行できるとは思えません」


 特にベルを始めとするアスマの周囲の人間はアスマの人柄を把握しているが、帝国の人間はそうではないはずだ。


 魔王以上の認識をしていないのなら、アスマが迫る刺客にどのような対応をするか想像した時に、最悪なケースの想像しかできないはずだ。

 そこに成功する確率は微塵もないとベルにも分かる。


 事前にアスマの人柄を知っていたら分からないでもないが、アスマの人柄を知り得るくらいに近くにいるなら、アスマの不在くらいも把握できているはずだ。


 その片方を知っていて、片方を知らないことなど、可能性としてかなり薄い。


「もしも、殿下の暗殺が狙いなら、帝国はどのようにその手段を確立しようとしていたのでしょうか?」


 シドラスが疑問を口にし、セリスも同じように考え始めた。帝国の用意した手段など考えて分かるものなのかとベルは思うが、考える以外に手段がないことも確かだ。


 アスマも本当に考えているかは分からないが、考えるような顔をしているので、ベルも一応は自分に考えられることを考えてみる。

 当然、シドラスやセリスのように答えが見つかるとは思っていない。


 それでも、暗殺には多少触れてしまったのだから、何か気づくことがあるかもしれないと、ウルカヌス王国での一件を思い出し、ぽつりと言葉が漏れた。


「予想外……」

「どうしました?」


 イリスにそう質問され、ベルは自分が無意識の裡に言葉を漏らしていたことを理解した。シドラスやセリスの視線も集まり、ベルは困惑したように両手を振る。


「いや、別に大したことじゃなくて、ただちょっと思っただけなんだ。ソフィアの時みたいに想定していないところから刺客が来たら、対応に困るかもしれないと思って」

「想定していないところ……?」


 シドラスはそう呟いてから、イリスに目を向けた。ベルは余計なことを言ったかと思ったが、シドラスは何かを思いついたようだ。


「私達がウルカヌス王国に向かっている間に、他に変わったことはなかったか?」

「他ですか?マゼランさんのこととか以外ですよね?」


 イリスの確認にシドラスが首肯し、イリスは少し俯いて、記憶を掘り返し始めていた。

 馬車の中を少しの間、静けさが支配し、それを振り払うようにイリスが掘り起こしたものを呟く。


「そういえば、城壁から魔術が発見されました」

「魔術?」

「はい。王城内に侵入するためのもので、私はそれが内通者の使用するものではないかと思っていたのですが、発見されてから現在まで使用されてはいないみたいです」

「それはまだ使用できる状態なのか?」

「はい。城壁を壊さないと対処できないそうなので、現在は放置してあるはずです。警備を増やすことで対応しているとか」

「その警備は今もそこに?」

「そう……だと思いますけど、確証はありません。え?もしかして、そこが利用されるんですか?」


 イリスの質問にシドラスとセリスは顔を見合わせてから考え始めた。


「ちょっと待て。流石にそこから警備を移動させることはないだろう?」

「そう言い切れません。それが帝国の使用するものと断定できているなら、警備を増やしたままかもしれませんが、もしもそうではない可能性を考えたら、そこに穴があると帝国に教えることになります」

「まさか、情報を漏らさないために警備を減らす必要があるのか?」

「その周辺から人を減らしても、最終的な警備対象の周辺を増員すれば、穴の存在はあまり影響がありません。長期間なら未だしも、帝国がそれだけの期間を待つことはないでしょう。少しだけなら、重要な情報が漏れ出る可能性も少なくなります」

