非情なる謀略(1)

 ラインハルトとジークフリードが王城を訪れたのは、フォークの遺体が発見された翌日、早朝のことだった。粛々とした王城に馬車が駆け込み、ラインハルトとジークフリードはすぐさま遺体安置室に向かった。


 フォークの遺体は一通りの検視が行われていた。とは言っても、帝国の人間であるフォークを許可もなく、完璧に調べ尽くすことはできない。

 解剖等はしないまま、簡単に傷口や遺体の状態を見ることが精一杯だった。


 傷口の形状から凶器は遺体近くに落ちていた剣で間違いなかった。正面で刃を受けたようで、傷は胸から胴にかけて深く残っていた。


 ラインハルトとジークフリードは立ち会ったブラゴから遺体の状況を聞き、それを確認するようにフォークの傷口を軽く撫でていた。当然、フォークが反応を示すことはない。


「犯人は?」


 フォークの身体に触れたまま、ラインハルトが一瞥もすることなく、ブラゴに質問する。


「現在捜査中です」

「遺体の近くに凶器が落ちていたのなら、そちらから特定は?」


 ジークフリードがやや眉を顰めながら、ブラゴを見てきた。フォークを喪った悲しみを堪えているようにも、捜査の手が遅いブラゴ達を責めているようにも見える目だ。


「現在、特定を進めている状況です。ただ一つだけ分かっていることは先日、この国の騎士を襲った犯人が使用した凶器と同じ物のようです」

「それはつまり、我が帝国だけではなく、貴国にも害をなす人物がいるということですか?」


 ラインハルトが顔を上げ、真剣な眼差しでブラゴを見つめてきた。


「恐らくは」


 それ以上に無難なものはないという返答をしながら、ブラゴはその目を見つめ返す。ラインハルトが何を考えているのか、視線から全てを読み取ることは難しい。

 それはそのまま相手から、こちらの考えを全て読み取ることの難しさも示していて、その距離感を保てていることが唯一の救いと言えた。


「でしたら、私達も捜査に参加させていただきますか?」

「捜査に参加、ですか?」


 ブラゴはゆっくりと首を傾げ、ラインハルトの顔を真正面から見据えた。当然のことだが、冗談を言っている顔ではない。もしも冗談だとしても、笑えない冗談だ。


「それは即ち、この国で自由に動く許可が欲しいと?」

「そこまではもちろん求めません。そちら側の人間をつけてもらっても構いません。だが、我々の仲間も殺された状況で、大人しくしていろなどという非情なことは言いませんよね?」


 内側に潜めた激情を垣間見せるようなラインハルトの一言に、ブラゴは思わず口籠った。返答次第では嫌な衝突が起こりそうだが、帝国陣営の動きを許可するのにブラゴ一人の判断は重過ぎる。

 現在の王国が動かせる人員を考えても、それが可能であるかは即答しづらい。


「分かりました」


 不意に部屋の外から声が聞こえ、ブラゴ達三人の視線がそちらに向いた。

 ラインハルト達が訪問したことを聞いて駆けつけたのか、そこにはハイネセンが立っていた。


「皆さんの捜査への参加を許可いたします」

「ありがとうございます」

「ですが、この国で自由に動くことは難しいでしょう。それは国の違いよりも、地理的な問題が立ちはだかるはずです。ですので、こちら側の捜査に協力していただく形でよろしいでしょうか?」


 ハイネセンの提案にラインハルトは一瞬、逡巡するような素振りを見せたが、すぐに笑顔を作って軽く頭を下げていた。


「構いません。ありがとうございます」

「お互いに被害に遭った側です。亡くなった方の無念を晴らすために、必ず犯人を見つけ出しましょう」


 ハイネセンとラインハルトはがっちりと握手を交わし、お互いの真意を腹の内に隠したまま、王国と帝国は一時的な協力関係を結ぶことになった。



   ☆   ★   ☆   ★



 マゼランを襲撃した犯人は未だに特定されていないが、マゼランの実力から考えても、只者ではないことは確定的だった。

 今の王国を考えた時に、その犯人候補には当然のように帝国の人間も加わっている。


 昨日まではその考えを王国の誰もが持っていた。


 だが、フォークが殺害されたことによって、その考えにも綻びが生じていた。帝国への疑いは間違いなのだろうか、という考えと共に、もしも帝国の人間が犯人か、事件に関与しているとしたら、その思惑は何だろうかという答えの分からない疑問も生まれる。


