謀略の顛末(1)

 困惑した表情のヴィンセントの前には、同じく困惑した表情を浮かべるグインが座っていた。


 この部屋に入ってから数時間、二人は向かい合ったまま、こうして取り調べという名の御ままごとを続けている。

 いつまでこうしているのかとお互いに思っているが、お互いに相手の立場を考えたら、迂闊に口には出せない。


 今は部屋の外で動いているかもしれない誰かを信じて、この不毛な時間に決着をつけてくれる瞬間を待つしかない。

 ヴィンセントとグインは一言も交わすことなく、共通認識としてその考えを懐いていた。


 そこに部屋の扉をノックする音が転がり込めば、二人の考えは夢想していた誰かに向くことが必然と言えた。


 ついに夢にまで見た瞬間が目の前に来たのかと、この不毛な時間に決着のつく瞬間を想像し、二人は喜びを表現しかける。

 それを何とか寸前のところで噛み潰し、ヴィンセントは立ち上がって、部屋の扉に近づいていった。そこで扉を開きながら、その向こうに誰がいるのかと想像し、この状況から解放されることを心の底から望んでいた。


 それ故に、その向こう側に立つ人物の顔を見た瞬間、ヴィンセントを襲う落胆は言葉にできないほどだった。


「ここで何を?」


 ややつんけんとした態度を隠すことなく、ヴィンセントが半ば吐き捨てるように告げると、そこに立つ相手は浮かべた笑顔を一切崩さずに、あっけらかんと口を開いた。


「少し取り調べを見学してもよろしいでしょうか?」


 その一言にヴィンセントはさっき以上に困惑した顔をした。


 そこに立っている相手は何を隠そう、オスカーだった。


 グインが及んだとされる犯行のもう片方の被害者である帝国側の人間だ。今はハイネセンが説得を重ねて、王国側の取り調べを優先する方向で話がまとまり、取り調べに加わることはないはずだった。


 それが扉の前に立ち、見学と表現することで取り調べに入り込もうとしてきた。丸い言い方をすれば大胆だが、思ったことをそのまま言えば馬鹿である。


 このオスカーの頼みを許可する人がいるのかとヴィンセントは思ったが、断ろうにも断りにくい状況ではあった。


 帝国の人間とグインの関係性はないに等しい。グインの人間性を知らない以上、犯人と思える証拠が存在すれば、全力で犯人として突き詰めるだろう。


 だが、ある程度の関係性のあるヴィンセントからすれば、グインが犯人である可能性はゼロに近い。

 仮に帝国が取り調べを進めて、グインが確実に犯人であると判明したと言われても、ヴィンセントを始めとする多くの人が疑いを持つだろう。


 そうなることが分かっている以上、見学という形でもここで取り調べに参加させるわけにはいかないが、グインが容疑者であるということで状況が落ちついていることも事実だ。


 その状況で王国がグインの犯行に疑いを持っていると帝国側に伝わってしまうと、辛うじて保っている均衡がいつ崩れるか分かったものではない。


「安心してください。約束ですから、取り調べには参加しません。ただ王国の騎士様がどのように取り調べるのか興味があるだけです。もちろん、それが外に出せないというなら、深くは頼みませんよ?」


 オスカーはヴィンセントに一定の逃げ道を与えていたが、その道が罠であることくらいはヴィンセントにも分かった。


 取り調べ手段が不透明である。その事実さえ作り出せれば、帝国が取り調べに介入するための新たな理由が生まれるということだ。

 再びハイネセンとラインハルトが話し合い、次はどのように終わるか分からないだろう。


 ただそれが分かっていても、ここでオスカーを踏み込ませていいのかとヴィンセントは思ったが、主導権を握っている状況が続くのなら、完璧に帝国側にグインが渡るよりはマシなのかと思うところもあった。


