急落する王都(3)

 空虚な一日となった前日を思い出し、今日もそうなるかもしれないと予兆を感じながら、ライトはホテルを眺めていた。イリスが様子を見に来た二日前が今更ながらに恋しく思えてくる。一人で無駄を生み出すことほどに恐ろしいこともない。


 そもそも、このようにホテルの監視を続けていてもいいものなのかとライトは疑問に思っていた。


 二日前はウォルフガングとオスカーがホテルを後にし、それを追跡したが何もなく、昨日は最初からいたのか、ラインハルトとジークフリードがホテルから姿を現し、それを尾行している間に一日が終わってしまった。

 どちらも行動は食事を取るなどの観光的なもので、怪しいとライトが思える行動は何も見えなかった。


 その尾行をしている間は当然、ホテルの前から離れるので、他の帝国軍人が何をしていたのかライトは把握していない。

 現状を考えると当然と言えるのだが、圧倒的に監視に回すには人が足りない。監視しているという意識を帝国側に植えつけることはできているが、それしか成果はない。


 マゼランが襲われたことはライトも知っている。犯人は現在も捜索中のはずで、そちらの方に人手もいるはずだ。

 このように必要かどうか分からない場所に回されるくらいなら、そちらの捜査を手伝いたいとライトは考えるが、ブラゴに提言する度胸はなかった。


 マゼランを奇襲だとしても、重傷を負わせられる実力者となれば限られる。裏の世界でも名の知れ渡った人物か、それ以外となれば候補は王城に由来するだろう。


 本来のエアリエル王国なら、犯人候補はそれくらいだ。

 だが、今の王国は話が違う。


 ライトはホテルの中にいるであろう帝国軍人の顔を思い出し、昨日の行動を考えた。ラインハルトとジークフリードにつき、王都内を移動していた頃のことだ。他の帝国軍人がホテルにいたのか、外部で行動していたのかライトは把握できていない。


 もしも犯人がそこにいるとしたら、と想像してみるが、普通に考えてリスクが異常過ぎる。王国政府の要人を襲うなら未だしも、騎士であるマゼランを襲うなど返り討ちに遭う可能性もあると考えたら、理由と言える理由がない。


 流石に考え過ぎかとライトは湧き出た考えを振り払おうとした。

 その時のことだ。


「何か考えごとですか?」


 不意に耳元で声が聞こえ、ライトは声から逃げるように距離を取った。いつの間にか、ライトの懐に人が入り込んでいたようだ。

 考え過ぎたと自身の過失を反省しながら、ライトはそこに立っている人物を見やる。


 それは帝国から王国に来た佐官の中で、唯一ライトが誰なのか把握していない人物だった。お手本のような笑顔を浮かべ、ライトを優しく見つめ返してくる。

 ライトは咄嗟に掴んでいた剣の柄から、ゆっくりと手を放しながら、その男の顔を怪訝げに見た。


「ここで何を?」

「それはこちらの台詞ですよ。聞きましたよ。帝国の騎士様が襲われたそうで」


 手をぶらぶらと動かし、飄々としたジェスチャーを見せながら、男はライトにマゼランの一件を話してきた。


「いいのですか?そちらの捜査に回らなくて」


 ライトの顔を覗き込むように聞いてくる男の仕草に、ライトは一定の苛立ちを募らせながら、吐き捨てるように「問題ない」と答える。


「他の騎士が捜査に動いている。こういうのは役割分担があるんだ」

「他の騎士が?そうですか。ですが、それだけ騎士が動いたら、王室の警備が手薄になるのでは?」


 その質問にライトはピクリと眉を動かした。


 男がここに姿を見せた真意は分からないが、ライトに話しかけてきた理由は何となく理解できた。ライトから王城内の警備状況を聞き出し、王族がどうなっているのか把握しようとしているようだ。


