謀略の顛末(2)

 ウルカヌス王国からの長い道のりを終え、ようやく辿りついた王都をひた走り、王城に向かっている最中のことだった。


 馬車の窓から嬉しそうに外を眺めて、シドラスに怒られた直後のアスマがぽつりと呟いた。


「あれ?誰か倒れてない?」


 その声にベルとシドラスも反応し、同じように窓の外を眺める。


 そこで道路の中央に倒れる人の姿を発見した。


「倒れてる!?」

「すみません!馬車を止めてください!」


 シドラスの一言を聞いたアレックスが馬車を止めて、アスマとシドラスが馬車から飛び出した。ベルもそれに続いて、セリスと一緒に馬車を出ると、先を走るアスマが驚いたように口を開く。


「あれ?イリスじゃない?」


 その一言を聞いたベルが改めて倒れた人物に目を向けると、確かにそれは王国の騎士の一人であるイリスに見えた。


 ベルがアスマ達と一緒にウルカヌス王国に向かう前は王都を離れて、遠方に研修に出ていたはずだ。それが王都にいるということは帰ってきたのだろう。


 問題はそのイリスが倒れていることだが、そのことを疑問に思うよりも先に、アスマはイリスの傍に駆け寄って、イリスに手を差し伸ばしていた。


「こんなところでどうしたの?大丈夫?」

「殿下……!」


 アスマのその姿を見た途端、顔を上げたイリスはポロポロと涙を零し始める。

 その姿に手を差し伸ばしたアスマは動揺し、こちらに目を向けてきたが、イリスの泣いている理由がベル達に分かるはずもなかった。


 そこまでがほんの少し前のことだ。真面に動けない様子のイリスを馬車まで運び込み、ベル達は王城に向かう間、イリスから王国で起きた問題の全貌を聞いていた。


「すみません……私には、何もできませんでした……」


 一通りの説明を終えたイリスが俯いて、悔しさを噛み締めるように涙を流した。その姿を見たアスマは優しく微笑み、かぶりを振る。


「ううん、そんなことないよ。俺達に話してくれて、ありがとう」


 そのアスマの言葉に首肯し、ベルはイリスの身体を包み込むように優しく抱擁する。


「大変だったんだな。イリスは良く頑張った。頑張ったよ」


 二人の言葉を聞いたイリスがベルの胸の中で、静かに咽ぶように泣き始めた。その声を聞きながら、アスマが固く決意するように宣言する。


「グインを助けよう。グインはそんなことをする人じゃないよ」


 アスマの言葉にベル達も同意するように頷くが、その中でアスマは何かに疑問を懐いたように首を傾げる。


「あれ?人でいいよね?豹の方が正しい?」

「いや、そこはどうでもいいだろう」


 意味の分からないことに疑問を覚えるアスマに冷たい目を送ってから、ベルはシドラスとセリスに目を向けた。


 アスマはグインを助けようと言ったが、話の拗れ方から考えるにベルやアスマが考えられるところは少ない。

 特に帝国が関与している場所にアスマを放り込むことは敵に塩を送る結果になりかねない。


 ここは二人の考えを待つ方がいいだろうと思っていると、早速、シドラスが考え込みながら呟いた。


「そもそも、帝国の目的はどこにあるのでしょうか?」

「グインが容疑者にされているなら、グインを犯人に仕立てることが目的じゃないのか?」

「いえ、そこが目的なら、帝国は自国の兵士を殺害してまで、捜査に介入する理由がないはずです。パンテラに武器さえ仕込めれば、王国が発見しても同様のケースは生み出せるでしょう。後は証拠をどのように提供するかが重要で、自国の戦力を削る理由がありません」


 確かに言われてみたら、王国と比べて帝国の方が現時点での被害は大きい。グインを犯人に仕立てるために、自分達の立場を高めるためと考えても、損得が合うとは思えない。


 そもそも、武器を持ち込んだのはキナという少女であり、発見を促す立場は帝国の軍人だったものの発見する場にいたのはヴィンセントだ。帝国はそこに加わらなくても、グイン逮捕の流れはできていると言える。


「となると、目的はグインさんを犯人に仕立てることではなく、捜査そのものか。そこに介入することが目的と考えると納得のいく利点が一つある」

「王城への侵入…ですよね?」


 ベルに抱擁されたままだったイリスが顔を上げ、涙を拭きながら、セリスの考えに答えを投げかけた。セリスはイリスの言葉に首肯し、馬車の向かう先に視線を向けている。


「捜査に介入すれば、帝国は一時的だが、王城に出入りすることができる。それ自体が利点と考えるべきだろう」

「それは私も考えました。ですが、王城に侵入して何をしたいのか、いまいち分からないんです」


 仮に帝国が捜査に介入したとして、帝国の自由が約束されるわけではない。

 確かに王城には入れるかもしれないが、王城で自由を貰えるわけではない以上、そこで何かができるとは考えづらい。

 それくらいはベルにも分かった。


「帝国は宰相閣下にどのような要求を?」

「えっと……確か、ウルカヌス王国と同盟を結ぶなら、自国も参加したいと要求したと聞いています」

「帝国も……?その同盟に帝国が入り込んで、何かができるでしょうか?」


 帝国の要求を聞いたシドラスがセリスに疑問の目を投げかけた。それを受け取ったセリスはしばらく考え込むように俯き、自分の中の考えをまとめるように小さな声で呟き始める。


