絶望の剣(1)

 発見者はオスカーだった。ヴィンセントと共に訪れたパンテラで、カウンターを覗き込んだ際にその袋を発見した。傍から見ても、何か長物が二本入っていると分かる袋で、オスカーは制止するヴィンセントの言葉を無視し、その袋を開封した。


 その中には二本の剣が入っていた。一見すると、何の変哲もない剣に思えたが、特徴的な部分が一つあり、それが柄に彫られただった。


 グインは袋自体を見たことがないと証言したが、それはマゼランやフォークを襲った凶器と同じものだ。違法な武器商人界隈で噂される獣人の目撃情報もあり、グインは王城に連行されることになった。

 もちろん、ヴィンセントはグインの犯行を信じていなかったが、オスカーの発見した物的証拠の手前、それをせざるを得なかった。


 王城で取り調べが開始され、グインは当然の如く、無罪を主張した。自分は何もやっていない。袋は見ていないと、取り調べを担当するヴィンセントに訴えかけた。

 ヴィンセントはその言葉を信じたかったが、帝国の反応はヴィンセントとは真逆のものだった。


 物的証拠が出ている上にグインは獣人だ。マゼランやフォークを相手にできる実力は十分に持っているだろう。犯人と考えて間違いない。そう結論付けているようだった。


 マゼラン襲撃の一件はともかく、フォーク殺害に関与しているのなら、帝国に取り調べる権利がある。逮捕されたグインの取り調べを自分達も行いたいとラインハルトが主張したが、ハイネセンはマゼラン襲撃の一件を出し、それを何とか逸らしていた。一種の時間稼ぎだ。


 こちら側で起きた事件の方が先だから、そちらを調べてからお願いしたい。盲目的に取り調べの許可を出さないのではなく、一定の条件を出すことでラインハルト達がそれを受け入れる状況を作り出すことには成功したが、時間稼ぎはいつまでも続かない。


 グインのことを知らない帝国軍人達はグインを犯人と決めつけ、何があっても、グインを犯人にするだろうと思うのだが、ヴィンセント達はそうではない。


 確かに物的証拠はパンテラ内から確認されたが、グインには犯行に及ぶ動機がなかった。

 帝国軍人はそこを獣人としての地位のなさなどと考えているかもしれないが、グインの周囲の人間との付き合い方やベネオラとの関係を思えば、グインが犯人である可能性は非常に低い。


 他に犯人がいるとしたら、グインは何者かに嵌められていることになるのだが、その犯人を探す時間がヴィンセント達にはなかった。


 取り調べに直接的な介入を今はしないと決めたラインハルト達だが、取り調べに一切、関わらないわけではなく、取り調べの様子を窺うことはしてきた。


 それがある以上、ヴィンセントは取り調べを続けなければいけない。帝国の人間が王城に入った以上、騎士は王族の警護に回らないといけない。それは自由人と表現できるライトも同じことだ。

 そのような状況では、グインの取り調べという茶番だけを繰り返し、本当の犯人を探すことは不可能だ。


 ただし、そこに縛られない人物が一人だけいた。


 それがイリスだ。元からマゼラン襲撃やフォーク殺害の捜査に関わっておらず、王城を帝国軍人が訪れても、護衛する対象の王族が王城にいない。


 イリスはこの状況の中で、唯一、真犯人を探し出すために動ける貴重な人物だった。


 グインの無罪を証明したい。それだけではない。昨日、グインの逮捕を聞きつけたベネオラの涙ながらの頼みもあって、イリスに行動しない理由はない。

 何としてでも、グインの無罪を証明してみせる。そう決意し、イリスはパンテラに向かうために王城を後にした。



   ☆   ★   ☆   ★



 そもそも、イリスには一つ、大きな疑問があった。


 それがオスカーの発見したという袋だ。傍から見ても、長物が入っていると分かる袋がカウンターの奥にあったという話だが、イリスはそこに疑問を懐いた。


 パンテラが何者かに荒らされ、それをベネオラと一緒に発見した際、イリスは中に犯人が潜んでいる可能性を考え、一人でパンテラの中に踏み込んだ。


 荒らされた店内だけでなく、その奥にある居住スペースまで、その時に確認したが、カウンターの奥に袋など見ていない。見ていたとしたら、流石に覚えているはずだ。

 カウンターの奥という犯人が隠れられそうな場所をイリスが探していないはずもない。


 本当に袋はそこに置かれていたのか。置かれていたとして、それは本当にグインが置いた物なのか。イリスはそのことを考えながら、到着したパンテラに入っていった。


 数日前から変わらない荒らされた店内を見回し、イリスは問題のカウンターの奥を覗き込んでみる。荒らされたパンテラを発見した時のことを思い出してみるが、やはり、このように確認した記憶がある。