 申し訳ないが、その程度の手法で襤褸を出すライトではない。ここは特定し切れないように数を濁した言い方をしようとライトは考えた。


「それこそ問題ない。アスラ殿下には先輩達がちゃんとついているし、アステラ陛下にも騎士団長を始めとする精鋭が護衛についている。俺なんかが心配する領域にはないよ」

「ああ、そうですか」


 納得したように小さく頷く男を見ながら、ライトはうまく誤魔化せたと内心ほっとする。こういう駆け引きは少々苦手だが、今の言い方なら男の望んでいた情報を渡さずに済んだはずだ。


「仕事の邪魔をしてしまい、すみません。帰りますね」

「ああ、そうしてくれ。あんたらに自由に動かれると困るんだ」


 そう言いながら、ライトは男をホテルに追い返し、少し大きめの溜め息をつく。

 こういう慣れない気苦労があるくらいなら、何もない方がマシなのかと考え、今度は無駄に終わる一日を望む自分がいた。



   ☆   ★   ☆   ★



 偏に違法な武器商人と言っても、その在り方は多少の違いが生じるようで、摘発に動き出したヴィンセントは王都の中を右往左往することになった。


 身を置く場所も王都の中にある宿屋もあれば、店を出すスペースを借りる人もいて、ギルバートが摘発に時間をかかっている理由をヴィンセントはすぐに納得できた。


 それでも、騎士や兵士の導入は摘発の助けとして十分だったようで、順調に違法な武器商人の摘発は進んでいた。


 しかし、一方で本来の目的であるマゼラン襲撃犯の特定は何一つとして進展を見せていなかった。


 違法な武器商人の摘発が進んでも、現場に残された武器を販売した商人は発見できず、未だに誰が売ったのか、誰に売ったのか、一切特定できていない状況だった。


 摘発による成果が上がる一方で、尻尾すら見えない犯人の影にヴィンセントが焦りを覚え始めた頃、一つの情報が手に入った。

 それが違法な武器商人の間で出回っている噂話だった。


「獣人の出入り?」

「ええ、そういう話を聞きましたよ」


 摘発された武器商人の一人がペラペラとヴィンセントにそう証言した。証言することで減刑を求めているのだろう。その辺りにヴィンセントが介入することはないので、どうなるかは知らないが、引き出せるだけの情報は引き出そうと黙っておく。


「どういうことだ?」

「同業者の間で獣人が目撃されてるんですよ。武器の販売なのか、購入なのかは分からないですけど、獣人っていうときな臭いところに絡んでくることが多いので、王都で何かあるんじゃないかって噂されてましたね」

「きな臭い?」

「国がなくなって、獣人の多くはこっちの世界に流れ込んでるんですよ。獣人を見たら、殺されないように距離を取れって、こっちの世界では良く聞く言葉ですよ」


 営業スマイルを顔に張りつけながら、一通りの証言をしてくれた商人に礼を言い、ヴィンセントは商人を連れていくように近くの憲兵に指示を出した。あの商人が減刑されるかどうかはこの後の態度次第だ。ヴィンセントは知らない。

 それよりも、今の話は非常に気になる話だった。


 セリアン王国が滅んでから、獣人の立場が怪しくなっていることは十分知っている。多くは王国滅亡に際して死亡し、生き残りも他の国に流れ込んで、そこで自分達にできる仕事を請け負うしかなかったはずだ。

 あの見た目は亜人の中でも浮くだろう。真面ではない仕事しかなくても不思議ではない。


 そう考えたら、王都でカフェを構え、そこでうまく生活しているグインは十分に成功している部類なのだろう。そのグインが件の獣人とは考えづらいが、件の獣人を知っている可能性はある。


 一度、パンテラでグインから話を聞いてみるか。そのように頭の片隅に置きながら、ヴィンセントは違法な武器商人の摘発を進めることにした。


 確かに獣人の証言は気になる証言の一つだが、気になる証言はそれに限った話ではない。気になる証言の全てが真実とも限らない。

 調べる候補には置いておくが、それを犯人に通じていると断定して調べることはリスクでしかないだろう。


 取り敢えず、他を調べ尽くすまでは保留。そのようにヴィンセントは決断を下した。


 ちなみにこれは余談だが、この際に行われた違法な武器商人の摘発で、最終的に減刑された武器商人は一人もいないらしい。

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