「同盟を結んで変わることは関係性か。我が国と帝国は敵対関係にあり、国境線上では緊迫した状態が続いているが、同盟を結べるなら、そこの関係性に変化が起きるだろう」

「こちらの戦力が引いたところに侵略を考えているとかですか?」

「いや、同盟を結べば戦力を引くと考えるには確証が低い。それを頼りに起こす行動としてはリスクがあり過ぎる。あるとしたら、王国が絶対的に行動を起こさないという確証の方だろう」

「つまり、どういうことですか?王国が帝国に攻め込まないという証明が欲しいってことですか?」


 ベルがセリスの話をまとめ上げ、疑問に思いながら口にすると、意外にもその言葉にセリスは頷いた。


「重要なのはそこかもしれない。帝国は王国との間に存在する緊迫感を解消したいと思っているのかもしれない」

「どういうことですか?そうなっても、エアリエル王国は国境線上から軍を引きませんよね?」


 ベルの質問を受けたセリスは当然のように首肯し、ベルは混乱した。同じようにアスマも混乱した顔をし、他の人は分かっているのかと思って目を向けたイリスも不思議そうな顔をしている。


 ただ一人、シドラスだけは納得するように頷いていた。


「確かにそう考えたら、帝国の根本的な考えが見えてきますね」

「どういうことだ?私達三馬鹿にも分かるように説明してくれ」

「三馬鹿って私も入ってますか?」

「当然だろう」


 唐突に繰り出されたベルの辛辣な一言に、イリスはさっきとは違う理由で涙目になっていた。


 ただし、今度は優しく抱擁する理由もないと、ベルは早々にイリスを見捨てて、シドラスに目を向ける。


「帝国は元々、他国に侵略することで領土を増やしてきました。ですが、ここ数年はその動きも落ちついています」

「必要がなくなったからか?」

「というよりも、その余裕がなくなったと考える方が妥当でしょう」

「余裕がなくなった?」

「考えてください。急に攻め込んできた軍人の言うことを聞けと言われて、それに従う人がどれくらいいますか?私なら認めません」

「ああ、そういうことか」


 帝国は侵略を進めることで領土を拡大した。


 しかし、それ故に帝国の内部には様々な不満を抱えた人が集まることになり、その不満が各地で爆発した。


 要するに、帝国は外部に情報を漏らさないようにしているだけで、その内部でいくつも火が燃え続けているのだ。

 内紛という形で。


「それがあって、帝国は少しでも戦力を割きたくないと考えているのかもしれません」


 帝国内部の火消しに割くために、国境線上から軍隊を引く理由が欲しい。

 そのために帝国は同盟に加入しようとしている。セリスとシドラスの考えはそうなっているようだった。


 だが、そこにも一つの疑問があった。


「それって本末転倒な結果にならないか?外から入らないかもしれないが、内から出るものも押さえられなくなるだろう?火消しをしている間に火消しをしていることが知られたら、帝国の立場は悪くなるだろう?」


 情報を流さないようにしているのなら、その手段も国境線上に集まっているはずだ。それらも手を引くことになるのなら、どの情報はどのように漏れ出すか分からない。

 帝国は王国に弱みを曝け出す結果になる。


 だが、それもセリスとシドラスは考えていたようだ。


「だから、同盟なのかもしれません」

「どういうことですか?」

「情報が出たとしても、同盟という形があれば、他の国からの介入を防げます。同盟を破棄し、侵略を進めるという可能性すらも、自国の立場が上にあれば潰すことができます」

「自国の立場が上に?」


 今の話の流れから、帝国の立場がエアリエル王国やウルカヌス王国よりも上にあると思われる部分は一つもなかった。

 寧ろ、介入させないだけで弱みを見せている事実は変わらないはずだ。立場が下になったと言える。


「たとえ内紛が起きていたとしても、帝国の軍事力が三国の中で最強なのは言うまでもありません。貴族の国と表現されるウルカヌス王国が軍事力で敵うことはまずないでしょう」

「立場って戦力的に上ということか?」

「そういうことです。敗戦濃厚な戦争を自分から仕掛ける国はありません」

「なら、この国も帝国より戦力は下なのか?」

「純粋な戦力で考えるなら、そう言えるでしょうね。国家魔術師の皆様がいるので、ある程度の戦いはできるでしょうが、戦争というものに対する経験のなさがありますから、帝国には敵わないでしょう。ただ一つ、帝国にとって目の上の瘤があります」


 そう言いながら、シドラスは視線を動かした。その先に座るアスマが向けられた視線に不思議そうな顔をして、自分の顔を指差している。


「え?俺?」

「はい、殿下です。殿下の存在は帝国にとって何よりも脅威と言えます。逆に言えば、殿下さえいなくなれば、帝国の立場は確立されます」

「ちょっと待て。その話の流れから言うと、帝国が王城に入り込んだ理由って……?」

殿。それが目的かもしれません」


 シドラスとセリスの提示した可能性を聞いて、ベルとアスマはあんぐりと口を開けた。イリスは二人と比べて間抜けそうに口を開けることこそなかったが、同じように驚いてはいるようだ。


「え?俺って命を狙われているの?」

「かもしれません」


 そう話すアスマとシドラスの会話を聞き、また命を狙われるのかとベルは思った。

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