 少なくとも、その時には袋がなかったはずだ。


 グインが自分でそこに置いたと考えるには、あまりに無防備に思えた。奥の居住スペースなら未だしも、カウンターの奥は調べると公言しているイリスがいる以上、発見される可能性が高い。


 発見したオスカーが置いたという可能性も考えたが、流石にこれはないと思った。ヴィンセントと一緒に行動していたのなら、そのような袋を持っていくことは不可能だ。そこに置くことも同様に無理だろう。


 ヴィンセントが置く理由は当然ない。それ以外にパンテラに入る可能性の高い人物がいるとしたら、と考えたところで、イリスは店内に視線を戻した。


 二日前のことだ。イリスは荒らされた店内に何かがあると考え、そこに変化がないかとベネオラを連れ、その部分を観察しに来た。


 その時はカウンターの奥を確認していないのだが、もしかしたら、荒らされた店内はそちらに目を向ける囮なのではないかと思った。


 店内が不必要に荒らされていたら、そちらに何かがあると思い込む。

 だが、実際にはカウンターの奥に、凶器となった物と同じ武器を隠すことが目的だった。


 もしもそうだとしたら、この店を荒らした犯人はグインを犯人に仕立て上げようと考えていたことになる。


 それなら、マゼラン襲撃、フォーク殺害、パンテラ侵入の犯人は全て同一人物なのか、というところまで考え、イリスは最初の疑問にぶつかった。


 そもそも、この店が荒らされた段階で袋はなかった。


 もしも荒らした犯人が袋を隠したとするなら、荒らした店に再び侵入し、カウンターの奥に隠したことになる。

 発見されるリスクの高い行動だ。そのような危険をわざわざ冒すくらいなら、荒らした段階で袋を隠すはずだろう。


 流石にこの可能性はないと思ったが、荒らされたパンテラから凶器と同じ武器が発見されたことは偶然とは思えなかった。


 この店を帝国軍人が訪れた経緯もある。何もかもが偶然で片づくには重なり過ぎている。

 恐らく、これらの重なりの正体を知るには、まだ知らないことがイリスにはあるのだろう。それを見つけ出さないと、どれだけ考えてもイリスには答えが分からない。


 何か知っている情報の中で見逃していることはないか。そのように考えようとして、イリスはグインのことを思い浮かべた。


 その時にふと疑問が湧いてきた。


 ヴィンセントは違法な武器商人を調べていく過程で獣人が目撃されていると言っていたが、その獣人は本当にグインだったのだろうか。帝国はそれがグインだと断定し、武器を購入するグインが目撃されたと考えているようだが、その人物とグインが同一人物である証拠があるわけではない。


 もしも第三者的獣人が存在するなら、グインが違法な武器商人に接触した証拠はなくなる。武器の購入経路が分からなければ、犯人から一歩遠ざかるはずだ。


 だが、獣人は良く目立つ。グイン以外の獣人がいるとしたら、その話を全く聞かないとは思えない。

 少なくとも、グインの耳には入りそうだと思い、そこでイリスは思い出した。


 グインは虎の獣人を探していた。それはもしかしたら、知り合いの獣人が王都にいるという話を聞いたか、偶然、姿を目撃したからなのではないか。


 その獣人が目撃された獣人の可能性がある。それを突き止めるために、その虎の獣人を探すことから始めるべきだ。


 そう考えたイリスがパンテラを後にして、虎の獣人の目撃情報を探しに行こうとした。

 その時だった。


「あの……!」


 パンテラを出た直後のところで、不意に声をかけられ、イリスは立ち止まった。振り返ってみると、そこには一度、見た覚えのある顔があった。


「貴女は……キナちゃん?」


 イリスの問いにキナはこくりと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る