絶望の剣(2)

 グインが逮捕されたという一報を聞いたのは、フェルナーと一緒に王都を歩き回っている最中のことだった。


 マゼラン襲撃やフォーク殺害の流れから、犯人は手練れであると考え、その条件に合致する人物を探している最中だったのだが、グインが逮捕されたとなると、その捜査も意味がなくなる。


 ライトはすぐに捜査を切り上げ、フェルナーと共に王城に戻ってきたのが昨日のこと。


 そして、今日はその捜査から離れ、ウィリアムと一緒に久しぶりのアスラの護衛に回っていた。帝国の軍人が王城に出入りしている現状、この仕事に回ることが一番だ。


 普段のライトなら、護衛という何も起こらないのに時間だけを食い潰す仕事を良く思っていないのだが、今は違った。


 帝国の軍人が王城に出入りしていることから、実際に何かが起きる可能性があると思っているわけではなく、単純に不毛な仕事やフェルナーから解放されたことを喜んでいた。


 不毛な仕事に時間を割いて、人生の一部を無駄にすることも、一緒に行動したいと思えない相手と一緒に行動して、人生の一部に罰を与えるようなことも、どちらもこれでせずに済む。


 そう考えたら、普段はありがたくない仕事でも、今は神からの授け物くらいに考えるほど、ありがたかった。


「楽しそうですね」


 ニンマリとした笑みを消すことのできないライトを見て、アスラが微笑みながら呟いた。その隣でウィリアムは半ば呆れた視線でライトを見てくるが、ライトはその程度の視線を気にしない。

 というか、フェルナーの視線に比べたら、ウィリアムの視線など親の温かい眼差しに感じる。


「殿下とご一緒できて嬉しいのですよ」

「それはありがとうございます」

「殿下、騙されないでください。こいつは例の帝国の人間から離れられて喜んでいるだけですよ」

「嘘はありませんよ。殿下とご一緒できて、大変光栄です」

「ありがとうございます」


 ライトの本心かどうか曖昧な言葉に、律義にお礼の言葉を返すアスラを見て、ウィリアムは何とも言えない顔で頭を抱えていた。ライトなどに礼を言う必要はないと言いたげだが、アスラにそのような物言いができるはずがない。

 そもそも、言えたところでアスラがお礼の言葉を口にしないとは思えない。


 それにライトの言葉は嘘ではなかった。アスラと一緒に行動できることは喜ばしいことだ。大変光栄なことだ。その言葉は間違いなく、ライトの本心だ。


 ただし、その奥に仕事の不毛さやフェルナーへの疑心が隠れていないかと言われたら、そこは素直に言葉に詰まるしかない。それくらいのことだ。


「ですが、帝国の軍人が動くとして、正直なところ、殿下を襲う理由がありませんよね?」

「おい、失礼なことを言うな。殿下は次期国王になられる方だぞ?」

「いえ、それは分かっているのですが、優先度の話ですよ。今の話で言うと、殿下よりも陛下や帝国にとって明確な脅威となっているアスマ殿下を狙う方がメリットは大きいと思うんですよね。殿下が次期国王になられるのは、少なくとも、数年経った後のことで、今すぐに陛下の仕事が全てこなせるかと言われれば難しいところがありますよね?」


 ライトが直接的にアスラに確認するように視線を向けると、首肯するアスラとは対照的にウィリアムは頭を抱えていた。


 アスラがまだ子供であることと、普段のライトの振る舞いが許されていることもあって、明らかにライトはアスラとの距離感を間違えているのだが、ライトはそのことを意識しない。


「陛下やアスマ殿下を差し置いて、殿下が狙われる可能性は少ないと思うんですよ」

「確かにそれはそうですね。ただそうなると、兄様が心配ですね」

「アスマ殿下なら、今はこの国にいないですし、問題ないのでは?」

「何だ?お前は聞いてないのか?」


 アスラの不安にライトが答えると、アスラとウィリアムが不思議そうな顔で見合ってから、ライトの顔を見てきた。ライトは何のことかと首を傾げ、その二人の不思議そうな視線を見つめ返す。