 もしもグインが帝国に渡れば、危惧していた全てが現実になる可能性が生まれる。それを潰せているだけ良しとして、ここはオスカーに下手な疑いを持たせないようにしよう。


 ヴィンセントは部屋の中を一瞥し、そこに置かれた誰も座っていない椅子があることを確認してから、オスカーに向かって首肯した。


「見学だけでしたら、どうぞ。お好きなようにしてください」

「ありがとうございます」


 ヴィンセントが再びグインの向かいに戻り、そこに腰を下ろしている間に、オスカーが部屋の中に入ってきて、空いていた椅子に座っている。

 これで取調室内に監視の目がついたことになる。これまでの向き合うだけの不毛な時間は許されない。


 ヴィンセントは僅かに視線でグインに合図し、グインも分かってくれたのか、了承するような目を向けてきた。


「じゃあ、続きだ。容疑を否定するなら、アリバイを答えてくれ。犯行時刻、何をしてたんだ?」


 それまでも取り調べは続いていたと言わんばかりに、ヴィンセントはグインへの質問を口に出したが、当然それまでにアリバイの話は微塵も出ていなかった。


 いきなり言われたら、恐ろしく困惑していたことだろうが、グインには事前にアイコンタクトを送ってある。それまでに取り調べが続いていたと言わんばかりに、グインの方も返してくれる。


「だから、何度も言っているように人と逢っていたと言っている」

「その人とは?」

「だから、古くからの友人だって」

「どういう友人で、どこで逢ってたんだ?」


 質問と返答を重ねながら、どこで折り合うのかとヴィンセントはタイミングを窺っていたが、そこでグインは何かを言いかけて、突然閉口した。


 ヴィンセントですら、その仕草に違和感を覚える行動だ。隣に座っていたオスカーが僅かに反応し、座っている椅子が音を立てていた。


「どうした?答えないのか?」

「それは……」


 一瞬、グインの目が泳ぐようにヴィンセントから逸れて、ヴィンセントはグインが本当に動揺していることに気づいた。


 それまでの話し方から考えるに、ヴィンセントとの会話で何かを思い出し、それが理由で言葉に詰まっているようだ。


 その何かが何であるのかは分からないが、グインはここで言えないことを知っているとヴィンセントは察し、その理由がどちらにあるのかと思った。


 ヴィンセントに話せないと思っているのか、オスカーがいる状況では口に出せないのか。

 どちらにしても、グインは今回の事件に関して、ヴィンセントの知らない事実を知っている。それは間違いないと思った。


 容疑者として逮捕されたグインだが、今回の事件には関与していない。それがヴィンセントを始めとする王国側の見解だ。

 その見解を前提に今の状況を作り出していた身からすれば、グインから事件に関する情報が出る可能性など想定もしていなかった。


 思ってもみないところから、厄介な物が転がり落ちてきた。ヴィンセントはその処理に困りながら、ちらりとオスカーに目を向ける。

 このグインの反応を見て、オスカーが気づかないはずがない。ヴィンセントが下手な行動を見せたら、ここでオスカーが取り調べに介入してくる可能性がある。


 どのように立ち回ろうかとヴィンセントは頭を悩ませていたのだが、その考えもオスカーの表情を見たことで吹き飛んだ。


 さっきまで、ヴィンセントがどのような態度を見せても笑顔を崩さなかったオスカーだが、その瞬間のオスカーからは笑顔が消えていた。

 真剣な眼差しでグインを見つめて、ともすれば、何かを考え込んでいるようにも見える。


 その様子の変化にヴィンセントはグインの閉口と同じく、何かしらの怪しい臭いを嗅ぎ取った。


 何か知っている。そう思ったグインに対する感想と近しく、何かあるとグインはオスカーの表情に感じる。


 これはもしかしたら、取調室にオスカーを入れたことが間違いだったかもしれない。グインとオスカーの変化から、そのように考えたヴィンセントは困惑したように顎を撫でた。


 ここが王国と帝国の開戦のきっかけとなるのは避けたい。そのように思う気持ちはあるのだが、どこに引き金があるか分からない以上、避けることも非常に難しく思えた。

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