非情なる謀略(2)

 不毛に思えた監視生活は終わりを迎え、本当に不毛だったという感想だけが残った。ライトは新たにマゼラン襲撃、及びフォーク殺害の犯人捜索に合流することが決定する。


 これは帝国との関係性に変化が起き、ホテルを監視することに意味がなくなったことによる采配だが、ライトは本当に数日間の監視が必要だったのかと疑問だった。


 そもそも、ホテルの監視はライト一人だけに与えられた仕事だった。一人で数人の軍人を監視することは現実的ではない。

 動かない、という前提が頭にあったとしても、無謀と言わざるを得ない配置だ。


 それでも、ブラゴがライト一人に任せた理由は人手が圧倒的に足りないことと、監視を置かないという選択肢はないからだろう。一人だけだとしても、見られているという意識を生むことで、一定の牽制はできる。


 それもライトは理解していたが、それでも不毛だったという感想だけが頭を過った。


 元から仕事に対する意識が真面目とは言えないライトだ。与えられた仕事も、怒られない範囲にこなせば、残りはさぼって問題ないと考える嫌いがある。


 そのライトでも、流石に不毛な時間を過ごすことは苦痛と言えた。仕事がない状態と、仕事に意味がない状態は決してイコールではない。

 その苦痛な不毛さから解放され、ようやくライトは意義のある仕事を与えれることになったのだが、それも喜ばしい事態とは言えない。


 そもそも、仕事がしたくないという自堕落な精神は抜きにしても、今回の仕事は前向きに思えない理由が一つあった。


 それがライトの目の前に姿を現した人物だった。


「今日はよろしくお願いします」


 爽やかな笑顔を浮かべ、ライトに軽く頭を下げながら、挨拶を口にした男に向かって、ライトは何とも言えない視線を送る。


 それは最初に見た時から、ライトがその正体に関して、気にしていた帝国の軍人の一人だった。


 王国に送られた佐官という点では、ウォルフガングやオスカーと同じだが、その二名と違って、目の前の男は名前も顔も知らない。言ってしまえば、帝国のシークレットの一部だ。

 それを明かす可能性があっても、帝国が王国に送る人材として選んだと考えれば、その素性を怪しんで仕方ないと言える。


「昨日はどうも」


 ライトは同じように頭を下げながら、昨日の男の接触を思い出し、そのように返した。怪しんでいる相手からの接触だったが、そこでは特に何も起こらなかった。

 それを良かったと考えるべきか、未だに動きが見えないと考えるべきか、ライトは悩むところである。


「いえ、こちらこそ、あの時は仕事の邪魔をしてしまってすみません。ですが、本日は協力しましょう。お互いに被害に遭った側ですから」


 王国の騎士は襲われて重傷を負い、帝国の兵士は襲われて死亡した。状況を考えれば、どちらも被害に遭った側で、その被害は王国より帝国の方が酷いと言えたが、どちらも被害に遭っている状況こそが気になる点でもあった。


 帝国が王国を訪れていることは大々的に発表されていない。もちろん、軍服を確認すれば分かることだが、そこからして疑問が大きい点だ。


 目の前の軍人は一人として、この王国内で軍服を脱ごうとしていない。それは自身の立場を示し、自身の位置を誰かに教えるようであり、今回のような被害を生み出す原因を作り出しているとも言える。