 帝国が自分達の人間を殺害してまで、この国で何かをしようと考えているのなら、それは余程のことであるはずだ。大将であるラインハルトがいても、動く価値があると考えたと思えば、その内容は容易に想像できない規模になる。


 その考えが当たっているか間違っているか分からないが、帝国に何かしらの動きが見えることは確かなのだから、その何かを掴むための手段は早く確立したい。

 イリスは自分に与えられた使命の大きさを再認識し、内通者を特定するために自分の考えの全てを調べ切るつもりでいた。


 そのためにも、未だ疑問の多いパンテラの一件から当たってみるべきだ。マゼランやフォークの一件は他の騎士も動いているが、パンテラの一件に疑問を持っているのは自分しかいない。


 今すぐにパンテラに向かおうと考え、王城を歩いているイリスの前に見慣れた顔が現れた。


「あ、イリスちゃん」


 そのように軽く手を上げ、声をかけてきた人物は数日振りに見るエルだった。


「エル様。おはようございます」

「おはよう。何か大変な事態になっているようだね」

「ええ、そうですけど、エル様はお聞きしていなかったのですか?」

「いや、例の薬を作るのとか諸々あって、ほとんど寝てたんだよね。だから、情報が遅れていて。イリスちゃんもマゼランさんの一件を調べている最中?」

「私は……少し違うことを。ただ本質的には同じだと思います」

「ああ、そうなんだね」


 一人出遅れた様子のエルだが、その様子はイリスや王城の他の人々とは違って、やや落ちついたものに見えた。一人だけ何かを知っている、という可能性はないだろうと思うのだが、その振る舞いがイリスは少し気になる。


「エル様はこれから何を?」

「手を貸したいところだけど、実際に被害が出ている以上、足手まといになる可能性が高いから、現状は部屋で待機する予定だよ」


 自嘲気味に苦笑するエルを見て、イリスは自分の認識が間違っていたことに気づく。落ちついているわけではなく、今のエルは落胆しているのだろう。

 血液恐怖症であるエルが血の流れる可能性の高い捜査には行けない。その役立たず振りが応えているようだ。


「しかし、気をつけてね。何を調べているかは分からないけど、あのマゼランさんに傷を負わせる実力者が犯人だから。帝国の動きや考えも見えないし、どこで何が飛び出すか分からないから」

「エル様も帝国が関与しているとお考えですか?」

「全くないとは考えられないよね。彼らをこの国に入れてから、いろいろなことが起きているから。腹の中に収めてしまった以上、食い破られないように警戒しないと」


 エルの考えにはイリスも概ね同意だった。帝国が何を考えているのか分からない上に、実際に帝国が動いている保証もないが、この国に入ってきた以上は何が起きても不思議ではない。

 警戒する。この言葉では足りないほどに用心しても、傷を負わない保証はない。


「何か俺に手伝えることがあれば声をかけてね。自分のできる限りのことはするから」

「はい、もちろんです。ありがとうございます」


 イリスはエルに軽く頭を下げ、エルを見送ってから、再び王城の中を歩き出した。


 イリスの懐いていた考えや疑問と似たことをエルも思っていた。それ自体がイリスの行動を自信付ける大きな理由になった。

 それはとてもありがたいことだったが、それによって不安が増したことも確かだった。


 場合によってはイリスの調査の進展が事を左右するかもしれない。早く調査に向かうべきだと考え、イリスは足早に通用門の方に移動する。

 そこから、イリスはパンテラに向かうために出発しようと考えていた。


「どちらに向かう予定で?」


 不意に冷めた男の声が聞こえ、イリスは通用門を出る手前で一度、立ち止まった。その声は王城の中で聞き慣れないもので、誰の声かイリスは分からなかった。


 ゆっくりと頭を回し、声の聞こえた方に目を向ける。

 そこで呼吸を忘れたように息を止めて、イリスは固まる。


「もしも、よろしければご一緒しても構いませんか?」


 そのように聞いてきた人物はこの国の物ではない軍服を着用している。


「ウォルフガング……大佐ですか……?」


 イリスの呟きにウォルフガングは黙って首肯した。

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