「アスマ殿下なら、既にそうだぞ」

「え?そうなんですか?」


 それはライトが驚く数時間前のこと。アスマ達がエアリエル王国とウルカヌス王国の国境線を越えたという一報が王城に届いていた。



   ☆   ★   ☆   ★



 イリスに声をかけたキナは不安そうな顔で、イリスを見上げていた。


「あの……その……グインが捕まっちゃったって聞いて、それで……」


 どうやら、グイン逮捕の一報を聞いて心配が駆けつけたようだ。そう思ったイリスはその不安をなくすためにも、できるだけの笑顔を作って、キナに優しく声をかける。


「安心して。ちゃんと私がグインさんの無実を証明するから」


 しかし、キナはその言葉に表情を変えることなく、イリスの言葉を否定するようにかぶりを振った。


「違うの、そうじゃなくて……グインが捕まっちゃった理由が剣にあるとかって聞いて、もしかしたらって……」

「どういうこと?」


 一瞬、イリスには無実の証明など不可能だと言われているのかと思い、落ち込みかけたイリスだったが、キナの言葉はそういう話でもないと分かり、少し眉間に皺を寄せながらキナの顔をまっすぐに見た。


「何か知ってるの?」

「あのね。サプライズって言われたの」

「サプライズ?」


 急にキナの話が良く分からない角度に飛び、イリスはさっきよりも深く眉間に皺を刻んだ。


「そう。それでお願いされて、プレゼントをパンテラに持っていったの。お店の中はぐちゃぐちゃだったけど、ここならすぐに見つからないし、どこに置いたか分からなくなることもないからって思って、の」

「え?ちょっと待って?何を置いたの?」

「だから、サプライズプレゼントって言われた物だよ。中身は見てないから分からないけど」


 キナは手を動かし、自分の前に楕円を描いた。


「これくらいのだった。と思う」

「それって……」


 オスカーの発見した袋。それとキナの示したサイズは同じくらいだった。


 もしもキナの運び込んだ袋が剣の入った袋だとしたら、グインは明らかに誰かに嵌められたことになる。


「そのサプライズプレゼントは誰が用意したの?」


 イリスがそう聞くと、キナはゆっくりと首を傾げた。


「名前は分からないけど、男の人だよ。最初は二人逢ったんだけど、プレゼントを受け取った時は一人しかいなかった」

「何か特徴とかある?」

「うーん、特徴……強いて言うなら、軍人さんの服を着ていたことくらいかな?」


 軍服を着用していた。そこから分かる情報はキナに袋を渡した人物が軍人であることだけだが、そこから生まれる可能性が一つあった。


「それって、この国の軍人が着ている服だった?」

「うーん……ちょっと分からないけど、違う…かもしれない」


 曖昧な返答で確定的とは呼べなかったが、イリスは帝国の軍人がキナに袋を渡した可能性を考えていた。


 もしもそうだとしたら、帝国軍人がグインを嵌めたことになる。その意味は分からないが、パンテラに来店したことも含めると、何かグインに理由があるのかもしれない。


「それって、いつ……」


 店に袋を持ってきた日付を聞こうとして、イリスは思い出したことがあった。


「あれ?もしかして、この店の前で逢ったのって?」

「うん。袋を隠しに来て、帰ろうとしていたところだった」


 そう言われ、イリスは前回、キナと逢った時のことを思い出した。あの時は荒らされた店内を調べることが目的で、特に深く考えなかったが、確かに思い返せばキナはずっとカウンターの前に立っていた。

 それはまるでイリス達をその向こうに行かせないためのようだったと今更ながらに思う。


「グインが捕まっちゃったのって私の所為かな?もしそうなら、どうしたらいいんだろうって思って……」


 キナが瞳一杯に涙を溜め始めて、イリスは優しくキナを抱き締めた。


「安心して。キナちゃんの所為じゃないし、グインさんは捕まらない。ちゃんと私が本当の犯人を見つけ出して、グインさんの無実を証明するから」


 イリスの言葉を聞き、小さな声で何度も「お願い」と口にしながら、キナはしばらくイリスの胸の中で泣いていた。


 それを落ちつかせるようにイリスはキナを抱き締め続け、ようやく落ちついてから、再度、本当の犯人を見つけることを約束して、キナを見送った。


 キナの証言によって、グインが自分で店に武器を運び込んだ可能性は低くなった。

 それは同時に違法な武器商人と接触した可能性も低くなったことを示し、そうなってくると目撃された獣人がグインである可能性も自然と低くなる。


 やはり、別に獣人が関与している。もしそうなら、その繋がりを調べることで帝国軍人が関与している証拠が出てくるかもしれない。

 そう思ったイリスがもう一人いる可能性の高い獣人を探すために歩き出そうとした。


 その時のことだ。再びイリスを呼び止めるように声が飛んできた。


「どこに向かうのですか?」


 その声はキナの時とは違って、イリスの身体を硬直させた。十分に聞き覚えのある低い声に、イリスは思わず息を呑んだ。

 動かしかけた足を止めて、ゆっくりと振り返る。


「犯人を見つかったのですから、王城で騎士としての仕事を全うされてはどうですか?」


 そのように淡々と告げてきた人物はウォルフガングだった。

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