非情なる謀略(3)
話は先にブラゴから聞いていた。目の前に現れた人物が現れることくらいは分かっていた。
それでも、その人物がそこに立っていることに、ヴィンセントは一定の拒否反応を示さずにいられなかった。
「今日はよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げてきた男の顔は知っていた。どれだけ仕事に後ろ向きなヴィンセントでも、帝国の有名な軍人の顔と名前くらいは覚えている。
いざという時がいつ訪れるか分からないのだ。剣で切られてから、相手の名前を悟るようでは遅い。
ただ、まさか、そのいざという時が今訪れるとは思っていなかった。ヴィンセントは会釈に会釈を返し、男の名前と自分の名前を口にする。
「初めまして、オスカー大佐。ヴィンセントです」
「ご存知でしたか」
「ええ、もちろん」
帝国は周辺地域に侵略し、領土を広げることで力を増していった軍事国家だ。最前線で戦う有力な軍人の多くは他国に顔も名前も知れ渡っている。
それでも、帝国が今ほどの力を有しているのは言うまでもなく、その軍人の強さ所以だ。
それほどの人物が今回は味方につくということで、それを頼もしいと思うか、不安だと感じるかは考え方次第だろう。
少なくとも、マゼランはマゼランよりも強い人物を相手にし、敗北して傷を負っている。その相手はまだ絞り切れていないが、候補を挙げるだけならヴィンセントにも可能だ。
その候補の中にオスカーがいないはずもない。
「普段は睨み合っている国同士ということもあり、お互いに不安なことも多いでしょうが、今回は共に被害に遭った者同士ですから、友好的に進めましょう」
「友好的ね……まあ、分かっていますよ。無闇矢鱈に剣を振る趣味はありませんから。ですが、俺としてはそちらの考えが未だに読めない部分は気になりますけどね」
エアリエル王国がウルカヌス王国に接触したことを発端として、ゲノーモス帝国は唐突に動き出した。それも本来は敵国であるエアリエル王国の王都に人を送り込むような、強硬的とも言える手段だ。
その奥に何かしらの考えがあると予想を立てて当然なのだが、その考えは未だに見えてこない。帝国の腹の中に何があるのか、王国側は未だに探っている状況だ。
その状況で帝国の人間を腹の内側に入れることをヴィンセントはしたくなかったが、ハイネセンやブラゴが決断した以上は飲み込むしかない。
それをオスカーも分かっているのか、ヴィンセントの牽制にはかぶりを振ることしかしなかった。
「深い考えなど何もありませんよ。ただ私達は皆さんと仲良くしたいだけです」
その言葉を本心と捉えるほどの馬鹿は少なくとも、王国の騎士にはなれない。流石のヴィンセントも冷めた目を送り、オスカーの返答に言おうとした言葉を飲み込んだ。
ここで争いを起こす必要はない。今はマゼランを襲った犯人の特定を急ぐべきであり、そのために力を貸してくれるのなら、それほどまでにありがたいことはない。
もちろん、それがありがたくない可能性も秘めているのだが、その可能性を考慮していたら、何も話は進まないだろう。
どちらにしても、近くにいてくれるというのなら、その行動を見極める良いチャンスと言える。
「まあ、仲良くしたいという気持ちはこちらも同じですよ。お互いに犯人を見つけるために頑張りましょう」
ヴィンセントはできるだけの愛想笑いを浮かべ、オスカーと握手を交わす。
取り敢えず、本日の行動は武器からの犯人特定の道で変わっていない。グインとの約束があるので、その時間まで違法な武器商人を当たり、時間になったらパンテラに向かう予定だ。
そのどこでオスカーが動きを見せるのか、注意する必要があると身構えながら、ヴィンセントは王城を後にした。
☆ ★ ☆ ★
マゼラン襲撃の犯人を見つけ出すと言っても、捜査方法には限りがある。
ヴィンセントが既に動き、本日も動いていると考えたら、凶器から犯人を特定する動きにライトまで加わるのは過剰としか言いようがない。
他に手段を見つけ出し、そちらから犯人を特定する方向で進めたいが、目撃者は期待できないと分かっているので、その他の方法となれば難しいところになる。
他に手段はないわけではないが、そちらから特定することは少し難しい。それを王国も理解しているからこそ、そちらから捜査の手を進めていないはずだ。