 もしくは理由作りかと考え、ライトはかぶりを振った。考えることは性に合っていない。そういうことを続けても、ライトに答えを見つけることは難しい。


 それよりも、今は自身にできる仕事をこなすべきだ。それは正義感や責任感ではなく、襲われたマゼランの報いを与えるためと言えた。

 そのためにライトは質問する。ここで聞くべき質問だ。


「ところで貴方の名前は?」

「ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。私はフェルナーと言います」


 そう目の前の男が名乗った名前はやはり、ライトがこれまでに聞いたことのある名前の中にはなく、目の前の男がどういう役目を負った人物なのか、未だに分からなかった。



   ☆   ★   ☆   ★



 足を止めたイリスにはいくつかの疑問が生じていた。


 一つはウォルフガングが王城にいる点だ。


 帝国の軍人が王城に出入りしている可能性は少ない。

 王城で話し合いがあるとしても、ラインハルトやジークフリードが訪れるだけで、ウォルフガングが来る可能性は低い。来たとして、一人で行動するとは思えない。


 ウォルフガングが一人で、通用門付近で行動するとしたら、それ相応の理由がないといけない。そうしないと衛兵に止められ、自身の立場や行動を疑われる理由になるからだ。

 それくらいのことは実際に体験しなくても、ウォルフガングほどの人物なら分かるだろう。


 つまり、そこにいるなりの理由がウォルフガングにはある。そう想像つくのだが、その理由の内容はイリスには分からなかった。


 次に疑問だったのだが、ウォルフガングがイリスに話しかけてきたことだ。


 イリスとウォルフガング自体は初対面ではない。会話したと言える接触方法ではないが、イリスとウォルフガングは剣を交えた間柄だ。ウォルフガングとオスカーの勘違いで、実際に血が流れることはなかったが、何かが起きてもおかしくない状況だったことに間違いはない。

 その次の対面で声をかけるには、少し躊躇われる初対面だったと言えるだろう。


 だが、ウォルフガングはイリスに声をかけてきた。その状況にイリスは疑問を覚え、ウォルフガングを観察するように見つめていた。ウォルフガングの表情は一ミリも変化しない。


 しばらく黙ってまで、イリスは湧いてきた疑問の処理に努めたが、残念ながら、その疑問をイリスの中で解決することは難しかった。


 混乱しているから、と言い切ることはできないくらいに、イリスの頭は疑問の処理に向いていない。

 想像力か思考力か、状況把握能力か。何にしても、答えを見つけるには何かしらの能力が足りないようだ。


「どうして、ここにウォルフガング大佐が?」


 疑問の解消に脳を割いていた弊害がここで発揮されたか、イリスは疑問を解決するための質問を婉曲に伝えることができなかった。


 瞬間、ウォルフガングの表情がやや曇り、イリスは選択肢を間違えたと察する。


「どうして?何も聞いていないと?」


 ウォルフガングの問いにイリスは反応できなかった。


 聞いていないという質問には聞いていないと答えることが持っている解答の中では正解だが、それは意味としての正解で、この場の行動としての正解とは言い切れない。


 イリスが何も聞いていないと答えることで、ウォルフガングにいらない情報を与えるかもしれないと危惧し、その危惧は正解だったかもしれない。


「昨日、我が帝国の兵士、フォークが何者かに殺害されました。その犯人が貴国の騎士を襲った犯人と同一人物である可能性が浮上し、その捜査に我々帝国軍人が参加する許可が与えられました。ですので、私は貴女の捜査に協力しようと声をかけたのですが、そちらは何も聞いていないと?」


 イリスはゆっくりと唾を飲み込み、口を閉ざした。


 イリスが何も聞いてないことは当然のことだ。イリスはそもそも、マゼランを襲った犯人の捜査に参加していない。


 だが、聞いていないことを伝えると、イリスとウォルフガングの情報の間に摩擦が生じる。それをウォルフガングがどのように捉えるか次第で、この状況の問題は変わるのだが、相手は名の知れたウォルフガングだ。イリスの望むような馬鹿さ加減は見せてくれないだろう。


 イリスは少し迷ってから、ゆっくりとかぶりを振った。


「それ自体は聞いているのですが、ウォルフガング大佐が私の捜査に合流すると聞いていなかったもので」

「ああ、そういうことですか。それはもちろん、そうでしょう。気紛れで決めましたから」


 ウォルフガングは冷めた声ながら、イリスにとって恐ろしいことを言ってきた。


 ここまでの行動の中でイリスが一つでも選択を誤っていたら、ウォルフガングはイリスの抱えた仕事の一端を理解し、王国に不利な状況が作られていたかもしれない。


 それくらいに緊迫した空気をただの気紛れで作り出したなど、イリスは苦笑いも浮かべられなかった。


「ですが、お一人で行動されるようなら、その気紛れで良かったかもしれない。犯人は貴国の騎士やこちらの兵士でも敵わない相手です。一人では危険でしょう?」


 少し辺りに目を向けながら、ウォルフガングが口にした言葉を聞き、イリスはゆっくりと青褪めた。


 しまったと思った時には既に遅く、イリスは自身の行動の未熟さに頭を抱えそうになる。


 これ以上の情報を与えることは王国にとって不利な状況を作り出す。何としても、イリスは自身の目的を悟られてはいけない。

 そのように考え、改めて覚悟を決め、イリスはゆっくりと首肯した。


「そうですね。よろしくお願いします」


 イリスは精一杯に浮かべた笑みがぎこちなくなっていないことを祈った。

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