「ただそうして警備を移動させても、王室の警備が薄くなることはありません。それだけで帝国の行動が成立するとは考えづらいですね」


 確かに城壁の魔術を利用する可能性を王国は考えていないかもしれないが、王族が狙われる可能性は当然考えるはずだ。

 護衛の位置を魔術のある場所から王室に移動させるだけで、王国の警備が緩くなるわけではない。帝国の刃が王室に届くことはない。


「なら、対象となるアスマもここにいることですし、問題ないのでは?」


 帝国は無駄足を踏んだ。今回の一件はそう考えるべきでは、とベルは思ったが、シドラスはそこで一つ考慮していなかった可能性を口にした。


「帝国は殿下の不在を本当に知らないのでしょうか?」

「はあ?いや、それは知られないようにしたんじゃないのか?」


 ベルがイリスに確認の目を向けると、イリスは何度も力強く首肯する。

 当然のことだ。アスマの不在を知られることは、弱点を敵に晒すことに等しい。


「いえ、今言っていて思ったのですが、帝国が城壁の魔術を利用し、内通者が出入りしていたのなら、殿下の不在が情報として漏れている可能性はありませんか?」

「流石に考え過ぎじゃないのか?」

「そう考えたら、イリスの話を聞いて疑問に思っていたことにも説明がつくんですよ」

「疑問?」


 ベルの問いにシドラスは首肯し、イリスに目を向けた。


「確認したいんだが、帝国の人間は殿か?」

「いえ、私は聞いてませんけど?」

「一度も、殿のか?」


 シドラスの質問にイリスが首肯し、ベルはシドラスが何を思ったのか、ようやく理解することができた。


「そうか。アスマに怯えているなら、どこで鉢合わせて、悪い結果が起こるか分からない以上、アスマの居場所を確認したいはずだ。それがなかったということは……」

殿。つまり、。その可能性があると思います」

「え?ちょっと待って。俺がいないって分かってるなら、俺を暗殺できないことも分かるよね?王城に入る必要がないんじゃない?」


 アスマの疑問は当然と言えたが、アスマの気づくことくらいはシドラスも気づいているはずだ。


 それなのに、アスマの不在を知っていたかもしれないと口にしたということは、それがあって成り立つ他の可能性があるということだろう。

 そう思っていたら、シドラスがセリスに目を向けた。


「もしかしたら、帝国の目的は殿下ではないのかもしれません」

「どういうことだ?」

「帝国の目的を考えた時、もしも王室を殺害するなら対象は二人になります。一つが帝国にとって脅威である殿下。もう一つが現国王である陛下です」

「待て。陛下の警備は万全のはずだ。この国で最も狙えない相手と言える。その陛下が……」


 そこまで口にし、セリスもシドラスと同じ考えに到達したのか言葉を止めた。ゆっくりと険しい表情を浮かべ、シドラスに確認するように目を向ける。

 その視線を見たシドラスが首肯し、セリスはアレックスに叫んだ。


「急いでください!事態は急を要します!」

「え?どういうことだ?陛下が狙われるのか?」


 ベルがシドラスに聞くと、シドラスはゆっくりとかぶりを振る。


「陛下を狙うことは当然、不可能です。いくら帝国の軍人でも、陛下の警備を掻い潜ることはできません。ですが、その地位に影響を与える別の方法があります」


 そう言いながら、シドラスは僅かにアスマに視線を向け、少し息を深く吸ってから、その名前を口にした。


殿です」

「え……?何でアスラが?」

「まず、アスラ殿下が狙われることを基本的に王国は想定していません。護衛を固めてはいますが、陛下や殿下に比べれば、その護衛は少ないと言えるでしょう。それくらいに本来、帝国が狙う相手ではありません」

「なら、何でアスラが……!」

です」


 シドラスが毅然と言い放った言葉にアスマは固まっていた。


「殿下の不在を把握している相手です。それくらいの情報は掴んでいるでしょう。その理由も理解していると考えるべきです。もしもアスラ殿下が殺害され、次期国王に殿下が選ばれることになれば、どのような摩擦が生じるかも良く理解しているでしょう」

「そういうことか。帝国は自分達と似た立場に、この国を追い込もうと思っているのか。そうすることで自国の立場を保とうと考えている、ということか」


 ベルの呟きにシドラスが首肯し、ベルは小さく「くだらない」と口にした。


「そんなことでアスラが殺されていいわけないよ」


 アスマが隣で呟く声が聞こえ、ベルは小さく首肯する。


 本当にあり得ない。そのようなことが起きてはならない。僅かに焦る気持ちを乗せながら、馬車は王城に向かっていた。

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