ただライトに残された手段はそこくらいにしかないかと考えていたら、フェルナーが静寂を埋めるように口を開いた。
「一連の犯人について、貴方はどのようにお考えで?」
「それはどういう意味の質問ですか?」
「いえ、この国は凶器からの特定を進めているようですが、誰が売ったのかも買ったのかも分からない凶器よりも、確かな情報が現場にあったのではないかと思いまして」
含みのある笑みと共にフェルナーが口にした言葉は非常に含みのある内容だったが、フェルナーが何を言いたいのか察することはできた。
それは既にライトも考え、それしか手段がないかと捜査方針に決めようと思っていたことだが、少し迷ってから敢えて馬鹿の振りをすることに決める。
「そのようなものがありましたか?」
「気づかないのですか?貴国の騎士とこちらの兵士が襲われたのですよ?もっと根本的な条件があるでしょう?」
僅かに侮蔑の意思を込めた表情を見せ、ライトはフェルナーにほんの少しの苛立ちを覚えた。
ただ馬鹿の振りをすると決めたばかりだ。爆発するだけの苛立ちを覚えるはずもない。
何より、その表情自体も誘っているものであることは分かった。ライトは正しく今、フェルナーに探られている状況のようだ。
ライトが僅かに首を傾げると、フェルナーは小さく溜め息をついた。
「貴国の騎士とこちらの兵士を相手にするなど、相当な手練れでなければ不可能なはずです。そのような人物が何人もいるとは思えない。この国に、もっと言ってしまえば、この王都にいる人物だけを探せば、犯人の特定もできるのでは?」
フェルナーの提案にライトは一瞬口籠ってから、大袈裟に頷いてみせた。
「ああ、確かに。そういう手段がありますね。思いつきませんでした」
ライトの対応にフェルナーは溜め息を隠す様子がなく、ライトは取り敢えず、馬鹿の振りは成功したと安堵した。
どうやら、王国と帝国の間に認識の差異はなく、お互いに犯人は手練れであると考えているようだ。
問題はその犯人候補にお互いの騎士や兵士が含まれていることだろう。先に襲われたのは王国の騎士だが、帝国の兵士は死亡している。
その差を考えれば、お互いに一定の疑いは持っている状況が正常で、完全な協力関係は難しいはずだ。
もちろん、犯人候補がお互いの内側にいるとは限らないので、それも可能性を考えた場合に限られるだろう。
だが、少なくとも、その手前にある可能性に気づく人物が奥にある可能性を見落とすとは思えない。気づかない人物は最初から、そこに可能性があることに気づかないはずだ。
そのフェルナーだが、その可能性を見逃している振りをしたライトに、呆れを懐く様子は見せても、疑いを見せる様子はなかった。
もしも、相手に一定の疑いを持っているなら、意図的に隠していると判断し、ライトの振る舞いを疑ってくるだろう。
それがなかったのは、フェルナーがそもそも疑っていないから、と考えることができる。
既に犯人を知っているか。もしくは王国の中に犯人はいないということを知っているか。どちらにしても、何かしらの情報を握っている。
やはり、この男は怪しい。今のやり取りから、ライトはそう判断を下し、フェルナーの様子を見た。
今から犯人候補になりそうな人物を探しに行くが、その行動にも意味があるのかは分からない。もしかしたら、これも不毛であるかもしれない。
そう考えたら、溜め息が漏れそうだったが、何とかそれも吐き出さずに飲み込み、ライトはフェルナーと共に向かう目的地を定める。
その途中のことだ。ライトはさっきの自分の考えに、もう一つの可能性があることに気づいた。
フェルナーがライトに疑いを持っていないから、今のような対応を見せたと思ったが、その疑いを持っていないという部分の意味は複数考えられる。
一つは犯人である可能性を疑っていないという意味。
もう一つは馬鹿である可能性を疑っていないという意味だ。
まさか、馬鹿の振りをしたのではなく、本当の馬鹿だと思われている可能性が僅かに存在するのか。
そのようにライトは考え、もしもそうだったら、どのようにしてやろうかと、フェルナーに悟られないように拳を握った。
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